2017.11.28

英国クリエイティブの窓  あのロンドン地下鉄の路線図を描いたのはデザイナーではなかった!?

「男と女と車が一台あれば映画ができる」とはフランスの映画監督ジャン=リュック・ゴダールの言葉だが、それがラヴストーリーかどうかは別にして「移動」が物語を生むということにはまったくその通りだと思う。その場所に留まっている限り新しい何かが見つかる機会は少ないだろうし、動きさえすれば出会いが訪れて思わぬ方向にコトが進んだりするものだ。
ロンドンで移動といえばチューブと言われる地下鉄か、2階建のあの赤いバスだが、この2つにしても毎日さまざまなドラマを生み出していることだろう。そういうわけで今回は「世界初」の都市地下鉄として名高いチューブのデザインについて取り上げたいと思う。しかしながら車体のデザインであるとか、おなじみのタイポグラフィの話ではない。路線図のデザインだ。
20171128_150an ロンドン地下鉄150周年の時の看板
ロンドンを観光で訪れたなら必ず見かけることになる地下鉄の路線図だが、個人的にとても美しいデザインだと感じている。なんというか、まず東京ほど路線の数が多くないせいか、とてもすっきりとしてシンプルに見える。乗り換えもわかりやすい。このデザインはいったい、いつどのようにして生まれたのだろうか。気になって調べていたらとても興味深い事実にいきついた。
20171128_map_new 地下鉄の各駅で無料で配られている路線図
現在のダイアグラム(路線図のこと)の基礎が生まれたのは、最初の開通ライン(現在のメトロポリタンライン、パディントン駅ーファリンドン駅区間)の運用開始(1863年)からおよそ70年後のこと。その頃までにはメトロポリタン線、ハマースミス&シティ線、ディスクトリクト線、サークル線、ノーザン線、ウォータールー&シティ線、セントラル線、ベーカールー線、ピカデリー線などが走っていた。当時のダイアグラムを見ると絡まった毛糸のようでとてもわかりにくいのが印象的だ。位置関係を地図通りに描くとどうしてもそうなるのだろう。にもかかわらず、誰もこれをシンプルにすることを思いつかなかった。「正確性」こそ、利用者の利便に叶うという固定観念があったからだ。

これに疑問を持ったのがハリー・ベックという男。実はデザイナーでもなんでもなく、ロンドン地下鉄の信号整備をするエンジニアだった。彼は余暇に今の原型となるダイアグラムを作る。一度ならず関係者から取り合われなかったようだが、その見やすさと使い勝手の良さが評価され紆余曲折をへて正式に採用されることになった。どこか電気回路に似たそのデザインは、彼がエンジニアであったことと無関係ではないだろう。1930年代初頭のことだ。
20171128_tube 地下鉄構内の様子
その後、乗り換え駅を白抜きの円で強調するなど、よりユーザーフレンドリーなデザインに改良が加えられていったが、個人的には「テムズ川」を描き加えたことがこのダイアグラムをより秀逸なものにしている要因だと思う。普段なにげなく見ているぶんには気づかないのだけれど、川の上にあるのか下にあるのかがわかるのだけでも駅の位置関係を知るうえで役に立つ。とりわけロンドンを初めて訪れる観光客が、このさりげないデザインの工夫によって大いに助けられていることだろう。

ちなみに余談だが、このハリー式の地下鉄のダイアグラムは今ではロンドンだけでなくニューヨークなど世界中の様々な場所で参考にされている。結果論にはなるが、この功績により、ハリーはエンジニアというよりもデザイナーとして世に知られることになった。ロンドンのデザインの奥の深さはこういうところにも現れている。

来年には女王の名を冠したエリザベスラインの開通が予定されている。果たして新しい路線図はいったいどのようなデザインになるのだろうか。今からとても楽しみだ。

Text&Photo by Ishino Yuichi

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Ishino Yuichi

Yuichi Ishino

ロンドン在住。放送局、出版社、大手Webメディア編集部マネジャーを経て、日本のデジタルプロダクション/エージェンシー「TAM」のイギリス子会社「TAMLO」代表。企業に向け、ウェブメディアの戦略コンサルティング、SNS施策、デジタル広告の運用、コンテンツの制作などを日英両言語でサポートする。欧州におけるデザインシンキング・セミナーも主催。好きな英国ドラマは『フォルティ・タワーズ』。ウィスキーはラフロイグ。

Website: www.tam-london.com

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