紙技を魅せるひとたち | BRITISH MADE

Little Tales of British Life 紙技を魅せるひとたち

2017.12.05

江戸末期から明治時代初期にかけて、海外に陶器を輸送する際の緩衝剤として使われていた包装紙に北斎の図柄が使われていたことが、欧州の美術界に日本画の旋風を巻き起こすきっかけとなったことは、このところどなたでも知る話になりました。しかし、陶器の包み方までの記録はほとんど残っていません。陶器、ガラス器など割れやすいもの同士の面が直接に触れ合わなければ、たとえその緩衝剤が紙のように薄くとも割れにくくなるものです。曲線を描く陶器に浮世絵の紙がピタリと密着した様子を想像するだけで、図柄だけでなく、その丁寧な梱包作業にうならされた美術商人が少なくなかったのではないかと推測します。

引っ越しと紙

ところで、これまでの人生で15回の引っ越し(英国内でも4回)を経験しました。子どもの頃から一か所に10年以上定住したこともありましたが、社会人になってからというもの、ひとつの国に5年間以上落ち着いたことがありません。これからもまだ異動と移動の繰り返しが続きそうです。そして、引っ越しのたびに世話になるのがたくさんの種類に及ぶ大量の紙です。

20171204_xmas001 積み込みの終わった国際間引っ越しの様子。スイスには2007年から2010年まで住んで、欧州社会の大きな変化を感じました。2007年にジュネーブに引っ越した時、受け容れ側ジュネーブでの引っ越しスタッフは全員スイス人で、英語も可能でした。ところが、2010年にスイスを出るときに、梱包や積み込みに来た引越スタッフは東欧などからの移民で多国籍者の集まりでした。職員同士が互いのコミュニケーションを取ることさえ不可能でした。2009年にスイスはシェンゲン協定に加盟し、大陸の外国人の流動が盛んになり、スイスにも労働力として入って来たのです。言葉はおろか、もちろん梱包技術も全然ダメでしたので、当方の熱き指導の下、最後には画像のようにトラックに収まりました。

高校から大学を出るまでの約7年間、都心で引っ越しのアルバイトをしていましたので、紙を使って緩衝剤を作る技術や、段ボール箱の形を変えて荷物の形状に合わせて養生する荷造り技術も磨いて来ました。その影響かどうか、運輸業界に就職しようと思ったことがあるほどです。

どこの国に異動するにしても、引っ越しのたびに専門業者が来てくれますが、過去のアルバイト経験は言わないようにして、「これはどのように荷造りするんですか?」とわざと聞いてみたりします。日本人の業者の場合は「まあ、任せてください」と言ってくれるので安心ですが、日本以外の国ではどこでも、引っ越し業者の梱包内容は目を覆うばかりです。

折り紙を教えるように熟練の荷造りを見せても、業者はあっけにとられるばかりで、当方の見せる日本の技術への理解には程遠い表情を見せるだけです。紙一枚だけで、破損からの保護もできれば、紛失も避けられるというのに、スワロフスキなど小さめの工芸品や置きものをザラザラと砂のように段ボール箱に直接流し込む業者もいます。引っ越しが終えると、包み紙をほとんど残さないのが日本の業者。包み紙をほとんど使わないのが海外の業者です。これで損害保険料が同じ金額になるのですから不思議なものです。

海外発でも、日本発でも引っ越しの段取りは同じです。見積もりの際に、業者が段ボール箱を数枚残してくれるのも同じです。英語ではcardboard boxと言いますけど、1980年代のイギリスでは、念のために次のような質問をしたものです。Is it corrugated(card)board? (それはコルゲート状の素材ですか?)質問する理由は、重い物を梱包するにもかかわらず、段ボール板ではなく、厚紙板だけで作られた強度の低い箱を持って来る業者もいたからです。もちろん、いつの頃からかイギリスでも段ボール箱が一般化しましたが、いつまで経ってもその強度は日本製ほど良質ではありません。

