ひさびさのロンドン その2-日本の兄に伝えたいこと- | BRITISH MADE

Little Tales of British Life ひさびさのロンドン その2-日本の兄に伝えたいこと-

2022.06.07

コロナ禍のせいで、ふつうの日本人に戻る

今回の訪英でちょっとショックだったことは、2年2か月の間、日本で自粛生活するうちに、当方自身の所作が完全に日本人に戻ってしまったことでした。例えば、街の歩き方。横断歩道のない車道を渡ろうとしたら、左折する車にクラクションを鳴らされてしまいました。たった10日間の滞在で、同じことが3度もあり、1度はあやうくひかれそうに…。こんなことは過去40年間を振り返っても一度もなかったことです。イギリスの道交法では、車道と歩道との棲み分けがはっきりしていて、車道はあくまで車優先です。車道に歩行者が飛び出して、車にぶつかった場合、歩行者の責任が100%に及ぶことがあります。もちろん、極端な例ですが、人身事故で車が壊れた場合、たとえ歩行者が死亡しても、賠償責任は歩行者に帰することもあるのです。言い換えれば、イギリスの道交法で定められた「車道」では物理的にも法的にも車が歩行者よりも強者になりうるのです。

一方、日本の道交法では、車道でも歩道でも歩行者が優先されていています。歩道に車輛が乗り上げて駐停車するという運用上の矛盾点も多々あるだけでなく、一般道では基本的に歩行者が優先されています。いわば、車道と歩道との棲み分けがぼんやりしていて、物理的な弱者が法的な強者になっているのです。イギリスよりも狭い日本の道路事情を考慮すれば、仕方のないことかもしれませんが、車が同じ左側通行だからと言って、日英の交通ルールが同じと思ったら大間違いなわけです。当方は身も心もイギリス式が刷り込まれていると思い込んでいただけに、クラクションを鳴らされたことは、ややショックでした。ちなみに、子供のころからイギリス式が刷り込まれている妻の場合には、当方のようなことはありません。やはり、交通に対する意識が異なるのですね。

細かいことかもしれませんが、歩行者としては大切な情報です。このことは、来年、我が息子の結婚式に参加するために、初訪英し、2週間ほど滞在する兄夫婦のために伝えるべきことの一つしてとしてリストアップしました。
クリスマス時期のリージェントストリート。車道の真ん中のアイランド(安全地帯)に人々が立っています。彼らはイルミネーションを撮影しているわけではなく、道路の反対側に渡る機会を伺っているのです。信号がないところで、自己責任によって道路横断するのはイギリスでは普通のこと。そして、イギリス人の頭の中では車道と歩道との棲み分けがはっきりしています。運転者は車道の権利を悠然と行使しますので、横断歩道や信号のないところで、横断するのは命がけです。


渡英する兄の家族に伝えたいこと 生活回り編

このようなことを振り返りつつ、兄に伝えたいと思ったことは多々あると気付きました。たとえば、トイレ・バスルームの使い方、洗濯の所要時間、飲料水かどうかの判断、電車のキャンセル、地下鉄のストライキ、イギリス人の変な英語、短期間の滞在でも日本から持参するべきモノ、盗難防止、車の運転、外出は鍵を忘れずに…など。あらかじめ伝えておくべきではないかと気づいたことを読者様にもお伝えしたいと思います。おそらく、これからイギリスに行く方々、特に初めて訪英される方々にも有効な情報や知識になると思います。

まず、トイレにはウォ〇ュレットやシャ●ートイレなど洗浄式便器が無いこと。欲しければ、携帯用の洗浄装置を持参することをお勧めします。おそらく、食物繊維の不足など食事の変化によって必要性を感じることがあるかもしれません。 また、古式ゆかしいままの水洗式の扱い方も伝えなくてはなりません。最先端技術の日本式水洗では、飛沫が散らないように残骸を吸い込んでくれますが、いまだに水勢で残骸を流すイギリス式では、飛沫の散逸を避けるために、便座に蓋をしてから流すという衛生上のプロセスを要します。

