2016.05.18

Little Tales of British Life 「尾根道を辿ってロンデニウムに」古道ハイキングのススメ

1980年代の初め、日本の就職試験や大学入試の小論文試験で、「道」というタイトルで出題すると、99%の学生が高村光太郎先生の詩「道程」を引用して作文を始めるという話を、後年になってから、あるメディアの人事担当者から聞いたことがあります。そして、「僕の前に道はない…」という出だしの小論文の殆どは、採点されることもなく紙の無駄遣いとなったそうです。ただ、あまりにもその数が多いために、念のため文の最初と最後の3行を読んで、意外な結末になっているようでしたら、採点には残るという話でした。

そんな人事の裁定をまだ知らなかった当方の場合は、就職試験の論文対策模試で「道」が出されたので、子供の頃から親しみがあり、何十回も行ったことのある神奈川県の鎌倉を縦横に巡るハイキングコースについて書きました。そこでは行く度に新しい発見があり、最も好きなポイントに行くと、自分の回りや自分自身の立場がどんなに変わっても、この景色はこのままであり続けることを確認する道になった。という趣旨を書いたところ、その道を訪れる度に広がる可能性を感じさせる内容だった。「道程」以外のことを書いてくれてありがとう、という評価を頂いて以来、「道」はなにかしらの題材を与えてくれるテーマになりました。

当方がハイキングやロンドンの裏道好きなことも、道をいろいろな角度で見るからかも知れません。英国の道も想像を含ませてくれる楽しい道です。おまけに、英国では道の名前に国柄や土地柄が出ます。Prats Bottom(間抜けなお尻)とかSqueeze Belly Lane(お腹を擦る小みち)のような変名もあったり、新興住宅街では花の名前や有名作曲家の名前をテーマにした道造りがなされたりする一方、Pilgrims WayとかSherwood Avenueなど伝統や歴史や伝説を感じさせる道に遭遇すると、心にちょっとした刺激を与えることになるので、英国の街歩きの時はあえて道の名前に注目してしまいます。

20160518_main1文字通り、ちょっと太目の人が双方向からやって来るとなると、このレーンですれ違うにはお腹を擦り合うことになるのでしょう。以前はオクスフォード・パッセージという洒落た名前でしたのに。この坂の下には確かに牛が渡れる程度の小川の浅瀬(津)があったそうです。
<画像提供 山内俊利氏>

何でも趣味になる国、英国ではその種の「道」の本もたくさん出版されています。本屋に行くと並ぶ膨大な「道」に関わる著書の数からして、道マニアな英国人は多いと思います。日本でも街をブラつくテレビ番組で紹介される「坂好き」とか「段差好き」という感性から生じるテーマも、地形やら都市土木やら歴史などの観点から眺めると何度も同じ道を歩いて、遠い祖先たちの思いを確かめたくなってしまいます。笑
20160518_main2尾根伝いの道と言っても、これほどの急峻な街道は無いでしょう。しかし、最短距離を歩くとなると、わざわざこうした尾根を選ぶ旅人も居たのです。まさに旅行は命懸けであり、古代ローマ時代ともなれば、ドーバー海峡を渡るだけでも遠い世界への冒険であったのです。

今回は先日お届けした「牡蠣街道」の時に述べきれなかったローマ街道について述べようと思っていたのですが、初っ端から道談義になってしまいましたので、ローマ街道についてはざっくりと申し上げます。

道に名前を付けるのはローマ人の発明であるとはよく言われることですが、その実ローマが征服したギリシア文化が発祥ではないかという説もあれば、中国起源説もあります。しかし、英国人はそんなことを気にしません。

英国の都市には、Chichester, Colchester, Chesterなどなど「 ~チェスター」という地名が多く存在します。ラテン語源でキャンプを意味するチェスターは、ローマ軍の野営地から砦へと、さらに時を経て、街へと発展したところに現存する地名です。英国人であれば、このことは多くの人が知っています。

やがて、各チェスターとロンデニウム(ロンドンの古名)との両地点を繋ぐ道が整備されます。ローマ街道の特徴は2つあります。自然の地形をそのまま利用した、水はけの良い尾根伝いの道と、要所要所にぬかるんだ場所があれば、そこには石のブロックを敷き詰めた歩道を造りました。

