It’s Tough Being a Man 〜映画『探偵マーロウ』~ | BRITISH MADE

ブリティッシュ“ライク” It’s Tough Being a Man 〜映画『探偵マーロウ』~

2023.06.15

It's Tough Being a Man 〜映画『探偵マーロウ』~
“探偵”という言葉でいの一番に浮かぶのがフィリップ・マーロウだ。その姿を初めて目にしたのは、学生時代に観た映画『三つ数えろ』だった。傾けてかぶるフェドラハット、独特の結び目を作るトレンチコート、チョークストライプのダブルブレステッドスーツ、レクタングラーの時計。多感な時期だったこともあり、名優ハンフリー・ボガートが演じるマーロウの出で立ちは余りにも刺激が強く圧倒された。繰り返し映画を観ては目に焼き付けた。“ハードボイルド”という言葉を知ったのもマーロウがきっかけだ。映画に触発されたあとは原作であるレイモンド・チャンドラーの小説にものめり込んだ。クールでタフでクレバー。孤独を好むが人情には厚い。反骨心むき出しの雄々しい姿に心を奪われた。主義と服装が確立され、スタイルを持った稀有なキャラクターで、あれから数十年経た今でも褪せることなく心に生き続けている。それが探偵フィリップ・マーロウだ。

言わば憧憬の人であるマーロウの映画が公開されると聞いたときは雷に打たれたようだった。気になるのは、どの?そして、誰?だ。つまりどの作品を映画化し、誰がマーロウを演じるのか。マーロウが登場するレイモンド・チャンドラーの長編小説は7作しかない(※プードル・スプリングス物語を含めるならば8作)。「プレイバック」を除く、ほぼすべてが映画化されている。チャンドラリアン(※熱心なチャンドラーファン)とまではいかなくとも、ファンとしては期待が膨らむ点の一つだ。

ここでお待ちかね。今回紹介する映画『探偵マーロウ』の原作は「黒い瞳のブロンド」だ。フィリップ・マーロウの生みの親である作者レイモンド・チャンドラーの執筆でないのは残念だが、英国ブッカー賞を受賞したジョン・バンヴィルの別名義であるベンジャミン・ブラックが書き上げた公認続篇だ。チャンドラーは、自身の資料ファイルに将来書くかもしれない小説の題名リストを残しており、その中に残されていた一つが「黒い瞳のブロンド」だった。そこから着想を得た生粋のチャンドラリアンでもあるブラックが新たに書き上げた小説だ。チャンドラリアンの間でしばしば話題になるのが、どの作品がベストなのかだ。名作として名高い「大いなる眠り」、「さよなら愛しい人」、そして「ロング・グッドバイ」はシリーズの中でも人気が高く、やはり何度も読み返してしまう。そういった理由もあって「黒い瞳のブロンド」に目を付けたのは大いに驚かされた。映画『探偵マーロウ』は「ロング・グッドバイ」のその後を描いた作品であり、引き続き登場するキャラクターも多い。私は準主役と言っても過言ではないテリー・レノックスというキャラクターを贔屓にしているため、白状すると「黒い瞳のブロンド」での彼の扱いは満足いくものではなかった。えてして映画『探偵マーロウ』は、原作とはまったく別物と言っても過言ではない。120分程度に集約せねばらない映画ではいかんせんキャラクターの設定が大味になってしまい、小説のような緻密さが欠けることがある。だが、本作は原作と比べて遜色なく、むしろスリリングで無駄のない佳作だった。

前置きが長くなるが、これまでフィリップ・マーロウは多くの俳優によって演じられている。冒頭で述べた通りマーロウ=ハンフリー・ボガートを連想する方は自身を含めて相当数いるはずだ。原作の設定上は185cm前後の大柄なマーロウに対し、173cmのボギーは違和感を覚えなくもないが、そんなことは取るに足らない存在感がある。劇中で背が低いことを自虐する台詞は何度観ても愉快だ。ロバート・ミッチャムが演じた英国版『大いなる眠り』もなかなか素敵だが、これについては以前コラムで紹介しているためこちらをご覧いただきたい。また、徹底したマーロウ目線で描き、本人がほとんど登場しないロバート・モンゴメリー監督・主演の『湖中の女』も異色の映画だ。さて、ここでようやく真打登場。今回紹介する映画『探偵マーロウ』の主役を演じるのは、英国を代表する俳優リーアム・ニーソン。30~40代とされるマーロウに対して幾分オーバーエイジではあるが、容姿のイメージはぴったりだ。老境に入り、少々悄然とする様は代替できない味がある。リーアム・ニーソンの姿を初めて目にしたのはおそらく『シンドラーのリスト』か『スターウォーズ ファントム・メナス』のいずれかだ。とくに後者のジェダイ・マスター“クワイ=ガン・ジン”の印象は強烈で、本作でも窮地に陥った際はコルト38口径オートマチックではなく、緑色のライトセイバーが登場するのでは?と思ってしまったほどだ。しかも、彼の出演100本目の作品がマーロウとはまた縁起がいい。

