2月のイギリス。極寒の日々と人々の気持ち | BRITISH MADE

Little Tales of British Life 2月のイギリス。極寒の日々と人々の気持ち

2015.02.02

この季節に行う告白は「愛」だけではないんですね。「罪」を告白する宗教行事もあるのです。

もうすぐバレンタインデイです。英国に棲んでいても、あまり話題にされることもない日かな?という印象なのですが、1980年代にロンドンのCityで働き始めた頃、2月14日の帰宅直前に英人女性の同僚から “ Happy Valentine”と言われたことがあります。言外には「家族や仲良しのお友達と一緒に良い時間を過ごしてね」という意味と、独身者同士の場合「お暇なら私を誘ってね」という2つの意味があります。ちょうど「メリー・クリスマス」と同様に時節の挨拶なのですね。日本の節分や雛祭りのように、家族や大事な人との時間を過ごすための節目のひとつでもあるのです。

日本人が季節の行事を大事にするように、生活のメリハリを付けるとか、宗教的な行事は伝統として継承すべきだとか、キリスト教徒としての行いを全うしたいとか、英国人の中でも様々な理由で歳時記を重んじては、我々外国人にも時世の挨拶をしてくれるのです。

ところで、ある勤め先でのバレンタインデイでは、独身女性たちの机の上に花束やプレゼントが置かれている光景が展開されていました。毎年のことでしたが、こういう習慣のある会社とまったくない会社と、どちらもあるので、特定の会社の習慣を果たして典型的な英国のバレンタインデイの習慣と述べて良いモノかどうか判らないのですが、拙子らの学校(小中高校)や、過去の映画やドラマでも展開されていた状況ですので、当方の経験の範囲で一応紹介しておきます。


2006年の2月上旬にアフタヌーン・ティの取材でロンドンのフォーシーズンズホテルを訪問すると、ロビーに飾られていたフラワーアレンジメントです。テーマはバレンタインでしたが…。ロンドンの高級ホテルでは季節に合わせたテーマで花の意匠が換えられています。

人気のある女性の机の上は多数の男性からのプレゼントで山盛りになるのですが、差出人の名前は書いてありません。そして、メッセージはFrom your secret admirer(貴女の隠れファンから)など愛(恋?)の告白のそのものです。でも、差出人が誰であるかは決して判らないのです。そこから先は当事者間のコミュニケーションで互いの気持ちを確かめ合う、まるでゲーム感覚です。互いの探り合いで誤解が生じたり、まったく意中ではない男性を傷つけてしまったり、詮索自体が結構リスキーでもあり、悲劇を起こすこともあるようです。しかし、関係修復も含めるからこそ、大人のバレンタインデイは楽しいのだと言う同僚もおりました。英国人ってのは「イタズラ好きな大人」かもな、と思ったものです。

また、この季節に行う告白は「愛」だけではないんですね。「罪」を告白する宗教行事もあるのです。それが、「パンケーキ・デイ」です。太陰暦に基づいて行われるために毎年開催日が異なりますが、2015年の場合は2月17日、Shrove Tuesday(イースターの41日前の火曜日)と言われる日です。

パンケーキの種類にもたくさんあります。画像はクランペットと言われる小型パンケーキ。 予め焼いておいたものを温め直して、ハチミツやバターを塗って頬張ります。生地がしっかりしているので、ビーンズや目玉焼きには合いません。
干しブドウを練り込んで焼かれたホットクロスバンもイースターの四旬節(46日前)から頂くパンです。復活祭の前は身を清める意味で、脂っこいものを避ける風習があるのです。但し、今時の英国人がそこまで判って食べているかどうかは定かではありません。レシピはこちらでご覧頂けます。

かつて、キリスト教徒はこの日に教会で罪の告白をし、イースターまで断食をしたのです。断食と言っても完全な絶食ではなく、乳脂肪分たくさんのパン・ケーキなど予め禁忌と定められた食事を摂ってはならないということでした。罪(と感じた自らの行い)を告白し、断食で穢れを落とし、清らかな気持ちでキリストの復活を祝うのです。これも精進料理で心身を清める仏教の習慣を思い起こさせますね。

各地の商店街で行われるゴルゴダの場面の寸劇。イエス・キリストのこの姿を見て、キリスト教徒は罪悪感を持つことを学び、贖罪の儀式に臨むというのが本来の在り方です。そうすると、イエスキリストは復活し、皆で祝うのがイースター祭りであるわけですね。
イエス・キリスト役の準備中。左に居る女性がメイク担当。キリスト役が右手にしているのはチョコレートソースのボトル。赤い血糊はストロベリーソース。この後、彼に話を聞くと「終わったら、ガールフレンドたちに身体を舐めさせるんだ」と、神様とは思えぬ発言でした

現在も独特の形でこの風習を残している地域がいくつかあるのですが、中でも有名なのはバッキンガムシャーで行われる女性だけのパン・ケーキ競争です。

パン・ケーキ競争「Olney Pancake Race 2012」

勝者は祈祷書を貰えるというのが、数十年前まではとても名誉あることでしたが、最近の商品はワインやチーズなどやや俗っぽいものになっているようです。

冬至からひと月もすると日照時間は長くなりますが、陽の射すことの希な英国の低いグレイ色の空のもと、凍えながら生活しているとだんだん気が滅入ってきます。春を迎える歳時の節目に「愛」やら「罪」やら、心の中に溜まったものを曝け出して浄化し、心を軽くするとは、正にカタルシス効果でもあります。ケルト人やアングロサクソン人たちが古代以来、この効果を宗教の習慣へと組み込んできたことは、心身の健康を維持するための知恵だったのかもしれません。


2015.2.4
Text&Photo by M.Kinoshita

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マック 木下

マック木下

ロンドンを拠点にするライター。96年に在英企業の課長職を辞し、子育てのために「主夫」に転身し、イクメン生活に突入。英人妻の仕事を優先して世界各国に転住しながら明るいオタク系執筆生活。趣味は創作料理とスポーツ(プレイと観戦)。ややマニアックな歴史家でもあり「駐日英国大使館の歴史」と「ロンドン の歴史散歩」などが得意分野。主な寄稿先は「英国政府観光庁刊ブログBritain Park(筆名はブリ吉)」など英国の産品や文化の紹介誌。

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