世の中はDry Januaryだった。「清貧に返る」1月に知ったこと | BRITISH MADE

Absolutely British 世の中はDry Januaryだった。「清貧に返る」1月に知ったこと

2020.02.07

注目のドライ・ジャニュアリーって?

イギリスではいつの頃からか12月のご馳走ざんまい後の1月は、禁酒月間(Dry January)として定着してきた。
alcoholchange.org.uk/get-involved/campaigns/dry-january

「12月調子に乗りすぎた・・体調わる〜」。そんな風に思っているイギリス人はわんさかいるらしく、ドライ・ジャニュアリーはわりと積極的に受け入れられているようだ。特にバーやパブでは大絶賛浸透中なのだが、これは1月に売り上げがガタ落ちしてしまう飲食店の悲哀から、客を呼び戻すためのツールとして利用されているという側面があるにせよ、このムーブメントを最も熱心に推進しているのは、じつは英国政府なのだ。

イギリスのアルコール問題は根深い。みんな量を飲めるし、家族や仲間といると歯止めもききづらい。アルコールで人間関係に問題をきたすケースは多発しているし、健康を害する人は数知れず。アル中でホームレスになる人も多い。統計を調べたわけではないが、肌感覚としては日本よりもずっとハードだと感じてしまう。ドライ・ジャニュアリーはだから、アルコールとの付き合い方を見直す時期として政府が提案した政策の一つだと言っていい。

ドライ・ジャニュアリーの推進本体は「Alcohol Change UK」というチャリティ団体である。英国政府とパートナーシップを結んでアルコールにまつわる問題に取り組んでいて、無料医療として名高い英国医療制度への財政負担の軽減対策という面も見え隠れしている。
alcoholchange.org.uk
ノンアルコール売り場 スーパーのお酒の棚にも、ノンアルコールや低アルコールのドリンクたちがいっぱいありました。私が知らなかっただけ。こちらはマークス&スペンサーの棚です。ビールやワイン、スピリットまで、チョイスはたっぷり。その他の大手スーパーのアルコール棚も回りましたけど、どこもしっかりノンアル棚を設けていましたよ。

UKのアルコール・フリー市場は進化している

2013年にUKから始まった「ドライ・ジャニュアリー」コンセプトに私自身が目を向けるきっかけになったのは、この1月、日本の大手飲料メーカーさんが他ならぬドライ・ジャニュアリーの視察でロンドンに来られた際、同行させていただいたからなのだ(記事にするのはメーカーさんの了承済み)。それまで、お恥ずかしながらDry Januaryという動きは全くアンテナに引っかかっておらず、今回初めてリサーチしてみたのだが、いやはや実に当世らしい興味深い流れだと感じ入ることになった次第。

ドライ・ジャニュアリーと歩調を合わせるように、Club Sodaという会員制コミュニティが2017年から「Mindful Drinking Festival」というイベントを開催している。現在のところ会員は4万人。すでに足掛け7年活動している彼らの目的は、アルコールにまつわる問題に直面している人や、アルコール量をコントロールしたいと思っている人々を対象にワークショップやオンライン・コース、ソーシャル・イベントなどを通して啓蒙・サポートすること。フェスティバルそのものはすでに7回目を数え、今年1月17・18日に開催されたものが、これまでで最大級だという。
mindfuldrinkingfestival.com
マインドフル・ドリンキング・フェスティバル Club Sodaが主催する今年のマインドフル・ドリンキング・フェスティバルは、東ロンドンの元醸造所The Truman Breweryの敷地内で行われました。イーストの香りいっぱいな会場。
マインドフル・ドリンキング・フェスティバル 中は広かった! 来場者も数多く、なかなか盛り上がっていました。今年は2日で2万人を見込んでいたそうです。
フェスティバルの出展者はアルコール製造を主とした飲料メーカー、そしてアルコール飲料に代わるアルコール・フリー(AF)飲料に特化しているメーカーだ。Club Sodaの大きな目的の一つは、かつてアルコールを飲んでいたが現在禁酒している人が「寂しい気持ちにならずにパブでソーシャライズできる飲み物」を紹介することにある。そのためClub Soda会員から集めた声を消費者の要望として飲料メーカーにフィードバックする活動もしているそうだ。その声は実際にこのフェスティバルに参加しているいくつかのメーカーの商品にも反映されている。ポイントは「アルコールを飲んでいるのと変わらない」味と見た目、そしてパッケージらしい。

