エジンバラ発のミラクル作戦!ホームレスからツアーガイドへ | BRITISH MADE

Absolutely British エジンバラ発のミラクル作戦!ホームレスからツアーガイドへ 

2021.08.06

イギリスではホテルなどが営業を再開した直後から、待ってましたとばかりに爆発的な旅行熱が放出され、大勢が各地へと飛び出している。

通常よりもうんと早い時期から夏休みが始まり、6月後半からロンドンの街も人が少なくなった。国内休暇で人気なのは、昨年に引き続きキャンプである。そして都市からの脱出。スコットランドやウェールズをはじめ大自然が広がるエリアでは、規模に関係なく宿泊施設が嬉しい悲鳴を上げていると聞く。

国内にいながら異国気分を味わうなら、私の中ではスコットランドが一も二もなくトップ・デスティネーション。肌に感じる空気が違うし、空の色も、人々が話す英語も……。

スコットランド最大の都市グラスゴーでは今年11月、世界各国の首脳が集まって気候変動に関する会議が行われることになっている。これは2015年のパリ協定を受けて進捗状況を話し合い、この先のことを長期的に考えようという素敵なミーティング。今回グラスゴーが選ばれたこともイギリス在住者としては嬉しい限りだ。

国連では奇しくもパリ協定と同じ年にSDGs案を創設し、世界環境を整えようとリーダーシップを発揮している。このSDGs17項目ってかなり先進的な内容で、気候変動への取り組みだけでなく、人々が生きるうえで必要な根本的な権利みたいなものを実現することを目指したものだ。例えば貧困や不平等への取り組みとして決められている項目は、ぜひそうなってほしいと思うし、「平和と公正をすべての人に」という項目は、その具体的な内容はともかく理念としては素晴らしい。

ロンドンで暮らしている私は、全てのインフラが整った環境で基本的な自由を謳歌しており、その生活を心から愛していることは、2018年のこちらの記事で書かせていただいた通りだ。そして同じ記事の中で、ロンドン暮らしで気になることの一つは、ホームレス問題だと書いた。

国連SDGsでは、2030年までにあらゆる場所で起こっている貧困を終わらせることがターゲットとして掲げられているが、これは発展途上国だけでなく、ロンドンのような先進的な都市も内包している根深い問題なのだとつくづく思う。

2021年の今、リレーションシップが崩壊し、精神的な健康問題に直面しつつ路上生活を余儀なくされている人たちが大勢いる。その一人ひとりが心の平和と基本的な生活環境を取り戻すことは、実は地球の環境問題を含めて社会の根元的な全ての問題を解決することと密接に関わり合っているのではないだろうか。

先進国の都市に暮らす私たちにとって、住む家のない隣人がいるなんて一体いつの時代に生きているのかと強い違和感を感じてしまう。ホームレス問題は個人の環境や資質にフォーカスされがちだけれど、本当は社会全体の問題であり、地球の問題でもある。なぜって、世界は一人一人が響き合って創り上げている全体だからだ。

スコットランドでサステナブルな旅を楽しむ

先日、英国政府観光庁さんが主宰するスコットランドのサステナブル・ツーリズムについてのメディア・インタビューに参加させていただいた。そこで大自然に触れるエコ・ツーリズムの素晴らしさだけでなく、自然環境を保護するためのボランティア活動などテーマのある旅、充足した農業体験ができるアグリツーリズムその他、新しい意識レベルの人たちに訴えかける数多くの魅力的な体験の数々についてご紹介いただいた。具体的な内容については下記のリンクからぜひご覧いただき、次回の渡英時の参考にしていただければと思う。

サステナビリティをサポートしつつ楽しむ旅:
https://www.visitscotland.com/blog/eco-tourism/sustainable-experiences/
https://www.visitscotland.com/blog/eco-tourism/sustainable-businesses/


ワーキング・ホリデーとボランティア活動:
https://www.visitscotland.com/blog/eco-tourism/working-holidays-volunteering/

元ホームレスのツアーガイドが街を案内!