20160518_main3現代の道路は造り易さと車のアクセスのために谷合に建設されます。但し、地滑り、流水、地震などの災害のリスクを伴います。道路の歴史の中でも比較的新しい技術です。古代から近代に掛けて、人の歩く道路は尾根伝いが主流だったのです。

その道路は至るところに現存していて、今日の観光資源や考古学の資料になっています。道路を作る技術が秀逸であったことと、産業革命頃の都市開発から免れたことが現存する理由です。石のブロックの下にはセメントで固めた砂利の層が約50㎝、その下にはスラブと呼ばれる平たい石の層、さらに砂を埋めています。道路として堆積している石と砂利と砂の層の厚さは1mを越えますので、重たい運搬にも耐える構造になっています。さらに、道の両脇には排水溝が残っていることもあります。
20160518_main7ローマ人の造った石畳ではありませんが、18世紀にレンガ工場の廃棄煉瓦で造られた小路です。画像上部の黒い石はフリントという火打ち石です。フリントの部分は16世紀以前のものである可能性があります。近くから発掘される素材を使って道路造りが行われていたのですね。
20160518_main4東京の英国大使館前の歩道に埋まった赤レンガです。1923年に関東大震災で崩壊した赤レンガの英国大使館の建物の残骸です。このレンガのお蔭で当方の人生の道は、執筆業へとその方向を変えることになりました。

そして、このローマ街道のハブ(軸)はCity of Londonなのです。つまり、その玄関口がロンドン・ウォールの各ゲイト(門)に当たるわけで、シティからローマ街道は放射状に地方都市へと広がるのです。ロンドンに続く道なので、ロンドンロードと呼ばれる区間もありますが、ロンドン城壁のゲイト名、あるいは砦(チェスター)の名前がそれぞれの出発地と目的地での基点になっています。

例えば、Aldgate(オールドゲイト)が基点の道路はコルチェスターロードと呼ばれているので、そのまま北東に70マイル(約100km)向かえば、ローマ帝国の創建した古代都市コルチェスター(現在はロンドン郊外の風光明媚なベッドタウン)まで辿りつけるわけです。

古道を辿るのが好きな、マニアックで健脚な英国人も多いのですが、このローマ街道だけでは飽き足らず、さらに古いリッジウェイ(Ridgeway)を辿るハイキングも有名です。英国最古の古道は5000年以上前の有史以前から人間に踏み固められて来たとも言われています。近年、このRidgewayは科学的価値(生態学)と文化的価値のある歩道として注目されています。ドングリがシンボルのナショナル・トレイルとして選ばれ、歩きやすいようにボランティアに拠る緩い管理が施されています。

20160518_main5英国がヨーロッパからアルビオンと呼ばれる理由になった光景です。「白」を意味するラテン語源の古代語「アルバ」がその由来と言われています。<画像提供は英国政府観光庁>。

全ての道はローマに続くと言います。海峡で隔てられたアルビオンの地に住む英国人たちは、今自分の立つ道が時空を超えて遠いローマに繋がっていることについて、(文字通りに)ロマンを感じながらも、自分なりに道を楽しんでいます。トレッキングシューズを履き、ローマ街道やナショナル・トレイルを歩く姿。背筋をぴんと伸ばして歩く姿を意識するのは、英国紳士としての精神的な健康を維持するための嗜みなのですね。そして、英国紳士は意外にロマンチストなのかもしれません。
20160518_main6ロンドン・ウォールも壁だけでなく、オールドゲイトやムアゲイトなどのゲイトも訪れてみるといろいろな発見があります。当方はどこの国に行っても、古代都市の跡である城壁を探します。某放送協会の放映する街をブラつく番組などで「ロンドン城壁」と「東京の英国大使館の傾斜」で案内してみたい衝動に駆られます。もちろん、ご希望であれば、読者の皆様にも…


Text&Photo by M.Kinoshita

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マック 木下

マック木下

ロンドンを拠点にするライター。96年に在英企業の課長職を辞し、子育てのために「主夫」に転身し、イクメン生活に突入。英人妻の仕事を優先して世界各国に転住しながら明るいオタク系執筆生活。趣味は創作料理とスポーツ(プレイと観戦)。ややマニアックな歴史家でもあり「駐日英国大使館の歴史」と「ロンドン の歴史散歩」などが得意分野。主な寄稿先は「英国政府観光庁刊ブログBritain Park(筆名はブリ吉)」など英国の産品や文化の紹介誌。

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