雨のことば | BRITISH MADE

Little Tales of British Life 雨のことば

2019.11.05

雨のロンドン 雨上がりの水溜りの中には空が…

イギリスで傘を使った記憶がほとんどありません。ロンドンで営業外回りの仕事をしていた頃でさえ、傘を使った状況を思い出せるほどその機会は少なかった気がします。頻繁にイギリスに戻る今でさえ「雨…だな」と気付いても、傘を開く機会はほとんどないのです。

もちろん、その一年中が雨の国と言われるイギリスですから、いつも曇りがちだし、雨はしょっちゅう降っています。当方の場合、メガネが濡れると視界はぼやけ、ターナーの絵画のように霧の中に埋もれてしまう気がするので、傘を持ち歩くほうだと思うのですが、それでもイギリスで傘を開く頻度は日本に居る時よりもずっと少ないのです。

天井のシミ ロンドンの拙宅は築110年。屋根裏部屋の天井にシミが広がっています。漏電しないように、屋根と電気それぞれの専門家に依頼して、修繕を済ませました。シミが乾いたら、テナントのポーランド人がシミを隠すために、ペンキを塗ってくれるそうです。

濡れることに無頓着

では、雨の降っている時、イギリス人は、また現地化した在英邦人は、どうしているのかと聞かれたら、「濡れています」と応えることになってしまいます。雨の国イギリスと言っても、小糠雨と言うんでしょうか、霧雨やしとしと雨が多いので、「春雨じゃ、濡れて行かむ」という気持ちで、どの季節でも濡れたままでロンドンの街中を歩いています。
テムズ河 テムズ河には雨量によって水量調節する場所がたくさんあります。画像の水位も変化し、上流と下流とが均一になることもあります。この場所はTeddingtonですが、テムズの河口から50㎞以上も隔たっている上流なのに、潮の干満に影響される干潮河川です。

I do not care this drizzling.
「しとしと雨なんか気にならないよ」

イギリス人の場合、男性だけでなく、女性でも傘をささない人が多いので、ファンデーションは流れないのかな、とおせっかいな心配をしてしまいます。多様性の時代ですから、化粧をするのは女性に限らないわけで、おめかしする人々は雨でも流れないファンデーションを使っているのでしょうか? イギリス人の我が妻の場合は小雨でも傘を使うのですが、その理由は日本に長く住んだ影響かもしれないとのことで、化粧が落ちること自体はあまり気にしないそうです。ただ単に気にしない、それだけのことのようです。

ロンドンバス イギリスで傘を差す人と言えば、外国人でしょうか。イギリス人がユニオンジャックの傘を使うことはないでしょう。ちなみに、Japan Centreはシャフツベリー・アヴェニュー沿いからトラファルガー・スクウェア方向のPanton Streetに移転しています。(2019年9月現在)当方は、日本で買い損ねたお土産になるものを探しに行くことはあっても、自分のものを買いに行くことはありません。

雨具にも無頓着

ある日、と言っても、かなり昔の30年以上前のこと、玄関に干してあった折り畳み傘を「たたみましょうか」と当時まだGFだった妻が聞いてくれたので,Why not? と、お願いしたことがあります。イギリス人なら、さぞかし丁寧にたたんでくれるのだろうと期待して、たたまれた筈のその傘をアタッシェケース(当時の流行り)に収めようと目にした瞬間、「あれっ?」と意外な光景。折り畳み傘は傘バンドでくくられていたのですが、爆発したようにまとまりのない形状をしていました。しかも、傘の骨がねじれた状態で、変に力を加えると壊れてしまいそうです。ともあれ、その嵩(かさ)張った形状では、アタッシェケースにはおろか、傘のケースにも入りません。仕方なく、たたみ直していると、彼女は言いました。「日本人らしいわねぇ。何事にも作法があるのね」そう言う彼女が傘をたたんでくれた理由は、干している傘が玄関ホールをさえぎって邪魔だったから…、ただそれだけの理由でした。そう言えば、イギリスでは濡れた傘を干す光景を見た記憶が…ありません。