次に、お風呂の湯について。一般の家庭、ゲストハウス、Airbnb などの場合、一日に使える湯量に制限のあることがあります。伝統的なセントラルヒーティングでは、ボイラーで沸かしたお湯をタンクに貯めて使うのですが、夕飯の炊事で使い過ぎてしまうと、その日の風呂はお預けになってしまうほどタンクの容量が小さいことがあります。毎日風呂に入る習慣を持つ日本人にはちょいとキツイでしょう。そんな場合は、ちょっと危険ですが、鍋を総動員して、台所で沸かした湯を少しずつバスタブに運び、入浴するしかありません。大方の場合、このお湯の供給システムや供給量についての詳しい記載はありませんので、必要であれば、予約の際に確認しておくことです。

例文)Is the water heating system in this house capable of providing sufficient hot water for bath, shower, laundry and cooking in one evening? Or is there a limit to the supply of water tank in the airing cupboard?
もちろん、ホテルや瞬間湯沸かし器を備えている家ではこのような問題はありません。

また、お湯がいくらでも供給できる場合には、バスタブに入れる湯量が問題になります。バスタブの湯の上限は、バスタブに寝そべって肩の高さに来る排水溝の口まで。 「バスタブに湯を入れていることを忘れて、階下への漏水事故を起こすのは日本人だけだ」と、グリーンパーク前の5つ☆ホテルの支配人に理不尽な怒りをぶつけられたのは、航空会社の社員だった頃の懐かしい思い出です。
お湯のタンク airing cupboard(エアリング・カップボード)お湯のタンクは airing cupboard(エアリング・カップボード)という納戸の中に置かれています。サーモスタットで温かく温度管理されているので、タオル置き場として使うことが一般的。当方は納豆作りの納戸として使ったことが1度だけあります。もちろん、家じゅうが納豆のニオイで充満するので、家人の苦情によって2度目はありませんでした。

airing cupboardに繋がる水道管は、屋根裏のこのようなタンクに一旦貯められます。このタンクは家が造られると、その後ずっと水を貯め続けるので、空になることも無ければ、清掃することもありません。ふたで密閉していても、中にネズミの死骸が入っていることもあります。大方のイギリス人が、この水を貯めるシステムに割と無頓着です。几帳面な人はたまに水質検査をしたり、水を入れ替えたりして清掃しているようですが…。

イギリスの伝統的なボイラーの水の流れ伝統的なボイラーの水の流れです。緑が水道水の流れ。一旦、天井裏の四角い水タンクに冷たい水道水がためられます。1階のボイラーで沸かされた湯が赤いラインの流れでエアリング・カップボード内の青いタンクの中で混じり、適温で保温されます。一方で、暖房用ラジエータに流れる湯と天井裏のタンクの冷水が混じり、赤いラインから青いラインへと循環し、部屋を暖めたり、生活用水として利用されたりします。

それから、洗濯機について。2週間も滞在すれば、洗濯も必要になります。拙宅で兄家族の洗濯物を預かって洗うことも可能ですが、兄たちが自分たちで洗いたいと言えば、最低でも3時間掛かる洗濯機の使い方を教えなければなりません。昨今は40分くらいの短いプログラムもあるようですが、これは洗い方が雑なのであまり勧められません。また、まずベランダや庭などが無い場合には、家の中での干し方も伝授する必要があるでしょう。近くにPound Shop(日本の100均ショップ)があれば、洗濯ものを干すライン(washing line, clothesline)も売ってますから、それを上手く利用するなどの工夫をします。あるいは、日本を出る前にトラベルショップなどで、あらかじめ物干しラインを買っておくことを勧めたいと思います。

生活回りの最後に挙げたいのは、飲み水です。イギリスでは原則として水道水は飲料に使えます。当方も気にせずガブガブ飲んでいます。ただし、気を付けなければならないのは、家の中でも台所以外の水道水は必ずしも飲料水ではないこと。それは蛇口をひねれば、その水の勢いで判断が可能です。台所の水道水のように勢いがあれば、飲料水として飲めますが、バスルームや洗面所などのゆっくり流れる水道水はボイラーに間接的に繋がっていて、一度タンクに貯めた水ですから、歯磨きやうがいには使えても、飲料水としては不向きです。このことはイギリス人でも意外に判っていない人が多いようです。


