2017.06.08

BM RECORDS TOKYOへようこそ さらば三代目ボンド! 追悼 ロジャー・ムーア

最も長く“私たちが愛した”心優しきスパイ。

本来、今回はいくつかの異なるネタを用意していたのですが、やはり急遽これで行かせてください。この場ではこれまでも度々007ネタを書いてきましたが、遂にこういったテキストを書く日が訪れてしまいました。

007ことジェームズ・ボンドを演じた6人の俳優のうち、ついに初めて1人がこの世を去りました。ロジャー・ムーア、享年89。近年患った癌と勇敢に戦い、スキー好きだったことから長年住んでいたスイスの自宅で息を引き取ったそうです。 悲しくも光栄なことに、訃報から間も無く共同通信社から依頼があり、地方紙配信用の追悼文を寄稿させていただきました。ここではそこで書ききれなかった彼の個性や功績について綴らせてもらおうと思います。
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ムーアは1927年、父が警察官を務める家庭に生まれました。アニメーターの見習いからエキストラ、モデル、ステージ・マネージャーなどの職を経て、62年のテレビシリーズ『セイント 天国野郎』で初主演を務めると人気に火が付きました。そして1973年、三代目ボンドに抜擢されると、その名を一躍世界に轟かせました。
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こればかりはウルトラマンや仮面ライダーと同じく、世代としての体験に因るところが大きいかとは思いますが、かつて地上波テレビで放送された洋画劇場で広川太一郎氏が務めていた日本語吹替版から、日本には「ムーアこそが我がボンド!」と言い切る人もかなり多いようですね。

そもそもムーアは3歳下のショーン・コネリーと並んで、初代ボンドの候補だったという説もあります。しかし彼の三代目襲名はちょっとワケありの流れを踏まえることとなりました。
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それというのも、二代目のジョージ・レーゼンビーがボンドになったことで浮かれてしまい、調子に乗り過ぎてオネエちゃんを口説きまくったり、当時のヒッピームーブメントを意識して長髪とヒゲでレセプションに出たり、あげくは現場で実弾を撃ったりとまあムチャクチャをやらかしたため(苦笑)『女王陛下の007』一作のみでクビになってしまったのです。
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そこで製作陣は再びボンド役に初代のコネリーにカムバック(『ダイヤモンドは永遠に』)を依頼しますが、実はコネリーと製作陣の関係はそれ以前から冷え切っていたため、結局はまたも降板してしまいます。

こうした流れを経て、結局ムーアは三代目なのに、最も成功していた初代から大役を引き継ぐという、奇妙な流れと大きなプレッシャーのもとでボンドとなったのです。
だがここからがムーアは賢かった。彼はレーゼンビーのように、コネリーのワイルドで男らしいボンドのキャラクターを踏襲しようとはせず、独自の路線を開拓しようと試みたのです。

ウォッカマティーニをオーダーしない。アストン・マーティンにも乗らない。ジョークを増やし、バイオレンスは控えめに。女が惚れるチャーミングな魅力と男が憧れる紳士の品格を兼ね備えた新しいボンドを作り上げたのです。
とはいうものの、最初の『死ぬのは奴らだ』、二作目の『黄金銃を持つ男』では、もうひとつキャラを確立しきれず、特に『黄金銃〜』では興行面でも苦戦しました。
007シリーズの公式メイキング映画『Everything or Nothing』(※WOWOWで放送。日本では劇場未公開及び未ソフト化。ちなみに本作一本で007シリーズ制作の舞台裏を一気に学ぶことができます)のなかで、ムーアは『黄金銃〜』の劇中、ボートに乗った幼い物売りの子どもを川へ落としたシーンを回想しながら『ユニセフの大使がサイテーだよな』と苦笑混じりに悔やんでいます。
そう、ムーアはボンド役を務め上げた後に91年からユニセフ親善大使を務め、03年には長年の慈善活動が讃えられ英国王室から爵位を授与されています。
つまりムーアの新しいボンド像とは、彼自身の平和主義者でチャーミングな人柄をそのまま反映したものだったのです。
ここでムーア版ボンドのファッションについて紐解いてみましょう。 初代コネリーは主に現在も営業中のテーラーであるアンソニー・シンクレアでオーダーしたコンジット・カットのスーツを着ていました。そのスーツはアメリカやイタリアの当時の流行を吸収・分解・再構築した、英国の王道とは異なるフォルムでした。
そこでムーアはこれも一新、懇意にしていたシリル・キャッスルにオーダーを依頼して、ヨーロピアンテイストを軸にトラッドをよりスポーティかつエレガントにアレンジしたようなスタイルを着るようになりました。このあたりはムーアが軽妙洒脱な筆致でシリーズの舞台裏を綴った12年刊行の書籍『Bond on Bond/007 アルティメットブック』(日本語版はスペースシャワーネットワーク刊)に詳しく綴られています。
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来るべき80年代のやや軽薄なニューロマンティックっぽいノリを予見していたようなスタイルは、それでいてスマートかつジェントル。今見ても我々の目を楽しませてくれます。

