英空軍パイロットとシンデレラが恋に落ちる 戦火のロンドンを舞台にしたマシュー・ボーンの『シンデレラ』 | BRITISH MADE

英空軍パイロットとシンデレラが恋に落ちる 戦火のロンドンを舞台にしたマシュー・ボーンの『シンデレラ』

2018.08.10

メガネにひっつめ髪、地味なプリーツ・スカート姿のシンデレラと、PTSDに苦しむ英空軍パイロットの“王子様”――。男性ダンサーが白鳥を演じる『白鳥の湖』(1995年初演)でダンス界に衝撃を与えた英国の振付家マシュー・ボーンの手にかかれば、クラシック・バレエの古典『シンデレラ』も第二次世界大戦下のロンドンで日々を必死に生きる人たちの等身大の恋物語になる。馴染み深い優美な旋律に爆撃の音が絡み合う中、ダンスを通して戦時中のロンドン市民の生活を垣間見せてくれるマシュー・ボーンの『シンデレラ』(1997年初演)は、ダンス好きはもちろんのこと、ロンドンの街並みや英国の歴史・文化に魅せられている人にもぴったりの作品だ。
アンドリュー・モナガン(左)とアシュリー・ショー(右)
ここでまず、マシュー・ボーンについて簡単にまとめてみよう。『白鳥の湖』のほか、ジョルジュ・ビゼーのオペラ『カルメン』を元にした『ザ・カーマン』(2000年初演)や、ピョートル・チャイコフスキー作曲の同名バレエを吸血鬼が活躍するゴシック・ロマンス作品へと変貌させた『眠れる森の美女』(2012年初演)など、バレエやオペラの名作に英国人らしい風刺や捻じれたユーモアを加えた作品が人気を博しているボーン。古典作品に新たな息吹を吹き込むその手腕は、幅広い客層から熱い支持を受けている。毎年冬にロンドンのサドラーズ・ウェルズ劇場で上演されるボーン作品の公演には、ダンスを観るのは初めてという人から筋金入りのクラシック・バレエ・ファンまで大勢の観客が詰めかけ、連日チケット完売ということも。英米の演劇賞の最高峰であるローレンス・オリヴィエ賞やトニー賞を複数受賞。2001年には大英帝国勲章OBEを、そして2016年にはナイト爵を授与されたボーンは、いまや英パフォーミング・アーツ界になくてはならない存在なのだ。

戦火に巻き込まれたロンドンの市井の人々に光を当て、貧しくも美しい女性が王子に見初められるという王道中の王道的な恋愛物語を転化させたマシュー・ボーンの『シンデレラ』は、そんなボーンのアレンジの妙を思う存分、堪能できる作品だと言える。ソ連の作曲家セルゲイ・プロコフィエフがバレエ音楽『シンデレラ』を作ったのは、1940年から1944年にかけて。ちょうどナチス・ドイツがソ連に侵攻した時期に当たる。華やかな旋律ににじむ不穏な影に戦争の影響を感じ取ったボーンは、その影をナチス・ドイツによる大規模な空襲 “ザ・ブリッツ”の只中にあるロンドンの混沌に重ね合わせた。できる限り元の楽曲を生かし、大幅な変更や削除は行わなかった(特に第3幕は全く手を加えていないとか)というが、元からあった音楽と新たな物語が見事に一つの世界を織りなす様に驚きを感じずにはいられない。
そして史実に沿った設定や、ロンドンのおなじみの風景が取り入れられていることも本作の特徴の一つ。第2幕でパーティーが開かれるカフェ・ド・パリは、ロンドン中心部ソーホーに実在するナイトクラブ。1941年、営業中に爆撃を受けて多数の死者を出した、ロンドン市民にとっては生々しい戦争の記憶を呼び覚ます場所だ。そのほかにも、セント・ポール大聖堂やテムズ・エンバンクメントなど、ロンドン通には懐かしい建物やエリアが次々と登場。ボーンの数々の作品で美術・衣装を手掛けるレズ・ブラザーストンが、モノトーンに真紅が映える美しい舞台装置で再現している。
アシュリー・ショー(左)とリアム・ムーア(右) 
主役からいわゆる脇役まで、各登場人物のキャラクターが際立っているボーン作品。『シンデレラ』でもアンサンブル一人ひとりに至るまできちんと血が通っている。本作の王子に当たるのは英空軍パイロットのハリー。しかしパイロットといっても華やかなヒーローではなく、心身ともに傷を負い、押しにも弱い普通の男性だ。シンデレラもただ運命の出会いを待つ少女ではなく、自ら運命を引き寄せようと行動する。主役2人の脇を固める人物たちも個性派ぞろい。元のバレエ作品では継母と2人の義姉たちがシンデレラを虐げるが、本作では3人の義理の兄弟も登場(うち一人は何と足フェチでシンデレラに付きまとうという設定!)。また、シンデレラに魔法をかけるフェアリー・ゴッドマザーは、白い光沢のあるスーツに身を包んだ銀髪の“天使”に。男性ダンサーが扮するこの天使は、時や人の生死を司る存在となっている。ほかにも、男性同士が惹かれ合うなどボーンらしい細かいエピソードがたくさん盛り込まれているので、舞台の隅から隅まで見逃せない。
アシュリー・ショー(左)とアンドリュー・モナガン(右)
今秋、日本にやって来るプロダクションの主要登場人物はダブル・キャスト。シンデレラ役は、アシュリー・ショーとコーデリア・ブレイスウェイトの2人が務める。いずれも近年では『眠れる森の美女』、『赤い靴』(2016年初演)などで主役を踊っている華のある実力派だ。また、見せ場の多い天使役を踊るのは、リアム・ムーアとパリス・フィッツパトリック。ロンドン発の人気ミュージカル『ビリー・エリオット』の初代ビリーの一人として日本でも知名度が高いムーアと、ノーザン・バレエ団出身で2017年にボーンの初期作品『アーリー・アドベンチャーズ』で清廉な踊りをみせたフィッツパトリックは、伸びやかな体躯と高い技術力の持ち主。ともに将来はボーン作品の中核を担うダンサーになることが期待される。そのほか、ハリー役のアンドリュー・モナガンとエドウィン・レイなど、全体的に踊れるダンサーが揃った今回のキャスト。当日にならないと詳細は発表されないが、どの組み合わせになっても満足度は高いだろう。

英国らしさ、ロンドンらしさ、そして英ダンス界を牽引するマシュー・ボーンらしさが詰まったマシュー・ボーンの『シンデレラ』。ダンスに馴染みがなくても、英国に思い入れのある人にとっては心惹かれる要素があるはずだ。

マシュー・ボーンの『シンデレラ』
2018年10月3日(水)~10月14日(日)
東急シアターオーブにて上演
http://mbcinderella.com
Text by Shoko Murakami
Photo by Johan Persson
© 2018 Matthew Bourne’s Cinderella Japan Tour.

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