映画「世界の涯ての鼓動」〜ジェームズ・マカヴォイが創造する新たな諜報員像〜 | BRITISH MADE

ブリティッシュ“ライク” 映画「世界の涯ての鼓動」〜ジェームズ・マカヴォイが創造する新たな諜報員像〜

2019.07.25

ヴィム・ヴェンダースの最新作「世界の涯ての鼓動」が8/2より封切る。「パリ、テキサス」や「ベルリン・天使の詩」などをはじめ、名作を挙げれば枚挙に暇がない。僕自身は、「都市とモードのビデオノート」に端を発し、「都会のアリス」「まわり道」「さすらい」のいわゆるロードムービー三部作に感化された。また、ハードボイルド作家ダシール・ハメットが主人公の映画「ハメット」は、今も手元に残っている作品だ。多感な時期に多くのヴィム・ヴェンダース作品に触れた。73歳の今も第一線で活躍する彼の作品を、この場で紹介できることは実に心嬉しい。

MI-6の諜報員ジェームズは、休暇のためにノルマンディーを訪れた。彼は、南ソマリアでの危険な諜報活動を数日後に控えている。時を同じくして、海洋生物数学者ダニーは、ジェームズ同様に休暇でノルマンディーを訪れていた。彼女は、超深海層からさらに数km潜り、マントル層からサンプルを採取する調査を控えている。海辺で出会った2人は、会話を重ね、瞬く間に恋に落ちた。ジェームズは、機密情報を漏らすことができないため、南ソマリアへ行く真の目的をダニーに告げることができない。一方、ダニーも、万が一海底調査中に不備があった場合は命の保証はない。瀟洒な海辺のホテルで休暇を楽しむ両人であったが、先送りにすることができない任務は目前に迫っていた。別れの日、2人は名残惜しみながらも再会を夢見てそれぞれの道へ進んでいく。
この映画を2人の情事と括るのはあまりにも軽率だ。ジェームズ・マカヴォイ扮するMI6の諜報員ジェームズは、古今銀幕に登場する諜報員に類を見ない、少々異質な存在感を確立している。それは、諜報員=超人的なスーパーマンではなく、現実的な公務員としての姿が描かれているからだ。無論、ワルサーPPKを所持していなければ、アストン・マーティンを乗り回して街を破壊することもない。しかしながら、内に秘めたる愛国心や正義感の強さは計り知れず、先述したスーパー諜報員にも引けを取らない。洞察力や推察力にも明るく、深い教養も兼ね揃えている。根底にあるのが、悪、即、斬ではなく、まずは相手を知ろうとする姿勢、尊敬の念、慈愛の精神を持っている。これこそが最も彼に共感できる点である。えてして、ある物事に対して突如怒り出したり、悲しみを抱いて涙するといった、喜怒哀楽の豊かなキャラクターにも好感が持てた。戦争やテロリズムの解決方法を真剣にダニーと討論するバーでのシーンは刮目に値する。現状に憤りを感じ、模索し、打開しようとする高邁な志を持つ姿に感化された。こういった人間像を作り上げたジェームズ・マカヴォイの芝居は圧巻である。
世界の涯ての鼓動 ©2017 BACKUP STUDIO NEUE ROAD MOVIES MORENA FILMS SUBMERGENCE AIE
世界の涯ての鼓動 ©2017 BACKUP STUDIO NEUE ROAD MOVIES MORENA FILMS SUBMERGENCE AIE
本作では、ノルマンディーをはじめ、トゥーロン、ブレスト等、実に多くのロケーションにて撮影が行われている。中でも、サントーバン=シュル=メールの海岸や、大自然溢れるフェロー諸島の美しいロケーションには目を奪われる。
世界の涯ての鼓動 ©2017 BACKUP STUDIO NEUE ROAD MOVIES MORENA FILMS SUBMERGENCE AIE
世界の涯ての鼓動 ©2017 BACKUP STUDIO NEUE ROAD MOVIES MORENA FILMS SUBMERGENCE AIE
劇中に度々登場する英国人詩人ジョン・ダン。ジェームズが尊敬してやまないこの詩人は、かのアーネスト・ヘミングウェイの著作「誰がために鐘はなる」にも引用され、T.S.エリオットをはじめ多大な作家たちに影響を与えた詩人であり、司教である。ジェームズに倣い、ダンの詩を紐解いてみた。しかしながら、自身には難解な上に感受性に乏しいのか、まったく理解できず落とし込むができなかった。詩の一つでも引用できるようになりたいなどという、浅はかな考えは、高潔なジェームズには遠く及ばないようである。

「世界の涯ての鼓動」

監督:ヴィム・ヴェンダース
出演:ジェームズ・マカヴォイ『ミスターガラス』『X-MEN』シリーズ
アリシア・ヴィキャンデル『リリーのすべて』『トゥームレイダー』
原題『Submergence』/2017 年/イギリス/英語・アラビア語/カラー/ビスタサイズ/DCP/
5.1ch/112 分
字幕翻訳:松浦美奈
配給:キノフィルムズ/木下グループ レーティング:G
公式HP:kodou-movie.jp
8月2日(金)、TOHO シネマズ シャンテ他全国順次公開

Text by Shogo Hesaka


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部坂 尚吾

部坂 尚吾

1985年山口県宇部市生まれ、広島県東広島市育ち。松竹京都撮影所、テレビ朝日にて番組制作に携わった後、2011年よりスタイリストとして活動を始める。2015年江東衣裳を設立。映画、CM、雑誌、俳優のスタイリングを主に担い、各種媒体の企画、製作、ディレクション、執筆等も行っている。山下達郎と読売ジャイアンツの熱狂的なファン。毎月第三土曜日KRYラジオ「どよーDA!」に出演中。
江東衣裳
http://www.koto-clothing.com

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