東イングランドの懐へ 〜ラベンハムの産まれた街を訪ねて〜 | BRITISH MADE

東イングランドの懐へ 〜ラベンハムの産まれた街を訪ねて〜

2017.02.24

1969年、おもちゃのような愛らしい古い家が軒を連ねるラベナム村で産声を上げたブランド「ラベンハム」。軽くて保温性の高いナイロン地に施されたダイヤモンド型キルトのジャケットは、カントリーウェアにもなればカジュアルな街着としても使いやすく、今やヨーロッパのみならず日本でも定番アイテムとなっています。このブランドが産まれた東イングランドのサフォーク州は、古き良きイギリスが残り、中でもラベナムは「イギリス一美しい中世の町」と言われています。ロンドンから東へ車で約2時間、町そのものがアンティークの佇まいを持つラベナムを訪ねました。
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ラベナムの町ができたのは13世紀で、16世紀にはヨークやリンカーンを凌ぐ町の規模になりました。家並みが造られたのはこの頃で、繁栄を支えたのは羊毛でした。毛糸紡ぎと「ラベナムブルー」と珍重された草木染めで一世を風靡。しかし産業革命以降、糸紡ぎ機は音を奏でなくなり、染め工房も静まりました。愛らしい家並みだけが時の流れから取り残され、静かに往時の姿を今に伝えています。
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ラベナムには「ラベナムブルー」と呼ばれる純イギリス生まれの色を使った希少な毛糸があります。町ではここだけに置いてあるというお店「カフェ・ニット」のオーナー、ヴィクトリア・ビーチさんは、数年前にロンドンから、毛糸産業の故郷といわれるここラベナムの町に移住してきました。「店では毎週火曜の夜に編み物教室もやっていて、毎回10人程が集まるの」とヴィクトリアさん。伝統的な手工業に対しても熱心な彼女が奥からラベナムブルーの毛糸を出してきてくれました。雨上がりに雲の合間に顔を覗かせる、イギリスの空の色によく似た、優しいブルーの毛糸です。
ラベナムブルーの色は、ウォード(ホソバタイセイ)という植物の葉を乾燥させて作る液体に、毛糸を浸して染めます。加減によっては深いミッドナイトブルーにもなるらしく、王室が好んで使用するロイヤル・ブルーにも似ています。
ヴィクトリアさんと話していると、彼女の友人で染め師のマリオン・ナイトさんが、ひょっこり店に顔を出しました。彼女は自身が織ったラベナムブルーのケープや手編みの帽子、セーターを持ってきて、店の裏庭で手紡ぎの実演を見せてくれました。イギリスのスカイブルーを愛おしみ、細々とでもいいから残したい。2人からはそんな気持ちが感じられました。
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ラベナムには保存建築に指定された建物がなんと340軒以上あります。ティールーム「マニングス」が店を構えるオレンジ色の建物、クルックド・ハウス(「曲がった家」の意味)もそのひとつ。ここまで曲がった家はラベナムでも珍しく、このオレンジ色の建物のことは地元の誰もが知っている、いわば町のシンボルのような存在となっています。
エヴェリルさんとアンさん姉妹が経営するティールームは、サフォーク名物のハムサンド、チーズスコーンに日替わりスープなどが提供され、ランチタイムには地元の常連客で大賑わい。2階ではアンティーク小物なども販売していて、つい長居したくなるような空間です。
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町そのものがアンティークのような雰囲気をもつラベナムで、面白いアンティークショップを見つけました。店名の「ティンバーズ」は、中世の家並みの特徴、巨大なサフォーク材の「材木」にちなんでいるそうです。
店内には多様な品揃えの陶器類が整然と並んでいます。オーナーのジェニー・ホワイトさんによるアンティークの管理も行き届いていて、きちんと値札もついており、値段は決して安価とは言えませんが、高過ぎない、むしろ質の良さに見合った正しい額に思えます。店内には客人の出入りが多く活気があり、ひやかすだけではなく、必ず誰かが何かを買っているというのも安心材料です。
近隣の大都市イプスウィッチから来たという女性は、しきりに花瓶を手にとっては思案中。聞いてみると、彼女は「年に4回ぐらい、この店に来ます。特にアメリカから友達が来ると、美しいラベナムを見せるついでにここに立ち寄ってアンティークを物色、お昼は近くのティールーム、マニングスへ行くのがお決まりコースなの」と微笑んでいました。
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ラベナムの一角にエレガントな趣の館があります。1437年に建てられたウール商人組合(ギルド)の建物で、現在は「ザ・スワン」というホテルになっており、ラベナムの町の懐で本物の中世の館に泊まれる、夢のようなホテルとして人気となっています。古い重厚な木のドアを開けると、スタッフたちが温かく迎えてくれました。
天井の低い廊下が迷路のように続く様は、まるでハリー・ポッターの世界に迷い込んだよう。バトラーのピートさんが「階段の下にも部屋がある」と案内してくれた、その昔ここでウール価格を取り決めたというウールホールは、今では宴会場として使われているそう。「地下には秘密の通路や部屋があり、取税人が来たらそこに大量のウールを隠していたようです」とピートさん。