ペーパーハンキーの価値

紙製品にも日英差があります。1980年代、最初に感じたのは価格でした。ロンドン郊外のスーパーでの買い物の際、トイレットロールも箱入りのティシュも日本と比べて高価に感じられました。為替の問題ではなく、レシートの数字に表れる他の生活物資全体の費用と比較しても紙製品の占める割合が相対的に高いのです。公共のトイレでは、トイレットロールの盗難防止のために鍵付きのロールボックスが設置されたのも1990年代から。イギリスで普通に暮らしていると、紙は貴重品に思えます。

20171204_xmas004 アンドレックスというトイレットロールのコマーシャルに必ず現れるラブラドールのパピー(仔犬)。実際のCM画像は著作権があるので、本稿では使えませんが、街中で散歩中のラブラドールを見掛けると、今のうちにトイレットペーパーを買っておこうという気分になります。これもサブリミナル効果の一種でしょうか。

そして、イギリスでは紙にも階級があります。コダワリとお金のある人は、ノートなどの文具につけ、ティシュなどの拭き取り用品につけ、高級品質の紙を求めます。一方で、肌触りに多少難のあるリサイクル紙でも気にせず使用するだけでなく、環境保護に熱心なイギリス人セレブリティもいます。

ところが、意外なことに、当方の義母は割りと高級なペーパーハンキー(紙のハンカチの意味。1950年代以前の生まれの人たちしか使わない言葉という説があります)を買い求めます。3枚重ねですが、各1枚が柔らかくて頑丈です。義母は質素倹約のメソディスト教徒にもかかわらず、なぜ高級なティシュを使うのだろうと思いつつ、数年間彼女を眺めていてようやく判りました。

彼女は丈夫なペーパーハンキーを何度も使い回すのです。一度鼻をかんだ後のペーパーハンキーを長袖の袖口から肘の方に突っ込んでしまい込みます。必要になると引っ張り出して生乾きの紙で再び鼻をかむのです。それも3回以上に渡って…。つまり、普通の薄っぺらなティシュですと、一度か二度だけ使って捨ててしまうことになるので、もったいないけれど、ペーパーハンキーは複数回の使用に耐えるということです。イギリス紳士がポケットからくしゃくしゃのハンカチを出して鼻をかむ姿と比較すると、洗わなくて済ませられるペーパーハンキーの合理性がうかがい知れます。

20171204_xmas002 左:東京の英国大使館公邸に住んでいた頃、拙宅で頻繁に行われたレセプションでは、たまにこうした芸当を見せてくれるお客様がいらっしゃいました。この鶴を作ったのは、日本在住のウェールズ人です。彼の名前を招待者リストで見つけたときは、折り紙を用意してレセプションに備えました。
右:地味な画像で申し訳ありませんが、これが世に言うペーパーハンキーのひとつです。こちらは3枚重ねですので、かなりのヘビーデューティーに耐えうるティシュです。義母はボックスに入ったお徳用を使っています。これをお土産にすると、日本のご婦人たちに喜ばれます。

イギリス人の衛生観念を知る紙技

10年以上前のことですが、イギリスの小学校に環境教育の取材に行ったとき、教師が袖に使い掛けのティシュを保存するこの方法を生徒に教えている現場にたまたま直面しました。「鼻をかんだら、すぐにゴミ箱に捨てるのではなく、こうやって袖に押し込んで保管するのよ。後で取り出せば、もう一度使えるでしょ」鼻水で病気が媒介されるという科学を同じ教室で教えているのに、「なぜ?!」と叫びそうになりました。実生活と科学(生科学や衛生)との関係が構築出来ていないステートスクール(公立学校)の教師の質に疑問を持った出来事ですが、気が小さい当方には、もちろん何も言えませんでした。

おそらく、現代でもイギリスの子どもたちの袖の中にはティシュ、またはペーパーハンキーがばい菌と一緒に生息しています。イギリス人が夏でも長袖を着用する理由は、袖の中でばい菌を培養するためなのです。というのは、もちろん冗談ですが、当方の家庭では、子どもたちが幼い頃から、袖の中にティシュを入れる行為を衛生上の理由により禁止しております。