歩道と車道だけではない違い 交通編

交通について、先ほどの歩道と車道の棲み分け以外にも伝えたいことがあります。今回の渡英では、電車のキャンセル、地下鉄のストライキなどで、予定が大きく狂いました。どちらもイギリスに住んでいれば、避けられない「人災」ですが、イギリス滞在経験のない日本人には分かりにくいことですから、まず「そういうものがあるのだ」と受け容れてもらわなければなりません。
イギリス名物、ナショナル・レイルのトレイン・キャンセル イギリス名物、ナショナル・レイルのトレイン・キャンセル。サービスする側は、安全な運行をすることだけが義務であって、「顧客が目的地に時間どおりに着くかどうか」ということに関与しません。つまり、「運転の責任をまっとうできない状況であれば、顧客の安全などあらゆる利益のために運転すべきではない。サービスのキャンセルは運転手には当然の権利である」という考え方もあるそうです。イギリス生活では、郊外での待ち合わせの際には、1本、2本早めの列車で目的地に行って、その目的地のベンチで1、2時間ぼうっとして過ごすことになります。

Transport for London(tfl)のサークルラインの運行情報スマホでTransport for London(tfl)のウェブを開いて、サークルラインの運行情報を調べると、日本語と英語の混じった情報が出てきました。英語では「マイナー(小さ)な遅れ」でも、なぜか日本語では「大きな遅れ」と案内されています。意訳でしょうか?(笑) 実際にプラットフォームに行ってみると、線路に人がこぼれ落ちそうなほど混み合っていました。根拠の無い楽観的なイギリス式の案内でしょうか。

そして、報道もされず、駅に行って初めて知らされることも多く、本来30分の道のりに3時間も掛かってしまうというイギリス的な経験を味わってもらえるかもしれません。さらに、イギリスの交通事情に対する「いら立ち」は無意味であることを悟り、目的地に向かうための代替交通路を確保するために想像力を駆使し、真のフレキシビリティを鍛えることになります。たとえば、地下鉄の部分的なストライキであれば、目的地に向かう代替手段と言えば、レンタバイク(貸し自転車)を使うか、ルートマスター(バス)を乗り継ぐ技を身に着けることです。昨今は、インターネットのマップがあるので、手掛かりとなるバスの通過ポイントさえ把握できれば、バスの乗り継ぎは容易です。当方やイギリス人の場合は、ロンドンのバスルートが頭の中に入っているので、ネットのマップを使うことはありません。
ボリス・バイク(貸し自転車)の成功 自転車(バイク、サイクルズ)のサドルや前輪を外して駐輪する光景は、以前ほど見かけなくなりました。その理由は現首相ボリス・ジョンソンがロンドン市長のころに普及させたボリス・バイク(貸し自転車)の成功に拠るものが大きいと思います。

ただし、全面ストライキの場合は、代替交通としてのバス、タクシーなどで地上が渋滞するので、バスルートを知っていてもあまり意味がありません。レンタバイクも、稼働中が多くて見つかりませんし、渋滞中のサイクリングはけっこう危険です。自転車が歩道を走れば罰せられ、科料を課せられるか、最悪の場合は逮捕されます。そんなことを知らずに歩道に乗り上げるサイクリストは外国人であって、イギリス人ではありません。イギリス人はルールに忠実なので、自転車を押しながら歩道を歩きます。結局、ロンドン市内の移動は徒歩が一番ってことでしょうか。 健康の話ではありませんけど…。

