2025 年度最高の英国映画『ブラックバッグ』 | BRITISH MADE (ブリティッシュメイド)

ブリティッシュ“ライク” 2025 年度最高の英国映画『ブラックバッグ』

2025.09.25

ブラックバッグ 部坂映画 ブリティッシュメイド ソダーバーグ
今年は英国に所縁のある映画が軒並み不作だったこともあり、なかなか紹介に至らなかった。そんな中で久々に面白い映画に出会えたのでこの場で紹介したい。

英国の国家サイバーセキュリティセンター(NCSC)に席を置くジョージは、ある秘密任務(ブラックバッグ)を課せられる。それは、世界を揺るがす不正プログラムを盗み出した 二重スパイを探すこと。候補者は5名おり、その中には愛する妻キャスリンも含まれていた。与えられた猶予はわずか 1 週間。ジョージは裏切り者を見つけだすことができるのか……。


本作の監督は、若干26歳でパルム・ドールを獲得して以来、第一線を走り続けているスティーヴン・ソダーバーグだ。彼の代名詞といえば、『オーシャンズ 11』だ。華やかな役者たちが流麗に躍動し、テンポが小気味良い。なにより瀟洒な衣裳のセンスが抜きんでていた。ジャケットの襟を立て、バタフライを垂れ流すジョージ・クルーニーの姿は今見ても惚れ惚れする。公開当時、高校生だった私は大きな影響を受けた。以来、スティーヴン・ソダーバーグが携わる映画はほとんど鑑賞している。彼の映画は、テーマが毎回目新しく、全体を通してコンセプチュアルだ。実験的な要素が多いキャリア初期よりも、『オーシャンズ 11』あたりまでのキャリア中期の映画が印象深い。例えば、捜査官に恋をしてしまうどうしようもない脱獄囚を主人公に据えた『アウトオブサイト』は、すでに『オーシャンズ 11』の片鱗がある。亡くなった娘の死の原因を知りにアメリカにやってきた『イギリスからきた男』は、英国の名優テレンス・スタンプを見事に演出した任侠映画だ。ジュリア・ロバーツを無職のシングルマザーの主人公に据え、どん底から成り上がる様を描く『エリン・ブロコビッチ』も触れておきたい。こうした立て続けに佳作を世に送り出しているスティーヴン・ソダーバーグの映画は、アメリカに基盤を置いたものが多い。『ブラッグバッグ』は英国を舞台にしているため、”British Made”で紹介できるのが光栄だ。

さて、前置きがずいぶん長くなってしまった。本作で特筆すべきは劇中の衣裳である。衣裳を担当したエレン・マイロニックは、「主人公ジョージことマイケル・ファスベンダーの出で立ちのソースはマイケル・ケイン主演の『ある愛のすべて』だ」とインタビューで答えている。しかし、スーツ、タートルネック、眼鏡の3点がそろったビジュアルに自炊をする姿。これは同じくマイケル・ケイン主演の「国際諜報局」のオマージュではないだろうか。

劇中のマイケル・ファスベンダーのワードローブはダンヒルが担っている。カーディガンの一番上のボタンを開け、一番下のボタンを閉じる乙な着こなしはさすがだ。一方でハンチング、オイルドジャケット、ブーツというクラシックな装いで釣りを嗜み、ディフェンダーに乗ってカントリーハウスとシティを往来するのは典型的な英国の上流階級だ。余談だが、餌を撒いて獲物を釣り上げるという描写も二重スパイを探り出すという所業に被せる暗喩に感じられた。

寡黙な完璧主義者であるジョージを裏付けるこんな場面がある。晩餐会の料理を振る舞うための下準備中、明らかに上等なシャツにソースがはねてしまう。私のような小物は、シャツにソースがはねてしまうと「あーーっ!!」などと甲高い奇声をあげて急いで染み抜きを始める(何より汚したくない一心でそもそも料理中に上等なシャツなんぞ着ない!)。だが、彼はさもありなんといった様相で着替えるのだ。わずか数分にも満たない描写だ。危険な任務でも冷静沈着に対応する様を裏付けている。劇中でも指折りの場面だ。

