「犬との語らい」 家族としての役割と存在感 | BRITISH MADE

Little Tales of British Life 「犬との語らい」 家族としての役割と存在感

2016.10.04

日本のある雑誌社の依頼で英国の犬の特集を組んだのは10年ほど前のこと。動物救済センター、狩猟犬の疾走する狩場、ドッグショー、ペットショップ、犬を持つ家庭、犬に関わる行政機関、K9マガジン社、犬と散歩する人たちなど、一通りの取材と脱稿を果たした後、原稿内容とは異なる次元でぼんやりと考えていたことは「犬を飼いたいなあ」ということではなくて、「もうひとり子供が欲しいなあ。この手でもう一人育てたいなあ」ということでした。

20161004_main01 繋がれていなくても、立派にご主人を待てます。

日本で近年流行しているドラマやアニメの題材には「人生のやり直し」が多く扱われています。時空を飛び越えて、ある時点から人生をやり直すことで、現在の不幸から救われる。という展開です。ドラマが始まった時点で、シナリオの最後まで予想がついてしまいますが、つい気になって最後まで観てしまうこともあります。そのついでに、世の中の心理的、且つ精神的な需要も読み取れます。大方の人生とは後悔の連続、または別のライフスタイルへの憧憬なのでしょうか。時空が皆さまのお叱りを覚悟の上で申し上げても、何でも起こり得る非現実なプロットであると思います。

しかし、子育ては現実的です。当方はキャリア(35歳課長職)を積んだにも関わらず、育退職しました。2歳と4歳の我が子らを育て始めると、子育てのノウハウなどは何も無いものですから、常に頭の中にあったことは「この年齢の時、自分は何をして、何を考えていたか」ということだけでした。それは、つまり、我が子らを通じて自分の「人生のやり直し」に携わっているのではないかと感じたのです。犬の取材を終えた10年前、我が子らは独立心が旺盛で、すでに親離れしていましたから、その時に思ったことは、「もう一人生まれたら、もう一度自分の人生のやり直しを体験で出来る」ということでした。

そして、犬と共に暮らすことも「人生のやり直し」になるのかもしれません。取材先では、何度かそう考えさせる場面に遭遇しました。

20161004_main02 小型犬は愛玩には最適。

最も印象的だったことは、家族の中での犬の役割でした。犬は猫と比較しても人間に対する依頼心が強いので、人間との関係がとても密接になります。同時に、親が犬を躾けられる家庭では、その子供たちもきちんと躾けられていますし、犬と子供たちとの関係も良好で、犬の個性もその家族の中に溶け込んでいます。犬と人間とが互いに何をしようとしているかが、ある程度判り合っていることは、見ているだけで伝わってきます。

20161004_main03 BRITISH MADEの店頭に置かれた英国紳士たちも犬と一緒です。

ある家族は、今までに飼って来た歴代の犬の特徴と家族との関係について語ってくれました。代々3つの犬種を同時に選んで、複数頭と一緒に暮らしていると、犬と人間との好悪感情(人と犬の性格が合うとか合わないとか)がはっきりして面白いとか、身分を重んじる犬の態度が家族の個々に対して異なるなど、犬の持つ個性が家族の個性にも影響するのですね。

また、英国は動物愛護の先進国と言われますが、英国人と犬との関係は必ずしも万全なものではありません。愛護に関する法律と動物の救済施設が整っている理由は、それだけ虐待やネグレクトに拠る野犬化などの社会問題が、既に1900年頃には山積していたからです。

20161004_main04 有名なバタシー・ドッグス&キャッツ ホーム。ガスコンビナートが背景にありますが、すべてボランティアで賄われているため、場所についての贅沢は言っておれません。一度、脚をお運びくださると、人生観と犬観が変わるかもしれません。
20161004_main05 バタシーで引き取られた子犬を飼うための基本セットです。

例えば、虐待を受けて施設に収容された後、厳しい審査で適格者とされた家族に受け容れられた犬は、何年も掛けて犬本来の気性を取り戻すケースもあります。虐待された犬は人間不信となり、食事も摂らずに死んでしまうこともあります。何か月間も一晩中家の中で吠えたてることもあります。そんな問題を抱えた犬を受け容れ、その犬の「lifeをやり直す」のです。あえて問題犬を好んでは受け容れていく家族もあり、その家族にとっても、まさに「人生のやり直し」を繰り返して行くことになるわけです。

