東から西へ、陽はまた昇る。コロナ後のロンドン・トレンドはどこにあるのか。 | BRITISH MADE

Absolutely British 東から西へ、陽はまた昇る。コロナ後のロンドン・トレンドはどこにあるのか。

2023.06.09

私が1990年代後半にロンドンにやってきた頃、世界はまだソーホーやメイフェア、ときどきノッティング・ヒルみたいな感じだった。少なくとも渡英直後の私はそう思っていた。

それが2年後に就職した英系制作会社で、ある日同僚の先輩にこう言われてビックリしたのだ。

先輩「エクニさん、今度の『夢の旅』の特集なんだけど、東ロンドンの紹介にしようかってクライアントと話してる」

『夢の旅』というのは、当時まだ発行されていたブリティッシュ・エアウェイズの日本語機内誌のことだ。

「へぇ、東ロンドンですか。それでどの辺りを取材するんですか?」

先輩「東ロンドンって言ったら、この辺のことじゃない? やっぱショーディッチでしょ」

「え? この辺? マジですか? パブもロクにないじゃないですか」

先輩「それが最近は違うのヨ。ロンドンで今、いちばんイケてるのが、この辺りなのよ〜」


東はいかに栄えたか

私が就職した会社は確かにショーディッチのど真ん中にあった。しかし周囲は殺伐とした感じで、目ぼしいレストランも少なかった。ただチラホラとではあるがトレンディな匂いのするバーやショップができ始め、エリアに人が流れている感覚はあった。

そこで入社したての新人ロンドナーだった私は猛然と取材を始めた。東ロンドンにクリエイティブ・オフィスを構えるイギリス人、高校生の頃から留学して以来、ずっと東ロンドン暮らしの日本人フリーランサー。その他、町歩きと並行してインターネットで補足情報を集めるにつけ、自分が日々通勤しているカウンシル・フラットに囲まれたショボい印刷会社のビルが、心なしかトレンディな面持ちに見えてきたのだから不思議だ。
ショーディッチの目貫通り。倉庫街がトレンディな街に。
私はそのBA機内誌の特集記事を、あたかも10年選手ロンドナーであるかのような勢いで書き上げ、すっかり東ロンドン通になった気でいた。そのうち素敵なワインバーやレストランができて通うようになった。ショーディッチは「貧乏アーティストが倉庫ビルを利用して盛り上げた風変わりなクリエイティブ地区」から「投資家が目をつけて莫大な資金を投入し、隣接するシティ勤めのヤッピーたちが夜通し遊ぶバブル・エリア」に変貌を遂げ、「テック系の企業があっという間に流入してロンドンのシリコンバレー」を作り上げた。2010年代半ばくらいまでのことだ。

その頃、新規オープンする話題のレストランやバーと言えば 判で押したように東ロンドンにありきと相場が決まっていた。スター・ストリートというのもできて、バングラデシュ街として知られるブリック・レーンへと続くRed Church Streetは、一時期「東のボンド・ストリート」などと呼ばれるほどポッシュな店がひしめくお洒落通りとなり、旅行者がガイドブックを片手に歩き回る姿もよく見られた。

飲食店ではBrat、Smoking Goat、Lyles、Clove Clubなどの実力派レストランが一斉を風靡し、世界のトップ50を賑わした。
ショーディッチを代表するミシュラン・レストラン、Lyle’s
そのうち東や北東のハックニー・ウィックやダルストンなどにトレンディ・マップが広がっていったが、私はと言えばもうその頃になると10年弱通ったショーディッチに戻ってもあまり郷愁は感じなくなり、次から次へと立ち上がる似たような新規レストランを追いかける気力も次第に衰えていった。

それが今。


西ロンドンに栄光が戻るとき

「行きたい」と思えるレストランが無闇に西に偏っていることに、昨年くらいから気づき始めたのだ。「あれ? 東の勢いが止まって、もしや西にトレンドが戻ってる?」

現在、食通のロンドナーが注目する飲食店の多くは、西ロンドンのハブ、ノッティング・ヒル周辺にある。ちょうど私が渡英する前までトレンドを発信していたエリアだ。話題を集めているエリアをもっと特定すると、駅よりもうんと北側のTalbot Roadを抜けてAll Saints Roadへと入り、幹線道路を北へ渡った「ノース・ケンジントン」と呼ばれている一帯。