念のため、イギリス人の名誉のために申し上げますと、鳥インフルエンザの感染が危ぶまれた頃に、イギリス国内で行われた衛生キャンペーンのフレーズが “catch it and bin it and kill it.”「(くしゃみを)つかまえて、(ティッシュを)ゴミ箱に捨てて、(ばい菌を)撲滅せよ」です。カッコ内で表現したit の意味がそれぞれ異なるのですが、根本は「ばい菌」であることをお察し頂ければ幸いです。

20171204_xmas003 NHS(国民健康サービス)が示した鼻をかむときの作法です。伝統と格式の国なので、実際に行われているかどうかは疑わしいものです。

また、誤って見過ごされて洗濯されたティシュは粉砕されます。そのティシュは安物であればあるほど細かくなり、洗濯ものに容赦なく付着します。ばい菌も付着するのでしょうか? 赤系統の洗濯ものは、あたかも霜降り牛肉の様ようですが、取り除く手間を考えるとまったく嬉しくありません。

ティシュや文房具の質でも明らかなように、日本人とイギリス人とでは、便利さの追求の度合いが異なるゆえに、紙に求める品質も異なれば、扱い方も異なるとお伝えしたいわけです。例によって事の優劣を述べているつもりはありません。ただ、生活の背景や文化の違いがあるというだけの話です。

Paperについてのエピソード

紙についての勘違いもあります。ロンドンの一流ホテルのロビーで、お客様と待ち合わせをしている時のこと。「Japanese paperはありませんか」と尋ねたら、「なんのために必要なのか?」と聞き返されたので、「読むために決まっているだろう」と応えると「それならJapanese “news” paperと言うべきだ」とコンシェルジェから偉そうに指摘されたことがあります。どうやら、彼はJapanese paper を文字通りに和紙のことだと思ったようです。なるほど、コンシェルジェとはお客様に対する思い遣りだけではなく、想像力が必要な仕事なのですね。でも、イギリスのホテルロビーで和紙を使う状況がどうしても想像できません。生涯の疑問になりそうです。

紙について、日英の共通点もあります。ペーパードライバーとは和製英語ですが、Paper marriageのように「書類上の」という意味を持つ場合もあります。法的には運転が可能であっても、実際は運転が(技術的に)不可能であるという意味が(賢明な)イギリス人にすぐに理解してもらったことがあります。あながち、和製英語も間違いとは言い切れないわけです。Paper marriageの場合は法的には婚姻関係であっても、婚姻生活の実態が伴わない状態や状況であることを意味します。

ただし、気を付けたいのはPaper marriageとPaper weddingとの違いです。Paper weddingとは結婚一周年記念「紙婚」のこと。当方ら夫婦は世界中の友人たちから紙の栞(しおり)をたくさん頂いた記憶があります。閉口したのは、Happy paper marriageと、ある日本人からお祝いの言葉(?)を頂いたことでした。その言葉をカードで送って下さった方は、Marriage「結婚(式)」とWedding「結婚式、祝宴」との使い方を区別されていなかったのかもしれません。確かに微妙な使い分けですが、日本語では同じ意味になる言葉であっても、英語では使い方の異なるところが語学の難しさですね。

紙婚のお祝いの言葉は、Happy paper anniversary! と書けば良い筈ですが、当方がイギリスでの居住権を持つことを羨ましく思った日本人の皮肉を込めた表現がPaper marriageだったのかもしれません。ちなみに、居住権目的でPaper marriageをすると偽装結婚とみなされて違法行為になることがあります。

また、Paper tigerとは紙の虎を意味し、転じて「見掛け倒し」という意味になります。Paperに「実態が伴わない」「薄っぺら」という意味合いを持たせている点で、和製英語Paper driverのように日英の共通点と言えそうです。

商業主義のクリスマスも悪いもんじゃない

20年ほど前から、クリスマスなどのラッピングをやってくれる百貨店はイギリスでも増えてきましたが、近代の伝統的なイギリス生活では、プレゼントのラッピングと言えば、送り主自身がラッピングペーパーやリボンの買い付けから、きれいに包むところまでを行う一大作業でした。

