2016.06.15

Little Tales of British Life “Do It Yourself” ー紳士も含めて男の嗜(たしな)みー

ファッションの店であるにも関わらず、BRITISH MADE青山本店ではちょっと妙なものが置かれていますね。以前にも紹介した英国の大工道具やら、庭の道具やら、当方にも思い出深いものがあります。数年後には英国に戻り、その後は人生の終章まで、そういった道具を日常的に使うことを若干の楽しみにしています。
20160615_main1 BRITISH MADEにもファッション性の高い大工道具がちらほら。日本のノコギリは引き切りですが、このノコギリは押し切りです。ノコギリ引きの最初は、引いた方が精確な位置ときれいな断面になると思うのですが、英国人の木材の扱い方は少々雑な気がします。

1980年代の終わり、ロンドンの南の郊外に人生で最も大きな買い物をしました。家です。と言っても、デタッチド・ハウス(一軒家)の内側を4世帯に区切って3階建アパートに改築した屋根裏部屋のような3階部分に住み始めたのです。拙宅の間取りは2ベッドルームと居間とキッチンと小さなダイニングとバスルームでした。2階の2世帯のアパートは1ベッドルーム、1階のアパートは最も広くて3ベッドルームで最も広い間取りでした。

1880年頃のヴィクトリアン建築で、元々の住宅からこれだけの間取りが取れるとは、英国人も元々は大家族で暮らしていたんだなあ、ということが判ります。建築した頃は郊外や田舎に住んでいた家族を呼び寄せて一緒に暮らしていたのですが、やがて英国にも核家族化が進んだということですね。

20160615_main2夏に登場する屋外テーブルと椅子。好天の中、ニスを塗っていましたら、突然天候が変化しました。乾かしてから、改めて塗り直しました。とほほ

住み始めると、すぐに様々な住宅問題に直面します。当方の購入した3階は改装が終わったばかりと聞いていたのですが、古材や使い回しの水道栓を使っていたようで、ところどころ不調だったり、すぐに水道パッキンの問題が起きたりするわけです。見掛けは完全ですが、触れてみると不完全なイギリスらしい仕上がりです。

壁紙も貼られ、カーペットはふかふかで内装はきれいでしたが、壁に棚が欲しくなります。そうすると、壁についての学習から始めなければなりません。壁の素材は?材料は?工法は? おまけにヴィクトリア時代の木枠の窓から壁には雨が沁みこんでいます。貼ったばかりの壁紙を剥がして、木枠を削って雨の進入路を断ち、雨水で膨らんで崩れかけた漆喰の土壁を修繕しなければなりません。これくらいの補修なら、自分でやるしかない?
つまり、Do it myself?

気付いてみると、邦人はいつの間にか英国でDIY(Do it yourself:自分でやろう)デビューを果たしていました。「手に負えない」とは思わなかった理由が思い出せないのですが、とにかくやってみなければならない。積極的に現地に馴染んで行こうという気持ちだったので、英国人と同じことをしようと考えていたと思います。

20160615_main3都市と農村とのマリアージュ(結婚)をテーマにして、第一次大戦の帰還兵とその家族を受け入れるために開発された英国最初の田園都市Welwyn Garden City。画像の長屋は比較的新しい(1970年頃)もの。軒先がある珍しい造りですが、当時の不景気の影響で材料も質素で、内部の間取りや空間が小さくなっています。2階部分は壁が斜めになっているので、少し住み難いのですが、この家から身長2mの男性が出て来ました。家の中では斜めに歩いているのでしょうか?そう言えば、ロンドンの地下鉄では当方の背の高さでもドア越しでは身体の湾曲を強いられます

英国では業者に頼まずに、自分で持ち家の大工仕事をやることは極めて普通です。借家でも、大家さんと交渉して業者に直してもらうよりも、大家さんにDIYの許可を貰って、自分でやった方が早いし、確実である場合が多いからです。確実というのは、業者に対する信頼性です。トレードマンと呼ばれる職人には悪徳業者も多く、技術も結構ダメなので、テレビ番組でも社会問題として取り上げられています。お金を払ったのに、かえって壊されてしまったとか、直さなくても良いところの部品を新品に換えられてしまったとか、業者が帰ってから気づいてももう遅いという問題が起きるのです。