今日書きたいのは、このメディア・インタビューで知るところとなった、ある団体の活動だ。それはツーリズムを通してホームレス問題を解決しようとしている試みで、あまりのユニークさに私はそのアイディアにぞっこん惚れ込んでしまった。

団体の名前はInvisible Cities。ホームレスの人々が、自分たちの暮らす都市でツアーガイドとして生計を立てる手助けをしていく非営利団体だ。彼らを訓練することで生活を立て直し、職へのチャンスを広げていくことをサポートする。 2016年エジンバラ発。実にアバンギャルドな活動なのである。 

©Emma Ledwith

創設したのは、このInvisible Cities/インヴィジブル・シティーズを立ち上げる前もホームレス問題に取り組む団体で働いていた、いわばその道のエキスパートであるザキア・グエリーさん。いちばん最初にトレーニングを受けたのは4名で、そのうち3 名はここから巣立っていき、1名は今もインヴィジブル・シティーズでガイドとして働き続けている。

現時点で拠点としているのはエジンバラ、グラスゴー、マンチェスター、ヨークの4都市で、ガイドは12名。現在のところ7名のスタッフが運営に関わっており、そのうちの1名は他のガイドのメンターとしても活躍している。今年中にカーディフ支部ができ、来年はリバプールに創設予定。その後はヨーロッパの各都市でもフランチャイズ展開を計画中だとか。トレーニングを通して本当にたくさんの人がこのプロジェクトに関わっているのだという。

インヴィジブル・シティーズの活動について、もっと深く知りたいと思い、ザキアさんにメール・インタビューをしてみた。現在、イギリスでは約32万人がホームレス状態だという。少しでも多くの方にこの活動の意義が伝わりますように。

©Emma Ledwith

人の側面ではなく、全体を見る

Q. インヴィジブル・シティーズの構想はどこから得たのですか?

私は以前、スポーツを使ってホームレスの人々に働きかける「ホームレス・ワールドカップ基金」(The Homeless World Cup Foundation)という組織で働いていました。ここで初めてホームレス問題の本質と向き合うことになります。私の仕事は世界中を旅してホームレス問題について、そしてスポーツ、特にサッカーが人々の生活に与えるインパクトについて理解を深めることでした。

世界各地でホームレスの人々や経験者から、ホステルやシェルター、路上や刑務所などでの体験について、本当に多くのストーリーを聞きました。そこで気づいたのは、それぞれの経験がどのようなものであれ、彼らが一般社会やメディアから怠け者であるとか、何かの中毒者であるといったレッテルを貼られ、落伍者の烙印を押されていることでした。勝手な見解を押し付けてくるのは本人の家族や友人たちも例外ではありません。でも、真実はそこからはかけ離れているのです。

どんなバックグラウンドを持っていようとも、一人ひとりが独自のストーリーを抱えており、決して十把一絡げに語ることができないことを示したいと思ってこの団体の立ち上げを思いついたのです。私は2014年にホームレス・ワールドカップ基金で働いていたとき、腸ガンの宣告を受けました。最初のショックから立ち直り、気づいたのは治療のため1年の間は旅行に出かけられないことが、思いのほか辛いということでした。それで旅することの重要性に、改めて気づかされたのです。その経験とホームレス問題を融合させたのが、インヴィジブル・シティーズの活動です。

©Emma Ledwith

Q. ホームレスの人々に、どのように働きかけるのですか? またどのように訓練するのでしょう?

直接声をかけることもありますし、食事のサポートをしている団体や、宿泊施設のチャリティ団体など、他の組織と連携することで広めていきます。ホームレスの人々が定期的にサポートを受けられるような働きかけもします。

トレーニング・プログラムには顧客サービスをはじめ、スピーキングのスキル、自信の付け方など、他の業種でも応用可能なスキルを含んでいます。住んでいる街の黒人の歴史、歴史的遺産やミュージアムほかの歴史などについても学びます。次に各個人が選択したテーマに沿ってツアー内容を自分で決めていく手伝いもします。彼らが選ぶテーマには犯罪や罰則、ガイ・フォークスといったものも含まれます。一つの歴史的な建物を取り上げて、その建物にまつわるストーリーから内容を掘り下げていく方法もよくとりますね。最後に実技練習をします。何度も何度も練習して、ガイドとしての訓練を重ね自信を深めていきます。

