2015.11.25

Little Tales of British Life 鐘の鳴る風景

1980年代、シティの商社マンだった頃の話です。ロンドンに着いて、まだ3日目のことでした。Cheap Sideという世界の金融街の中心地を歩いているとSt Mary-le-Bowという教会の前で看板に気付きました。なんと” Lunch Time Service”と書かれているではありませんか。「へ~ぇ、さすが慈善事業に熱心なお国柄だなあ。恵まれない人たちに昼ごはんを振る舞うのか」と、とても感心しました。

でも、待てよ。と思って、教会の礼拝堂の中に入ってみると、まばらに人が座っているだけです。ホームレスの人がスープやパンを配膳してもらう列などはどこにも無さそうです。もちろん、食べ物のニオイさえしてきません。ただ、祭壇で牧師さんが礼拝を行っているだけでした。よくよく考えてみると、Lunch Time Serviceとは「昼の礼拝」の意味だったのですね。東京から来たばかりの若輩邦人には、看板がサービスランチに読めてしまったのです。ご存知のようにservice lunchという表現は英語にはありません。

この話は自虐ネタとして今でも時々使います。とても日本人らしい勘違いではありますが、英人にはウケるらしく、ジョーク好きで敬虔なキリスト教徒である義父は今でもこの話に尾ヒレを付けて何かの折に教会関係者に話すそうです。

20151125_main1Bow Bellsの鐘の音は対岸のSouthwark(サザーク)までは聞こえてきません。辛うじてSt Mary-le-Bow教会の尖塔が見えます。聖ポール大寺院よりも右側の尖塔2つのうちのどちらかです。教会の画像が見つからなくて、申し訳ありません。

 

さて、前置きが長くなってしまいましたが、このSt Mary-le-Bowという教会は、鐘の音で有名です。真のロンドンっ子はこの鐘の音の鳴る範囲で生まれ育った者だけとも言われるからです。先の記事で紹介したBillings Gate Fish Marketのウナギ屋さんのオジサンは、部外者には判り難くてもコックニーを話し、標準語などで決して改めようとしない真のロンドンっ子を自負し人物でした。

20151125_main2こうして俯瞰してみると、やはりシティとイングランドとは違う国だったんだなあ、と実感します。

 

鐘の音の聞こえる範囲はそう広くはありません。城壁内のシティの中心地だけになります。東はキャノン・ストリート駅界隈、西はセントポール寺院辺り、南側はマンション・ハウス辺り、そして北側はギルド・ホール近辺くらいではないでしょうか。もちろん、その中心地でも、教会はいくつかあるのですが、ロンドンっ子たちは自分たちの所属する宗派の教会をその鐘の音で聞き分けます。特にBow Bellsの鐘の音はBBCの放送終了時に使われていました。ここ数年、加齢のせいか遅くまで起きていられないので、確認していませんが、デジタル化した今でも受信確認のために使われているかもしれません。
以下、ご参考。
BBC Bow Bells
https://www.youtube.com/watch?v=iT096IUvqtU

20151125_main4シティ外周の北、ロンドン博物館と聖ポール―大聖堂との中間地点に近いここら辺もBow Bellsの聞こえる範囲

 

この鐘の音が交錯するゆえに生まれたマザー・グースの歌もあります。題名は「オレンジス&レモンズ」で、この歌を知らない英国人は居ないと思います。この歌から如何に教会の鐘の音と英国人との関係が作られていったかということも伝わってきます。

子守唄として歌われることもあり、歌の最後には「早く寝ないと首切り人が来るぞ」という脅し文句も付いています。僭越ながら、当方の意訳付きでご紹介します。

Oranges and lemons(オレンジス・アンド・レモンズ)
Say the bells of St. Clements(と、聖クレメンツ教会の鐘が鳴るよ)
I owe you five farthings(あんたにゃ5ファーシングの借りがある)
Say the bells of St. Martins(と、聖マーティンズ教会の鐘が鳴るよ)
When will you pay me?(いつ払ってくれるんだい?)
Say the bells at Old Bailey(と、オールドベイリー教会の鐘が鳴るよ)
When I grow rich(金持ちになったらね)
Say the bells at Shoreditch(と、ショアディッチ教会の鐘が鳴るよ)
When will that be? (それはいつだい?)
Say the bells of Stepney(と、ステプニィ教会の鐘がなるよ)
I’m sure I don’t know(さあ、知らないね)
Says the great bell of Bow(と、ボウの大きな鐘が鳴るよ)

