2015.02.18

Little Tales of British Life 「英国人のふところの深さはコモンセンスから」

コモンセンスの「コモン」とは共通や共有を意味しますが、「common : 共同で使う用地」という意味もあります。

見識の高い人を褒める表現として“He has a plenty of common sense” と言うことがあります。

常識という言葉の扱い方は、日本語の場合「それは常識ですよ」と、やや否定的に使われますが、英語の場合「彼はコモンセンスが豊富な人だ」と、褒め言葉で使われるのです。その実、コモンセンスとは、必ずしも「常識」とは訳せないのです。

Common Senseの原義を辿れば、「共通の感覚」です。翻って「社会生活をする上で、誰もが知っているべき共通の認識、あるいは、思慮、分別、良識など倫理的な事柄」ということになります。したがって、上の英文を訳すなら、「彼は(判断力に長けた)教養溢れる人物です」あるいは「彼は見識の高い人だ」という意訳も可能であると思うのです。


ロンドンのSW(南西)地区にあるクラパム・コモン。1900年頃、文明の利器が嫌いだった夏目漱石は大学から徒歩で行ける場所としてこの地を選んだという逸話があります。ここから彼の所属したロンドン大までは2時間掛かる筈ですが、ロンドンヴィクトリア駅までは10分ほどの距離です。漱石はここでサイクリングや散歩を楽しみました。1700年代に遡ると近隣住民が自由に放牧していたこともあるそうです。現在、周囲は高級住宅街。

日本語で常識と言えば、「是か非か」つまり、「あるか、ないか」のどちらか(知っているか、知らないか)ということになります。常識的な判断とは、世の中の大半が納得するやり方や結果を意味するわけですから、常識は民主主義を支える大事な要素である一方で、一般的な知識と凡庸な知恵でも充分に判断可能な教養とも言えるわけです。

もちろん、英語にも日本語と同じ「そんなの常識じゃん」という意味や使い方もあるのです。しかし、言葉の成り立ちに戻って、この「たくさんの常識」という表現の背景を考えると、主語となる「彼」は経験を積んだ年長者かもしれませんし、とても博学なのかもしれませんし、知識は無くても深い知恵で人々を納得させられる人かもしれませんし、リーダーシップを執るべき見識の高い立場の人かもしれませんし、海外でいろいろな文化や異なる常識を経験して来た人なのかもしれません。

一般的に専門性の高い英国社会では、知識はその専門分野だけに集まりがちに思われます。一方で、アイディアの発露や、それを実践し、運用する力や表現力は日本人と比較しても豊かに思えます。一つの目標やコンセプトに向かって突き進み始めると、様々な専門家たちがいろいろなやり方を提案しては、経験論的に実行可能かどうかいろいろな知識を集めあって議論していきます。

ところが、理論と機知を重視する英国人にとって、他の分野の知識や一般常識が無いことは特に恥とは感じないようで、意外な発言も見られます。会議に臨むと、状況によっては日本人として「常識だろ」と思うようなことも起こります。しかし、むしろツッコミどころが多くなりますし、ヒトの愛嬌に触れて楽しくなります。常識に囚われずに話のまとめ役になる人はもちろん、会議の流れに沿って元気にたくさん発言する人が英国では尊敬されます。異国人や他者の“a plenty of common sense”を受け容れるだけの度量、つまりふところの深さを英国人が持つということなのです。

リドルズダウン・コモンはロンドンから列車で南に1時間の距離。ロンドン市は市民の憩いの場を郊外やイングランド各地に作りました。土地を買収し、公園のように維持管理をして、ロンドンで働く労働者たちが週末に家族で団欒する場所を提供したのです。コモンズはこうやって、行政の手によって長い伝統を維持しています。これこそ、英国の常識のひとつなのです。日本でも、企業や自治体が伊東や熱海に保養地を維持していますが、英国のコモンズと同じコンセプトと言えるでしょう

コモンセンスの「コモン」とは共通や共有を意味しますが、「common : 共同で使う用地」という意味もあります。ロンドンの周辺にもClapham CommonとかBromley Commonという地名もあります。そこでは、何世紀も前からその共有地で誰かが自由に牛や羊を放牧していたりします。テムズ河畔ですと、王室の憲章で認められたCommonsというエリアも存在します。それぞれのローカル・コモンには、それぞれのルールやしきたりを遵守する範囲で、その地域の土地利用や運用に関わる人たちとの間で自由と秩序のバランスが保たれているのです。つまり、共有の関係を何百年にも渡って続けていくから伝統となるのであって、近隣住民の同意を得たコモンセンスとして成り立つのです。

右はテムズ河です。河畔の広場にはコモンズが広がっていますので、地元民は何世紀にも渡って放牧をしています。ここはパブリック・フットパスですが、元来から所有者を特定できる私有地でもありません。あえて所有者を言えば、近世までは近隣住民、そして現代では行政体です。対岸は少々険しい浸食崖の地形ですが、その周辺には世界でもトップクラスの富豪たちが開発した巨大な別荘地になっています

テムズ・コモンの対岸は大富豪の私有地。私有とコモン(共有)とは、相反する概念です。その境界がテムズ河とは、なんとも皮肉な気がします

もっと簡単に言えば、厳格なルールでがんじがらめにされているわけではなく、最低限のルールさえ守れば、他には何をやってもいいよという自由さが経験論(今までの常識の範囲でやって行こうよという考え方)を重んじる英国人の姿なのですね。その自由と寛容の精神の根底には、やはり英国人のふところの深さを感じるのです。

ロンドンを一望するPrimrose Hill。この地は元来王室の狩場でしたが、コモンズとしての役割もありました。18世紀のロンドンでは、街のど真ん中で狩りや放牧が可能だったようです

社会共有財産としてのCommonsと教養としてのcommon senseの意識。どちらも、英国人の常識そのものです。しかし、30年前に日本を離れた在英邦人は、英国に住みついて数年経つまで、まったく気付かないことでした。 辞書には載らないであろう言語学、文化人類学を越えた話が、皆さまの生活にどれほどの役に立つかどうか判りませんが、英国人の懐の深さの理由として、且つ皆さまの触れる英国製品を作る職人さんたちの背景として捉えて頂ければ幸いです。職人さんたちの培った技術とは、長年のコモンセンスの積み重ねでもあり、決してブレることのない叡智でもあるのです。


2015.2.18
Text&Photo by M.Kinoshita

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マック 木下

マック木下

ロンドンを拠点にするライター。96年に在英企業の課長職を辞し、子育てのために「主夫」に転身し、イクメン生活に突入。英人妻の仕事を優先して世界各国に転住しながら明るいオタク系執筆生活。趣味は創作料理とスポーツ(プレイと観戦)。ややマニアックな歴史家でもあり「駐日英国大使館の歴史」と「ロンドン の歴史散歩」などが得意分野。主な寄稿先は「英国政府観光庁刊ブログBritain Park(筆名はブリ吉)」など英国の産品や文化の紹介誌。

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