2018.04.03

Little Tales of British Life 「イギリスの三大美味しいにアクセス」 コンフォートフード・シリーズ その1/4 コンフォートを見つける達人

イギリスを褒める人がいれば、褒められたことを揶揄し、イギリスをけなす人がいれば、けなされた点を真っ向から否定する。そんな振る舞いをする当方のことを天邪鬼(あまのじゃく)と言う人もいます。しかし、ものごとには二律背反なことも多々あるものです。また、たとえ短所であってもコトバを替え、または視点を変えることで長所にもなりうるということでもあります。

まずいと言われるのに、なぜ人気

たとえば、「イギリス食は不味い」と言う人がいたら、「では、なぜアフタヌーンティに人気があるのか?」と質問したくなります。不味いイギリス食と大人気のアフタヌーンティという評価。これは明らかな二律背反です。

この矛盾に答えられない人に対して、さらなる質問をしたくなります。「アナタはイギリスのチーズの基本的な3種類を言えるか?」「イギリスのソーセージを茹でたことがあるか?」「ローストハムと茹でハム、両者の食べ方の違いは何か?」

相手を少しだけ追い詰める意地悪な質問かもしれません。しかし、どの質問もある程度の在英期間(1~2年)に達した人であれば、イギリス人並みに応えられる質問でもあります。答えられない場合、その方は断片的にしかイギリス食をご存知ないのかもしれませんし、思い込みで試されなかったのかもしれません。あるいはアフタヌーンティのご経験が少ないのかもしれません。
20180403_img_001 今回はコンフォートな光景を集めてみました。画像はメイフェアにある某ティー・プレイスの広報部から自由に使っていいと送られて来たアフタヌーンティの画像です。デフォルトの食べ物を高級感に囲まれて頂くことも、デフォルトのサービスを受けて満足感に浸ることも、安心とくつろぎを味わう午後茶には欠かせませんね。デフォルトは楽でいいです。

三段重ねのケーキスタンドに彩られたサンドイッチ、スウィーツ、スコーンなどティ・フーズのヴァリエーションには地方色に魅せられることもあれば、ティ・ルーム、ホテル、マナーハウスによって顧客獲得のために個性を出そうと、様々な工夫が施されています。その実、アフタヌーンティがお洒落でファッショナブルなデザインになって来たのは1990年代のことで、稼働率の上がらないロンドンのホテルがラウンジの集客に工夫を強いられたから…という説もあるのです。
20180403_img_002 かたや、拙宅でのデフォルトなコンフォートスタイル。実際は不安定なひじ掛けの上に、マグカップに入れたお茶とスウィーツをのせています。ルースの茶葉で淹れたスモーキーアールグレーは、薄いうちにカップに注いで楽しみます。濃いめの二番煎じは黒糖焼酎で半々に割ると、当方のハイティになります。邪道とおっしゃる方もいるかもしれませんが、そのうち王道になればいいな、と。

「アフタヌーンティは高級だから…」と、滅多に食べられないことを理由にする方もおられますが、出来栄えと材料を見たらティ・フーズなど誰でも作れるものが大半ですし、やたらと高級なものを節約好きのイギリス人が常食にする筈がありません。近年Teaとは、夕飯も意味することはご存知の方も増えて来ました。従来のイメージで象(かたど)られてきた高級感のあるお茶会と言うよりも、少しだけ優雅にくつろぐ内輪のイベントもアフタヌーンティとするイギリスの庶民感覚が最近の日本では受け容れられつつある気がします。

20180403_img_003 夏の朝、Swanageの海岸での朝食。大した食事ではありませんが、気分的にコンフォートです。隣の席に「ミルクティ」と注文する見知らぬ日本人旅行者がいました。イギリス人の店員が理解できなかったので、“She means White Tea”と、妻が助け舟を出していました。「判っているのに…」とつぶやく女性の表情は憮然としていましたので、お節介もほどほどにしなくては…。

実際のイギリス一般家庭の週末には、昼にディナーを、そして夜にティを摂ることも多いのです。昼にたくさん頂いたので、夕飯は軽食で済ませるという当たり前のことです。ちなみに、拙宅では子どもたちが幼い頃は “ Tea is ready ”(ご飯できたよ)と声を掛けていました。我ら夫婦はこの言葉をイギリス人の義両親から受け継いでいます。余談ですが、彼らの出身や祖先が「ハイ・ティ」を夕飯として扱う労働者階級の出身であったことが分かります。

