2017.09.05

Little Tales of British Life 「イギリスの水ですすぐ」ー水との距離感ー

数年前に学生の街オクスフォードに行った時の話です。同大学でシノロジー(中国学)を専攻するイギリス人学生たちとパブで談笑していた時「オクスフォードを中国語(漢字)で表わすと『牛津』かな?」と、かなりいい加減な見当で紙に書いて見せると、皆声を揃えて答えました。「あら、大正解。日本語でもそう書くの?」

「日本語では漢字という表意文字と、仮名という表音文字を混ぜて表わすんだ。外来語の場合、発音をそのまま表音文字で現わすこともあるのさ。Universityは仮名だったり、漢字だったり…」と応えると、学生たちの何名かは、当方の説明をきっかけに日本語に興味を抱き、同学部の選択科目のひとつであった日本文学を学び始めたそうです。なぜシノロジーの選択科目に日本の科目があるのかはよく判りませんでしたが、方丈記を諳んじるほどの指導を受けた学生もいるそうです。あの大学の指導内容は厳しいので、ドロップアウトも続出しますが、一般教養の無い4年間の専門教育では修士も取得できます。

20170904_stories_001 Three Millsと呼ばれる製粉所跡です。修道院で作っていたパンの質が良かったために、修道院の閉鎖後もずっとこの場所で建て替えられては、歴史を重ねて来た建物です。テムズ川に繋がるRiver Leaは干潮河川なので、その干満差を動力にして粉ひきをしたとのこと。ロンドンの住民と水との関わりを象徴する建物のひとつです。

いきなり脱線しましたが、水に関する話でしたね。日本語で、「津」とは港や人の集まる場所などを意味しますが、対訳となる英語のfordとは浅瀬も意味します。天然の良港は大きな船の停泊できる沈降海岸と言われますが、商業で成り立つ港は大阪の堺の港(堺津は三津のひとつ)のように古代から浅瀬に立地することもあります。Oxfordは港街ではありませんが、有力説では「牛の渡れる浅瀬」を起源とした地名なわけで、牛は背の立つ浅瀬の水を飲む一方で、その浅瀬で排泄も済ませては、浄化と有機化は自然に任せるという理想的なエコロジー生活を営んでいるのです。笑

20170904_stories_008 放牧地から牛舎などに戻すルート作りをする牧場家。このfordで牛たちは喉を潤すのでしょう

イギリスの美しい街と言えば、どこも水の景観が付きものです。清流を効果的に美しく魅せるのは淵、滝、浅瀬などです。かつてはロンドンのシティにも美しい川筋がいくつもあったわけで、人口が増加すると断頭台からは人間の血が川に流されただけでなく、羊などの肉を処理した血を洗い流しているうちに人口が増えて、ゴミや糞尿の浮いた川筋は浄化能力を失い、どぶ川になってしまったため、衛生上の問題から沈埋河川となって衆目から消えてしまいました。19世紀ビクトリア時代の下水道王バザルゲットの登場まで、ロンドンの水は暗黒の時代を辿ることになったのです。テムズ河もGreat Stink(度を越えた異臭)と表現されていて、Greatとは偉大なものにだけ使われる言葉ではないのだなあ、と妙に納得したものです。

20170904_stories_003 かつてはロンドンの街中にも浅瀬や淵がたくさんありました。この時計台は断頭台の血を洗い流したRiver Tyburnの真上に建っています。戦時中、ドイツ軍の空襲でこのあたりが爆撃されると、陥没した道路の底には清流のTyburnが現れたとのこと。このTyburn、実はまだ見ることが可能です。常設骨董店のGraysに併設するThe Mewsの地階で確認できます。詳しくは、こちらを。

さて、人口が増えるどころか、産業革命のお蔭で田園地帯の過疎が始まる一方、その後のナショナルトラスト運動など、自然に依拠する思想が広がり、自然保護運動として展開したために、美しい景観を保つ地域が現在まで複数生き永らえました。清流の豊かな村や町に乗用車で差しかかると、Ford(浅瀬)と書かれた標識が出てくることも多く、水位によっては、橋を渡らずに乗用車がその浅瀬をシャバシャバと通過することも可能です。古くはカート(荷車)を引いて渡る際に、車輪に付着した泥を洗い流すために成された工夫であって、人力でわざわざ昇降してアーチ式の石橋を渡る労苦を避けるために、人工的に石畳で作られた浅瀬もあります。

20170904_stories_005 フォードとデコボコ(humps)のサイン。スピード制限や徐行のために設置されています。日本では標識が形骸化しているところも多く感じられますが、イギリスでは標識に従って運転することで未然に危険が回避されます。