代替ルートを探すことは、経験に基づいた実践的課題の解決につながります。すなわち、イギリスに来れば、嫌でもイギリス式帰納法的経験論を実践することになります。 おそらく、兄の家族は何度かナショナル・レイルに乗ることになるので、とてもイギリスな経験ができるだろうとイメージしています。当方の場合、今回の渡英は短期間だったこともあり、且つ日本人化していたゆえに、かなりのいら立ちを覚えましたが、代替案を考えるイギリス式の経験論的、且つ柔軟な思考は失われていませんでした。「どうしよう」と不安になることはなく、「どうすれば」という解決の糸口を探すことが身についた、いわば、イギリス化した自分に気づき、少しほっとしました。
オクスフォードサーカスの交差点界隈2階建てバスが連結しているわけではありません。すべて行き先が異なります。オクスフォードサーカスの交差点界隈で、いろいろなルートのバスが交差するので、この近辺の適当な停留所で降りて、他の行き先のバスに乗り移って、目的地に徐々に近づいていきます。ヒップレス(後部からドアなしで乗降するタイプ)の時代には停留所以外での飛び降り、飛び乗りで効率よく乗降車が可能でしたが、それは事故につながることも…。また、プリペイドのオクトパスカードやOne day travel cardを持っていれば、一日乗り放題なので、いちいち運賃を払う手間も省かれ、効率も抜群です。

また、実兄はイギリスで車の運転をしたいと言っています。「イギリスの郊外で運転すると幸福感に浸れる」と、当方が兄に言い続けてきた影響を受けて、彼自らが運転することを楽しみにしているのです。 幸福感に浸れる理由は、日本よりも渋滞が少ないこと、信号が少なくて能動的、且つ主体的な運転が可能なこと、車窓に飛び込んでくる自然の光景が美しいこと…などです。しかし、運転で慣れなくてはならないのは、ウィンカー(インディケーター、方向指示器)・レバーとワイパー・レバーの位置でしょう。そして、知らなくてはならないのは、ラウンド・アバウトの使い方と運転席のドアの開け方です。 2022年1月に変更が加わったイギリスの道交法(Highway code)では、駐停車した路上で右ハンドル車の運転席のドアを開ける手は、「左手」を使わなければ罰金千ポンドと記載されています。

左手で運転席のドアを開けることについて」(英文)

今回の渡英で、当方は持ち主の亡くなった車、つまり亡義父の車を運転しました。さっそく、インディケーターを出そうとしたら、ワイパーが動いてしまいました。また、坂道発進で何度かエンストし、後続車両からパッシングとクラクションで煽(あお)られました。さらに、ギアをリアに入れるとき、欧州車特有の「スライドするカラー(襟)」の存在を忘れていて、なかなかギアを入れられませんでした。
シフトのギアチェンジシフトのギアチェンジでは、ギアをリアに入れる際、ギア・スティックの青い矢印で示すカラー(襟)の部分を人差し指と中指に挟んで引き上げる必要があります。このデザインにはいろいろな種類があるので、インストラクションを受けないと分からないこともあります。

イギリスでもレンタカーは、オートマチック車が増えてきましたが、いまだにマニュアル車の料金が安いので、クラッチ好き、且つ倹約家の当方はマニュアル車を選びます。しかし、以上のようにマニュアル車といえども、日英ではいくつかの点でスペックが異なっていることを完全に忘れていたので、兄に伝えることは多いなあ、と感じています。

ここまで書いてきて、なんだか空しくなってきました。なぜなら、すべてがイギリス人の常識だからです。読者の皆様には日英両国の常識を共有されている方もいらっしゃると思いますので、冗長な内容に感じられていたとしたら、申し訳ないことです。しかし、今回は、日本人に戻ってしまった当方の経験を通じて、実兄に伝えるべきこととして、いくつか挙げてみました。皆さまにも、今後のご参考になるのであれば、なお幸いです。次回は当方が経験したイギリスの葬儀について。


Text by M.Kinoshita


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マック 木下

マック木下

ロンドンを拠点にするライター。96年に在英企業の課長職を辞し、子育てのために「主夫」に転身し、イクメン生活に突入。英人妻の仕事を優先して世界各国に転住しながら明るいオタク系執筆生活。趣味は創作料理とスポーツ(プレイと観戦)。ややマニアックな歴史家でもあり「駐日英国大使館の歴史」と「ロンドン の歴史散歩」などが得意分野。主な寄稿先は「英国政府観光庁刊ブログBritain Park(筆名はブリ吉)」など英国の産品や文化の紹介誌。

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