2015.03.03

Little Tales of British Life ロンドンも羊の街

羊って英国人の生活に密着しているんだな~」と思ったのは、やはり英国生活が始まって間もない1980年代の頃‥

「羊って英国人の生活に密着しているんだな~」と思ったのは、やはり英国生活が始まって間もない1980年代の頃、英人の義両親にサンデー・ローストに招かれたときのことです。日曜に招かれた者の礼儀として彼等の自宅近くの教会に同道し、10時に始まる礼拝に参加しました。そこで牧師から受けるお説教の内容には何回も羊が登場するのです。

牧師の話を聞いているうちに、ひとつの持論に達しました。羊が「導かれる者」のモチーフとなった理由は、キリスト教発祥の地でも常に人間の眼の前に居て、生活を伴にする動物だったからだろうということです。義両親宅に向かう道すがら、羊の群れを横目にドライブして来たので、そのイメージも重なっていたと思います。従順で大人しい羊の行動や生態は英国人には一般常識であり、古代から、羊のように従順であれ、という教えを代々に渡って受けて来たのですね。

礼拝後、ラムのサンデー・ローストを食べながら、義両親たちにその持論を切り出すと「牧師が民衆を納得させるには、牧場の羊飼いと羊の姿に喩(たと)えて神と人間との関係を説明するのが判り易かったのね」と義母が話をまとめてくれました。

先日語ったコモンズに放っておくだけで、羊は食料となり、羊毛となり、人間の役に立ってくれています。家畜としての羊は、有史以前から歴史を越えて大活躍中なわけです。そして、その羊のお蔭で欧州のどの都市の中心にも、必ず羊を中心とした市場が古代から存在するのです。



4つの地下鉄駅でメイフェア地域を現わすことが可能です。北西端はマーブルアーチ、北東端はオクスフォード・サーカス、南東端はピカデリー・サーカス、そして南西端はハイド・パーク・コーナー。この地域はかつて世界の富の集積地と言われました。地価も世界最高。

現在は世界のセレブや富豪が集まる一角として知られる、ロンドンのメイフェア地区(南北をピカデリーとオクスフォードストリート、東西をリージェントストリートとパークレーンで囲まれた一帯)も羊の恩恵を受ける街のひとつでした。その中心となったのは現在も残るシェパード・マーケットです。かつて、19世紀中ごろまで王室の狩場として、あるいはコモンズとしてのリージェントパークやグリーンパークにもBaa(邦訳:めぇぇ)と啼く羊の群れがシェパード(羊飼い)によってそのマーケットまで連れられ、ブッチャ―(肉屋)やシアラー(毛刈人)の手で加工されたのです。因みに、2015年現在の大阪英国総領事の名前はシアラーさんです。スミスさんや、カーペンターさんのように職業が名字になるのですね。マイケル・シアラー総領事

生後数週間の仔羊と親羊。仔羊たちは人懐っこいのですが、親たちはBaaと警戒の雄(雌?)叫びを発します。もし、犬と一緒に散歩するなら、飼い主は絶対に犬を繋いでおかなければなりません。まれに、放し飼いの犬が仔羊を殺してしまう事件もあるそうですが、その場合、飼い主と犬の責任になります。

ところで、英国には旬の料理がないと言われがちですが、ラム肉の特においしくなる季節と言えば、生後4か月辺りの5~6月とされています。まさにメイフェア(5月の花祭り)の季節には欠かせない食材でした。しかし、昨今はニュージーランドからの輸入肉もあるし、羊に明確な繁殖期はありませんし、高品質の冷凍肉もあるので、結局年中上質のものが手に入ります。

仔羊の肉は美味しいのですが、純毛のセーターのような独特の匂いがあります。成長してマトンにもなると、さらに匂いが強くなるので、ニンニクたっぷりのタレでマリネートされてジンギスカン鍋に加わって頂くことになるわけですね。

2015年2月現在、ラムチョップを日本で購入すると450円/100gです。この画像のラムは約120円/100g。最近の英国でも、ラム肉は他の肉類と比較しても高価になりました。それにしても、日本の肉屋さんは何故ラムチャップと表示するのでしょうか?

