2017.07.04

Little Tales of British Life 「墓場は近くなった気はするけれど…」 受け容れるゆりかごは歪(いびつ)に…

日本でも最近は普通のことになりましたが、イギリスでは医師の診断に疑問を持つ場合、セカンドオピニオンを聞くことがよくあります。

ひとつの例を挙げましょう。
ポーラさんは築50年のバンガロー(平屋一戸建て)に住む68歳です。
ここ数か月、ロフト(屋根裏)に誰かが居て、自分を見張っているように感じていたので、ハンディマン(便利屋)に頼んでロフトをチェックして貰いました。しかし、誰かが居たような痕跡はありません。

ポーラさんが心の病に掛かっているのではないかと、ハンディマンは心療内科の受診を薦めました。近所のGP(主治医)に相談すると、国民健康保険ではカバーできない診療になるので、有料になるけれども、プライベート診療の専門医を紹介して貰うことになりました。その診療を受けるために、ポーラさんは高額な費用を払って、プライベート診療機関に加入しました。

そして、ポーラさんが専門の医師から受けたアドバイスは、「週に2回のカウンセリングを受けて下さい。そして、週に一度、私の診察を受けて下さい。1年ほど掛かると思いますが、きっと良くなります。費用は1年間ですと、5,000ポンドほどの追加料金になると思います。はい、加入時にお支払頂いた料金とは別になります」

ところが、ポーラさんは診察に行きませんでした。心配した主治医が気遣って連絡すると、ポーラさんは言いました。
「ある人からセカンドオピニオンを頂いて、実行してみたら悩みは解消しました」
医師は、尋ねました。
「どんなオピニオンだったのですか?」
ポーラさんは答えます。
「いえ、正確に言うとオピニオンではなく、解決方法を呈示して下さったので、その方法を実践したら、問題が無くなったのです」

医師 「で、その解決方法とは?」
ポーラ 「屋根裏で寝ることです」
医師 「その解決方法を呈示したのは誰ですか?」
ポーラ 「いつもウチに来てくれるハンディマンです。心療内科への診察も彼が薦めてくれました。でも、プライベート診療で掛かる費用を聞いて、とても払えないと思って彼に相談したら、寝泊まりが出来るようにロフト空間を安い費用で改装してくれましたので、快適に安眠出来ています。私がロフトに居れば、誰も進入して来られませんしね」
医師 「ほう。それは良かった。解決したのなら、この件は終了ですね」
ポーラ 「はい。ですが、新しい問題が出来たように思えます」
医師 「それはどんなことですか?」
ポーラ 「はい。下の部屋や台所から誰かが、ロフトに居る私を見張っているような気がしています」
医師 「では、私のオピニオンだけではご不満かもしれませんので、以前とは違う心療内科医を紹介しましょうか?」

笑い話のような本当の話ですが、ポーラさんの心の病は、その後ハンディマンではなく、心療内科の専門医に委ねられたそうです。費用のことには触れられていませんでしたが…。

20170704_mac_03 妻の親友で医師の彼女は20年ほど前にガンを宣告され、治療方法が確立していないので、数年しか生きられないだろうと言われていましたが尚健在です。告知を受けたがゆえに、結婚も止(とど)まったそうです。特別な治療も受けていないのに生きていられることに感謝しながら、GPとして地元住民の主治医を30年以上続けています。彼女にはセカンドオピニオンの依頼が殺到するそうです。真摯で優しい人柄の医師はいつも忙しそうです。

ロフトで寝るというハンディマンの発想で問題が解決していたら、それはそれで痛快な話ですが、英国の医療制度の限界を、①国民健康保険の財政面と、②高額なプライベート診療の実態で示しているという点で、見逃せない事例です。

プライベート診療にも最大手のBUPA以外に、ポーラさんの関わったような、まずGP(主治医)の診察を求め、その後の専門治療をNHS(国民健保)で受けるか、プライベートで受けるかという選択肢を与えられる医療サービスもあります。NHSとプライベートとの違いは、費用が掛かるか掛からないか、診察や治療の優先性、医療技術、丁寧さ、信頼感などが挙げられます。例えば、専門医の診察を受けるだけでNHSなら3か月待ちにされてしまうことでも、プライベートであれば即日に専門医に受診することも可能なわけです。但し、保険会社によって、あるいは保険契約によって様々に異なった医療サービスがありますので、ここではすべての可能性を述べられません。

ここで、もっとも申し上げたいことは、NHSが戦後直後のアトリー内閣が設立当初に掲げた「ゆりかごから墓場まで」というスローガンは、サッチャー首相の頃に死に絶えた、ということです。

20170704_mac_01 車を運転しているとき、救急車が真後ろに付くとバックミラーにAMBULANCEと写ります。反転文字とは画期的だなと思ったのは80年代の終わりのことだったでしょうか。サイレンを鳴らすのではなく、独特のクラクションでその存在を知らせるので、慣れるまで後続車が救急車であることに気付かなかったことも何度かありました。
20170704_mac_02 反転文字を正面から見るとこんな感じです。車輛はイタリア企業のフィアット。

