映画「ウィンストン・チャーチル」に見る1940年のリアルクローズ | BRITISH MADE

バス、ときどき地下鉄~英国ヴィンテージな旅へ 映画「ウィンストン・チャーチル」に見る1940年のリアルクローズ

2018.05.03

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3月前半に買付けに行ってきたのですが、ヨーロッパに寒波が来ていた真っ只中にぶつかり、初めて真っ白な雪のヒースローに降り立ちました。吐く息も真っ白、地面の冷たさを足でジンジン感じ、カイロが手放せない日々でした。

買付けの旅で楽しみにしていることの一つが、国際便の機内食と機内エンターテイメントプログラムです。特に後者は10時間以上ある空の旅で私にとってはなくてはならないもの。思い立った時にいつでもこのサービスが利用できることは嬉しく、雲の上の時間を楽しく過ごしています。往路ではできるだけイギリスを感じることができるプログラムを選びます。頭を日本からイギリスに切り替える感じですね。今回、そんな中で見つけたのが、TVドラマ「ダウントン・アビー」と映画「ウィンストン・チャーチル(原題:DARKEST HOUR)」でした。

ところで私は学生時代、世界史が大の苦手科目でした。年号もさることながらカタカナで出てくる人物の名前が頭に入りませんでした。それがアンティーク・ヴィンテージ販売業に携わっている今現在。いつも「イギリスの歴史は知っておいた方がいいよなぁ」と頭の中では思っているのですが……私の中ではチャーチルは苦手な「世界史の人物」の一方で、スーツ姿が個性的でずっと気になる存在でした。今回機内プログラムで映画を見つけた時「きた!これは絶対見る!」と小躍りしました。この作品はアカデミー賞主演男優賞のほか日本人のメイクアップ賞初受賞という話題もあり、皆さんも記憶に新しいのではないでしょうか。現在日本で上映中ですが、私は幸運にもアカデミー賞受賞前、日本封切り前に見ることができたようです。

そして約2時間の映像に完全にノックアウト。映画はとても素晴らしく、当時のチャーチルの首相として抱える苦悩や葛藤と共に、朝からアルコールを飲む破天荒な日常など、ひとりの人間としての強さ・弱さが余すところなく描かれ、とても良く伝わってきました。誰もが称賛するノンフィクション映画であることに大きく頷きます。

映画は貴重なヴィンテージ・クローズの宝庫

この映画が私にとって魅力的だったポイントがもう一点あります。1940年5月という時代背景の映像であったこと。当時の服装を国王・議員から労働者階級まで見ることができたことです。

前回の「ヴィンテージをまとうこと」で古着について書かせていただきましたが、元々私がヴィンテージ雑貨を扱うきっかけとなったのはイギリス古着です。特に1930〜1940年代のドレススタイルは当時の自分には新鮮でインパクトがありました。これが機内で目の前に現れたことはただただ嬉しかったのです。時代考証はしっかりしているでしょうから、登場人物は当時の姿そのもののはず。これまで触れた実際の古着や、資料として持っている昔の本や雑誌にある画像など、記憶にあるものが全て呼び覚まされた思いです。

この時代の服を着た人たちが、当時のロンドンの街を歩き、家の中で会話し食事をし生活している様子は、自分にとって何より説得力があり、素晴らしいのひと言でした。今回は「1940年の服装」に着目して登場人物や印象に残ったシーンを元に、この映画の魅力をご紹介してみたいと思います。

議員のスーツ姿

20180503_Churchill_gikai クラシックなダークスーツに身を包んだ議員たち(パンフレットより)
映画冒頭の議会のシーンで数百人のスーツ姿の議員たちが真上から見えます。まずここで圧倒されました。その後発言中の議員がアップになり、周辺の人達の姿が見えてきます。映画は全体的に暗くて、はっきりした色は分からないのですが、皆ダークスーツに身を包んでいます。そしてほとんどが3ピース。挿しているチーフの色は白。シャツの襟のバリエーションは興味深く、レギュラーからワイドの現代とは逆で、レギュラーからナロータイプの細長い形状が大半です。ここにタイを合わせており、ノットは必然的にコンパクトな大きさで、タイ自体が肉厚なものではないことが想像できます。

映画の主要人物の一人である、時の首相チェンバレンがウィングカラーを着ていたことには驚かされましたが、他にも同じカラーの議員が何人かいます。ウィングカラーはフォーマルウェアという認識はありますが、議会で着用される時代があったとは知りませんでした。そしておそらくほとんどの議員のシャツの袖にはカフリンクスが見えます。議会全体がとてもクラシックな装いで埋め尽くされているのですが、そこには国を導く場としての凛とした空気を感じます。

