イギリスの「匂い」と「香り」と…… | BRITISH MADE (ブリティッシュメイド)

Little Tales of British Life イギリスの「匂い」と「香り」と……

2024.03.26

ニオイまで魅力的な(?)イギリス


ヒースロ―でもガトウィックでも、ロンドンの空港に降り立つと、独特のニオイが漂っていることに気づきます。少しかび臭いような、湿ったニオイ。たとえ、空が晴れていても、曇天を思わせるようなニオイ。決して爽やかなニオイではありませんが、当方はそのニオイで「イギリスに帰ってきたなあ」という実感を抱きます。

ほんの数年前まで世界中を渡り歩く生活をしていたせいか、空港を違えるごとに、そのニオイは異なると感じています。たとえば、2000年、寒いくらい涼しい夏のニュージーランドでは、機外に出るなり、1980年代(古き良き時代?)のイギリスのニオイが漂っていました。20年前のイギリスを感じさせるニオイの正体は、すえて湿った空気のニオイ、あるいは今でこそ街頭から姿を消したパン粉のたくさん入ったソーセージの焼けるニオイだったかもしれません。一方で、2024年のロンドンでは1980年代と同じニオイが漂ってくることはありません。Mews やAlleyと言われる裏路地に行けば、それに近い懐かしいニオイが一瞬だけ漂うことはありますが、以前よりもかなり薄まってしまった気がします。時代とともに、ニオイの要因は確実に変化しています。



ニオイまで魅力的な(?)イギリス Mewsとは、かつて貴族の屋敷の裏側に設置された馬車を用意する厩舎だったところ。画像のように行き止まりになっているところも多く、車の時代にはガレージとして使われていました。現在では住宅利用されています。現在でも、このような裏路地ごとに、独特のニオイが漂っています。

ところで、ニオイには、「匂い」と「臭い」、そして「香り」があります。どれも臭覚ですが、一般的には、客観的で感情をこめないニオイが「匂い」であり、不快に感じるニオイが「臭い」、そしてヒトの嗜好に合わせた快適なニオイが「香り」ということになります。本稿では、これらのニオイ用語を交えて、イギリスの匂いを語りたいと思います。

イギリスのニオイと住宅事情

さて、かつてのイギリスは、どこでもタバコのニオイが充満していました。レストラン、オフィス、バス、地下鉄とその構内、鉄道、航空機内などなど。しかし、2007年までにイングランドでは、屋内での禁煙法が成立しました。喫煙場所が特定されたことは、妥協点ではありますが、喜ばしい状況だと思います。今日、タバコのニオイはほとんど無くなったのですが、一方で、他のニオイが目立つようになりました。それはイギリスに住む人々の体臭です。昨今ではヴェジタリアンやヴィーガンが増えましたが、それでも大半の人々は肉多めの雑食者であり、乳製品も大量に摂取しますから、必然的に日本人とは体臭が異なります。科学的にはアクポリンという汗腺を体内から分泌するかどうかという体質に拠るのですが、我々東洋人は、その分泌量が少ないため体臭が抑えられているということです。

さらに、今タバコを吸っていなくても、当方の目の前を横切っただけでも、その人物が喫煙常習者であるかどうかが分かります。体臭とタバコ臭が融合した独特の臭いが、呼吸だけでなく、身体全体の毛穴から拡散されているのです。 また、吸わなくても饐(す)えた肉のような体臭を放つイギリス人も少なくありません。なぜなら、イギリス人の多くが毎日風呂に入るわけではないからです。 80年代、シティでの会社員時代、毎週水曜日になると、向かいの席に座る白人の同僚からは、彼の体臭が漂ってきました。聞いたところ、彼の入浴日は水曜の晩と日曜の晩とのこと。夏に大汗をかけばシャワーを浴びることもあるけど、基本的に洗髪を含め、身体を洗うのは週に2回だけ。これは今でも一般的なイギリス人の習慣だと思われます。

この習慣の背景にあるのは、イギリスでは「湯水が貴重」であるということ。すなわち、 日本のように「湯水のごとく」使えるほどの湯が、イギリスの一般家庭には蓄えられていない、あるいは備えられていないという事情があります。もちろん、近年では瞬間湯沸かし器を設置している家庭も増えていますが、以前の記事でも述べたように、毎日一定量だけボイラーに貯めた量の湯を使うというのが一般的なので、家族で計画的、且つ順繰りにローテーションで風呂に入ることになります。


ニオイまで魅力的な(?)イギリス 1900年築のマナーハウスの主寝室。当時としてはハイクラスな行水セット。このバスタブですと、腰の部分しか湯に浸かりません。暖炉で部屋全体をあらかじめ暖め、お湯を運ぶ召使、手間、労力など準備に手間がかかるため、湯に浸かるのは月に1度ということも。