私事ながら、当方は腎臓結石で2度救急車に乗ったことがあります。最初はロンドンで、次はスイスのジュネーブでした。因みに、英国の救急医療はプライベートにはありません。ロンドンでは担架さえ用意されず、顔面蒼白のまま自宅玄関から救急車まで歩かされました。「たぶん、腎臓結石だから、致命的な病気ではない」という言葉を救急隊員が発していたことを今でも思い出します。「でも、もし違う病気で、歩かされたことで悪化したら、君たちは、その責任を取れるのか?」と心の中で思いましたが、反抗する気力などありませんから、言われるがままになりました。発作の痛みで気を失い、次の発作の痛みで目が覚めました。

20170704_mac_04 画像は普通のリクショ―ですが、かつてこの乗り物で救急搬送をしているところを見たことがあります。渋滞した車の横をすり抜けて、救急病院までは運ぶつもりだったようですが、途中で遭遇した救急車に乗り換えて、患者は病院へ向かったようでした。その時の運転者の必死な様子が印象的でした。その様子にカメラを向ける気持ちにはなれませんでした。

救急病院に着くなり、医師が診てくれましたが、問診だけで順番待ちです。搬送されてから、何度か医師たちが声を掛けてくれるものの、一向に診察も治療も始まりません。おまけに、何時間も誰かがずっと分けの判らないことをよく響く声で呟きながら泣いていますので、げんなりして地獄にいるような絶望的な気分になったものです。ようやく、痛み止めを貰ったのが、搬送から10時間経った朝の7時。しかも、あまり効かない弱い薬でしたので、発作は間隔を広げながら続いていました。その後は水を大量に飲めとか、トイレに頻繁に行けとか、病室を当てがわれたものの、CTスキャンはおろか、X線撮影も始まりません。ようやく昼近くになって、10名ほどの大部屋入りとなったのですが、「日中は混んでいるから、貴方のCT検査は夜中の22時になります。結果はその翌々日です」と言われたのは、入院から3日目のこと。発作の回数はだいぶ減ったものの、下腹部や腎臓が焼けるように痛み、まだ正常にはほど遠い状況でした。やがて、指定時刻に検査室に行くと誰も居ません。眠い目で25時まで検査室で待たされて、夜勤で来た技師(どうでもいいことですが、黒人の凄い美人)に「X線ですね」と確認されたので、「いえ、CTと聞いていましたが…」「あれ、変ねえ。でも、これにはX線と書いてあるわ。それに、腎臓結石の場合はまずX線検査で、それでも原因が特定できなければCTなのよ」と言われて、仕方なくX線検査だけを受けました。
20170704_mac_05 スポーツ好きの息子は、幼い頃怪我に何度も見舞われました。フットボールでは卑劣で下手くそなタックルを受け易いミッドフィルダ―でした。膝の骨にヒビが入る怪我を2回ほどしました。一方、司令塔を勤めていたラグビーでも鎖骨を2度も折る有様。その度に、怪我の原因になった子どもの親に対して、学校に通うために掛かった交通費や治療費を、学校や運営組織を通して請求したのですが、スポーツの最中のデキゴトとして責任の所在が明らかにされることはありませんでした。しかし、その後、息子はフットボールではどんなに鋭いタックルでもかわす技術を身に付け、ラグビーでは筋肉の鎧をまといました。

その検査の翌々日、入院5日目の昼に医長と医師たちの回診が行われ、その時に一番偉い医長から診察結果を伝えられました。しかし、インド系訛りの英語では何を言っているのか当方には判らないので、Could you say that again please ?(もう一度仰って下さい)と連発し、いくつか質問するうちに、シスターと呼ばれる上級看護師長から、「私が後で説明するから」と耳打ちをされました。

「医長の診断では、結石はもう体外に出てしまったようなので、痛みが引いたら退院してイイとのことです」とシスター。「いや、それは判ったんですけど、X線で原因が判らないのであれば、CT検査するべきではありませんか?と質問した時に、なんであの医師は『不要』と言い切れるのか、日本だったらそんな診察や検査はありえない!と伝えたわけですよ。しかも、痛みや変調は続いているし。でも、あの医長は変な専門用語を使い始めて、分けの判らない説明をしたばかりか、『ここは日本じゃない。イギリスだ』と言いましたよね。ならば、セカンドオピニオンを求めたいのですよ」