チャーチルのスーツスタイル

20180503_Churchill_suit 3ピーススーツにドットのボウタイを合わせるチャーチル(パンフレットより)
これはトレードマークなのでしょう。チャーチルは必ずドットのボウタイを締めています。着ているスーツは3ピースで、無地とストライプのスーツ姿を見ることができます。チャーチルに限らず映画内のスーツ姿には無地・ストライプ・ドット、というベーシックな柄しかほとんど見えてきません。非常にストイックな雰囲気を感じますが、これが現代でいうところのブリティッシュスタイルの一つの特徴であるように思えます。また彼は必ずベストにウォッチチェーン、右手の薬指にリングをしています。外出時には帽子を被り、ステッキを持ちます。紳士の小物はこうやってスーツと合わせるのだというとても良い例をチャーチルが見せてくれています。

チャーチルから気付くブリティッシュスタイル

彼の姿を通じてブリティッシュスタイルでの個性の出し方というものを見た気がしました。現代のスーツには生地自体の色がダークからライトまでトーン(明るさ)の種類があります。ネクタイはトーンに加えカラーも豊富なので、組み合わせるとスーツスタイルのバリエーションはとても幅広いです。それに比べるとこの映画に出てくる議員のスーツは、ダークカラーのスーツがほとんど。ネクタイのカラーもスーツに似たものがほとんどのように見えます。今の時代でいうところの正統派なバンカースタイルのイメージでしょうか。

その中でチャーチルのスタイルは、丸っこい体形を包む3ピースのスーツにドットのボウタイだけでとても印象的に見えます。トーンやカラーのバリエーションが少ない中でいかに個性を出すか。ここにブリティッシュスタイルの考えを感じます。明るさ・色もしくは柄などでの「見て分かりやすい違い」で個性を出すというよりも、あくまでベーシックなものを組み合わせ、着る人の体形やシルエットを含めた「人と服を合わせたトータルの違い」で個性を出すという感覚です。スーツに着られてしまうのではなく、スーツを着こなしているからこそ出てくる個性なのかもしれません。

チャーチルのスーツから見えるトラウザースの魅力

私がこれまで見た印象では、1930~1940年代のスーツはノーベントの上着と腰回りがゆったりしたブレイシズ仕様のトラウザースの組み合わせがほとんどです。そしてイギリスのスーツは「立ち姿の美しさ」を大切にしますが、この時代のスーツを見ると納得できる部分が多いです。トラウザースには縦のラインを出すためにプリート(pleat:ひだ)が入っていて、その向きは内側を向いたフォワード・プリーツ(イン・プリーツ)。これはイギリスのディテールです。生地が下にスーッと落ちるラインと、フォワード・プリーツでできる陰影にとてもイギリスを感じます。映画でも注意して見ると、トラウザースのこの縦のラインに気が付きます。
20180503_Churchill_pants 1940年代トラウザースのフォワード・2プリーツとブレイシズ、ハイバック仕様
20180503_Churchill_pants2 左:十分な生地を使って仕立てられたシルエット 右:1940年代ファッションプリント、きれいな縦のライン
もう一つ、この時代のトラウザースの特徴として、生地をたっぷり使って仕立てられていることが挙げられます。それを感じる印象的なシーンがありました。映画の中でチャーチルが地下鉄に乗り人々と会話をする場面があるのですが、その後、彼が電車から降りて歩く後ろ姿が映し出されます。この時トラウザースがとても揺れているのが分かります。さらにその後国会議事堂に着いてからも歩く姿でも同じ様子が見えます。この時代のスーツは「エレガント」という言葉で表現されることが多いのですが、その理由は立ち姿と共に、歩きながら揺れるトラウザースにもあると想像しています。

ジョージ6世、秘書アンソニー、ほか

20180503_Churchill_food ジョージ6世とチャーチルの昼食のシーン(パンフレットより)
国王ジョージ6世はこの映画の重要な存在であり、登場シーンはこの映画に緊張感を与えます。それを体現するかのように、彼の姿勢は見事です。立っているときも座っているときも。そしてそれを強調するかのように、身にまとう国王の正装またはスーツもきれいなシルエットです。映画最後のエンドロールを見ていた時、「チャーチルとジョージ6世のスーツはヘンリー・プール製作」という文字が一瞬目に入りました。その後手に入れたパンフレットにもヘンリー・プールの記述があります。ヘンリー・プールはサヴィル・ロウのテーラーでありチャーチルは顧客でした。また歴代の国王のワラントも持っており、ジョージ6世も含まれています。この点も衣装のディレクションが見事であると感じました。
20180503_henrypool1 衣装を製作したヘンリー・プールがHPでアカデミー賞受賞を掲載(画像:HENRY POOLE & CO HPより)
20180503_henrypool_2 ヘンリー・プールHPに掲載されているチャーチル(画像:HENRY POOLE & CO HPより)
チャーチルの秘書アンソニーのシャツの襟元にも注目して見ていただきたいです。必ずカラーバーをあしらいタイトに演出しています。このアクセサリーひとつで襟元の雰囲気がグッと締まります。