3日も風呂に入らなければ、日本人でも多少の体臭を放つでしょうけど、アングロサクソンを筆頭に多人種国家のイギリスでは、人種ごとに異なる匂いが放たれています。体臭を野放図に放つ人々は、大概の場合、その自覚がありません。しかし、もちろん、自覚のない人たちばかりではありません。

臭いから香りへ

自らの体臭を自覚する人は、まず家族の体臭に気づき、「自分も匂ってないかしらん」と気にすることから、香水やデオドラントを使う傾向があります。さらに、体臭だけにとどまらず、屋内にも気を配る人がいます。イギリスの家屋は保温性に優れていますが、その反面で換気が難点ゆえ、家の中に沁みついたペットや料理のニオイを消すようにポプリをあちこちに置いたり、キャンドルやお香などのセント(scent)を焚いたりします。端的に言えば、香水の起源とは体臭を隠すため、そして、セントの起源とは生活臭を軽減し、精神的に豊かな気分になるためのレメディ(療法)的、且つアロマ的な工夫なのです。

ただ、香水の場合は単に隠すのではなく、肉感的な臭いを芳香に変える作用があります。つまり、ヨーロッパのご婦人たちが放つ独特の芳香とは、体臭と香水の香りとが融合した個性的な匂いなのです。ですから、体臭の少ない東洋人が西洋人と同じ香水を使っても、匂いの威力や効果には、ちょっとした(あるいは、大きな?)差が生じると言われます。英語ではPreferred fragrance(望ましい香り)という表現もあり、フレイグランスとは、単に体臭を隠すのではなく、むしろ体臭を補ったり、体臭に含まれる情報を強化したりするものということです。


ニオイまで魅力的な(?)イギリス ポプリは天然の香りが立っているうちは、放置するだけで良いのですが、年月を経て交換したり、香水を掛けて長持ちさせたりすることもあります。

香水とは、パフューム、フレイグランス、オードトワレ、オーデコロン、セント、そしてアフターシェーブです。アフターシェーブというのは、髭剃り後に使うローションのことですが、パフュームという言葉には女性的なニュアンスがあるので、世代によっては男性用の香水全般をアフターシェーブと呼びます。パフュームの語源は「煙」。つまり、調香された蒸留燻製液のこと。香水とは、スモークサーモンのように、お刺身を冷たい状態で煙だけで燻(いぶ)す冷燻(れいくん)と同じ原理ですね。

香りが生み出した物語

ところで、あるドイツ人作家が18世紀のパリを舞台とした小説「香水」(parfum:仏語)は1985年に出版され、世界中でベストセラーになりました。人間離れした臭覚を持ちながら、自分自身は体臭を持たない主人公が、人を魅了する最高の香水を作るために、材料として不可欠な美少女の体臭を得るために連続殺人を起こすという内容。やがて、人心を操る怪しげな香りを作り出し、その香りを放つ主人公に世の中の人々は陶酔します。さらに、その香りには陶酔から食欲へと転換する仕掛けがなされていて、主人公の末路は如何に…(ネタバレに配慮)。1875年以降に下水道が整備される直前の大都市、ロンドンやパリでは猟奇的な事件がたくさん起きていました。どぶ川と化していたテムズ河がグレート・スティンク(Great Stink : 大悪臭)と呼ばれた時代、「香水」の舞台となったパリのセーヌ河界隈も不衛生極まりない都市環境でした。衛生観念の未発達な世界で、人間は狂気に導かれるという本質を説いた偉作と言えましょう。実は、「体臭と香水との融合」とはこの小説で学んだこと。異なる匂いの融合こそ、パフュームが生み出されたコンセプトなのです。つまり、香水とは不衛生な環境の下で発生するニオイをポジティブに受け入れるために香水師が生み出した工夫の産物でもあり、香りによって幸福感や恍惚感を導く化学技術の結集だったのですね。

香りの意外なアイテム

さて、読者の皆様には、「イギリス人は匂う」という印象を植え付けてしまったかもしれません。しかし、その一方で、彼らはその匂いを快適で、芳しい香りに変える方法を広く生み出してきた、ということもお伝えしているつもりです。たとえば、BRITISH MADE(ブリティッシュメイド)でも扱っているThe Edinburgh Natural Skincare(エディンバラナチュラルスキンケア)のソリッド・ハンドクリーム・バー。見た目は石鹸のようですが、開封してみると、バラの香など甘い華の香が広がります。スコットランドはエディンバラで生み出された香り。このハンドクリームを利用することで、手を動かすだけで放たれる芳香が周囲の空気を和ませてくれます。空港のかび臭い匂いもイギリスのニオイですが、このクリームの香りもイギリスを代表する芳しいニオイなのですね。