連載100回が間近に迫るこのコラムで、作品の紹介に入るまでにこれほど時間を要したのは初めてだ。裏を返せばそのくらい歴史があり切り口が多い。マーロウは、犯人が判明しても場合によっては伏せておくことがある。容疑者や関係者を集めて“犯人はあなたです!”と意気揚々とショータイムを始めるエルキュール・ポアロとは対照的で面白い。報酬面でも決して恵まれているとは言えない。コスパだけでなく、昨今よく耳にするタイパなんてものは酷い上に、毎度のように殴られ蹴られ監禁される。なぜそこまでして事件に携わるのか。もちろんこれは本人が公言している訳ではないので憶測でしかないが、事件解決は目標であるが目的でないからだ。因果によって事件に吸い寄せられ、出会った人との徳義を守る。それが結果的にタフな道を歩む選択になっているのではないだろうか。マーロウのそういった性分がこの上なく好きだ。
It's Tough Being a Man 〜映画『探偵マーロウ』~ It's Tough Being a Man 〜映画『探偵マーロウ』~
チャンドラーはイギリスにおよそ16年間在住し、名門ダリッジ・カレッジで思春期を過ごした。アメリカに戻ってからも最期までイギリス訛りが強かったことは有名だ。イギリス国内では純文学作品としての評価が高く、売り上げ部数ではアメリカよりイギリスの方が多いこともあった。チャンドラーが研鑽を積んだイギリスでの経験は、確実にキャラクターに宿されている。たとえば先述したテリー・レノックスもその一人だが、何より皮肉屋マーロウは気難しい一面を持ったチャンドラーそのものなのかもしれない。マーロウは文学の造詣が深く、独特の言い回しをしばしばする。劇中でもジェイムズ・ジョイスの紅茶の引用があるため、刮目いただきたい。

マーロウに憧れること数十年。気が付けば彼と同じ年齢になった。彼ほどではないにしてもそれなりに辛酸を嘗めた。年を取るたびにタフであることは伊達じゃないと身をもって実感する。もし本作を鑑賞後にマーロウの生き方に共感できたならば、過去の作品に遡ることを推薦する。そして、小説にも目を通し、あなたのベスト・オブ・フィリップ・マーロウを探す旅に出ていただきたい。
It's Tough Being a Man 〜映画『探偵マーロウ』~

『探偵マーロウ』
https://marlowe-movie.com/#modal
6月16日(金)、TOHOシネマズ シャンテほか 全国ロードショー
監督:ニール・ジョーダン
脚本:ウィリアム・モナハン
原作:「黒い瞳のブロンド」(ベンジャミン・ブラック/小鷹信光 訳 早川書房刊)
出演:リーアム・ニーソン、ダイアン・クルーガー、ジェシカ・ラング、アドウェール・アキノエ=アグバエ、ダニー・ヒューストン、アラン・カミング
原題:Marlowe|2022年|アイルランド・スペイン・フランス|英語|109分|カラー
字幕翻訳:船越智子
配給:STAR CHANNEL MOVIES
©2022 Parallel Films (Marlowe) Ltd. / Hills Productions A.I.E. / Davis Films marlowe-movie.com
Photo&Text by Shogo Hesaka

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部坂 尚吾

部坂 尚吾

1985年山口県宇部市生まれ、広島県東広島市育ち。松竹京都撮影所、テレビ朝日にて番組制作に携わった後、2011年よりスタイリストとして活動を始める。2015年江東衣裳を設立。映画、CM、雑誌、俳優のスタイリングを主に担い、各種媒体の企画、製作、ディレクション、執筆等も行っている。山下達郎と読売ジャイアンツの熱狂的なファン。毎月第三土曜日KRYラジオ「どよーDA!」に出演中。
江東衣裳
http://www.koto-clothing.com

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