「英国ボーディング・スクールの原風景」全寮制、寄宿学校 其の1 | BRITISH MADE

Little Tales of British Life 「英国ボーディング・スクールの原風景」全寮制、寄宿学校 其の1

2015.06.23

パブリック・スクールを簡単に説明すると、元々はお坊さん(教会の司教など)の養成所です。

英国の全寮制パブリック・スクールと言うと、日本の皆様がイメージするのは、ハリー・ポターのホグワーツの世界、アニメの中の寄宿学校、そして現実の世界で超名門と言われるウィンチェスター校、イートン校というところでしょうか。

以前の記事「英国社会のステータスシンボルとしての芝」と、「職人さんたちの学校」と内容が少々重複しますが、パブリック・スクールを簡単に説明すると、元々はお坊さん(教会の司教など)の養成所です。キリスト教徒の活動が偏らないように、教義の理解を統一するために作られた教育機関です。その後、その教えや指導内容が王室や貴族の後継者の育成に向いていると注目され、世界最古のパブリック・スクールと言われるウィンチェスター校を模して、英国王室がイートン校を創設したというのが大雑把な歴史です。全寮制(若しくは部分的な寮制)のパブリック・スクールをボーディング・スクールと呼びます。

1900年代の初め頃からはアフリカや中東などの諸外国の王侯貴族も国政を司る後継者を育成するために多くの子女たちが英国のボーディング・スクールに送り込まれています。超有名どころでは、ハーロー校を卒業したインドのネルー首相でしょうか。それぞれの学校の講堂に行けば、アフリカの(元)王朝の子孫など世界の有名な人物の氏名が刻印されています。

有名なパブリック・スクールではこれからの季節にサマースクールが開校されたり、オープンデイが設けられたりしていることもあります。あるいは、期間外であっても行ってみたい学校に予め英文のレターなどで連絡して、説得力のある理由を述べれば、校内の見学が叶うこともあるかもしれません。歴史あるパブリック・スクール内部のベンチや銘鈑には、現代だけでなく、過去の有名人や偉人が学生時代に自ら刻印した名前を見つけることもあります。

これまでにもたびたび登場しているダンディの始祖ブラメルの棲んだ場所(4 Chesterfield street, Mayfair W1 London)に、こうして記念碑のブルー・プラークが設置されています。ブラメル自身はイートン校を経てオクスフォード大学に進学しています。イートン校では今でも彼の功績を讃え、学生たちは現代風のイベントのモチーフとしてブラメルの言葉やファッションを引用することも多いのです。 数年前、オクスフォードの街を歩いていた時、ブラメルのあの姿をした学生たち数人が颯爽とダンスを踊りだすパフォーマンスを偶然に眺めたことがあります。画像が無くて残念。

世界中の王侯貴族や資産家などの子供たちがパブリック・スクールへ進学する一方で、英国政府がサポートするシステムもあります。つまり、英国から海外に派遣される宣教師、軍人、官僚などの子女にも寮制パブリック・スクールへの進学機会を与えられます。但し、その割合は2014年現在でも英国全体の子どもの中でも3%程度に止まります。

優秀な子どもには奨学金が与えられますので、その学校の要請する優秀さを備えていれば、貧しくても進学は可能です。ハリー・ポッターのハリーには両親の残してくれた金貨がありましたね。

軍人、官僚、宣教師は明らかに裕福ではありませんが、英国の外で軍務、外交、そして布教など政府からの任務を担う人たちとその子供たちには、英国政府とパブリック・スクール自体の計らいで授業料などが特別に考慮されています。

ウィンチェスター・カレッジの奨学生だけのハウスの昼食風景。いわゆる早熟の天才児と言われる彼等ですが、見ためも、取材でインタビューしても、元気に受け答えする普通のティーン・エイジャーたちです。この学校に進学する以前は、それぞれの地元では神童ともてはやされていた生徒たちですが、この学校に入るなり、秀才や天才たちに囲まれるので、謙虚な気持ちになって勉強に打ち込めるのだそうです。タレントのハリー杉山氏もこの学校の卒業生です。

また、その一方で、歴代の世襲卒業生、資産家、他国の王侯貴族たちは母校に莫大な寄付金を払って、彼らの子供たちに世界最高水準の教育を受けさせているのです。貧しい家庭に生まれ育った拙子らの場合は、その寄付金の恩恵に綾かって某パブリック・スクールを無事に卒業し、今や普通の社会人になってくれました。

英国の話ではありませんが、児童文学「アルプスの少女」では、本来の教育について考えさせられる場面がいくつか出て来ます。特に印象的だった場面は、羊飼いのペーターが「なんのために読み書きを習うのか」というプロットで、彼のおばあさんが応えます。「神様の言葉を読むためですよ」当初、欧州各地の教育は、聖書を読めることと、商売のために簡単な算術が出来ることを目的としていたのです。

日本で明治時代に初代文部大臣の森有礼(もりありのり)卿が「富国強兵」を教育の目的として立ち上げて以来、今日の学校教育が我々に与えるものは大分変化して来ていますが、礼儀、忠誠心、秩序、そして正義などの道徳観は、依然として指導され続けているように思えます。

オクスフォード大学のハードフォード・カレッジの講堂で開かれた卒業ディナー。参加者は卒業生とその家族。額縁の肖像は同カレッジの有名な出身者です。学寮のことを、パブリック・スクールではハウス、大学ではカレッジと呼ぶところが多いのですが、この辺の定義付けは不可能です。なぜなら、学校によって呼び方が異なりますし、中世から続く学校なので歴史が古過ぎて、日本の標準的な学制とは比較できないのです

パブリック・スクールではキリスト教信仰の背景を根強く残しながら、心豊かな人材を育成する場として発展してきています。英人の拙妻が言うには、パブリック・スクールの礎となる信仰心にも似た共通の道徳的価値観が、日本の一般的な中高生の態度や部活動の中に見られるそうです。言うなれば、社会の中で一人の人間としてあるべき姿勢には日英共通した価値観があるということのようです。そして、その縮図を眺められる場が日本の高校野球である、と日本に通算で15年棲んだ彼女が言うのです。彼女は日本に来てから夫に付き合ってたまに観に行く高校野球が大好物になったそうです。英国を代表する人間にそう言われると、日本の教育もまんざらでもないように思えてきますね。我々を育ててくれた国の人間として、もっと自信を持つべし、ということでもあると思います。

尚、近いうちに、この項目は次回以降に「其の2」を掲載する予定です。


2015.6.24
Text&Photo by M.Kinoshita

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マック 木下

マック木下

ロンドンを拠点にするライター。96年に在英企業の課長職を辞し、子育てのために「主夫」に転身し、イクメン生活に突入。英人妻の仕事を優先して世界各国に転住しながら明るいオタク系執筆生活。趣味は創作料理とスポーツ(プレイと観戦)。ややマニアックな歴史家でもあり「駐日英国大使館の歴史」と「ロンドン の歴史散歩」などが得意分野。主な寄稿先は「英国政府観光庁刊ブログBritain Park(筆名はブリ吉)」など英国の産品や文化の紹介誌。

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