2018.08.16

English Garden Diary 王立キュー植物園、5年の改築を経て再オープンしたヴィクトリア時代の大温室

「こんな大きなガラス温室を見たヴィクトリア時代の人たちはきっとびっくりしたでしょうね。」
隣に立っていた見知らぬ女性が話しかけてきました。
「そうかもしれませんね!」
相づちを打ちながら私は、19メートルもあるというガラス張りの天井を見上げました。

ここは、ロンドン郊外にある「王立キュー植物園(Royal Botanic Gardens, Kew)」。世界遺産にも指定されている、世界最多の植物コレクションで知られる研究機関でもあり、世界中から観光客が訪れる場所でもあります。その敷地内にある「テンペレート・ハウス(Temperate House)」というガラスの温室が、5年に渡る大規模な改修工事を終え、今年の5月に再オープンしました。
ヴィクトリア時代のガラス温室としては世界最大のテンペレート・ハウス。同じく王立キュー植物園にある熱帯ガラス温室パーム・ハウスの2倍の大きさがある。
Photo : © Gareth Gardner/RBG Kew 
正面入り口の彫像は、ローマ神話に出てくる花と春の女神フローラと、森と野の精霊(神)シルヴァヌスだといわれている。
この温室が初めて一般公開されたのは、ヴィクトリア時代の1863年。とはいえ、完成までにはその後36年を要したといいますから、完全な姿でお目見えしたのは、20世紀間近のことでした。これまでにも若干の改修がほどこされてはいたものの、オープンから150年以上を経て、近年では建物のペンキは剥がれ、鉄の錆つきが目立ち、ガラスも古びてくもりがちになってしまっていました。何より、大きくなりすぎた植物たちが温室内で競い合って光を求めるほど窮屈そうになっていたのです。

それが、総勢約400名が工事に関わり、総額4100万ポンド(約60億円)をかけたという今回のリニューアルにより、見事に美しさを取り戻しました。
塗装を新しくするために使用されたペンキは何と5280リットルにおよび、それは、サッカー場4つ分を塗り尽くせるほどの量になるという。
Photo : © Gareth Gardner/RBG Kew 
王立キュー植物園のパトロンであるチャールズ皇太子も、リニューアルしたテンペレート・ハウスを訪問した。
Photo : © Board of Trustees/RBG Kew
ガラス温室の大改修工事には、1731日を要したという。
Photo : © Gareth Gardner/RBG Kew 
オリジナルのデザインは、ハイドパークやロンドン動物園などの設計でも知られる、イギリスにおける19世紀の最も偉大な建築家、デシマス・バートン(Decimus Burton)によるもの。正面から見ると、まるで宮殿かと思うような優美さです。

「テンペレート」とは温帯のことをいい、その名前通り、この温室に植えられているのは、温帯気候に育つ1500種、約1万もの植物。5つに分かれた建物内には、アフリカ、アジア、オーストラリア、ニュージーランド、ヒマラヤなど、7つの地域に区切って植栽がなされています。

「どこかで見たことあるな~。」と思うような、私たちの日常になじみのある植物にも出会える一方で、今では大変珍しい種類や、絶滅に瀕しているような植物も育てられているのがこの温室です。というのも、キュー植物園は、世界中の植物園やNGO団体などと提携して、存続の危機に瀕している世界中の植物の保護や、地域の環境保全についての活動を積極的に行っている重要な機関でもあるからです。
黄色い花をつける、南アフリカ産のソテツの一種 ‘Encephalartos woodii’。大変貴重なコレクションだという。
Photo : © Jeff Eden /RBG Kew 
いくつかの植物はすでに野生には残っておらず、このキュー植物園のコレクションとしてしか存在していない、というものもあるというのですから、この植物園、そして温室がどれほど重要な役割を果たしているかがわかります。

そのような貴重な植物たちは、温室改装中、別の場所へ移植されたり、ものによっては種子から発芽させたり、挿し芽などで新たな株を増やしたりして、リニューアル後の温室へ戻される日を待っていました。古い温室内にしっかりと根付いて、半ばジャングルのように伸びていた植物たちを移動させ、再度、温室に戻すまでの間、この重要なクレクションを管理するだけでも、大変な苦労があったに違いありません。

