イギリスのガーデンに置かれたベンチの意味は? | BRITISH MADE

English Garden Diary イギリスのガーデンに置かれたベンチの意味は?

2018.05.17

イギリスのガーデンを訪ね、その中を歩いていると気づくことがあります。それは、たいていの庭にベンチが置かれていること。木製だったり鉄製だったりと素材は違いますし、デザインも様々。でも、どれもがガーデンの風景に溶け込んでいます。

庭園の規模に関わらず、こうしたベンチが置かれているのは、イギリスの庭の特徴のひとつといえるでしょう。
20180518_garden_01 チューリップがまぶしい5月のガーデン
イングリッシュ・ガーデン・ツアーといった観光旅行で、名園を巡る旅の場合には、ひとつひとつのガーデンをゆっくり見ている時間はないかもしれません。でも、イギリスの庭園を訪ねるのであれば、ぜひこのベンチに腰掛けて、目の前の景色を眺めてほしいと思います。

そこから見える風景は、その庭のベスト・スポットだったり、あるいは、ガーデナー自慢の花壇が目の前に広がる場所だったり。座ってみたからこそ出会える、その庭の表情があるのです。

また、野鳥の多いこの国では、ガーデンでは必ず鳥たちのさえずる声が聞こえてきます。ベンチに座り、その声を聞きながら庭を眺めていると、仕事の忙しさや、人間関係の悩みなど、日常のあれこれをいっとき忘れてしまうに違いありません。
20180518_garden_05 ベンチに座っていると、こんな可愛い動物が挨拶にやってきた
さて、そんなふうに、人々をリラックスさせてくれるベンチ。その背もたれのあたりに、小さなメタルのプレートがはめこまれているものがあるのを、ご存知でしょうか。

そのプレートには、誰かの名前と、その人にあてたメッセージや、その人となりを表した言葉が刻まれていることが多くあります。よく見ると、それは、故人となってしまった方のこと。というのも、これらは、そのガーデンに通っていた(あるいは縁のある)人々を想って捧げられたベンチなのです。
20180518_garden_03 この庭に平穏と喜びを見出していた女性に捧げられたベンチ
20180518_garden_04 このガーデンを愛した女性は、どんな人生を送ったのだろうか
もちろん、必ずしも故人のためとは限らず、誕生日や何か特別の記念のためにこうしたベンチを寄贈する人たちもいますが、やはり亡き人を偲んで……というものが多い気がします。

かつて、私がイギリスに来て数ヶ月経った頃、ホームステイ先の隣に住んでいた80代のドリーンという女性が亡くなられました。2週間ほどして、ホストマザーが近所に住む友人たちみんなで彼女の思い出にと、家から3分と離れていない、ハーブガーデンの美しい公園に、ベンチを寄付することにしたと教えてくれました。

一人暮らしをしていたドリーンは、毎日その公園へ犬の散歩にでかけては、小さなハーブガーデンを眺めていたそうです。近所の人たちそれぞれが、日々、そこで彼女と短い挨拶をかわしたり、ときには、そのあと家に招かれて紅茶を飲んだり。そんな思い出をこのベンチに込めているのだと、ホストマザーはほんの少し涙ぐんだ様子で話していました。

それを聞いて、私は初めて、それまでイギリスのガーデンや公園で見かけるベンチにはめ込まれた小さなプレート、そして、そのベンチの意味を知ったのでした。
20180518_garden_06 妻を思いながらこの庭を眺めていた男性。プレートには夫婦二人の名前が刻まれている
誰かに愛され、少し前に生を終えたこの人も、ここでこうしてこんなふうに緑の木々が風に揺れる姿や、夏の美しい日差しに映えるまぶしい花々の様子、そして、子どもたちの遊ぶ姿を眺めていたのかしら…。それ以来、イングリッシュ・ガーデンや公園のベンチに座ると、会ったこともないその人の暮らしをぼんやりと想像してみたりしてしまいます。
20180518_garden_07 ベンチに座って見える景色。故人は何度この様子を眺めたのかと思いを馳せる
「メモリアル・ベンチ」と呼ばれるこの長椅子は、イギリスの景観や歴史的建築物の保護に尽力しているチャリティ団体「ナショナル・トラスト」管理の庭園や森林、また、世界遺産に指定されているロンドンの王立植物園「キューガーデン」などにも設置されています。イギリス全土、どこに行っても目にするものです。
20180518_garden_02 ガーデンの景色に溶け込んでいるメモリアル・ベンチ
ただ、近年、場所によっては、これらのベンチがその景観を壊しかねない、といった批判が出ています。また、故人にあてた花束やカードをベンチに供える人がいて、それはあまりにパーソナルなものなので、一般の人が気持ちよくベンチを使う妨げになる、という苦情もあるようです。

ベンチが増えてきたからこそ、こうした問題が出てくるのであり、これについては今後、数の規制等が検討されていくことになるかもしれません。ただ、だからといって、メモリアル・ベンチがまったくなくなってしまうのは、寂しい気もしてしまいます。

皆さんが今度、イギリスのガーデンや公園を訪ねたときには、このメモリアル・ベンチについて思い出してみてください。
20180518_garden_08 偶然にも、ベンチの脇にわすれな草(Forget-me-not)が咲いていた

Photo&Text by Mami McGuinness


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マクギネス真美

マクギネス真美

英国在住20年のライフコーチ、ライター。オンラインのコーチングセッションで、人生の転換期にある方が「本当に生きたい人生」を生きることを日本語でサポート。イギリスの暮らし、文化、食べ物などについて書籍、雑誌、ウェブマガジン等への寄稿、ラジオ番組への出演多数。
音声メディアVoicy「英国からの手紙『本当の自分で生きる ~ 明日はもっとやさしく、あたたかく』」にてイギリス情報発信中。

ロンドンで発行の情報誌『ニュースダイジェスト』にてコラム「英国の愛しきギャップを求めて」を連載中。

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