イギリス・ブランドのオフロード車ランド・ローバーで浅瀬を渡ると格好のイギリス式田園風景になります。同時にローバーは地方の自警団や消防団の必須アイテムとして活躍しています。ウィンチ機能も搭載している車輛なので、fordの石畳から外れて深みにはまって動けなくなった間抜けな乗用車(自分?)でも、近くにローバーが居れば悠々と牽引して貰えます。

* 雨で水量の多いfordを渡るオフロード車の映像。(ご参考)
https://www.youtube.com/watch?v=ux4hVzcuMO4

20170904_stories_006 地方の消防団にとって、ランド・ローバーは必需品です。構造は単純であればあるほど実用的で長持ちします。村には必ず、こうした専用ガレージが置かれ、ローバー仲間として集う場にもなります。消防団の本職は様々ですが、DIY以上の技術を駆使して、交通に必要な川の浅瀬の底板になる石版を交換修繕するなど、簡単な土木工事もこなしてしまいます。その際に役立つ動力源がローバーなのです。

また、ford には人間のアクセスし易い部分も作られていて、古くは衣服や食料の洗い場でした。イギリスの地方に行くと、まだその名残が見られます。人間の生活しやすいように川に機能を持たせることは世界中どこでも同じですが、土地柄によって、特にイギリス人は日本人と比較しても、水に関して少し異なった使い方や考え方があるように思えたのは、やはり渡英したての頃でした。

fordの水場を洗面に使用するB&Bに泊まった翌朝のこと。宿屋の主人は寝ぼけまなこで歯を磨いていました。いつの間にか磨き終えていたものの、フィニッシュとなるうがいの音が聞こえてきません。口を漱(すす)いだ様子がないのです。翌日も同じ場面に遭遇しました。やはり、漱がずに歯磨き終了です。清流といえども、エキノコックスなどの感染の可能性がある以上、川の水を口に含ませるのは衛生上よろしくないことは判りますが、「なぜ漱がないの?」という疑問は残りました。しかし、質問はしません。なぜなら、質問する理由を聞かれたら、何と言ったら失礼にならないのかが判らなかったからです。神社の手水から取った水を口に含んで漱いだ後のような清涼感は得られない歯磨きだなあ、と思いましたが、神道のお清めについて英国人を理解させる気にはなれませんでした。

20170904_stories_007 これだけの水位があると、フォードとは言えません。車高の高いローバーでもエンジンまで水に浸かればお陀仏ですね。

さらに思い返してみれば、水に流して清めるという神道的なコンセプトとの違い。とでも申しましょうか、イギリス人は風呂の後も、食器洗い後も、すすぐことはありません。もちろん、イギリス人全員ということでもありませんので、念のため。

例えば、食事のお礼に手伝うと言ってくれるイギリス人の若者に食器洗いを任せると、ドレイニング・ボードには泡だらけの食器類がそのまま置かれていることがあります。若者は達成感に満ちた笑顔で「終わりました」と報告してくれます。そのまま乾くと、洗剤がびっしり付着したままの食器やグラスを使うことになります。しかも、洗い方は雑ですから、食器には食べ残しのシミや洗剤が忘れ形「味」として残ることになります。

ドレイニング・ボードに置いた食器の泡をティタオルで丹念にふき取って、食器棚に戻してくれるイギリス人もいますが、それでも「すすぎ」は完璧とは思えません。イギリス人医師の友人に「残留洗剤による健康被害は無いのか」と質問したところ、「微量でしょ。聞いたことがない」とのことでした。正しくは「調査した資料が無い」のだと思います。

神道よろしく、清めの文化を抱えた在外邦人が、イギリス生活に臨んだからこそ判ってきた異種文化ですが、このような状況にも、「まあ、いいや」と次第に無頓着になって行くのが、在外生活する邦人の実態でもあります。

ところで、このイギリス式食器洗いの方法ですが、シンクの桶に洗剤を投入し、50度くらいのお湯で泡立てて洗うだけなので、バケツ1杯のお湯も使いません。今から述べることはイギリス人の水文化を知る上で、大きなポイントです。なぜなら、イギリスではいまだに温水は貴重品なのです。

20170904_stories_004 Green Parkの地下にもTyburn川の支流が流れています。その少し北側に位置するShepard Marketはその立地が川の淵でしたので、屠殺した羊の血を洗い流すのに好都合な地勢でした。St.James`s Parkの池から暗渠を辿って、テムズ河に流れ込みます。