その後はアンジェロ・リトリチオ、ダグラス・ヘイワード、ワシントン・トムレット(シャツ)、サルヴァトーレ・フェラガモ(靴、ベルト、バッグ類)といったテーラーやブランドが参加して、ラペルの大きめなブレザーやダブルジャケット、フレア裾のタキシード、サファリ・ジャケットなどが登場しました。時計も(初期はロレックスだが)セイコーを着けていました。しかもデジタル!(もちろん秘密機能付き(笑)) 後にも先にもアナログではなくデジタル時計を着けたボンドは今のところムーア版だけです。
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そんなムーア版ボンドが演技と興行収益の両面で確立を迎えたのが、77年公開の3作目『私を愛したスパイ』でした。
潜水機能付きのボンドカー、ロータス・エスプリで海中から海水浴場へ現れた際、車内に紛れ込んでいた魚をつまんで追い出すシーンはムーアのアイデアでした。敵役だった旧ロシアの女スパイ(=ボンドガール)とのベッドインを咎める上司に向かって「英国の任務を遂行中です」と悪びれずに答えるラストシーンは何度観ても拍手を送ってしまいます。

この映画の主題歌がカーリー・サイモンの歌った「私を愛したスパイ(原題:Nobody Does It Better)」でした。
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後にクリストファー・クロスの「ニューヨーク・シティ・セレナーデ」に参加したキャロル・ベイヤー・セイガ-による〈誰もそんなに上手くなんてこなせない(=Nobody Does It Better)〉という甘い歌詞とスタンダード性の強いメロディが、サイモンの包み込むような女声とあいまった名バラードです。 いつしかこの曲は007ファンにとって、ボンドというアイコンそのものへの賛辞として、代目を超えて愛されるようになりました。

そして遂には宇宙まで進出してしまった奇想天外な次作『ムーンレイカー』で、ムーア版ボンドは007シリーズ史上最高額(210,300,000ドル)の世界興行収益を記録しました。これは95年に五代目のピアーズ・ブロスナンが『ゴールデンアイ』で破るまで記録を保持し続けました。
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ちなみにムーア版の音楽ですが、サウンドトラックにはあの『007のテーマ』でお馴染みのジョン・バリーだけでなく、ザ・ビートルズとの仕事で知られるジョージ・マーティンやマーヴィン・ハムリッシュ、ビル・コンティらが参加しました。

また主題歌もサイモンの他にポール・マッカーニー&ウィングス、ルル、シーナ・イーストン、シャリー・バッシー、リタ・クーリッジ、デュラン・デュランらが務めました。これもファッション同様、時代を反映したきらびやかさというか、今振り返ると統一性が皆無で面白みがあります。
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ムーア版ボンドは、コネリー版のみならず小説家イアン・フレミングが描いた影のあるニヒルな原作版とも対照的でした。しかし彼はボンドとして自身の還暦間際まで11年間在任して、7作品で主演を務めました。これは今でも007シリーズ史上、最長最多の記録として破られていません。
ドタバタとしていた007の制作がムーアのおかげで安定したわけです。そしておそらく製作陣が「このシリーズを長期化させることが出来そうだ」と初めて自信を持つことができたのも、ムーア版ボンドだったはずです。

ダンディズムなら初代コネリー、リアリズムなら現六代目のダニエル・クレイグに分があるでしょう。でも常にユーモラスで大人の余裕を感じさせるムーア版ボンドに、大人になってから色気と憧れを感じるようになった自分がいたことに、今回の訃報であらためて気付かされました。

クレイグはムーア逝去の報に接し、前述の「私を愛したスパイ」の主題歌をそのまま引用して「Nobody Does It Better」と哀悼の意を表しました。そして007シリーズの公式ウェブ(007.com)も、この曲をBGMにムーアの追悼ビデオを発表しました。素晴らしい出来栄えです。
カエサルの物はカエサルに。〈Nobody Does It Better〉という曲と賛辞が、ムーア版ボンドとムーア個人へと還っていった瞬間を見たような思いでした。オーバーに聞こえるかもしれませんが、何てドラマチックなのだろうかと、007ファンの一人として涙が溢れました。

〈Baby,you’re the best〉。この曲のアウトロは、そんな歌詞が繰り返されます。全くその通りでした。平和主義者でチャーミング。結婚は4度。私生活でも女性を泣かし、また女性に泣かされたようでしたが、最後は現在の奥様に看取られたようです。

今回は長くなりましたが、みなさんもこのテキストやDVD&Blu-rayを通じて、今一度、あの賢く優しく、最も長く多くの人に愛されたロジャー・ムーアと三代目ボンドを楽しんでいただけたら、007ファンの端くれとしてこれ以上の喜びはありません。

R.I.P. Sir Roger Moore.
心よりご冥福をお祈りします。どうか安らかに。

ではまた次回お会いしましょう。

Text by Uchida Masaki

plofile
内田 正樹

内田 正樹

エディター、ライター、ディレクター。雑誌SWITCH編集長を経てフリーランスに。音楽、ファッション、演劇、映画、フードと様々な分野におけるインタビューや編集制作全般に携わる。編著書に『椎名林檎 音楽家のカルテ』がある。サンデー毎日で「恋する音楽」を連載中。NTT DOCOMO『dヒッツ』にてプレイリストを月2回提供中。テレビ朝日の配信チャンネル「LoGiRL」ではシンガーのハナエとともに毎週木曜日の生番組にレギュラー出演中。

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