昨今のクリスマスショッピングの様子を見る限り、バーゲン前の高価な商品を買うだけでなく、送り主の想いを込めたプレゼントとしての価値を上げるために、包装材料も大量に買い込む大切な買い物イベントとして考えるイギリス人もまだ多いようです。その一方で、当方のイギリスの親類たちとは「商業主義に乗せられるのは止めよう」ということで、クリスマスや誕生日のプレゼントを止める親類間協定を10年ほど前に結びました。その影響で、家族イベントごとのお祝いは食事会か、カードの交換になりましたが、親類が集まるお祭り感覚は廃れていません。

20171204_xmas005 クリスマスのデコレーションの多くは紙製品ですが、毎年使い回しが可能ですね。きれいな包み紙の中身と彼女たちの期待とのバランスが保てればいいのですが、足りなければ、もっと包み紙が必要になるということですね。

子どもたちが中高生にもなると、考え方も実用的になってきます。やがて、必要なものと欲しいものとの区別がついて来ます。究極的な必要アイテムと言えば、物事を自由にするためのお金なのでしょうけれど、イギリスではお小遣いのお金も今や銀行間送金なので、紙幣は使いません。イギリスでは、もはや紙幣も紙ではなくプラスティック製です。

イギリスの紙の消費量は2000年の13万トンをトップに、2015年には9万トンまで下がりました。書類を減らす目的で推進されたOA化はむしろ紙コピーが増加する結果を招きましたが、ITの時代に入ってからようやく本当に紙の書類が減ってきたということです。これからは紙の生産もどんどん減らされ、製紙産業でも人的資源はどんどん削減されるでしょう。

商業主義に踊らされていると考えた人たちがプレゼントの包み紙を止めた一方で、ちょっと寂しい気持ちになるイギリス人もいるようです。当方は子どもの頃、在横浜のドイツ人宣教師から、祈りが中心となる唯心的なクリスマス本来の過ごし方を学んでいました。それ以来、年々派手さがエスカレートする俗世間のクリスマスに疑問を抱く当方としては、「包み紙をバリバリと破いて、消費を楽しむ人々の姿を見ることが無くなると、今後は近代の物欲的なクリスマスの慣習に対して苛立ちを感じないで済むのかもしれない」と妻に言うと、彼女は述べました。

「クリスマスツリーの下に置かれた多くのプレゼントを一個一個開ける楽しみは少なくなったし、親類と家族の集まったクリスマスディナーの後で、一番幼い子供がその場にいる全員にプレゼントを配るかわいらしい光景が見られなくなるのは少し残念な気がする」

20171204_xmas006 クリスマスツリーの下にはたくさんの包み紙。これこそクリスマスの象徴。と言うイギリス人も多いことでしょう。

慣習として続いてきたプレゼント配りのイベントを止めてしまうと、何かが失われるような気持ちなることは妻の言うとおりです。プレゼント配りで、幸福感をもたらすアイテムとしてラッピングの紙は欠かせぬものでした。イギリス人と紙との関係はクリスマスでも確実に変化しています。ちなみに、拙娘は編み物など手作りのプレゼントを古新聞紙で包んで渡してくれます。「包み紙をバリバリと破く爽快感を味わえるでしょ」とのことでした。

今回の話題は「紙」だけにちょいと薄っぺらな記事になってしまったかもしれません。もうすぐ、クリスマスです。アドベントカレンダーの準備は出来ましたか? あの紙技(かみわざ)もヴィクトリア女王のご主人アルバート公が故国ドイツから持ち込んだという説が有力です。

Text&Photo by M.Kinoshita


plofile
マック 木下

マック木下

ロンドンを拠点にするライター。96年に在英企業の課長職を辞し、子育てのために「主夫」に転身し、イクメン生活に突入。英人妻の仕事を優先して世界各国に転住しながら明るいオタク系執筆生活。趣味は創作料理とスポーツ(プレイと観戦)。ややマニアックな歴史家でもあり「駐日英国大使館の歴史」と「ロンドン の歴史散歩」などが得意分野。主な寄稿先は「英国政府観光庁刊ブログBritain Park(筆名はブリ吉)」など英国の産品や文化の紹介誌。

マック木下さんの
記事一覧はこちら

同じカテゴリの最新記事