ところで、犬がどれだけ人間の心を読み取るのか。感心させられる格言も多く輩出されています。自然学者のダーウィンやチャーチル首相など、犬好きの残した言葉を総括して読み取ると、犬には人間に対する無償の愛情があるようです。

20161004_main06 第三者から見れば、犬をこうしたアクセサリや思い出の品として象ることにどれだけの意味があるのか、と思われてしまいそうですが、飼い主の情の深さが伝わってきます。

「餌をあげるからじゃないの?」と半ば反論気味のことを言う人には「我が子にも食事を与えるし、排せつの世話までするでしょ。人間にとって愛情を示す最高の行為のひとつは排泄の世話ですよ。幼い我が子にしてきたように、犬には大人になってからも気を配ってやるでしょ。人が示す愛情も犬が示す愛情もどちらも無償ではありませんか?」という一言で黙ってくれます。

20161004_main07 飼い犬と一緒に入れるパブ。

さておき、人間の子供は選べません。遺伝子操作をすれば、ある程度の選択は可能な世の中になって来ていますが、双子の兄弟姉妹が全く異なる性格を持つケースが示すように環境が少し変われば、人間は如何様にも変容する可能性も持ち合わせているわけです。そこが、人間の子育ての楽しみでもあり、幼い頃の自分を投影して、どのように育つか見守っていくことが親の務めなのだな、と実感していました。

20161004_main09 世界でもっとも有名な犬の一頭、JVCの登録商標になった雑種のニッパーを世に出した人物の棲んでいた家の外壁に設置されたブルー・プラークです。

犬の場合、飼い主の状況に沿った選択が、ある程度可能です。血統書というのは、人間であれば戸籍と同時に健康診断書に相当します。その犬の特性を犬種別に示すだけでなく、なり易い疾病や環境に対する強さ弱さなどの遺伝的要因や、先天的な性質なども血統を辿れば判り易くなります。血統書とは、元々は犬種改良のために用いられたデータとも言われていますが、そのうち人間の都合(狩猟犬、農耕犬、牧羊犬、介助犬、愛玩犬など)によって利用されるデータになりました。

20161004_main08 地下鉄の中。介助犬以外は、乗車運賃を払わねばなりませんが、実際に支払う人は少ないようで…。

もう一人の我が子を、と思ったのは10年ほど前でしたが、以来犬を飼う勇気を持つことさえありませんでした。目まぐるしい外交生活上、犬を幸せにして上げられるだけの環境を整える自信が無かったのです。しかし、数年後には英国に戻って、落ち着いた生活が始められたら、施設から引き取った問題犬と、血統書付きの幼犬との二頭と一緒に暮らしたいと思っています。その暮らしは、問題を抱えた犬のlifeのやり直しと、新しいlifeの始まりであり、英国の犬の世界から学んだ当方なりのBritish Styleです。その際、犬を我が子の名前で呼び間違えないように気を付けたいと思います。

20161004_main10 dogに関わる表現をTea Towelにして売っている店がありました。例えば、dog eared bookですと「ページ隅の折れた本」、つまり「くたびれた本」という意味になります。doggy bagと言えば、残飯袋でしたが、昨今では残飯を食べる犬は少ないのでは?

因みに冒頭のK9とは、ラテン語源で犬を表すCanineの発音から取った言葉です。犬の名前として使われることもあります。

20161004_main11 バタシー・ドッグ&キャット・センターに保護された犬。見るからに人間不信の表情をしています。こちらが声を掛けても、ずっとうなり声を立てていました。彼は3日後に新しい飼い主に引き取られる予定でした。新しい飼い主になるにはセンターの厳しい査定による認定が必要です。
20161004_main12 バス移動中、女性の持つハンドバッグの中でまどろむチワワ。愛玩とはよく言ったものだと思いました。

Text&Photo by M.Kinoshita

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マック 木下

マック木下

ロンドンを拠点にするライター。96年に在英企業の課長職を辞し、子育てのために「主夫」に転身し、イクメン生活に突入。英人妻の仕事を優先して世界各国に転住しながら明るいオタク系執筆生活。趣味は創作料理とスポーツ(プレイと観戦)。ややマニアックな歴史家でもあり「駐日英国大使館の歴史」と「ロンドン の歴史散歩」などが得意分野。主な寄稿先は「英国政府観光庁刊ブログBritain Park(筆名はブリ吉)」など英国の産品や文化の紹介誌。

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