2018.09.20

English Garden Diary 王立キュー植物園で絶対に見逃してはならない建物とは

先月、このコラムで王立キュー植物園(Royal Botanic Gardens, Kew)にある「テンペレート・ハウス(Temperate House)」についてご紹介しました。キュー植物園には、このヴィクトリア時代のガラス温室のほかにも、1631年建設の「キュー・パレス(Kew Palace)」、約50mの高さがある「グレート・パゴダ(Great Pagoda)」や、日本の伝統的な民家を再現した「ミンカ・ハウス(Minka House)」など、興味深い建物が点在しています。

そんな中、ぜひ見て欲しいのが、いえ、絶対に見逃してはならないのが、「マリアン・ノース・ギャラリー(Marianne North Gallery)」です。
マリアン・ノース・ギャラリーの外観。
マリアン・ノースとは、ヴィクトリア時代に世界中を旅して各地の植物を描き続けた女性。マリアン・ノース・ギャラリーには、彼女による植物画が832点、展示されています。

私がこの植物画家について知ったのは、2016年にBBCで放映された、彼女の生涯を紹介するドキュメンタリー番組「Kew’s Forgotton Queen」でした。飛行機での旅行など想像もつかなかった時代、ましてや女性がひとりで世界旅行をするだなんて、常識では考えられないと思われたに違いないのに、それを実行し、世界でも稀に見る植物画のコレクションを遺したマリアン。その作品だけでなく、彼女の生き方に圧倒され、すぐに彼女についての本を探し求めたほど、強い印象を受けました。

でも、不思議なことに、それまでキュー植物園には5回ほど行ったことがあったのに、マリアン・ノース・ギャラリーの存在には気づきませんでした。そして、今度キュー植物園に行く時には、必ず彼女のボタニカル・アート作品を鑑賞したいと願っていたのです。

地下鉄のキュー・ガーデンズ駅から向かうと、植物園にはヴィクトリア・ゲートという入り口から入場します。広大な敷地ですが、マリアン・ノース・ギャラリーは、入ってすぐの通りを左へ向かい、高くそびえるグレート・パゴダを目印に3~4分ほど歩いていくと見つかります。

先に見えてくるのが、ガラスの壁でできたボタニカルアートのギャラリー。その隣にある煉瓦の建物が、お目あてのマリアン・ノース・ギャラリーです。テンペレート・ハウスからもとても近い場所です。

ギャラリーがオープンしたのは1882年で、すでに200年近く経っています。でも、ずいぶんと新しく思えるのは、2008年にギャラリーの建物および絵画作品の大規模な修復工事が行われたからでしょう。

私といえば、憧れていたギャラリーにやっと来られて、興奮して、足がもつれたようになりながら、勢いよくドアをあけました。

入り口奥にはマリアンの胸像、彼女が旅に持っていったものと同様のトランクなどが展示されています。そして、もうひとつのドアを開けると、目の前には花、植物、緑、花、昆虫、植物、動物、緑、花、蝶々……。それらはまぎれもなく絵画なのに、その部屋は様々な花や植物の匂いがするようでした。そこでは、まるで森の中にでもいるような、躍動感と静けさという、相反する感覚に襲われました。
左:妹から寄贈されたマリアンの胸像。 右:これと似たようなトランクにイーゼルや絵の具などを詰めて旅していたという。
ちょうど腰のあたりから天井とぶつかる部分まで、建物内のすべての壁にぎっしりと、額に入れられた油絵の植物画が並んでいます。マリアン自身がデザインしたというギャラリーの内部は、額縁がまるでモザイクのようにびっしりと並べられています。四方八方から植物画に囲まれる部屋の中心に立つと、ただただ圧倒されます。
細部まで計算しつくされたディスプレイなのがすごい。
Photo : © RBG Kew 
少し落ち着いて、ひとつひとつの絵に近寄ってみます。何種類の絵の具を揃えていったのだろうと驚かされるほどの鮮やかな色彩。葉脈や、茎一本一本の丁寧な描き込み具合を見ても、額を壁にきっちりと収まるように配置したところを見ても、彼女が、こだわりやで、情熱的で、完璧主義で行動力のある人だったことが想像できます。
床から額縁までの部分に使われている木材はマリアンが世界各地から持ち帰ったものだという。
Photo : © RBG Kew 
描かれているのは植物がメインですが、中にはインドのタージ・マハールや、日本の富士山など、その土地の風景や、人々の暮らしが垣間見れるような絵もあります。テレビはおろか、カラー写真ですらまだなかった時代、この鮮やかな絵画を見た人々はどんなに驚いたことでしょう。今の時代であれば、マリアンは大人気のインスタグラマーになれたに違いありません(!?)。
息を飲む、言葉を失う。ここではそんな体験ができる。
Photo : © RBG Kew
書物やドキュメンタリー番組の伝えるところによれば、マリアンはイギリス、ヘイスティングの名家に生まれ、父親は政治家でした。生涯独身だった彼女は、父親とよく海外旅行に出かけていました。1869年10月に父親が他界。その後、1871年から13年の間に、ボルネオ、ブラジル、南アフリカ、インド、日本など16カ国を旅し、植物画を描き続けたのです。