ところで、1980年代初めころだったと思いますが、日本の民放で「イギリス人は傘を大切にするので、傘屋にわざわざお金を払ってスリムにたたんで貰う。それこそがイギリス紳士のマナー」という主旨をある番組で紹介していました。その番組を観て以来、「イギリスには傘に対する紳士の作法がある」と思い込んでいました。それから数年後に妻と出会って、実際の彼女の傘の扱い方と、テレビで知ったイギリス紳士の「作法」との間にギャップを感じたわけです。まさにMind the Gapです。

2000年代になって、その番組の制作に関わっていたと言う人物と話す機会があり、以上の出来事を伝えると「1980年代では、やや不確かな情報であっても、話として作り上げてしまえば、誰も事実をチェックできない緩やかな時代だったから、その種のテレビ番組で素材に困ることはなかった」という説明を受けました。やらせとまでは言わないにしても、事実を拡大解釈してストーリーを作ってしまう傾向はあったようです。

ナメクジ 今まで、イギリスのナメクジの画像を送ると、どの編集者さんも採用してくれませんでした。今回もチャレンジでした。でも、イギリス好きの皆様であれば、知って、見ておいた方がよろしいかと思います。日本のナメクジよりも強大で、有色です。このナメクジの全長は約5㎝。雨が降ると真冬でも元気にぬめっています。鉢植えの花苗をことごとく食べ尽くしてしまう厄介ものです。

その後も傘とイギリス人との関係を、職場、公共の場、親類縁者の中で何年も観察してきましたが、やはり例外なくイギリス人の傘の扱い方はぞんざいでした。実験と言っては失礼かもしれませんが、義母にプレゼントしてその扱い方を観察したことがあります。女王陛下御用達の下着屋(特にknickers:下着のパンツをご所望のようで)などが並ぶコンデュイット通りの店で、少し値の張る良質な傘を義母に誕生日プレゼントしてみたのです。傘の使用後、義母が濡れた傘を開いて乾かすことは一度もなく、半年以内に内側の骨をうっすら錆びつかせていました。一般化していいのかどうか、いまだに分かりませんが「イギリス人は日本人ほど傘を大切にしない」という(どうでもいい)確信を得た気がしました。

傘の店 1980年代に日本のテレビで紹介された傘の店。有名店ですが、混んでいるところを見たことがありません。

ところで、傘をきれいにたたんでくれるその傘屋はウエストエンドに現存します。2005年頃にふと立ち寄って、1980年代の日本のテレビ番組の話をすると、その時の店員は取材当時のことを覚えていました。そして、店員は言いました。「私たちの扱いに関する限り、その番組はウソではありませんね。事実、ごく少数ですが、お金を払うので傘をきれいにたたんで欲しい、というお客様は今でもいらっしゃいます。そして、そのお客様はどんなに土砂降りでもその傘を開くことはありません。その一方、一般的なイギリス人の傘の扱い方は確かにぞんざいです。そういえば、(同じ傘という意味ですが)brollyという言葉はumbrellaに比べてぞんざいな音ですよね」と、店員さんは、「私は傘を愛する傘の専門家です」と、ご本人の価値観を強調されていました。ちなみに、brollyはumbrellaから派生した短縮語、あるいは幼児語という説もあり、どちらかと言えばイギリスの英語で、こうもり傘やパラシュートを意味します。また、ヨークシャー出身の義父はオmブレラと発音します。

雨の言葉

さて、「雨にぬれても構わず、雨具の扱いも気にしない」ことに、イギリス人の質実剛健を感じる方がいらっしゃるのかもしれませんが、当方の確かめた限りではイギリス人自身にその自覚はありません。イギリス人は雨の強弱など天候によって自らの実践的な判断を下す。ただそれだけのことです。もちろん、状況を正しく判断するには、たくさんの語彙や表現を伴います。天候に関する英語の言葉は日本語と同様に多彩です。天気予報も多いですし、日本のように気象予報士の資格を持ったお天気専門キャスターもテレビに出ています。