20160615_main4カーナビー・ストリートの横道Ganton Streetには電力会社の作った巨大プラグが…。季節によって色が変わります。鮮やかなライトグリーンだったり、オレンジ色だったり…。この電源もかつては電気を供給する電力会社によって電源の穴の形状が異なっていました。戦前に造られたマナーハウスの壁を見ると今でも異なった電源を見ることが可能です

当方も一度だけトイレの水洗タンク交換で業者と揉めたことがあります。一応、消費者センターのような機関もあるので、通報し、取り換える前のタンクを証拠に修理の経過を記した手紙や証拠を送って悪徳業者リストに載せて貰ったことはあります。ちゃんとした業者であれば、「これは交換の必要は無いよ」と告げて、お金も取らずに帰ります。わざわざここまで来たのだから、車代くらい払え、という業者も稀にいますが、払わなくても文句を言われることではありません。

20160615_main5蛇口が短くて、指の先にしか水が届きません。しかも、熱湯と水に分かれていますから、溜めて適温にしないとお湯として使えません。英国では長い間、ひとつの水道栓から湯水を出す技術が開発されませんでした

一方で、DIYをまったく出来ない英国人男性も少なくないようです。当方の義父と義弟はその口です。義父は6歳で父親を失ったので、教えて貰ったことが無いと言い訳をしています。当然、義弟はその父から教えを受ける筈もありません。しかし、英国と建築標準の全く異なる日本から来ただけでなく、7歳の時に病死した父から何も教わることのなかった当方は、英国に来て以来ずっとDIYをこなしています。それゆえ、彼等親子にDIYの話を振ると、旧知の信頼できるトレードマンとの付き合いの話になってしまいます。「あの業者はキリスト教信者だから信用できる」とか…。

20160615_main6東京の英国大使館公邸のひとつ。1930年築ジョージアンタイプの家屋です。扉の高さは2m50㎝ほどあり、見た目はゴージャスですが、償却の進んだ木造の窓枠は隙間だらけなので、夏は蚊、冬は隙間風の対策に追われます

DIYが困難であればあるほど、達成感も得られますし、何かしらの自信も付きます。英国式なモノの考え方も身に付きます。苦労ではなく、工夫をしようとか、困難を楽しむとか、「ここは致命的な問題じゃないから、とりあえず放っておこう」という妥協との過ごし方とか、DIYが趣味に長じてSHED(物置小屋)で一日中過ごすようになるとか…。英国人男子とDIYとの関係は心豊かな生活のヒントになると思います。

当方は知らぬ間に、英国男子としての嗜みを実行していたわけですが、今にして思えば、当初のヴィクトリア建築との格闘は英国生活の洗礼のようなものだったかな、と懐かしい気もします。但し、家を持ち続ける限り、今後も続けて行くべき義務のようなものなので、むしろ、料理も大工も「俺には出来ない」と割り切ってしまう英人の義父や義弟が羨ましく思えます。

20160615_main7英国の新築現場。「問題無いならルールは作らない。常識の範囲で何事も対応」という英式思想の元、大らかな現場に見えます。日本だったら、安全衛生管理基準法によって完全にアウトです

当方の場合、一般の英国人と同様に、家族形態によって3度買い替えたので、次回英国に戻れば、新たなるDIY生活が始まります。正直なところ「また最初からか…」と、少々うんざりしてしまいますが、時間を掛けて、知恵を絞って快適な住まいを作って行くことになるのだと思います。どんな金持ちでも、どんなに不器用でも、自分を試すようにやってみるDIY…本当に不思議です。やはり手造りの達成感を味わいたいのでしょうか?


Text&Photo by M.Kinoshita

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マック 木下

マック木下

ロンドンを拠点にするライター。96年に在英企業の課長職を辞し、子育てのために「主夫」に転身し、イクメン生活に突入。英人妻の仕事を優先して世界各国に転住しながら明るいオタク系執筆生活。趣味は創作料理とスポーツ(プレイと観戦)。ややマニアックな歴史家でもあり「駐日英国大使館の歴史」と「ロンドン の歴史散歩」などが得意分野。主な寄稿先は「英国政府観光庁刊ブログBritain Park(筆名はブリ吉)」など英国の産品や文化の紹介誌。

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