ケネス・ブラナーが愛するベルファストを舞台にした映画『ベルファスト』 | BRITISH MADE

ブリティッシュ“ライク” ケネス・ブラナーが愛するベルファストを舞台にした映画『ベルファスト』

2022.03.24

ケネス・ブラナーが愛するベルファストを舞台にした映画『ベルファスト』
ケネス・ブラナー製作・監督・脚本の最新作『ベルファスト』が3/25より公開される。本作は1969年にベルファストで起きた、いわゆる北アイルランド紛争を題材とした映画だ。
なぜ北アイルランドで紛争が起きたのか。それを知るには時計の針を巻き戻さなければならない。17世紀半ば、イギリスはアイルランドを制圧した。その後、北アイルランドにイギリス人の入植が進むが、元来イギリスにはプロテスタント系が多く、アイルランドにはカトリック系が多かった。それが災いし、入植地では少数派のカトリックが弾圧された。18世紀後半になると、アメリカの独立やフランス革命の影響でアイルランドにも独立の機運が高まったため、イギリスはアイルランドを併合し、グレートブリテンおよびアイルランド連合王国となる。1919年、アイルランドは独立を宣言するが、イギリスはこれを認めず両国の戦争が始まる。1949年、アイルランドはイギリスから離脱するが、北部6州は独立せずにイギリスにとどまった。これが現在の北アイルランドである。その理由は先述したとおり、アイルランドの90%以上はカトリック系で、独立すればイギリスから入植してきたプロテスタント系は少数派に転じてしまうからだ。しかしながら、北アイルランドのすべての人々がプロテスタント系なわけではなく、元来そこに住んでいたカトリック系の人々はアイルランドと共に独立を望んだが叶わなかった。その後、北アイルランドに残ったマジョリティのプロテスタント系とマイノリティのカトリック系との長きに渡る争いが続いていく。すなわち、同じキリスト教でありながら宗派の違いによって数百年も争っているのが、北アイルランド紛争である。

すでにこのコラムで何度も紹介してきたケネス・ブラナーは、北アイルランドのベルファスト出身だ。本作は、彼のベルファストでの幼少期の体験をもとにした自伝的要素をモノクロームに落とし込み、主人公バディ少年の目線で描かれている。家族をはじめ、同じコミュニティに暮らす祖父母や隣人との助け合いによって支えられているさまが生き生きと描かれているのが魅力的だ。実際、ケネス・ブラナー自身は、プロテスタントの労働者階級出身だが、本作ではプロテスタントにもカトリックにも肩入れしておらず、中立的な目線を保っている。それどころか「この地域に“サイド”などなかった」という台詞からは、他宗教も関係なく共存していた当時のベルファストへの哀愁や儚さを感じ取れる。タイトルにまでなったベルファストに抱く並々ならぬ愛着を感じられる反面、愛する場所が紛争によってじわりじわりと分断され、豊かなコミュニティが崩壊する描写に心が痛んだ。

ベルファストやアイルランドにルーツを持つキャストやスタッフを結集している点も本作に対する思い入れを感じさせる。慈悲深い祖父母を演じたジュディ・デンチやキアラン・ハインズは言わずもがな、最も印象的だったのは、ブルー・アイド・ソウルの代名詞でもあるヴァン・モリソンの音楽だ。ケネス・ブラナーは、幼少期の憧れの存在であると言及しているとおり、“Bright Side of the Road”、“Warm Love”、“Jackie Wilson Said”など70年代の名曲が挿入歌として使用されている。要所要所でヴァン・モリソンの声が染み渡り、琴線に触れるのだ。中でも、実際に北アイルランド紛争の停戦を訴えたキャンペーンでテーマ曲として使用された“Days Like This”は白眉である。
ケネス・ブラナーはビジュアルに対しても明確なイメージがあったようだ。たとえば父役を演じたジェイミー・ドーナンのオープンカラーシャツと綺麗に分けられたヘアスタイルは、まさにマーロン・ブランドだ。母役を演じたカトリーナ・バルフの見事なビーハイブヘアはブリジット・バルドーをイメージしている。これらは時代背景を考証した上でキャラクターの特長として反映されている。本作のヘア&メイクアップデザイナーを務めたのは吉原若菜氏で、「要望にすべて応えてくれ、作品に貢献した」とケネス・ブラナーが賞賛している。遠く離れたイギリスで、同じ日本人が活躍しているというニュースは非常に誇らしい。また、ブリティッシュメイドでもおなじみのサッチェルバッグを背負った主人公バディの制服姿はなんとも愛らしいのでご注目いただきたい。
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ベルファスト合意に基づく和平合意により、一旦は紛争に終止符が打たれたとされているが、いつ火種が大きくなるかは誰にも予想できない。本編の冒頭に登場する“ピースウォール”は2023年までに撤去される予定だが、実現するのかはわからない。イギリスの4つの国のうちイングランド、スコットランド、ウェールズには足を踏み入れたが、最後に残っているのが北アイルランドだ。本作を鑑賞し、あらためて歴史を学び直せばおのずと意識は北アイルランドへ向かう。一部の国では自粛待機期間が割愛されはじめ、緩やかに海外旅行の動きが解放されつつある。英国に自由に出入りが可能になったあかつきには、北アイルランドのベルファストを訪れたい。

『ベルファスト』
https://belfast-movie.com/
3月25日(金)TOHOシネマズ シャンテ、渋谷シネクイント他にて全国ロードショー
製作・監督・脚本:ケネス・ブラナー
出演:カトリーナ・バルフ、ジュディ・デンチ、ジェイミー・ドーナン、キアラン・ハインズ、ジュード・ヒル
2021年|イギリス映画|ビスタサイズ|98分|原題:Belfast|モノクロ・カラー|英語|5.1ch
配給:パルコ ユニバーサル映画
Ⓒ2021 Focus Features, LLC.
Photo&Text by Shogo Hesaka


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部坂 尚吾

部坂 尚吾

1985年山口県宇部市生まれ、広島県東広島市育ち。松竹京都撮影所、テレビ朝日にて番組制作に携わった後、2011年よりスタイリストとして活動を始める。2015年江東衣裳を設立。映画、CM、雑誌、俳優のスタイリングを主に担い、各種媒体の企画、製作、ディレクション、執筆等も行っている。山下達郎と読売ジャイアンツの熱狂的なファン。毎月第三土曜日KRYラジオ「どよーDA!」に出演中。
江東衣裳
http://www.koto-clothing.com

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