2016.05.26

BM RECORDS TOKYOへようこそ vol.14 エリック・クラプトン、23枚目の新作をリリース

クラプトン、いまも“ブルース”という道の途上に。

エリック・クラプトンがオリジナルアルバムとしては23枚目となる新作『アイ・スティル・ドゥ』をリリースしました。彼のキャリアにおいて名盤の一枚として挙げられる『スローハンド』(1977年)以来、39年ぶりにグリン・ジョンズがプロデューサーとして招かれ、スタジオの臨場感をリアルに感じさせるサウンドに仕上がっています。

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参加ミュージシャンは先ごろの来日公演のバンドにも帯同させていた8人で、ダーク・パウエル以外の7人はイギリス人で固められています。 ブルースの古典やj.j.ケイル、ボブ・ディランやトラディショナルからのカバーとオリジナル2曲で構成された全13曲は、ブルースやカントリーのテイストが色濃い演奏のなかに、温かみ、慈愛、悲哀を感じさせるふくよかな旋律を擁しています。

Eric Clapton – Spiral
なんでもネットニュースによるとタイトルの『I Still Do』はクラプトンの大叔母が亡くなる間際に、彼と交わした会話「あなたが好きだった。いまもそうよ(=I Still Do.)」のなかから命名したとのこと。また「I WiLL Be There」という曲に参加したミュージシャンのクレジットにAngelo Mysteriosoという名前があったことで、故ジョージ・ハリスン(※彼はかつてL’Angelo Misteriosoというペンネームを使用)が参加したトラックが使われているのでは?という憶測が飛んだが、クラプトンはこれを正式に否定している(ただし「その人物は匿名のままでいることを望んでいる」としてその正体は明かされていません)。

以前にもこのコラムで書いてきた様に、いまでもバリバリの現役として活躍している60年代に登場したイギリスのミュージシャンの多くは、当時輸入盤としてアメリカからイギリスに流れ込んできたブルースやロックンロールのレコードに影響を受けて楽器を手にしました。それがザ・ローリング・ストーンズ、ビートルズ、レッド・ツェッペリンの面々にジェフ・ベックやクラプトンだったのです。

The Yardbirds – For Your Love (1965)
特にクラプトンは常にブルースと共に歩んできました。かつてロンドンの街中に「Clapton Is God」というフレーズがたくさん落書きされたほどの類まれなるギターの腕前を武器に、ヤードバーズ(ペイジやベックも在籍)ブルース・ブレイカーズ、クリーム、デラニー,ボニー&ザ・フレンズ、デレク&ザ・ドミノズ、ブラインド・フェイスといったスーパーバンドを渡り歩いてきたのです。ソロデビュー後の80年代には、シンセサウンドを導入したややフュージョンテイストのポップなナンバー(YMOのナンバーをカバーした「ビハインド・ザ・マスク」など)を披露した時期もありましたが、それでも彼の音楽的な支柱は常にブルースでした。

Eric Clapton – Cocaine (Live)
そのかわり、常にブルースを抱き続けるクラプトンには、音楽を追求し続ける上での重圧に耐えかねて手を出したドラッグやアルコールによるトラブルや女性問題、交通事故、胃潰瘍など、多くの苦労や悲しみが長い間付いて回りました。
彼が敬愛する伝説のブルースマンであるロバート・ジョンソン(1911-38)が、アメリカはミシシッピ州クラークスデイル十字路で悪魔と取引したことからギターのテクニックを授けられたという“クロスロード伝説”を想起させます。

Eric Clapton-Cream-Crossroad
いや、ブルースには陽光の光のような明るさを放つナンバーもあるのですが、クラプトンのブルースはやはりかブルー(憂鬱)の要素を多分に含んでいました。
なかでもそれを強く感じさせる痛ましい出来事が91年に起こりました。当時3歳だった息子を自宅マンションの53階から転落事故により失ってしまったのです。その悲しみを歌ったのが世界的に大ヒットした「ティアーズ・イン・ヘヴン」でした。この曲を含むライブアルバム「アンプラグド~アコースティック・クラプトン」はやはり世界的な大ヒットとなり、90年代のアンプラグド(アコーステイック)アルバムやライブ形態のブームの火付け役となりました。
悲しみをブルースで埋めて、また新たな悲しみが生まれそれをブルースで埋めようとするとヒットに恵まれる。そんなカオスの連鎖をクラプトンは繰り返してきたのです。