チャーチルにとって大切な存在となるタイピストのミス・レイトンに、規則の説明をする男性がいます。この人がシングル・ピークドラペルの上着を着ていました。「シングル・ピーク」は1930年代スタイルの一つのアイコンでもあるのですが、現代とは違いラペル幅がやや広いです。しかしそれでいて重くならない落ち着いたバランスで仕立てられていることが確認できます。アイコン故、映像の中では他にも何人かはっきりと見かけるディテールでした。

ヘッドドレス・帽子

20180503_Churchill_heddress クレメンティーンとレイトンのヘッドウェア(パンフレットより)
チャーチルの妻クレメンティーンとタイピストのレイトンはスクリーンでヘッドドレスまたは帽子姿を何度か見せます。この時代の資料となるような写真集などを見ても女性がドレスアップにヘッドドレスをあしらう画像を多く見ます。そして男性も外出時には必ずと言っていいほど帽子をかぶる時代でもあり、階級の違いはあれど、頭から足の先まで装うという意識を持っている時代だったのかもしれません。

街ゆく人々の姿

映画の中でチャーチルの乗った送迎車から見える、ロンドンの街の人々を映し出すシーンが2度あります。どちらもスローモーションなのですが、これが見事です。スーツ姿の会社員、ワークウェアを着て清掃する労働者、働く女性、遊ぶ子供たち。もちろん議員たちのようなドレスコードはありませんが、全ての装いに現代とは明らかに違うクラシックな雰囲気が漂います。私は思わず身を乗り出して見てしまいました。

もう一人。
ラストシーンとなるチャーチルの下院での演説が始まる時。おそらく自宅でしょうか、カメラの前にいる妻クレメンティーンがスクリーンに出てきます。同時にカメラマンの姿が見えてきます。白シャツ+ネイビーのニットのトップスに茶のトラウザースを合わせていますが、このトラウザースが前述のフォワード・2プリーツのディテールであることがはっきりと見えます。ここでも1940年という時代を強く実感しました。

地下鉄シーン

20180503_Churchill_underground 地下鉄に乗ったチャーチル、UNDERGROUNDのマークが見えます(パンフレットより)
映画のラストを決定づけるシーンとして、チャーチルが人生初めて地下鉄に乗る場面が出てきます。地下鉄好きの私としては見逃すわけにはいきません。チャーチルはひと駅だけ乗るのですが、乗車前に女性に国会議事堂のあるウェストミンスター駅への行き方を尋ね、女性は「ディストリクトラインで東へひと駅です」と答えます。調べると乗車駅は「St. James’s Park」。車内にはボックスシートもあり驚きました。私は一度コベントガーデンにある交通博物館で昔の地下鉄車両に乗ったことがあるのですが、そこで感じたレトロな空間が映画の1シーンとして目の前に映し出されるという体験は貴重でした。

そして、そこで会話をする一般市民の姿がまた興味深いです。外出着を着た働く男性・女性たち、夫婦、カップル、赤ちゃん連れの母親に交じって、帽子をかぶった葉巻を吸う3ピーススーツのチャーチル。1940年代の服装が一同に会したようなシーンです。アイテムそれぞれの魅力もさながら、それらが当時の地下鉄車内に集まることで、とても生き生きとした当時のリアルクローズとして目に入ってきます。

歴史を知って現代の服を着る楽しさ

今回、自分が没頭した時代だったこともあって、この映画を通じて改めてクラシックを知る機会になりました。

気がつくと、現代では女性のワイドパンツの流れが男性にも出てきており、それはドレススタイルにも及んできていることをご存知の方は多いと思います。それが「クラシック回帰」と呼ばれているのは、この映画の1930~1940年代のクラシックスタイルが少なからず影響しているのかなと私自身は感じています。ファッションの歴史は繰り返されると言いますが、20世紀全体のスタイルを知ることができたら、きっと実感できると思います。流行だからワイドのパンツを合わせるのではなく、こういう時代の服装を知った上で合わせてみる。そんなスタイリングには、単に雑誌を真似たものではないその人のオリジナリティが見え隠れするのではないでしょうか。

一部映画館では、「ウィンストン・チャーチル」まだ上映中です。気になった方、ぜひ映画館に足を運んでみてください。そしてご覧になる方、ぜひエンドロールの最後まで席を立たないでくださいね。

Text&Photo by Toshihiko Tomizawa

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富澤利彦

富澤利彦

靴・服好きが高じ30代に初めて渡英。以来、会社員時代はずっとブリティッシュスタイル。ファッションから広告・雑貨にも興味は広がり、2016年から妻が始めた「Antiques Harmonics」に本格的に参加。新旧の英国モノを毎日楽しむ日々を過ごしています。

Antiques Harmonics
(アンティークス・ハーモニクス)

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