Q. インヴィジブル・シティーズに参加するメリットは?

ツアーガイド、ツアー参加者の両者にとって、ホームレス問題にまつわる偏見を打ち砕くのに役立ちます。問題は決して平坦ではなく、怠惰や中毒といった言葉で簡単に統括できるものではないと知るチャンスになるでしょう。ガイド候補者に対しては、訓練を通して雇用に対する自信をつちかい、チャンスを生み出す手助けとなります。

インヴィジブル・シティーズは非営利団体として100パーセントの資金が組織の成長と訓練への投資、スタッフ、イベントをサポートしてくれる地元コミュニティのために使われます。例えば地元の理髪店と組んでホームレスの人々への無料の散髪サービスを提供したりといったことです。


Q. 実績などについて教えてください。

現在までに4,000人以上の人が、私たちのガイドによるツアーに参加しました。雑誌販売でホームレスの人々を助ける団体ビッグ・イシューとも協働しているんですよ。ビッグ・イシューで働いていたアンガスという男性は、その組織を通して私たちインヴィジブル・シティーズの活動について知り、もともとスコットランドの歴史や言語について興味のあった彼は、さっそくコンタクトを取ってきてツアーガイドになりました。今ではエジンバラ市内にある歴史的施設でパートタイムの仕事をしながら、引き続きビッグ・イシュー、インヴィジブル・シティーズの両方で働いています。アンガスはビッグ・イシューのエジンバラ事務所でロマ語の翻訳者としても事業をサポートしているんです。


Q. どうして人はホームレスという立場を選ぶことになるのでしょうか?

誰も自ら進んでホームレスになるわけではありません。誰もが複雑な事情を抱えており、結果としてホームレス、あるいはサポートが必要な環境に陥ってしまうだけです。個人的なトラウマ、暴力的な環境、そこから引き起こされる中毒や貧困、メンタルの問題、それらすべてが関わっているケースなど、それぞれです。

ホームレス問題を理解するには、その全てを理解しようとする心を持つことが大切なのです。家がないことや、健康問題など、その人の一部だけを見るのではなく、その人の全体を見てあげてください。一面的な捉え方では、決して前に進まないでしょう。あなたと同じ1人の人間として、その全体を理解することから始め、専門家とともにサポートしていくことで改善に向かっていくでしょう。(了)


ツアーガイドは専門職であり、ツアーに参加する人たちとの交流の中で、人間性や社会性を回復していけるという意味でも、とても意義深いと思う。次回、スコットランドの都市を訪れるときは、彼らのツアーを予約してみたい。そしてホームレスという状況について、何らかの思いを聞いてみたいと思う。

日本の都市でもフランチャイズ展開できる可能性もあるので、興味のある皆さんは、インヴィジブル・シティーズに連絡してみてはいかがだろうか。

Invisible Cities
https://invisible-cities.org

協力:英国政府観光庁
https://www.visitbritain.com/jp/


Text by Mayu Ekuni


plofile
江國まゆ

江國まゆ

ロンドンを拠点にするライター、編集者。東京の出版社勤務を経て1998年渡英。英系広告代理店にて主に日本語翻訳媒体の編集・コピーライティングに9年携わった後、2009年からフリーランス。趣味の食べ歩きブログが人気となり『歩いてまわる小さなロンドン』(大和書房)を出版。2014年にロンドン・イギリス情報を発信するウェブマガジン「あぶそる〜とロンドン」を創刊し、編集長として「美食都市ロンドン」の普及にいそしむかたわら、オルタナティブな生活について模索する日々。

http://www.absolute-london.co.uk

江國まゆさんの
記事一覧はこちら

同じカテゴリの最新記事