この辺りはカウンシル・ビルが林立する中、豪華なタウンハウスも立ち並ぶミックス地帯である。貧しい白人層と音楽好きのカリブ海系やモロッコ人、スペイン人が多く暮らす国際色豊かなエリアとして知られ、やたら犯罪率が高いことでも悪名高かった。今は少し治安が戻り、話題のガストロパブやレストランがひしめく活気あるエリアへと変貌を遂げつつある。その中心的な通りが、Golborne Roadだ。
ごった煮の魅力のゴルボーン・ロード。
ゴルボーン・ロードはポルトガル食材店をはじめとした庶民的な店とミシュラン級の料理を出す今をときめくレストランやバーが肩を並べ、昔のポートベロー・ロードを思わせる独特のメルティング感を漂わせている。

ノース・ケンジントンではここ数年(主にパンデミック以降)のうちにざっとStraker’s(TikTokフォロワー200万のオーナーシェフ)、Dorian(ミシュラン級シェフ+カリスマ・オーナー)、The Counter(イスタンブールからのスターシェフ)、Caia(ミシュラン級シェフの直火料理とやんちゃなバー)、The Pelican(21世紀のガストロパブ)、Secret Sandwich Shop(若年オーナーのわんぱくサンドイッチ)、Layla Bakery(ロンドン最高峰のクラフト・ペイストリー)などキラ星のごとき食事処が誕生しており、ロンドン中の食通たちの羨望の的となっている。
なかなか予約できないStraiker’sのカウンター席からの眺め。
今のロンドン・レストラン・シーンを映すDorianのオープン・キッチン。
The Counterのホワイトチョコ入りババガヌーシュ。
飲食店の変遷をここで全て挙げるつもりはないが、明らかに東から西へやってきた人気店の支店が、ここ最近クローズし始めているのは特筆すべき現象だ。東のパワーが陰りを見せているということに他ならない。

とはいえ私見だが、現在の西のファイトバックは、東へのオマージュなのではないかと感じている。例えば現在のところ最もパワフルなStraker’sやDorianと言った最注目レストランは 「東の真似っこ」とまでは言わないが、「気負わないファイン・キュイジーヌ」とでも言いたくなるカジュアル感と上質さが売りで、かつて東で人気を博しロンドン全体に定着したレストラン・スタイルに酷似している。まるで東の活気を移植したい西の住人の思いが、そこに横たわっているかのように。

上記で挙げた店のうちCaiaをのぞく全てに足を運んでみたが、いずれもウワサに違わない見事なオペレーションで味は保証付き。小金持ちのロンドナーがいかにも喜びそうなカリスマを、早くもまとっている。

ちなみにノッティング・ヒルには西らしい強豪とも言える三つ星のCore by Clare Smyth、再生した二つ星The Ledbury、業界サラブレッドのルー・ファミリーによるCaractèreなどがあり、本格的なファイン・キュイジーヌをいただくことができる。高級レストランのカジュアル化も近年のトレンドではあるが、西ロンドンは今、どんなタイプのレストランも存在する百花繚乱の飲食エリアなのだ。


その他のエリアも分析してみたら

誤解があるといけないのでもう少し詳しく書こう。

東ロンドンにトレンドの灯がついてしばらく、南ロンドンにもその余波が届いて活気づいた。ここ10年ほどの南の成長には目を見張るものがあり、中核となるブリクストン、ペッカムなどのエリアだけでなく、現在は広範囲がジェントリフィケーションされ、それに伴いエリア内の商業施設も洗練度を増している。

南は概して若い家族に人気で、アフリカ系や南米ルーツの人々が多く全く異なる文化を形成している。今回のテーマとは少し違う位置づけをさせてもらったので、悪しからず。ちなみにこれらの地域とは全く別の成長を遂げている南ロンドンの新興地域がバタシーやナイン・エルムス。バタシー元発電所の再開発や米国大使館周辺が今、活気を取り戻しつつある。