1879年にはロンドンでそれらの絵画を発表する展覧会を開きました。そして、マリアンは自分のボタニカル・アートを展示するギャラリーを、キュー植物園内に建てるアイディアを思いつきます。それを、友人であった当時のキュー植物園の園長ジョセフ・ダルトン・フッカーに向けた手紙で提案しました。そこには、建築費用として2000ポンドを提供すること、建築家にジェームズ・ファーガソンを起用することが記されていました。その提案が承諾されて、現在、私たちは、膨大な数のヴィクトリア時代の植物画を見ることができるというわけなのです。
マリアンが遺した旅の記録をもとに、彼女の生涯と作品をまとめた書籍『A Vision of Eden』。(発行:Webb & Bower)
ロンドンには、ナショナル・ギャラリーやテート・ブリテン、ナショナル・ポートレート・ギャラリーなど、名画がふんだんに展示された素晴らしい美術館が数多くあります。でも、このマリアン・ノース・ギャラリーのように、一歩足を踏み入れた途端、息を飲む、といった場所はほかにはあまりない気がします。

マリアンの植物画は、ビデオや写真、あるいはどこかの展覧会で数点だけを借用展示されたものでなく、やっぱりこのギャラリーで見て欲しいと思います。ですから、もしいつかキュー植物園を訪れる時には、このギャラリーだけは絶対に見逃さないでくださいね。

王立キュー植物園(Royal Botanic Gardens, Kew)
住所:Richmond, Surrey, TW9 3AE
TEL:+44 (0)20 8332 5655
開園時間:10:00~19:00
入園料:大人17ポンド、子供(4〜16歳)5ポンド、4歳以下無料(オンラインでチケット購入の場合には表示価格より安くなる)
ウェブサイト:https://www.kew.org
Photo(クレジットのあるもの以外)&Text by Mami McGuinness

関連リンク
王立キュー植物園、5年の改築を経て再オープンしたヴィクトリア時代の大温室


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マクギネス真美

マクギネス真美

イギリス在住の編集&ライター。9年半の雑誌編集を経て「ちょっと長めのホリデー」のつもりで渡英。たくさんのあたたかな人たちとの出会いにより滞在が長期化し、現在に至る。 2004年よりイギリスを拠点に書籍・雑誌・新聞・インターネット等にて企画、編集、取材、執筆、コーディネイト、撮影を手がける。テーマはライフスタイル、ガーデニング、料理、人物インタビューや旅ガイドなど。メディアを問わず、イギリスの素敵なひと、場所、ものごとをひとりでも多くの方に伝えたいと考えている。『英国ニュースダイジェスト』ではイギリスの食に関するコラム「英国の口福を探して」を連載中。2012年以降、文化放送、NHKラジオ、TOKYO FM等のラジオ番組に出演も。
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