イギリスの牛 イギリス人が言うには、牛が寝ていると翌日は雨だそうです。画像を撮影した日、牛たちは立っていましたが、翌日は土砂降りで、さすがに傘を使いました。

イギリスに行ったことのある日本人からよく質問される、雨に関する英語の表現、まず実用面から単語を述べますと、以下のような違いがあります。

pouring > drizzling > spitting
右から強い順に英語で言い換えますと、
Heavy rain > more than rain,less than spitting > light rain
どしゃぶり>小糠雨、しとしと雨>パラパラ雨

ご存知のように、どれもIt is pouring/drizzling/spitting.と表せます。

Patchy rain という言葉もよく耳にされると思います。Patchyはパッチワークの「つぎはぎ」という意味なので、天気の場合は「ところによって」という場所(空間)を示します。雲が移動すれば、「ところによって」降ったりやんだり(on and off)するわけですから、同じ場所に居る立場から見れば「ときどき」降って来ることにもなるわけです。「ところによっては」という空間と、「ときどき」という時間との境が曖昧になり、時空の区別がなくなるので、“patchy rain”は“It rains on and off”と同じことになってしまうこともあるわけです。

また、雨はfalling するものではなく、come downすることもよく知られていると思います。come down自体に「空から大量の水が落ちて来る」という意味合いがあるようです。余談ですが、韓国語の비가 오다「雨が降る」は直訳では「雨が来る」です。「来る」と言うと横移動のニュアンスが感じられる一方、「水が自分に向かって来る」という表現には縦移動のニュアンスも伴っているわけです。

イギリスの雲 低くて押し潰されそうなイギリスの空。周囲が海に囲まれているから、湿度も高い筈ですが、日本ほど高くなることも、不快に感じることも滅多にありません。画像のように、低い雲がその湿度を示す現象もたまに目にします。

さらに、周囲の日本人の皆様からよく受ける質問として、let up「雨があがる、あがりそう」の使い方があります。以下は上下2文とも同じ「雨があがるまで待とう」という意味です。

Let’s wait until the rain lets up.
Let’s wait for the rain to stop.

ついでながら、大学受験の際に誰でも覚えた有名な表現 rain(come down)cats and dogs、「屋根の上で犬猫が暴れる」状況は理解できませんが、想像はつきますね。もちろん、英語圏なら誰も判る表現ですが、天気予報でも使われることはほとんど無い、とイギリス人の家人も申しております。

もうひとつおまけに、「びしょびしょに濡れた」という表現。こちらも上下2文とも同じ意味。

I got soaking wet.
I was drenched.

そして、以下は、応用問題です。英語では何と言うでしょう?解答例は文末に。

「にわか雨にあってずぶぬれになった」

イギリスのお天気お姉さん

気象予報士Meteorologistとはカタカナ表記であれば「メテオロロジスト」なのでしょう。しかし、日本人には発声が困難な”r ”と”l”の連続発音。不本意ながら、当方が表記すると「ミィティオroloジスt」と日英混合語になってしまいます。ところが、イギリスの天気予報や関連番組を聞いていると、ある予報士が自己紹介する時に言い放つMeteorologistは何となく違う言葉に聞こえてくるのです。

なぜなら、ウェールズ語、スコットランド語などを母国語とする人たちはイングリッシュを口にしていても、発音、アクセント、抑揚、そしてリズムのすべてが異なります。しかし、Great Britain内に住んでいる人たちなら判別できるレベルです。お国訛りで全国ネットの天気予報を伝えても理解可能ならば、見てくれの良いお天気キャスターを採用しようという話になったのかどうかは判りませんが、1980年代の終わり頃から朝のテレビ放送が明るく、楽しく感じられるようになりました。出勤前の憂鬱な気分を払しょくしてくれたのは、お国訛りで視聴者に語り掛けるお天気キャスター、いわゆるお天気お姉さんたちでした。

