“チセイ”で読み解く世界のカタチ | BRITISH MADE

BM RECORDS TOKYOへようこそ “チセイ”で読み解く世界のカタチ

2020.06.12

プロレス好きの眼鏡っ子が世界で活躍!?
今こそ読みたいイチ推しコミック『紛争でしたら八田まで』

新型コロナウイルスの感染拡大。世界各地におけるロックダウン(もしくはそれに準ずる状況)。アフター・コロナにおける“ニューノーマル(新しい日常)”の模索。さらには5月25日にアメリカはミネアポリス近郊で起きたジョージ・フロイドさん殺害事件に端を発した「ブラック・ライブズ・マター」運動と、この数ヶ月、世界の情勢は目紛しいまでの動きを見せています。

今回はそんな今だからこそお薦めしたい、私がハマっているお気に入りのマンガを紹介します。田 素弘(でん・もとひろ)先生の『紛争でしたら八田まで』です。
物語の主人公は八田百合(はった・ゆり)。マーマイト(※BRITISH MADEなので敢えて注釈はナシ(笑))をこよなく愛する眼鏡の美女は、民族間の様々な紛争を、“地政学”によって解決していくリスク・コンサルタントなのです。

wikipediaでチェックしてみると、地政学は下記のように説明されています。

地政学は、地理的な環境が国家に与える政治的(主に国際政治)、軍事的、経済的な影響を、巨視的な視点で研究するものである。イギリス、ドイツ、アメリカ合衆国などで国家戦略に科学的根拠と正当性を与えることを目的として発達した。「地政学的」のように言葉として政治談議の中で聞かれることがある。
この研究を専門とする学者ならび「地政学的な思考をした」と指摘され得る存在は地政学者と呼ばれる。
歴史学、政治学、地理学、経済学、軍事学、文化学、文明、宗教学、哲学などの様々な見地から研究を行う為、広範にわたる知識が不可欠となる。また、政治地理学とも関係がある。

第1話。八田百合は、イギリス・バーミンガムのバーで、インド人の少年バーテンダーが拳銃を持ったアイリッシュの男に絡まれる場面に遭遇します。すると彼女は知的な交渉術……ではなく、豪快なプロレス技(しかもシャイニングトライアングル!!)で見事に男を撃退!!(笑)。

しかしながら、この第1話では北アイルランド問題、つまりアイルランドとイギリスの根深い対立構造と、そこに今年1月31日(現地2月1日)に施行されたブレグジットが及ぼす影響と問題点が明解に解説されているのです。

かくして会社からのオファーを受けた彼女は、1週間で現地の言葉をマスター(!!)して、ミャンマーへと飛び、日本企業が抱える現地民が起こしたデモの解決に乗り出します。

昨年11月から「モーニング」誌上で連載中の本作は(6月11日)現在までに21話を数え、今年3月に単行本第1巻が発売されています。同巻では、前述の「ミャンマー企業紛争編」と、鉱山ビジネスの利権と土着宗教絡みの拉致事件に立ち向かう「タンザニア魔女狩り編」の途中までが収録されています。
プロフィールを調べてみると、作家の田 素弘先生はアパレル、広告、webデザイン・ディレクション業を経て、30代後半で脱サラ。2018年、『定時退社でライフルシュート』で「第1回THE GATE」一色まこと賞を受賞。そして、この『紛争でしたら八田まで』で、43歳にして初連載を開始したという経歴の持ち主だそうで、イギリスでの生活経験もお持ちとのこと。

日本からはちょっと見え辛い世界の諸問題を背景にしたプロットを、痛快なエンタテインメントに纏め上げている筆致が素晴らしい!

八田百合が訪れる現地のグルメ、スラング、そしてどうやらプロレスおたくの彼女が駆使する数々のプロレス技(しかもちょっと昭和世代な)も楽しいのです。

おまけに自身家で頭の回転が早く、口も立つけどちょっと抜けているロングヘアの眼鏡っ子という彼女のキャラクター造形も、ブローチ&ブラウスやニット、(パンツルックではなく敢えての)スカートに編み上げのブーツというスタイリングも、登場する銃器とその扱いも、どれも私のツボであぁもう!!(笑)。

ただ、この八田百合、それこそ命の危機に晒されまくりのリスク・コンサルタントを続けているのには、どうやら理由があるようで……しかも「タンザニア魔女狩り騒乱編」では見えざる宿敵(?)の登場も暗示されていて。今後のストーリー展開も楽しみなところです。

さて、本作は6月23日に第2巻が発売されます。同巻では「タンザニア魔女狩り騒乱編」の完結話と、八田百合が大手パブチェーンで多発する乱闘騒ぎに立ち向かう「イギリス酒場で酔狂乱闘編」が収録される予定です。このイギリス編でも、前述の北アイルランド問題が物語の導入となっています。

私は以前、人と人とがもめる理由とは「大まかに言えば宗教、資源、領土、人種のいずれか」と教わったことがありましたが、それが国や地域によってより細分化されることは言うまでもないでしょう。

そこに対立の構図がある時、人はどのような行動に出るのか? そして、こうした紛争と対峙する時、人は何を理解すべきで、何が必要とされるのか? 『紛争でしたら八田まで』は、地政学の入り口としても、「ブラック・ライブズ・マター」だけじゃない世界の諸問題と解決策のケーススタディとしても、非常に興味深い作品だと思います。

ちなみに連載では「イギリス酒場で酔狂乱闘編」がすでに完結を迎え、次章の「ウクライナ愛と暴力と資金提供編」が、現在、大詰めを迎えています。今のところ全て読んでいますが、どのエピソードも面白いですよ。

「モーニング」は毎週木曜日発売。単行本のモーニングKCは電子版もあります。
https://morning.kodansha.co.jp/c/funsodeshitara/

さらに講談社のコンテンツ配信サービス“コミックDAYS”では、第1話から連載分の直近1話前までの全エピソードを掲載中(有料)です。
https://comic-days.com/episode/10834108156713454523

第1話「八田百合」は無料で読めます。“チセイ”で読み解く世界のカタチ、ぜひチェックしてください。それではまた!

『紛争でしたら八田まで』(田 素弘:著。講談社:刊)
「モーニング」にて連載中。
単行本(モーニングKC)第2巻が6月23日発売。

公式Twitter
https://twitter.com/funsodeshitara

Text by Uchida Masaki


plofile
内田 正樹

内田 正樹

エディター、ライター、ディレクター。雑誌SWITCH編集長を経てフリーランスに。音楽をはじめファッション、映画、演劇ほか様々な分野におけるインタビュー、オフィシャルライティングや、パンフレットや宣伝制作の編集/テキスト/コピーライティングなどに携わる。不定期でテレビ/ラジオ出演や、イベント/web番組のMCも務めている。近年の主な執筆媒体は音楽ナタリー、Yahoo!ニュース特集、共同通信社(文化欄)、SWITCH、サンデー毎日、encoreほか。編著書に『東京事変 チャンネルガイド』、『椎名林檎 音楽家のカルテ』がある。

内田 正樹さんの
記事一覧はこちら

同じカテゴリの最新記事