イギリスの三大美味いもの

表題のコンフォートフード(ほっこりする食事)という言葉ですが、以前から流行らせたいコトバとして目論(もくろ)み、何度となく登場させて来ました。しかし、イギリス人のコンフォートとは何であるのかと、まだ充分にお伝えしきれていない気がします。
20180403_img_004 ブラックキャブの運転手さんたちのコンフォートの場。この画像の直後、バックパックを背負ったアメリカ人の若い夫婦がこのベンチに座ると、運転手さんが彼らに声を掛けていました。「おはよう。ここは地図を広げるにはもってこいだね」その夫婦と運転手さんとの会話がしばらく続きましたが、夫婦は会話を楽しみ、運転者さんは少し苛立っているようでした。同じ英語を話していても、イギリス人の皮肉がアメリカ人に伝わらない様子は映像にしてみたくなります。当方にとって、その場面は天然の喜劇であり、英米間の文化的なギャップを間近に見る絶好のコンフォートになりました。映像にタイトルを付けるなら ”Uncle Tom(アメリカ人を揶揄する固有名詞) doesn`t mind the Gap(between the cultures)”かな?

2016年1月には以下のウェブにてコンフォートフードに関わる総論的な記事を載せていますので、今回からは数回に渡って、各論としてイギリス三大美味いもの(ソーセージ、ハムとベーコンとガモン、そしてチーズ)を語って参ります。他にもスモーク料理、パン、プリザーブド(コンポット、ジャム、パテ、チャットニー、マスタード等々)、根菜(パースニップ、ターニップ等々)、イギリスの粉(こな)もの文化の実態なども織り混ぜて参ります。

「英国人のほっこり-コンフォートフードについて」2016年1月
https://www.british-made.jp/stories/lifestyle/20160106004272

コンフォートフードという庶民的な位置、そして当方の経験に基づいた記述にするため、調べれば判りそうな蘊蓄(うんちく)はあえて述べないことにします。まず、高級なアフタヌーンティではなく、一般的なイギリス人にとって、軽食を意味するティをコンフォートの視点から述べてみます。

ティをすする儀式

イギリス人には、高級なアフタヌーンティよりも夕飯としてのティや、コンフォートを得るためのcuppa(カパ ; cup of teaの略)の方が一般的です。

一番身近なイギリス人である妻を観察していて、どこの国に住んでいてもブレずにその生態を変えない点のひとつが「ティの習慣」です。外出から戻った彼女が、まずやることは電気ケトルに水を入れての湯沸かし。こちらが聞いてもいないのに、「ああ、喉が渇いた。紅茶が飲みたい」と日本語で独り言(ご)ちています。

そして、ティと同時に用意するものがa little something sweetまたはニブルズ(nibbles)です。コンフォートを得るまでの準備行程は、湯沸かし、茶葉の用意、そしてニブルズなどの盛り付けです。ティとニブルズが揃うとソファに座り、マグカップで両手を温めたところでコンフォートへの準備が完了します。そして、音を立てずにティをすすり、満足げな溜息を洩らしたところからくつろぎの(コンフォートの)時間が始まるのです。
20180403_img_005 自分のためにコンフォートの準備をする妻。見た目がカニのカマボコですが、拙妻も含めて当方の周囲のイギリス人は魚のすり身が苦手です。画像はイギリスのデザートには欠かせない植物(フルーツ?)のルバーブです。甘酸っぱく煮てクランブルにしたり、保存しておいて冷めたままアイスクリームと一緒に頂いたりすることもあります。冷凍保存、プリザーヴ、缶詰などイギリス人が常備するコンフォートフードでもあります。行程の途中を画像にすると、完成品よりもイメージが膨らみますね。

“a little something sweet”と言うと手作りのビスケットや買い置きのチョコレートなど甘いものです。ニブルズとは「少しかじるもの」という直訳がありますが、なにかをちょっとだけ口にしたいときに使う言葉です。甘くなくてsavouryなオードブル用オリーヴの実やチーズをのせたクラッカーのような類、基本的にお茶のコンフォートに付加価値を添えるアイテムです。
20180403_img_006 Savoury(甘くなく、ダシの効いた)なコンフォートフーズです。このグレイヴィソースの粉をお湯で溶いて、お茶替わりにすすることもあります。日本で言えば、(梅)昆布茶に相当するでしょうか。個人的には麺類を投入したくなりますが、これも庶民的なコンフォートの材料です。

妻に限ったことではありませんが、友人や知人宅でDo you want cuppa? と来訪者にティをオファーするのは、くつろぐ時間と空間の共有を促すものです。9世紀に発祥した日本の茶道でも16世紀辺りから茶会での対人関係として一期一会という思想がある一方、せいぜい200年しか歴史のないイギリスのお茶の時間は日常性を携えながら、民族、思想、文化、宗教などの枠を違え、その場に居る人たちの全員が心を許し合える儀式のように感じられます。両手で抱えるようにマグカップを持つことで参加資格が与えられるコンフォートの儀式ですので、その輪の中にいることで、永遠のよろこびを分かち合っているような気がしてくることもあります。
20180403_img_007 コンフォートな景色もどうぞ。イギリスの空に飛行機雲が多いのは、上空の温度が低いからです。