「でも、とりあえず快方に向かっているので、セカンドオピニオンは主治医を通じて退院後に行って下さい」というシスターの一言で、その場は収めました。この間、入院から5日間でしたが、その間に起きた医療行為は、最初の発症から10時間後の鎮痛剤投与、水を飲めというアドバイス、X線撮影、そして診断の発表。念のため明後日まで入院していなさい、と言われましたが、痛みの治まった5日目の夕方には、通りすがりの看護師に一言「治療してくれないので、もう帰るよ」とだけ告げて、さっさと退院してしまいました。治療らしい治療も無かった一方で、NHSには費用を払う必要も無いので、誰も我も何事も関せずでした。誰かがベッドを占有しているだけでNHSの国庫負担になると思うのですが、その辺の原価意識はNHSの病院経営にまったく反映されていません。
20170704_mac_06 パブにあるタバコ自販機です。10年ほど前の画像ですが、こんなに高くても、なぜ吸いたがるんでしょうか?パブに入る直前や、酒屋に入る直前に、10歳くらいの子どもから声を掛けられたことがあります。” Sir, Would you buy tabacco(whisky) for me, please? 初めての時は目と耳を疑いましたが、考えてみれば、当方が子供の頃の日本では親にタバコを買いに行かされていましたね。でも、英国では、その子どものために当方が買ってやると当方がお縄を頂戴することになります。彼らは親のために買うのではなく、自分のために買うのです。恐ろしき10代です。

その後、仕事にかまけてセカンドオピニオンの手続きを出来ずにいたら、その入院から1年半後、ジュネーブに転勤することになりました。そして、着任するなりロンドンと同じ症状に襲われ、再び救急車を呼びました。救急隊員は即座にモルヒネに近い強い鎮痛剤を投与してくれたので、NHSの世話(被害?)を受けた時のように七転八倒の痛みに苦しむことはありませんでした。しかも、前回より時間が経って、病状が悪化しているかもしれないという医師の診察の元、X線とCTスキャンを使って原因を特定し、すぐに手術の運びに。その時、NHSで撮ったX線画像をスイスの医師に見せたところ、「この撮影角度では原因が特定し難い。NHSの医師は業務評定に関わるので、一人の患者に掛けられる医療費が限られています。そのため、検査も充分にしない傾向がある。スイスに来てよかったね」と同情の言葉を掛けられました。どうやら、イギリスNHSの治療水準は既に世界的に有名であったわけです。因みに、この時救急車だけで約6万円掛かりました。一方で、イギリスの救急車は無料です。
20170704_mac_07 首を切られたら、セカンドオピニオンも何もありませんが、この場面では水を含ませたスポンジをぶつけていました。一人1投のチャンスで、彼女の顔にスポンジを当てられなかった子供はチャリティに5ペンス以上を寄付しなければなりません。チャリティ先がどこかと聞くと、「NHSだよ」と、子供たちは皮肉っぽく叫んでいました。

イギリスの医療は既に崩壊していると何年も前から言われていることを、こんな現実から知っておくのも大事かもしれません。イギリスに憧れを抱いている皆さまには申し訳ないことですが、これはイギリスの現実の一面です。有料診療の恩恵を受けられるのは高額所得層である中流階級の上層以上の人たちだけです。パブリックスクールに所属する生徒数が、イギリスの生徒数全体の3~5%と言われていますから、彼らは確実にその中に入れるでしょう。また、在イギリス社会の邦人に限らず、医師も患者もイギリスに住む人たち全員がNHSのシステムには同様の困難を強いられているのであって、イギリス社会全体の抱える格差と公正の問題なのです。と、一応もっともらしいことを述べておきます。
20170704_mac_09 病院の治療用パジャマ。いろいろな工夫が施されているので、病院以外で使う意味は無いと思うのですが、患者たちの勝手な持ち帰りが後を絶たないようです。

因みに、セカンドオピニオンはNHSの制度でも認められていますが、その後の再治療に進む場合は、有料診療に頼る人が少なくないようです。また、病院を代表する経営者の個人の裁量によって、同じNHSの病院でも割と納得の行く医療サービスを提供してくれるケースもあることも念のため付け加えておきます。
20170704_mac_08 ちょいと生々しいですが、オートバイと車との接触事故現場です。幸い大事故ではありませんでしたが、念のため救急搬送されるオートバイの運転手が担架に横たわっています。怪我人が出たり、車が動かせなかったりなどの事故であれば、警察に連絡しなければなりません。民法、刑法、交通法の位置づけを明確にし、後々の補償範囲を客観的に決めるために警察などの第三者機関の仲介は必須です。

Text&Photo by M.Kinoshita

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マック 木下

マック木下

ロンドンを拠点にするライター。96年に在英企業の課長職を辞し、子育てのために「主夫」に転身し、イクメン生活に突入。英人妻の仕事を優先して世界各国に転住しながら明るいオタク系執筆生活。趣味は創作料理とスポーツ(プレイと観戦)。ややマニアックな歴史家でもあり「駐日英国大使館の歴史」と「ロンドン の歴史散歩」などが得意分野。主な寄稿先は「英国政府観光庁刊ブログBritain Park(筆名はブリ吉)」など英国の産品や文化の紹介誌。

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