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「ラベンハム」のファクトリーは、ラベナムの中心から少し南下したサドバリーというところにあります。ブランドの考案者はラベナム村に住んでいたエリオット夫人という女性。貴族の出身だった夫人の母親は〝レディーズ・イン・ウェイティング〟と呼ばれるエリザベス女王の側近でした。乗馬好きで知られる女王の側近だから、もちろん夫人の母親も馬が好き。そしてエリオット夫人自身も幼い頃から乗馬を嗜んでいました。
ラベンハムが誕生したのは馬の背中を覆う大きなホースブランケットがきっかけ。当時、ホースブランケットと言えば麻加工のもので、保温性も悪く濡れやすかったようです。ところがエリオット夫人が考案したホースブランケットは、機能性も高く見た目にも素敵なナイロン・キルティング製。このブランケットは、エリザベス女王はもちろん、乗馬を嗜む貴族たちの間で瞬く間に広まりました。
その後、「ホースブランケットとお揃いのジャケットがほしい」という声が聞こえるようになり、同じ素材を用いたジャケットが登場。1970年代には現在のラベンハムの代名詞でもあるダイヤモンドキルティング・ジャケットが登場しました。
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現在のマネージング・ディレクターであるニッキー・サントマウロさんも乗馬が趣味。愛馬も自分もクラシックな紺色のキルティングを愛用しているそうです。キルティングから自社で作るという生地は150種以上と多彩で、素材もナイロンだけでなく、コットンやカシミヤなど、注文に応じて柔軟に対応しています。「検査に検査を重ねた後に、すべて職人たちの手で仕上げられているのです」とニッキーさん。 日本が大好きだというニッキーさんの下で、ラベンハムは日本の乗馬競技大会にも協賛。東日本大震災後には、ニッキーさん自ら仙台の保育園を訪れ、ラベナム村の子供たちから送られた絵本をキルティング・バッグに詰め、被災地の子供たちにプレゼントをしたそうです。ラベンハムのキルティングの温もりが伝わってくるようなエピソードです。
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ファクトリーの内部はとにかく広く明るい印象。大切な縫製工程のために照明に気を遣っているからなのですが、働く人々の雰囲気が実に明るいというのも理由かもしれません。ニッキーさんが歩いて回ると、「ハイ! ニッキー!」という声があちこちで飛び交います。働く人々は全員ラベナム近辺に住む人たち。総勢約100人のうち手縫いの職人が35人。18歳の若手から今ではパートとなった伝説のベテラン80歳を超えたベティーおばあちゃんまで、ラベンハムのキルトはたくさんの温かい手で作られています。
工場内の様子 20170224_lavenham_018 20170224_lavenham_019 20170224_lavenham_020
ラベナムの地に誕生して以来、「ラベンハム」は毎年注目のコレクションを発表。今ではファッションブランドとして不動の地位を築き、2002年にはイギリスの産業界で最高の名誉とされるクイーン・アワード を輸出産業部門で受賞しました。今も昔も変わらず一着一着丁寧に手で縫製されるジャケットは、世界中の顧客の要望に応じて製作され続けています。
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Photo by YAYOI
Text by Yuko Yamagata
Edited by RSVP

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