イギリスの一般家庭にホームステイをしたことのある方ならお判りでしょうけど、各家庭にはエアリング・カッボードという場所にお湯のタンク(immersion tank)があって、その中にはバスタブ1回半分程度の量のお湯しか入っていません。使い切ってしまうと、たとえboostボタンで追加の湯沸しを使っても、満水にするまでに3,4時間掛かります。もちろん、ほとんどの家庭には高価な瞬間湯沸かし器などはありません。(でも、ディッシュ・ウォッシャーはあるんですねえ。そして、壊れている確率は60%強)

*「伝統的なライフスタイル」ご参考

したがって、「今日は誰が風呂に入るか。誰がシャワーを浴びるか」など、お湯は計画的に使わなければなりませんし、節約もしなければなりません。その節約指向が、すすぎをしない食器洗いとリンクしてくるわけです。そして、自らの身体を洗っても、やはりすすぎません。もちろん、湯船のお湯は汚れています。濯がずに身体に付着した汚れと水分はバスタオルでふき取るわけです。そう言えば、バスルームにはトイレもあります。つまり、バスルームとはリトリート(退却)のスぺ―スであると同時に、ご不浄の場でもあるのですね。元来の日本であれば、ご不浄(トイレ)と清めをする場(風呂場)とは、それぞれが分離されて然るべきですが、こちらの文化では風呂場もトイレもどちらもご不浄ということになります。しかし、先に述べたように、イギリス人はこのシステムを使って伝統的に普通に暮らしているので、在英邦人も徐々に気にならなくなり、イギリス人化して行くのです。

イギリスに戻る度に、文字通り「湯水の如く使」うと、すぐにお湯がなくなってしまうので、邦人にはちょっとしたストレスに感じるのですが、それはイギリス人でも同様のことのようです。公共のスイミングプールではシャワーはちょろちょろとしか出ませんけど、プライベートのジムやプールに行くと、個室の高圧シャワーは使いたい放題です。ホテルやプライベートジムでのイギリス人のシャワー時間は相当長くなるわけですが、その理由はやはりお湯をたくさん使ってシャワーを存分に浴びたいからです。普段は自宅でチマチマと湯水を使わざるを得ないストレスをここで発散させるのです。

イギリス人と水との関わりの中でも、日本人と大きく違う点を述べていこうと思いましたら、他にも皇太子徳仁殿下と運河、雨の表現、北海からテムズを昇って行く津波を制御した日本人技師とその息子、上水道や下水道の歴史と未来など、イギリスの水に関するトピックスはいくらでも出て来るのですね。

20170904_stories_002 ケント州にあるEynsford。当方の子らが小さい頃によく行った浅瀬です。車だけでなく、牛もこの浅瀬を渡ります。この村全体も美しいですし、近くのパブで一杯やるのも気分最高です。最近は週末に集まる車の渋滞問題で、遠くに駐車場が設けられているようです。

また、機会を見て語ることもあるかもしれませんが、とりあえずイギリスのfordからアプローチしてイギリス人の水について語らせて頂きました。fordは子供たちも遊べる憩いの場として最高であることも併せてお伝えできたかと思います。そう言えば、ランド・ローバーというブランド名は2008年までアメリカのFord社が持っていましたね。業界の激流を渡り切るにはランド・ローバーを持つことが最適ってことでしょうか?

崩れかかった山道でも駆け上り、河川の激流をものともせずに渡り切るオフロード車、ランド・ローバーのユーザーたちは「台風や嵐が接近すると運転したくなって血が騒ぐ」のだそうです。最も危険でラフなスポーツ、ラグビーをプレイする時にイギリス紳士たちの見せる野生や蛮性を垣間見る言葉です。ピッチの中にもルールはありますが、タックルやぶつかり合いが許されているフィールドと、脅威としての嵐の中には、自分の力を試しても好いという不文律があるのかもしれません。

Text&Photo by M.Kinoshita

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マック 木下

マック木下

ロンドンを拠点にするライター。96年に在英企業の課長職を辞し、子育てのために「主夫」に転身し、イクメン生活に突入。英人妻の仕事を優先して世界各国に転住しながら明るいオタク系執筆生活。趣味は創作料理とスポーツ(プレイと観戦)。ややマニアックな歴史家でもあり「駐日英国大使館の歴史」と「ロンドン の歴史散歩」などが得意分野。主な寄稿先は「英国政府観光庁刊ブログBritain Park(筆名はブリ吉)」など英国の産品や文化の紹介誌。

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