飲酒の主要目的がソーシャライズにあるとしたら、人のいるところへ「出かけて飲む」ことは不可欠となる。 Club Sodaでは「AF飲料取り扱いパブ・ガイド」アプリを開発し、AF飲料を扱うパブをリストアップして「飲みたい」禁酒者の疎外感をぬぐう取り組みもしている。パブ文化が市民生活の根幹にあるイギリスでは「疎外感」を取り除くことは禁酒においてとても大切な要素と見なされているようで、イギリスにおける最初期のAFクラフト・ビール・メーカーであるNirvana Breweryの創業理由も、そこにあった。
www.nirvanabrewery.com
ヴィーガン・フード Nirvana Brewery(フェスティバルにも参加)のAFラガー! クセのないシュワっと感はアルコール入りビールの喉越しに引けを取りません。左はAF飲料と合わせて注目されることの多いヴィーガン・フード。ニルヴァーナのビールを置いているお店です。
東ロンドンを拠点に醸造するニルヴァーナの創業者ベッキーさんは、お父さんが禁酒せざるを得なくなり、父に寂しい思いをさせたくない一心で義弟とともに現在のAFビール開発に臨んだ。ニルヴァーナの商品レンジにはアルコール含有量0.0%と0.5%があるが、イギリスでは0.5%ABV以下の飲料はAF扱いとなるので、例えばアルコール・ライセンスのない店でも扱うことができる。今回、AFビールをたくさん飲んで気づいたのは・・・この0.5%の差が味を左右している・・・のかもしれないなということ。日本だと0.5%でも飲むと飲酒運転になるはずだから、日本のノンアル市場はもっと厳しそうだ・・・。
ワインのノンアル イギリス大手のAdnumsも、ビールだけでなくワインのノンアルも製造してました。勉強になるなぁ。このGhost Shipはパブでよく見かける銘柄です。
Binary Botanical こちらのロンドン生まれのBinary Botanicalというブランドは植物ベースのフレーバーAFビールを製造。アペリティフにも最適。

UK初、AFだけのクラフト・ビール・ブランド

イギリスには、ノンアルのクラフト・ビール醸造だけにフォーカスしたブランドとして世界に先駆けた2016年創業のBig Drop Brewingの存在がある。

自社醸造所を持たないブランド・スタイルと鋭いマーケティング手法、創業者の先見性で現在急成長中。Big Dropのビール醸造所を見学、色々な味を試させていただいたのだが、今回の視察同行で試したAFビールの中で、もっともビールらしいAFビールを作っているブランドだと思った。アルコール入りビールとほぼ変わらない味と喉越し。いや、むしろそんじょそこらのビールよりも美味しいと言っていいほど。じっさいAFカテゴリーではなく、全ビールのカテゴリーで賞を受賞しているBig Dropの巧みは、すでに業界の人々の知るところなのだろう。
www.bigdropbrew.com
Big Drop Brewing マインドフル・ドリンキング・フェスティバルに出展中のBig Drop Brewing。彼らの「Pine Trail Pale Ale」「Milk Stout」は特筆すべき美味しさです! 試す機会があればぜひ。「Hazelnut Porter」はスッキリした後味ながら甘いヘーゼルナッツ風味がデザート飲料としてもふさわしいクオリティ。
現在、イギリスでAFに特化したクラフト・ビール・ブランドはBig Drop、Nirvanaを含め数社のみ。この数年の間にハイネケン、バドワイザー、ペローニなどの大手ブランドがAFビールをローンチするなどAF市場は競争が激化していく方向にある。

そんな中、クラフト精神を掲げつつ新たな市場開拓を志向するBig Dropでは、この2月から「あらゆるパブ・ユーザーにクラフトAFビールの選択肢を届ける」ことを目標とした1億ポンドのクラウドファンディングを実施していく予定だ。この目論見が成功すれば、 ごく一般的なパブでBig Dropビールが当たり前のようにドラフトで飲める日が来るのかもしれない。それはもう、Fuller’sのロンドン・プライドと同じような気軽さで。