ところで、今年のイギリスの夏は、異常気象ともいえるほどの暑さが続いています。なので、温室内はさぞや蒸し暑いのでは、と覚悟してやってきましたが、温帯という温度設定のためか、午前中というせいもあるのか、さほど暑さを感じませんでした。それでも、植物に散水している職員のそばによると、頬にあたる水しぶきの冷たさが気持ちいい。また、温室内には当然のことながらたくさんの植物が植えられ、緑にあふれていて、それらを見ているだけで爽やかな気持ちになります。
温室内の散水は、最低でも1日に一回。天候に合わせて調整しているという。
Photo : © Jeff Eden /RBG Kew
ここでぜひみなさんにおすすめしたいのは、螺旋階段を昇って、ギャラリー部分から温室全体を見渡すことです。階段の途中で下をのぞくと、ちょっとめまいがしそうになるので、高所恐怖症の方は避けた方がよいかもしれません。でも、登りきったあとに眺めることのできる景色は、まさに「息を飲む」という言葉がぴったりの見事さ。

ディテールの模様も美しい、白くペイントされた鉄骨と、青空と白い雲をクリアに映し出すガラス、みずみずしい百の緑。眼前に広がるその様子には、決して比喩などではなく、思わず息をとめて見入ってしまいました。
上から眺めると、温室の壮大さがよくわかる。
一般家庭のガーデンにあるような植物も多数、コレクションされている。
温室内には池も作られている。
キュー植物園というと、ガイドブックなどに必ず載っている「パーム・ハウス」と呼ばれる、熱帯植物が植えられている温室の方が有名かもしれません。直線でシャープなイメージのテンペレート・ハウスに対して、こちらは丸みを帯びた造りなのが特徴。デザインはやはりデシマス・バートンによるもので、テンペレート・ハウスに先駆け、1844年に造られました。

二つの温室はそれほど離れていないので、両方を比べてみるのも面白いです(パーム・ハウスは熱帯雨林の環境に設定されていて、夏はかなり蒸し暑くなりますので、その点、ご留意を)。

植物園のある場所がヒースロー空港に近いため、頻繁に飛行機が上空を通ります。テンペレート・ハウスの、くもりのない、ピカピカのガラスの天井越しに、おもちゃのようなサイズの飛行機を見ながら、ヴィクトリア時代の人々は、この温室の上空をこんなにたくさんの飛行機が飛び交うだなんて想像しただろうか、と考えました。
テンペレート・ハウスの上空を大きなジェット機が何度も通り過ぎていく。
そして、100年あるいは200年後、この温室が次の改装工事を行う頃には、地球やここにある植物たちはいったいどうなっているのだろう? そんなことを思いながら、キュー植物園を後にする前に、もう一度、あらためてこの美しい温室内を歩いてみました。

王立キュー植物園(Royal Botanic Gardens, Kew)
住所:Richmond, Surrey, TW9 3AE
TEL:+44 (0)20 8332 5655
開園時間:10:00~19:00
入園料:大人17ポンド、子供(4〜16歳)5ポンド、4歳以下無料(オンラインでチケット購入の場合には表示価格より安くなる)
ウェブサイト:https://www.kew.org
Photo(クレジットのあるもの以外)&Text by Mami McGuinness

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マクギネス真美

マクギネス真美

イギリス在住の編集&ライター。9年半の雑誌編集を経て「ちょっと長めのホリデー」のつもりで渡英。たくさんのあたたかな人たちとの出会いにより滞在が長期化し、現在に至る。 2004年よりイギリスを拠点に書籍・雑誌・新聞・インターネット等にて企画、編集、取材、執筆、コーディネイト、撮影を手がける。テーマはライフスタイル、ガーデニング、料理、人物インタビューや旅ガイドなど。メディアを問わず、イギリスの素敵なひと、場所、ものごとをひとりでも多くの方に伝えたいと考えている。『英国ニュースダイジェスト』ではイギリスの食に関するコラム「英国の口福を探して」を連載中。2012年以降、文化放送、NHKラジオ、TOKYO FM等のラジオ番組に出演も。
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