井伊正紀さんに聞く「英国とシャツとタイの基本」について。 | BRITISH MADE

井伊正紀さんに聞く「英国とシャツとタイの基本」について。

2014.08.14

井伊さんをお招きして開催した、 第1回目セミナー「英国とシャツとタイの基本」レポート

嗜好品研究家、ジャーナリストとして活動されていて雑誌などの連載もされている井伊正紀さんに、来訪いただき「英国とシャツとタイの基本」についてお伺いした際のレポートをお届けします。

英国で「シャツ」と言えば古くは肌着だった

英国や欧州で「シャツ」と言えば古くは肌着(下着)として解釈され、上着の下に着る物で外からは衿部分しか見えず、特に女性の目の前で勝手に上着を脱ぐのは礼儀に反していた時代がありました。 その後1870年代には現在の「シャツ」の形に近い胸部の上から下へとボタンのある前開き形状になったとされています。 当時はホワイトシャツ=白無地ドレスシャツがエレガンスの典型とされ、ドレスシャツを頻繁に洗濯可能で、ある程度の数を所有するのが王侯貴族及び資産家のステイタスとなっていました。というのもこの時代、街を歩けば煤で服が汚れてしまうといった状態で、洗濯してもすぐに汚れてしまうといった理由も背景にあります。

常に白いドレスシャツを着る事ができない人々にとっては、衿の取り外し可能なデタッチャブル・カラーが出現し、衿だけの洗濯で着用が可能となりました。また柄物のドレスシャツも登場、その他、衿と袖口だけが白い「ホワイトカラーシャツ」も重宝されるようになり、後の英国のカラフルなドレスシャツの基本となっています。 (※ホワイトカラーシャツは日本ではクレリックシャツとも呼ばれています=クレリックとは僧侶や牧師の意味)

貴重な衿の取り外し可能なデタッチャブル・カラーのシャツ

ボタン・ダウンシャツの誕生と胸ポケット

そして、1896年ブルックス・ブラザーズが「ポロカラー シャツ」を開発。きっかけは創業者のジョン・ブルックスが英国でポロ競技を観戦中、ある選手のユニホームの衿がプレー中に邪魔にならないように釦で留められていた事に気付いたことだとされています。この発想からポロカラー=ボタンダウン・カラーのシャツが誕生。後にアイビーのスタイルとともに大ヒットとなりました。

また、ドレスシャツの衿に関してはデタッチャブルになった事で立ち襟(スタンドカラー)と折り返し衿(ターンダウンカラー)等を付け替えて、着こなしのバリエーションも楽しめるようになり、やがて、スタンドカラーから後にターンダウンカラーがシャツ衿の主流になりました。

その他、大きな流れの中で現在のドレスシャツに見られる変化は、メーカーにもよりますが、胸ポケットが付くようになったこと。このポケットがドレスシャツにも存在する理由は、ウエストコート(3ピースの釦付きベスト)を着用しなくなったこと、ドレスシャツ以外の実用的なアウターシャツのポケット・ディテールなどの影響があると思われます。しかし近年は3ピース(ウエストコート)がやや復活の方向に感じます。
加えて、近年は、ボディフィット傾向、丈が短く、台衿が高く、第一釦が複数の場合(ドゥエ、あるいはトゥレ・ボットーネなどと呼ばれる)があります。

「ドレス」とは

では、そもそもドレスシャツとはどのようなシャツなのでしょうか。 英国ではスーツやジャケット着用の際にタイを結ぶ前提のシャツを「ドレスシャツ」と呼んでいます。日本では永らく「ワイシャツ」が一般的な名称で、日本に伝来した際に「ホワイトシャツ」が「ワイシャツ」と聞こえた事に由来しているようです。これはロンドンの「サヴィル・ロウ」が「背広=セビロ」と聞こえて、仕立屋に発祥した事にも似ているような気がします。
ここで正しくアイテムなどのカテゴリーや目的を認識する為にも「ドレス」という名称を重要視して頂きたいと思います。 それは「カジュアル」との明確な区別でもあります。 「ドレスシャツ」以外にも、「ドレスシューズ」や「ドレスウォッチ」という言葉があり、着こなしについても英国では紳士を目指す場合に「モーニング ドレス」「カントリー ドレス」「タウン ドレス」「イブニング ドレス」といったある程度の決まりや考え方が存在しているからです。
ドレスシャツやネクタイを単品で選ぶ感性も大切ですが、重要なのはドレスシャツとネクタイとの相性(コーディネイト)。ドレスシャツの場合は主に、無地のドレスシャツで白無地が基本として考えられています。しかし、ストライプやチェック柄のドレスシャツもコーディネイト次第では、ネクタイとも見事にマッチング可能です。
そこで初歩的なドレスシャツとネクタイのコーディネイトは、白無地のドレスシャツに様々なネクタイを合わせる事から始め、徐々にスーツやジャケット、ポケットチーフのVゾーンの中で、各種のマッチングカラーを意識しながらコーディネイションを構築することが基本的な考え方だと思います。それは決して正解があるわけではないのですが……