ハーブと塩コショウでローストしたラムのリブズ。リブズからラムチョップにするには、骨が胸骨と繋がっていないかどうか確認してから買った方が良いと思います。出刃包丁でも、胸骨は叩き切れますが、刃が欠けることもあります。味噌焼きにするには、こちらのウェブをご参考に。

その匂いが気になるためかどうか、理由は定かではありませんが、英国のラム・ローストにはミントソースが付きものです。練り歯磨きのようなミント風味で、鮮やかな緑色ソースをじゃぶじゃば掛けて食べるのです。…とは、ちょっと言い過ぎました。実際、そのソースも大概は美味しく出来上がっています。家庭や製造者によってレシピが異なりますので、一概には表現できませんが、肉汁と柑橘類とミントを混ぜることが基本です。ミントの爽やかな香りと純毛の匂い(羊の体臭?)は、マッチングするのかもしれません。個人的には、赤味噌(+みりん+昆布だし)に3日間以上漬け込んだラムチョップをグリルして晩酌します。ディナー皿に盛れば、英国人にも好評です。
フィレ肉であれば、オジサンたちのアイドルで女性料理家のナイジェラ・ローソンさんのレシピで作るアングロ‐アジアン・ラムサラダがお奨めです。ローストビーフに似た作り方です。
「アングロ-アジアン・ラムサラダ」

ミントはどこのお宅の庭でも雑草のように力強く繁殖します。このミントを大量に使って、肉汁とレモンを混ぜたミントソースが英国人には最高なのです。

また、羊の習性ですが、まず、臆病です。生まれたばかりの仔羊だけは人に懐きますが、大人の羊は人間が近づいただけで逃げます。一方、走っている車を怖がらないので、道路いっぱいに羊が往来している時には、どんなに急いでいる時でも、ゆっくりと移動する羊を、ただ車内でやり過ごすことになります。しかし、羊の習性を知るある友人の話では、一人が運転役、もう一人が羊飼い役となって羊たちを誘導すれば楽に通過できると言います。まず、車で通る道筋を作るために、羊の群れの真ん中を羊飼い役が先導して歩を進めると、映画モーゼの「十戒」の海のように羊は道を空けてくれます。そして、小走りで進む羊飼い役の後をゆっくりと辿れば、車は羊の群れの中を通り抜けられるのです。それでも、羊はたちまち車側に寄って来てはぶつかる上、路上にボタボタとばら撒かれた草食系の落としモノが羊飼い役の足を取るので、先導者はかなり危険な目に遭います。あまりお奨めの技とは言えないようです。
郵便配達人から見た路上の羊

ともあれ、英国では人と羊との生活が古代から続いていますので、羊から貰った恩恵にどうやって報いるべきかという素朴な疑問が湧いてしまいます。「供養のための羊塚などはないのか?」と、牧師に聞いたところ、「羊からの恩恵を下さった神に『糧を下さってありがとう』と感謝すれば良いのです」とのこと。しかし、食べたあとに、ほのかに残るラム肉の匂いとミントソースの芳しさの中に生命の力を感じて、美味しく仕上がってくれた羊やミントに対して「ご馳走さま」と手を合わせて感謝したくなるのは異教徒の在外邦人だからでしょうか。
英国BBC放送では、牧羊犬の番組もありました。ご参考まで。
Country File(英語)



2015.3.4
Text&Photo by M.Kinoshita

plofile
マック 木下

マック木下

ロンドンを拠点にするライター。96年に在英企業の課長職を辞し、子育てのために「主夫」に転身し、イクメン生活に突入。英人妻の仕事を優先して世界各国に転住しながら明るいオタク系執筆生活。趣味は創作料理とスポーツ(プレイと観戦)。ややマニアックな歴史家でもあり「駐日英国大使館の歴史」と「ロンドン の歴史散歩」などが得意分野。主な寄稿先は「英国政府観光庁刊ブログBritain Park(筆名はブリ吉)」など英国の産品や文化の紹介誌。

マック木下さんの
記事一覧はこちら

RECOMMEND