また、スカーフやマフラーなどのアクセサリーや、セーター(英語ではジャンパー)など身体に直接触れるものは、一度身につけただけで体臭が移ってしまうと気にする人もいます。そう感じる方々は袖口やうなじにシュっと香水。当方もその用途で使っています。そして、身につけるマフラーの色によって、香水の種類を使い分けるという粋な紳士の話を聞いたこともあります。1年の半分(11月~4月)は冬のイギリス、使うスカーフやマフラーは頻繁に洗えないので、香水を使うのですね。

その紳士たちが、好んで装着する皮製品にも、香りの特徴があります。日本人が、檜の香る湯舟や、曲げわっぱの杉の香りでコンフォート(ホッとする気分)を楽しむように、イギリス人が快適に感じる匂いもあります。たとえば、ブリティッシュメイドで扱うグレンロイヤルのなめし皮の香り、靴のジョセフ チーニーやチャーチのbends(靴底の皮革:以下ベンズ)などの香りは、それぞれ異なる製法で作られているので、それぞれの匂いも異なります。 ブリティッシュメイド大阪店と親交の深い靴職人、高井貴亘さんの話では、「イギリス製のベンズは他の国で作られたベンズとは一味違うと感じています。 特にオークバークという樫の木で鞣(なめ)された伝統的な革は独特の香りがあり、他国のオークバークと比較してもその違いが明確です」とのこと。中でも、ブリティッシュメイドの扱うジョセフ チーニーとチャーチの両社の製品は、イギリスの既製品の中でもトップクラスと言われています。皮革は樫の木のチップと有機タンニンで鞣(なめ)された自然素材を使用しているので、やさしい燻製の香りを放っています。また、修理して長く使い続けることを前提にした製品ですので、摩耗償却したら、新しいベンズに張り替えたり修理を繰り返すことで、新品の匂いと、持ち主の足型に馴染んだ完璧な靴として再生されます。まずは、ブリティッシュメイドのお店にいらして、新鮮な革靴の匂いを確認されては如何でしょうか。


ニオイまで魅力的な(?)イギリス 靴職人の高井さんはgentle craft(思いやりのある職人技)という哲学の下、靴を履く人に対する様々なイメージを抱いて、やさしく、且つ丁寧な靴を仕上げることに心を砕いておられます。修理された革靴が放つ芳香を嗅いで、職人魂を実感されるお客様もいらっしゃることでしょう。

ほかにも、家具に皮が使われていることもあって、その皮から静かに立ち昇る匂いを好まれる方も多いと思います。落ち着く匂いなので、そのケアに使われる蜜蝋ワックスやオイルの香りが独特の渋みを感じさせてくれます。最近、当方も家の買い替えに乗じて家具を購入した際、皮の匂いを嗅ぎながら骨董家具屋を物色しました。

ニオイまで魅力的な(?)イギリス コーナーシェルブス(三角の四段棚)には緑色の革面、ビューロー(ライティングデスク)には茶色の革面が張られています。古道具屋では、仕入れた後に傷の修理や革面を蜜蝋やオイルで磨き上げて、店頭に並べます。芳しい皮の香りが、その見た目をより良く引き立てています。

さて、年に数回しか会えない我が子らが言うには、「お父さんのニオイは長年変わらない」とのこと。彼らが生まれる以前から同じ(Duty freeで一番安い)香水を使っているので、体臭に変化があれば、融合したニオイも変わってくる筈です。それとも、日本人の体臭は弱すぎるため、香水による融合はおろか、個性化することもないのかもしれません。ちなみに、イギリスのニオイを実感したいと言う方は、イギリスに着いたら、まず空港で深呼吸してみて下さい。明らかに日本とは異なる匂いがします。それから、スーパー、百貨店、バスや地下鉄などの密室でイギリス人とすれ違うたびに様々な匂いがして来る筈です。体臭をもっと強く実感してみたいのであれば、街中のチャリティショップがお勧めです。古着にこびりついたイギリス人の体臭は目に沁みるほど強烈で、日本の古着屋とは異なります。また、ホテルや個人住宅など、イギリスの屋内で気になるニオイが漂っていたら「このニオイは何だろう」と、鼻をひくつかせて、ニオイの素を聞いてみて下さい。そして、匂いの正体を見極め、それは臭いなのか、香りなのか、ご自分の「お鼻」でもイギリスをお楽しみくだされば幸甚です。

Text by M.Kinoshita


ブリティッシュメイド公式アプリへ

plofile
マック 木下

マック木下

ロンドンを拠点にするライター。96年に在英企業の課長職を辞し、子育てのために「主夫」に転身し、イクメン生活に突入。英人妻の仕事を優先して世界各国に転住しながら明るいオタク系執筆生活。趣味は創作料理とスポーツ(プレイと観戦)。ややマニアックな歴史家でもあり「駐日英国大使館の歴史」と「ロンドン の歴史散歩」などが得意分野。主な寄稿先は「英国政府観光庁刊ブログBritain Park(筆名はブリ吉)」など英国の産品や文化の紹介誌。

マック木下さんの
記事一覧はこちら

同じカテゴリの最新記事