ケント州の丘 散歩の途中、ケント州のノースダウンズ(北丘陵)を見下ろします。気持ちが晴れやかになって、どこかに飛んでいけそうな気分になれます。日本とイギリスでは雲の表情が異なりますので、それぞれ形や動きを楽しめます。空の表情でいろいろな情報が得られますので、イギリスでも雲画像の本が多く出版されています。

以前も別記事でちらりと申し上げましたが、朝のニュースの視聴者を他局に奪われがちだった国営放送は、クイーンズイングリッシュを話すキャスターを降板し、スコットランド人やウェールズ人を抜擢することで、視聴率の挽回を図ったことがあります。

お天気お姉さんの中でも、ウェールズ人のシアン・ロイドはお国訛りのお天気お姉さんの草分け的な存在で、気象予報士となってから1982年にはテレビに登場していました。ケルト人特有の面立ちで、ブロンドの髪とブルーの瞳が男性の目を引くだけでなく、イギリス人女性の憧れの的となったお天気キャスターでした。その後は一般のニュースキャスターへと転身し、その仕事の範囲をジャーナリズムへと広げて現在も活躍中です。

シアン・ロイド
https://en.wikipedia.org/wiki/Si%C3%A2n_Lloyd

もう一人、当方の独断でご紹介したいのは、スコットランド人のキャロル・カークウッド気象予報士です。シアン・ロイドも美形の割には親しみやすく、愛嬌を感じさせる人物ですが、キャロルも同様に親しみやすく、愛嬌があり、かつ可愛らしい笑顔が一般受けするお天気お姉さんです。

キャロル・カークウッド
https://en.wikipedia.org/wiki/Carol_Kirkwood

キー局ではキャロルの出番がいまだに多い気がします。これら二人のお天気お姉さんたちはほぼ同年代で、しかも今や還暦近辺の年齢です。1980、90年代から活躍する彼女らの予報は、データに基づいていたとはいえ、プロとしての自己判断も多く、それが的中していたのではないかという気がします。当方が在英生活を始めて以来、彼女らはお天気英語の先生と言える存在でもあります。世代交代があったのかどうか、現在では以下のウェブアドレスでご紹介する女性だけでなく、性別を問わず多くの気象予報士が、明るい笑顔で雨の予報をしています。

Sarah Kieth-Lucas
https://www.bbc.co.uk/weather/about/19117155

去る9月にも2週間ほどイギリスに戻りました。出かける前にテレビで天気予報を確認するのですが、「今朝は涼しいですが、午後になって雲が出て来ると、湿度とともに気温も上昇し、ところによっては厚い雲が広がって、雨が降ることもあるでしょう。また、すぐに止むところと、しばらく弱い降りが続くことがあるでしょう」など、降るかどうかは時と場所に拠るが、まったく降らないわけではないという玉虫色の天気予報を耳にしたときは、一旦手に掛けた折り畳み傘を、手から放して置き去りにしてしまいます。その実、予報士が天気の種類を全部言ったら、天気予報は外れないわけです。そんなときは、傘が無くても(小雨だろうから濡れても)大丈夫と判断することにしています。もちろん、その判断はすべて自己責任でお願い致します。イギリスで現地化した当方は多少濡れても構いませんので。

掲示板 「雷雨と陽光と爽やかな風」という予報が外れる可能性は…。

応用問題の解答例。
I was caught in a shower and was drenched to the skin.

但し、正解はたくさんあります。要は通じりゃいいんです。

Text&Photo by M.Kinoshita

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マック 木下

マック木下

ロンドンを拠点にするライター。96年に在英企業の課長職を辞し、子育てのために「主夫」に転身し、イクメン生活に突入。英人妻の仕事を優先して世界各国に転住しながら明るいオタク系執筆生活。趣味は創作料理とスポーツ(プレイと観戦)。ややマニアックな歴史家でもあり「駐日英国大使館の歴史」と「ロンドン の歴史散歩」などが得意分野。主な寄稿先は「英国政府観光庁刊ブログBritain Park(筆名はブリ吉)」など英国の産品や文化の紹介誌。

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