一方、中心部はメイフェアが強い。資金力のある投資家が次々と実力あるシェフを選んで引き抜き、世界中からロンドンを訪れる富豪たちに注目してもらおうと話題性のあるレストラン作りに必死になっている。ソーホーは「古き良き」キャラクターを残しつつ、じんわりとした変化が進んでおり、活気は戻ってきている。
Sohoのチャイナ・タウン側に登場しているタイ料理バー、Speedboatは大ヒット。
若干大人しいのはクラーケンウェル・エリア。スミスフィールドの肉市場があることから伝統的にグルメ地区として知られているのだが、最近は目立った展開も少なくなっているようだ。テムズ南岸のロンドン・ブリッジ周辺は現在再開発が進行中なので、今後の成長が楽しみなエリア。

変わらないといえば、シティ周辺は相変わらず独立独歩であまり変化はない。チェルシーやケンジントンも店は入れ替わるけれど、メディアが強く注目するような印象はない。

北ロンドン? 面白い動きがあるとしたらケンティッシュ・タウン、フィンズベリー・パークからクラウチ・エンド、グリーン・レーン周辺の住宅街を見てみると、中心部からスピンオフしてきた名店に出会えるだろう(これは熟練のシェフや事業家が、自宅周辺に店を持ちたいという動きと連動している)。ハイバリー周辺のイズリントンは相変わらずポッシュで独自色が強く面白い。ニューイントン・グリーン界隈が注目のエリアだ。

東ロンドンが今どうなっているか。

トレンドセッターとしてのショーディッチの賞味期限は残念ながら切れてしまったが、さらに東のハックニー(特にブロードウェイ・マーケット周辺)は成功しているクリエイターが多く住む安定した文化エリアとして定着中。ダルストン、クラプトン、ストーク・ニューイントンのあたりでは今、小金を持っている中産階級層が街を活気づけている。

そしてまた西に戻ってくるのだが……西ロンドンについてはこうも言える。面白くなってきているのは前述したノース・ケンジントンだけでなく、さらに北西のクイーンズ・パーク周辺、そしてBBC放送センターのある真西のホワイト・シティ周辺も含まれる。ホワイト・シティは中心部以外で唯一メンバーシップ・クラブとして知られるSoho Houseが生き残った場所でもあり、やはりメディア人が多いエリアは今後も発展が望まれそうである。
ホワイト・シティのBBC放送センターのある敷地内に、Soho Houseのビルがある。ここの屋上テラスは今、メディア人たちの溜まり場に。
トレンド発信地が徐々に西に戻りつつあることに気づいてから、同様の指摘をしている記事がないかネットで調べてみると、やはり昨年あたりから注目されていることが分かった。記事の一つに「トレンドの牽引層でもあるZ世代が育ちつつあるが、彼らはナイトクラブで夜を明かすよりも、抹茶ラテを好む」と分析してあり、なるほどと思った。

確かにZ世代はアルコール消費が少なく、野菜を好み、より穏やかな世代のように見える。また「ノッティング・ヒルの住民は深夜バーやクラブの文化にはあまり興味がなく、むしろレストランやパブに閉店までいるタイプが多い」と分析している記者もいて、まさに西の住人たちの標準像を言い当てている。

ノッティング・ヒルは80年代から90年代にかけてある種のヒッピー・ムーブメントを牽引したエリアだ。それが別の形で東に引き継がれ、今また、成長したロンドナーたちが大人の遊び場を西に再構築しようとしている。

トレンドは、確実に飲食店に反映される。レストランやカフェを愛するライターとして、今後もロンドンの成長を飲食店に絡めて見守っていきたいと思う。ちなみに……アフターコロナのロンドン飲食ガイドブックが欲しい人、この指とまれ!

Text&Photo by Mayu Ekuni



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江國まゆ

江國まゆ

ロンドンを拠点にするライター、編集者。東京の出版社勤務を経て1998年渡英。英系広告代理店にて主に日本語翻訳媒体の編集・コピーライティングに9年携わった後、2009年からフリーランス。趣味の食べ歩きブログが人気となり『歩いてまわる小さなロンドン』(大和書房)を出版。2014年にロンドン・イギリス情報を発信するウェブマガジン「あぶそる〜とロンドン」を創刊し、編集長として「美食都市ロンドン」の普及にいそしむかたわら、オルタナティブな生活について模索する日々。

http://www.absolute-london.co.uk

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