世界初のAFバーがロンドンに颯爽登場

そんなわけでイギリスの1月は密かにDry Januaryだったわけだけど、そのコンセプトをバネに1月6日、華麗にデビューしたのが大成功を収めているクラフト・ビール業界の巨人BrewDogが放つAFバー「BrewDog AF」だ。AFバー・・・つまりノンアルや低アルコールの飲料のみを扱うバーなのだが、これが世界初ということで目下熱い視線を浴びている。
www.brewdog.com/uk/
brewdog brewdog
オールド・ストリート駅裏手の再開発エリアにできた新しい店舗の前には、AFだからこそ可能となったロンドンにおけるビールの自動販売機が設置されている。ヤングアダルトたちが調子にのっていくら飲んでも、アルコール・フリーだから安心。炭酸のソフトドリンクと変わらない気軽さで(むしろ糖質はジュースより少ないので健康的?)、ロンドンでもビールの代替え品を楽しめる時代になったのだなぁと、実に感慨深い。
ノンアルコール自販機 左が店の前に設置されている自動販売機。盗難防止には力が入っちゃうよ、ロンドン。テイスティングさせてもらったビール・・・本当にさまざまなタイプのAFバージョンが作られていて驚いてしまいます。
ドラフトビール ドラフトで扱うAFビールはほら、この通り。BrewDogのシグニチャーは Punk AF(IPA)。そしてNanny State(ペールエール)。どれもさすがに味が良いのですよね。
ノンアルコール このバーのエラいところは、自社ブランド以外のAF飲料にも惜しみなく門戸を開いていること。おかげでたくさんの味を試すことができました。
BrewDogは2007年、当時20代半ばだったスコットランド人男性2人が立ち上げた元気のいいクラフト・ビール・ブランド。若者らしい反骨精神を代弁するかのように、大手主導になりがちなイギリスのパブ/ビール事情に挑戦し、最先端を走り続けてきた。そして彼らは今、AFの時代が到来した、とでも言いたげだ。キビキビとした自信を漂わせるBrewDog AFでは、各社クラフトAFビールのお手並みを拝見したい人にはうってつけのバーだと言えるだろう。

マインドフルな飲食は新しいライフスタイルだ

今回の視察同行で口々に聞かれたのはMindful Drinkingの「マインドフルってなんですか?」という質問だった。マインドフル。「意識している」「気づいている」ということだろうか。

フェスティバルの公式ページによると、Mindful Drinkingとはアルコールに対して意識的であることだ、と説明されている。アルコールで身体や心がどのように変わるかを意識すること。飲み方を変えられると気づくこと。アルコールに対して自分をコントロールする余裕を持つこと。

個人的な感覚だが、Mindful Drinkerとは広義に捉えればマインドフルな消費者と同義だと思う。自分たちが身体に取り入れるものについて、十分に意識し、その本質に気づいている人々のことだ 。その商品が生まれる経緯や在り方、社会的な役割を意識していること。それを取り巻く全体・つながりへの気づきがあること。

マインドフル・ドリンキングがあるなら、マインドフル・イーティングもある。

1月に引っかけたDry Januaryは、同様に健康つながりでVeganismとJanuaryを掛け合わせた「Veganuary / ヴィーガニュアリー」(禁肉月間?)ともリンクさせる動きがあるようだ。
トンコツ・ラーメン ヴィーガニュアリーを謳い文句にしたトンコツ・ラーメンの店。具材もスープもヴィーガン仕様のはず。
Veganuaryの元にあるのは、同名の非営利団体Veganuary。2014年に立ち上げられたこの組織の目的は 「1月はヴィーガンで行こう」というヴィーガニズムへの誘い。オンライン登録すると1月中はヴィーガンになるための様々なサポートを受けることができる。発足から毎年挑戦者は増え続け、今年は世界の35万人以上がサインアップして「ひと月ヴィーガン」に挑戦した。
uk.veganuary.com

ヴィーガン・ブームのロンドンでは、あちらのレストランもこちらのパブも1月の閑散期を盛り上げるツールとしてVeganuaryを歓迎している。Dry Januaryもしかり。BrewDog AFのようなバーは、アルコールが引き起こす社会的な疲弊を無意識のうちにキャッチし、「イケてない」と判断した新世代層の集合意識が作り出したある種の答えなのかもしれない。

というわけで、図らずも清貧の心が奨励されていた1月のロンドン。しかしこういった動きは今後、都市部で年間を通して活発になっていくに違いない。
BrewDogバー こちらは通常のBrewDogバーですが・・・みんな飲んでる〜!笑 年齢層が若くてびっくりしました。
Text&Photo by Mayu Ekuni


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江國まゆ

江國まゆ

ロンドンを拠点にするライター、編集者。東京の出版社勤務を経て1998年渡英。英系広告代理店にて主に日本語翻訳媒体の編集・コピーライティングに9年携わった後、2009年からフリーランス。趣味の食べ歩きブログが人気となり『歩いてまわる小さなロンドン』(大和書房)を出版。2014年にロンドン・イギリス情報を発信するウェブマガジン「あぶそる〜とロンドン」を創刊し、編集長として「美食都市ロンドン」の普及にいそしむかたわら、オルタナティブな生活について模索する日々。

http://www.absolute-london.co.uk

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