2014.08.08

Little Tales of British Life 郊外の散歩

英国で一番好きな場所はどこですか?

「英国で一番好きな場所はどこですか?」英国と関わってきた期間が30年以上に及ぶためでしょうか。日英の方を問わずよく受ける質問です。即座に思い起こすのは、ノース・ダウンズ(直訳すると「丘陵の北側」)から眺めるイングランド南部ケント州の光景です。
イングランド・ケント州ノース・ダウンズから南を望む風景。ジブリのスタッフがこの景色を観て、空を飛ぶイメージを広げたとか?

質問される方は、一瞬「えっ!」と戸惑いを含んだ意外な表情をなさいます。たぶんロンドン周辺のランドマークを期待されるのでしょう。 郊外と言っても、列車でロンドンの中心から20~30分離れた地域や住宅街に行けば、必ず見られるのがこの標識です。大土地所有制の名残で、広大なマナーハウスや農地を所有する方々の厚意「高貴なる者の義務(ノブリス・オブリージェ)」として、誰でも生垣沿いを散歩しても良いという決まりが100年以上前から設けられています。 もちろん、それは自治体と所有者とが合意した部分に標識が掲げられています。そして、この標識沿いの散歩では、英国に対する認識を新たにするものや、確信させてくれるものがちょこちょこと見つかるのです。
パブリック・フットパスを少しでも離れて歩くと、突然猟犬が走って来て、その後に所有者が現れることもある。また、犬と一緒に散歩しているときの注意として、放牧中の羊、馬、牛を驚かそうものなら、撃ち殺されても文句が言えないことになっている。散歩中、地主らしき人物を見かけたら、躊躇することなく、挨拶しよう。

初めて観たケント州の景色は、緑芝のなだらかな丘陵がどこまでもうねって行く(地質学上)老年期のカルスト台地でした。白雲の薄い陰影が散らばり、陽光に輝く緑の風景は、ジブリアニメの象徴とも言える登場人物が、天空を駆けめぐる映像を思い起こさせます。緑のうねりは地平線の遥か彼方まで続くのです。ブリテン島は意外に大きいと感じさせられます。 しかし、燃料や牧畜のために広葉樹を伐採した結果として、ブリテン島は緑芝で覆われることなったわけで、人口過剰で国内資源の不足した島国が大航海時代に導びかれていったという史実から考えると、英国の田園風景は自然美というよりも、造形美なのかもしれませんですね。
丘の頂上にある人家付近から斜め右に下るように走る生垣は囲い込みのために作られたもの。頂上付近には小作農のコテッジがあり、囲い込みによって収入が絶たれた農民はロンドンに転居し、工場労働力として英国の産業革命を支えることになった。

なだらかな丘陵の中に縦横に走る生垣と、点在する小作人の集落(跡)の組み合わせは、まさに荘園制の名残でもあるのです。この景色を話題に「あの生垣が農村から小作農民を閉め出したenclosure(囲い込み)の跡なのですね」と言うと、「そんなことは英国人でも気づかないよ。お前は英国がよっぽど好きなんだな」と英国人に喜ばれます。 日本では中学の授業で、英国産業革命の直前に起きた史実として、誰もが教わったことですが、英国で一番美しい風景に、歴史的な意味を添えてくれた日本の教育が、英国人には少々意外でもあったようです。


2014.08.13
Text&Photo by M.Kinoshita

plofile
マック 木下

マック木下

ロンドンを拠点にするライター。96年に在英企業の課長職を辞し、子育てのために「主夫」に転身し、イクメン生活に突入。英人妻の仕事を優先して世界各国に転住しながら明るいオタク系執筆生活。趣味は創作料理とスポーツ(プレイと観戦)。ややマニアックな歴史家でもあり「駐日英国大使館の歴史」と「ロンドン の歴史散歩」などが得意分野。主な寄稿先は「英国政府観光庁刊ブログBritain Park(筆名はブリ吉)」など英国の産品や文化の紹介誌。

マック木下さんの
記事一覧はこちら

RECOMMEND