小さな永遠の時間

ロンドンでの会社員時代の話です。激しい議論で空気の張り詰めた長時間の会議中に、「皆さん、ちょっとお茶の時間にしましょう」と、参加者のイギリス人のひとりが言い出しました。そして、社内を巡回する年輩のティ・レィデイ(紅茶、コーヒーを給仕する女性)が会議室に呼び込まれます。会議は完全に中断となり、誰かが紅茶をすするなり、会議のアジェンダとはまったく関係のない会話が始まりました。「今度のホリデーはどこに行く?」「いやぁ、ウチの息子が地元のフットボールで表彰されてね…」と、和気あいあいとした雰囲気が漂い始め、数分後にはコンフォートの空気が充満していました。

やがて会議が再開されると、先ほどまで渋面で発言を控えていた人たちの表情や態度も変わり、新たなアイディアがたくさん提案されると、「コンセプトは変わらないので、明日は今の構成案を各自が具体的に行うケースを想定しながら役割を組み立てていこう」ということになって、会議はすぐに散会しました。お茶を飲んでいる間に、皆の思考が柔軟になったのですね。あるいは、互いの毒気が抜かれ、価値観が共有できるようになり、喋り易い空気が流れ込んできたのかもしれません。
20180403_img_008 冬のコンフォートのひとつがこの光です。この画像は冬至の頃です。もっとも暗い時期だけに見られるこの光は神様からの贈り物に感じられます。

イギリス人の生態の中でも、ティを利用してコンフォートに至る儀式は、我々日本人だけでなく世界の誰にでも通用する小さな永遠の時間を生み出しているのではないか。と思ったのは以上のような場面に何度か遭遇した結果です。この小さな永遠の時間とは、普段は引き出しにしまっておいて、お茶の時間にさっと取り出すものです。日本人のサラリーマンが「とりあえず、ビール」と注文するときにも、心の引き出しから小さな永遠の時間を取りだしているように思えます。
20180403_img_009 「くつろぎ」以外のどんなタイトルがこの画像に相応しいでしょうか?

ちなみに、持ち帰り系の大資本コーヒーショップの進出が盛んになった頃から、(その影響かどうかの明言は控えますが、)在イギリス企業の社内を巡回し紅茶やコーヒーを給仕するティ・レィディはほとんど消えてしまいました。1980年代以前に遡(さかのぼ)ると、金曜日の午後になれば、ジン、ウィスキー、そして、たまにはシャンパンをワゴンに載せて巡回するサービスもイギリス国内の企業や省庁(1960年頃まで、世界各国の英国大使館でもこの給仕の存在が公文書に記録されています)の中でも一般的でしたが、その種の巡回サービスは次第に消滅して行きます。職場でも出来るだけ優雅な気分に浸り、且つ日常に欠かせない茶文化を維持するために生み出されたビジネスマンたちの工夫がティ・レィディだったのではないでしょうか、ということは、古きアイコンが失われた今になって判ることです。

また、アフタヌーンティとは、コンフォートを目的に築かれたサービスシステムとして捉えると、給仕、料理人、メイド、ティ・レィデイなど役割分担として構成された階級社会によってそのフォーマットが確立し、現代にも伝えられてきたと考えられます。アフタヌーンティに人々が魅了される理由は、これまでに述べてきた三つの感性、すなわち、コンフォート(ほっこり)感と優雅感と日常感が籠められた空間が備わっているからであり、イギリス人は(会議の)修羅場とコンフォートとの使い分けが巧みだなと思うことがしばしばです。
20180403_img_010 コンフォートに必要なa little something sweetとは、少しだからこそ小さな永遠の時間を充実させてくれるのです。娘が寄宿生活をしていた頃、寮内にはこの種のポスターが至るところに貼られていました。永遠の時間を共有するコンフォートですが、ずっと甘んじてはならない。引き出しから小出しに出し入れするからこそコンフォートになるのですね。メリハリが必要です。

と言って、当方の言うことに同意される方がいらっしゃると、別の論理を展開したくなる天邪鬼ですので、読者各位でご確認のうえ持論を展開くださいませ。イギリスの理解は人それぞれ個人的な解釈が尊重されるべきであって、正解はございません。

Text&Photo by M.Kinoshita

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マック 木下

マック木下

ロンドンを拠点にするライター。96年に在英企業の課長職を辞し、子育てのために「主夫」に転身し、イクメン生活に突入。英人妻の仕事を優先して世界各国に転住しながら明るいオタク系執筆生活。趣味は創作料理とスポーツ(プレイと観戦)。ややマニアックな歴史家でもあり「駐日英国大使館の歴史」と「ロンドン の歴史散歩」などが得意分野。主な寄稿先は「英国政府観光庁刊ブログBritain Park(筆名はブリ吉)」など英国の産品や文化の紹介誌。

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