バスルームの不思議 | BRITISH MADE

Little Tales of British Life バスルームの不思議

2014.10.16

婉曲的な表現を好むからでしょうか。英国人はトイレを使いたい時、Could I use the bathroom? と尋ねます。

婉曲的な表現を好むからでしょうか。英国人はトイレを使いたい時、Could I use the bathroom? と尋ねます。バスルーム(私宅)とか、レストルーム(公共の場)と言うと、toiletよりも用途の含みが広くなるので、言葉としての清潔感があります。あるいは一般的に、直接トイレを意味するLooというインフォーマルで、直接的な言葉を使いますが、bathroomと同様によく使う言葉です。

Looの語源は様々ですが、召使が主人の用便を2階から外の道路に投げ捨てる場面で、その道を行くフランス人が頭上から降りかかる汚物を避けるためにregardez l’eau (水に気を付けろ)と叫んだことに由来するという説もあります。水洗トイレが普及する以前は、寝室やバスルームには用便用のポットが置かれていたわけで、プライベートな部屋は、正にご不浄の場でもあったわけです。


平均的なバス付き風呂場。と言っても、第一次大戦直後に復員兵の家族や地方から集まった労働者を確保するために、当時の企業が職員住宅としてロンドン郊外に建てた急ごしらえの長屋の一世帯。全体的に間取りは極端に狭い普請で、第二次大戦後になって一室に無理やりバスタブを置いた感じです。建築当時はちゃんとしたバスタブなどなく、台所で樽にお湯を張って身体を洗う行水でした。トイレは長屋数軒ごとで供用していたのです。現在でも、地方都市に行くと住宅用の共同トイレは存在します。映画「ビリー・エリオット」を観るとその様子がよく判ります

現代でも、英国人はお湯で身体を洗い、すすがずにタオルで身体を拭いて、お風呂を終えてしまうのです。皿洗いと同様にお風呂でも「汚れを薄める」だけなのですね。「洗い流し清める」ことを是とする我々日本人であれば、西洋風呂の後はシャワーを上がり湯にして身体をすすぎますから、常識が根本的に異なるのです。


左からはやけどするほどの熱湯。右からは冷水。さて、この洗面台で適温のお湯を使う方法はあるでしょうか?潔癖症でなくても、ヒト様のお宅でさえ洗面台に溜めた水を使う気になれない方も多いと思います。ましてや、排水栓が付いていても、公共の洗面台を使う人など見たことがありません。しかし、この洗面台の光景は英国では極めて普通です。この水道栓は何故に2つに分かれているのか。一説に拠ると、お湯と水とが一緒に出て来る水道栓の鋳型は…とても高価なのだそうです

ご存知のように、ほとんどのバスルームにはトイレが付きものです。つまり、総じて水を使う場所なので、欧州の殆どの国のバスルームでは、消防法により電気の使用が禁じられています。例外は照明のライトと髭剃りくらいです。ヘアドライヤは寝室の鏡台で使うものです。洗浄便座(ウォシュレットやシャワートイレ)が欧州で普及しない理由がこの消防法にあります。

髭剃り用の電源。英国だけでなく、欧州全域で、このソケットはホテルなどのバスルームで使われています。ここからヘア・ドライヤー、充電機器などの電気機器の電源を取ることは出来ません。ましてや、ウォシュレットやシャワー・トイレなど言わずもがな。バスルームに関する限り、漏電を考慮する英国の消防法は、施行以来ほとんど見直されていないのです。でも、英国では、トイレに電気機器が無くても、なんとかなるよなあ、という気分になります
スイスのジュネーブで毎年開かれる発明展。2010年5月の展示会では、この英国人男性が創った手動レバー式洗浄機付きトイレが出品された。まず、シャワーを発射させるためにレバーを数回漕ぐ必要がある。また、シャワーを使うとタンクの水が無くなるので、水洗用の水がタンクに溜まるまで、相当の時間を費やす。もちろん、温水はない

前世期から、電気を使わない手動ポンプ式の洗浄便座を発明した人物も何人か現れていますが、どれも市場に出回ることはありませんでした。実際に2010年頃にジュネーブの発明展で見たことがありますが、使い勝手も複雑で、使っている途中で嫌になって本来の目的を忘れて、ズボンを履いてしまいそうになるのではないかと思ったほどです。因みに、その発明者は数年前に日本に旅行した際に洗浄便座に感激したので、欧州の法律に沿ったものを創りたかったと話してくれた英国人でした。

英国人が日本人のように利便性を追及しないのは何故だろうか、と考えることはしばしばですが、このように努力してきた人もいることはいるのですね。一般的に、英国人と言えば、モノを創りだすことや、そのクオリティを長年に渡って頑固に維持することは得意だけど、さらに改良したり、向上させたりすることはあまり得意としないと、言われがちです。

バスルームに関する限り、英国人がWater Closet(WC、水洗トイレ)のシステムを16世紀中ごろに創りだし、その後19世紀後半に下水施設が整備されることで普及すると、トイレは臭い場所ではなくなり、身近で清潔なものになりました。しかし、その後に洗浄便座という発明をしたのは、戦後の日本のトイレ文化であったというわけです。日本は水と電気との相性を克服したと考えればいいのか、それとも英国がその相性に対していつまでも慎重であると言うべきなのか。長い間英国に暮らしていても未だに答えは出ていません。



18世紀以前の古い街並みには、必ず2階部分が出張った家が残っています。行水と用便を足す寝室は2階にありますから、使った水と排泄物は2階の窓から道路に捨てたわけです。2階部分が1階よりも出張っているのは、1階の壁を汚さない工夫なのです。英国の下水道の発達は欧州で最も早いものでした。それでも、ロンドンの下水道を設計施工したジョーゼフ・バザルゲット卿の登場を1865年まで待たなければなりませんでした

英国に棲み始めて以来、バスルームで一人落ち着いて、レストを得てリラックスする度に、一人の日本人は外国人として、母国のトイレと英国のバスルームと、その文化比較をしながら、少しずつ素朴な疑問を抱きつつ、且つ解こうとしつつあるというお話でした。



2014.10.22
Text&Photo by M.Kinoshita

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マック 木下

マック木下

ロンドンを拠点にするライター。96年に在英企業の課長職を辞し、子育てのために「主夫」に転身し、イクメン生活に突入。英人妻の仕事を優先して世界各国に転住しながら明るいオタク系執筆生活。趣味は創作料理とスポーツ(プレイと観戦)。ややマニアックな歴史家でもあり「駐日英国大使館の歴史」と「ロンドン の歴史散歩」などが得意分野。主な寄稿先は「英国政府観光庁刊ブログBritain Park(筆名はブリ吉)」など英国の産品や文化の紹介誌。

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