シャツは最も基本的で重要なアイテム

さて、英国でのシャツと言えばロンドンのジャーミンストリートに集中して専門店が存在してきました。それはジャーミンストリートには、かつて様々な仕立て職人が住んでいた事や、近くのペルメル通り(Pallmall)の付近に、ジェントルマンズ・クラブ(出身大学、企業、趣味などが共通する同好の友が集う会員制の男子専用の特殊なクラブ)が多数あり、このクラブ会員の子息がグランドツアー(卒業旅行)の旅支度を、このジャーミンストリートの各種専門店で買い揃えた歴史があるからです。 因みにジャーミンストリート周辺にはシャツ以外にも「靴」「帽子」「床屋」などの専門店も。そして、社会人あるいは紳士になる為に、最初に買い揃えるアイテムでシャツは最も基本的で重要なアイテムであると考えられています。
ジャーミンストリートについては、こちらの記事でご覧頂けます。

イギリス、ロンドンのジャーミンストリート。

「タイ」の登場

「NECKTIE=ネクタイ」とはアメリカ名称(他 NECKWEARとも)で、英国では「TIES=タイ」と呼びます。 「ネクタイ」及び「タイ」は17世紀の1660年に英国王チャールズ2世が着用していた「レースのクラヴァット」、あるいはその当時の「ネッククロス」等が起源とされています。そして19世紀初頭にボウ・ブランメルの登場により、リネンの「クラヴァット」が一部の社交界で流行します。

やがて現在のスタイルの先駆けとなったのは、1880年のオックスフォード大学の学生が帽子(ストローハット)のリボンをはずして首に巻き、結び目を作ったのが、クラブタイの誕生秘話とされています。さらに学生たちは自分好みの色のタイをテーラーにオーダー。これが直ちに広まり英国ではジェントルメンズクラブやパブリックスクール、カレッジなどでタイを作るようになりました。

ジャーミン・ストリートに100年以上、店舗を構えるベイツのショーウィンドウ。

さらに1924年以降になるとタイは、生地の織り目の方向の裁断から、織り目に対して斜め45度の角度で裁断するようになります。つまりバイアスのカットです。このことでタイは、より結びやすく結び目の形も美しい三角形となります。 また、バイアスのカットはタイの柄の場合に斜めのストライプを生み出し、この斜めのストライプこそがレジメンタル・タイを結果的に成立させたと考えられています。因みに英国のレジメンタルストライプ(レジメント=英国の連隊)はカタカナのノの字方向で、米国は逆(反転)のノです。
左2本はオンラインショップでも発売中のアトキンソンとドレイクスのタイ。右はアメリカ製

基本的な結び方

最後に英国でのタイの基本的な結び方は、Four in hand knot=フォア・イン・ハンド ノット(別名プレーンノットとも呼ぶ)とWindsor knot=ウィンザー・ノット。前者は貴族の子弟が所属のフォア・イン・ハンド・クラブで、4頭立て馬車を操り競争に興じていた際に、簡単にタイを結んだ事に起源し、後者はエドワード8世、後のウィンザー公が大きな結び目のタイをしていた事に由来していると言われていますが、後にウィンザー公は否定しています……。
そして、「BOW TIE=ボウタイ」ですが、日本では一般的に蝶結びが完成した状態に帯状のホックを留めるだけの、いわゆるインスタントな蝶ネクタイが主流ですが、本来は一直線上のボウタイに蝶結びを作って結ぶのがボウタイの正統な結び方です。

書籍 THE BOOK OF TIESの写真。“フォア・イン・ハンド ノット”でタイを結んだアルフレッド・ダンヒル氏

「この日のシャツとタイの組み合わせに半日かかりました」という井伊さん。
コーディネートの組み合わせの質問に対して、「シャツとネクタイの組み合わせ一つとっても、非常に難しく無限にあり、知れば知るほど深みにハマっていくので、ぜひ楽しみにしてください」と話されていたのが印象的でした。


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2014.08.22
Photo&Text by BM Staff

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井伊正紀

井伊正紀

1956年 東京(渋谷)生まれ 嗜好品研究家、ジャーナリストとして各種雑誌や他媒体で活動。男性スタイル重視の「リアルクロージング」、本格「紳士革靴」、機械式「腕時計」等の編集及び取材記事などを得意とする。

経歴
紳士服飾のデザイン企画(岡本英光企画事務所)、宣伝プロダクション(Cカンパニー)を経た後、各種店舗(アパレル、靴専門店)の立ち上げに関わる。その後、靴関連の企業ITCで商品企画、バイヤー、セールストレーナー、宣伝、PRに従事。やがITC退職後、衛星放送(スカパー)の局(MOT)にて部長職及び番組プロデューサーに就任、同時に雑誌編集や各種取材をベースにジャーナリストとしてのキャリアもスタート……後に独立。 現在は嗜好品研究家、及びジャーナリストとして各種媒体で活動中、主に男性スタイルを重視した「リアルクロージング」「紳士革靴」「機械式腕時計」「ジュエリー」「葉巻」「モルト・ウイスキー」「ワイン」等の取材や記事に関わる。 また、一方では企業の商品企画、セールス、マーケティング等の外部スタッフや顧問としての契約業務も行なっている。

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