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次いで、3代目ジェームズ・ボンド役でも有名なピアース・ブロスナンもなくてはならない存在だ。007でいうなればMのような役割で、睨みをきかせている。彼のエレガントな装いもマイケル・ファスベンダーに引けを取らない。ボンドでは無地のシングルブレステッド姿が板についていたが、本作ではプリンス・オブ・ウェールズチェック地のダブルブレステッドを着用している。さらにその下にベストを着用するという高度な着こなしを披露している。ちなみに、彼が活け作りを賞味する店があるのは、ロンドンのChilternstreetにある。BakerStreetからBlandford Streetにかけて南北に通る筋で、洒落たカフェやビスポークテーラーが軒を連ねる。以前コラムで紹介するほど 好きなエリアがこの Maryleboneなのだ。久々に目にすると無性にロンドンが恋しくなった。
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スパイ映画というと、派手なアクションや銃撃戦を繰り広げるイメージが強いかもしれない。そういった作風も魅力的だが、本作はむしろその類とは対局にある。身体よりも 頭脳を駆使して裏切り者を一人炙り出さなければいけない。なにせ世界を破滅に追い込むのはテロリストや兵器ではなく、「セヴェルス」という名のプログラムなのだ。レッドへリングをかわしながら真相に近づいていく。密室で重要事項が進んでいくスリリングな展開は、ジョン・ディクソン・カーの小説のようだ。なにより素晴らしいのは、この映画を94分にまとめた点だ。シンプルな構造で軸がまったくブレない。この潔さに脱帽するしかない。だからこそ、登場する役者たちの衣裳や立居振る舞いといったディテールも楽しめるのだ。このままいくと、『教皇選挙』と並ぶ本年度No.1の洋画になるだろう。

仕舞いになるが、主人公ジョージを演じたマイケル・ファスベンダーのキービジュアルは秀逸だった。彼のアイウェアがひときわ光彩を放った。そこで馴染みの眼鏡屋「blinc vase」の長尾さんに泣きつき、イメージに近いサングラスを作ってもらった。申し分ないできあがりにすっかり高揚し、再び甲高い奇声をあげてしまった。シャツのくだりであれほど教訓を得たはずなのに……これでは地球がひっくり返ったってマイケル・ファスベンダーにはなれないだろう。

ブラックバッグ 部坂映画 ブリティッシュメイド ソダーバーグblinc vase / 03-3401-2835

『ブラッグバッグ』
映画の公式サイト

監督:スティーヴン・ソダーバーグ
脚本:デヴィッド・コープ
出演:ケイト・ブランシェット、マイケル・ファスベンダー、マリサ・アベラ、 トム・ バーク、ナオミ・ハリス、レゲ=ジャン・ペイジ、and ピアース・ブロスナン
2025 年/アメリカ/スコープ・サイズ/94 分/カラー/英語/5.1ch 日本語字幕翻訳:松崎広幸/原題『BLACK BAG』
配給:パルコ ユニバーサル映画 © 2025 Focus Features, LLC. All Rights Reserved. 2025 年9月 26 日(金)より全国公開

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部坂 尚吾

部坂 尚吾

1985年山口県宇部市生まれ、広島県東広島市育ち。松竹京都撮影所、テレビ朝日にて番組制作に携わった後、2011年よりスタイリストとして活動を始める。2015年江東衣裳を設立。映画、CM、雑誌、俳優のスタイリングを主に担い、各種媒体の企画、製作、ディレクション、執筆等も行っている。山下達郎と読売ジャイアンツの熱狂的なファン。毎月第三土曜日KRYラジオ「どよーDA!」に出演中。
江東衣裳
http://www.koto-clothing.com

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