Eric Clapton – Tears In Heaven (Official Video)
「いとしのレイラ」や「ワンダフル・ナイト」といった代表曲は他でも聴けるでしょうから、ここで僭越ながら私が好きなクラプトンのブルースカバーとして『ハード・タイムス』を紹介させてください。オリジナルはレイ・チャールズです。「ジャーニーマン」(1989年)とライブアルバム「24ナイツ」(1991年)に収録されています。

Hard Times – Eric Clapton @ 24 nights, 1990
ざっくり要約するとこういう歌詞です。“母さんは亡くなる前に言ったもんだ。祈る事を忘れるなと。女たちは俺が無一文になったらとっとと逃げた。いつか悲しみのない日が、そう、死んじまえばオサラバできるかな。神様、俺より人生のつらさを知っているヤツはいるのかい?” 
何とビターな歌詞でしょう。どうしても広く知られた彼の人生のいろいろな出来事を重ねてしまいます。また、だからこそ一層心に響いてきます。恥ずかしながら自分もかつてふてくされていた時代に耳コピをして弾き語っていたものです(笑)。

しかしそんな波乱万丈だったクラプトンも、近年は幸せな結婚生活と子供達に恵まれ、自らの体験を活かして薬物・アルコール依存症患者の更生施設を立ち上げるなど、安定した暮らしを送っているようです。ロバート・ジョンソンやJ.J.ケイルのカバー集や故B.B.キングとの共作盤などを手掛けつつ、アメリカのブルースを追求しながらも、あくまでもオリジナルなブルースの求道者として、マイペースな(とはいえリリースサイクルとしては十分精力的に)アルバムリリースを続けています。新作『アイ・スティル・ドゥ』もまさにその最新の成果としての一枚と言っていいでしょう。

最後にちょっとだけクラプトンのファッションについて。60’s、サイケデリック、カントリーテイストを経て80〜90年代はアルマーニのスーツがトレードマークだったクラプトンも、90年代後半から2000年代は裏原宿経由でスニーカーやアメカジを取り入れ、Gショックやナイキ、レッド・ウイングなどを身につけ、近年はだいぶカジュアルになりました。
日本贔屓で知られる彼は藤原ヒロシ氏などと交流があるようで、原宿には彼の行きつけとして知られたとんかつ屋もあります(笑)。最近も原宿の某カフェで何度も(来日公演ではないタイミングもお忍びで?(笑))目撃されていたようですね。
『アイ・スティル・ドゥ』のジャケットのポートレイトもGジャンにTシャツとネルシャツの重ね着とカジュアルです。このイラストはビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』(1967年)のジャケットを手掛けたイギリスのポップアーティストの大家、ピーター・ブレイクが描いたものです。

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ロックがこの世に誕生して60年と少し。そのルーツとしてのブルースミュージックが、黒人霊歌であり労働歌としてアメリカで確認されたのは1900年代初頭でした。たとえばストーンズが(ロック/ポップブルースミュージックの偉大なる成功者でもあり)いまだ誰もその完結を体現したことのない未踏の領域に踏み込んでいるロックンロールバンドであるように、クラプトンもまた、他に類を見ないブリティッシュなブルースの求道者としての道を歩んでいるのです。その冒険を、これからも一リスナーとして楽しみに追っていきたいと思います。ではまた!

Text by Uchida Masaki


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内田 正樹

内田 正樹

エディター、ライター、ディレクター。雑誌SWITCH編集長を経てフリーランスに。音楽、ファッション、演劇、映画、フードと様々な分野におけるインタビューや編集制作全般に携わる。編著書に『椎名林檎 音楽家のカルテ』がある。サンデー毎日で「恋する音楽」を連載中。NTT DOCOMO『dヒッツ』にてプレイリストを月2回提供中。テレビ朝日の配信チャンネル「LoGiRL」ではシンガーのハナエとともに毎週木曜日の生番組にレギュラー出演中。

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