Here comes a candle to light you to bed(お前をベッドに連れて行くろうそくが来たぞ)
Here comes a chopper to chop off your head(お前の首をちょん切る役人が来たぞ)
Chip chop chip chop the last man’s HEAD!
下線で引いた部分がロンドンの教会ですが、教会や鐘を擬人化した歌詞でもあり、最後のbell of BowはMary-le-Bow教会を示しています。以下、子供用にアレンジされた韻ですが、こちらもご参考に。我が子らが幼い頃に、妻がこの歌をハミングしていたことを思い出します。

Oranges and Lemons Nursery Rhyme
https://www.youtube.com/watch?v=91Za-Nu2XW4

20151125_main5この橋を渡って、南に行くとシティ(City of London)から離れ、大ロンドン(Greater London )の特別区サザークに入ります。この地名の発音が意外ですね。これもコックニーのひとつという一説があります。ロンドンの城壁が最大になった時代には、テムズの南岸よりもさらに5キロメートルほど先までペンタゴン型の要塞として広がっていましました。
20151125_main6本来、このSouthwark橋の上から撮影した目的は、フリート川の河口を確かめるため。でも、河口がショボイし、水が流れていません。かつて、シティを支えた生活河川だったのに…。そして、鉄橋から電車の入って行く建物がCannon Street駅です。

 

ところで、邦人としてたまに日本に戻ると、あえて京都、奈良、鎌倉などに旅行します。その際、癒される音の存在に気付かされます。川のせせらぎであったり、静寂の中の野鳥のさえずりであったりなど自然のものも良いのですが、人間の創りだした音も捨てがたいものがあります。鹿威し(ししおどし)の竹筒が岩の上で跳ね返り、静寂の中でときおり広がる音の漣(さざなみ)に心を洗われる気がするのは当方だけでしょうか。

20151125_main7これはジュネーブにあるカルヴィン派の教会。教会の建築には詳しくないのですが、ロンドンとは明らかに異なります。他宗派の教会が林立する街中、鐘の音の違いも信者には明らかなようです。

 

そして、何と言っても心に響くのはお寺の鐘の音です。個人的には京都の祇園精舎などの鐘の音以上に、鎌倉の妙法寺の鐘の音が大好物です。何故好いのかは、行って聞いて下さればお判り頂けると思います。山に囲まれたエコー効果による美音が楽しめます。日英どちらの鐘でも、鐘の音が我々に伝えてくれるメッセージに、何かしら特別な安らぎを感じるのですが、皆様は如何でしょうか?

20151125_main3これまた寛容な表現ですね。British Gasのお客様は本当のロンドナーだけではありませんから?

 

80年代のパブで仲良くなった年配のロンドナーに、件のLunch Times Serviceの話をすると「Bow Bellsの音は俺たちの生活の一部だった。ロンドンっ子なら誰でもあの音を知っている。でもな、Lunch(日本のサービスランチ)とLunch Time Serviceの区別が付かねぇなんて奴はどうしようもないね」と言いながら大爆笑。しかし、こんな口の悪さで外国人を受け容れてくれる懐の深さもまた、Bow Bellsを聴いて育ったロンドンっ子なのです。


Text&Photo by M.Kinoshita


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マック 木下

マック木下

ロンドンを拠点にするライター。96年に在英企業の課長職を辞し、子育てのために「主夫」に転身し、イクメン生活に突入。英人妻の仕事を優先して世界各国に転住しながら明るいオタク系執筆生活。趣味は創作料理とスポーツ(プレイと観戦)。ややマニアックな歴史家でもあり「駐日英国大使館の歴史」と「ロンドン の歴史散歩」などが得意分野。主な寄稿先は「英国政府観光庁刊ブログBritain Park(筆名はブリ吉)」など英国の産品や文化の紹介誌。

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