人々の交差するジャンクション ロンドン・ターミナル駅シリーズ その3 | BRITISH MADE

Little Tales of British Life 人々の交差するジャンクション ロンドン・ターミナル駅シリーズ その3

2021.12.07

前々回の記事を受けて、東京出身の某読者様から次のようなお便りを頂きました。「1970年代のこと。大阪駅に着いたはずなのに、プラットフォームに表示された駅名も、アナウンスもどちらも『うめだ』でした。初めての関西だったので、自分が大阪にいるのか、うめだという知らない土地に来てしまったのかと、少し戸惑いました。たくさんのロンドン駅があるロンドンも同じようなもの。その後、2年間ロンドンの駐在となり、セント・パンクラス駅、ユーストン駅、そしてキングス・クロス駅を取り違えて、何度か列車に乗り遅れたことがあります。このように駅を間違えるのは、外国人(在英邦人)に限ったことではないよ、とイギリス人の知人から聞かされました」とのことでした。

90年代の初め、当方も大阪に行ったときに戸惑った経験があります。心斎橋のホテルから大阪駅に向かおうとしたところ、御堂筋線の駅名は「うめだ」なのか「大阪」なのか…どっちやねん、と本町駅の券売機の前で、一人でうなっていた記憶があります。「おおさか うめだ」という阪急線と阪神電鉄2つの私鉄駅と「JR大阪」が乗換駅になっていることを理解するのに、路線図を見ていて数分掛かりました。そして、これは先の読者様の経験のようにロンドンの3駅の関係に近いのかな?と気づきました。当方の場合、大阪デビュー(90年代)がロンドンデビュー(80年代)の後だったので、比較対照するための既有知識はロンドンで得たものでしたが、「おおさか」と「うめだ」との関係は、割とすぐに理解できたような気がします。 

このチケットは12月9日ですが、乗車日と撮影日は16日です。つまり、買う日を一週間違えたということ。指定席券だったので、席はなく、でも、乗車しちゃったからということで、チケットを購入した息子が車掌と交渉すると、「クリスマスだから3割引きの料金でいいわ。空いている席に座って」と寛容な対応。我が息子はほっとしていました。

うめだの謎、ロンドンのスクウェアの真実

ちなみに、「梅田」が同音の「埋田」に由来することはよく知られていると思います。豊臣秀吉が淀川の洪水から浪速の街を守るために、湿地や低地であった大阪湾沿いを埋め立てる一大土木工事を施したことが「うめだ」のゆえんですね。この際のブラックな背景として、秀吉は大量のお墓も埋め立ててしまいました。歴史的に、どの国の都市でも、死者は増えていきますから、墓地の飽和問題を抱えています。大阪や江戸では、災害から生じた瓦礫がそのまま埋め立てられて整地されると、地勢も地名も何もかもが変わってしまいます。そして、どこに墓地があったかさえ分からなくなっています。

一方、ロンドンでは、その墓地だったところが今でも判ります。ハノヴァ―・スクウェアとか、ピカデリー・サーカスとか、資本家や貴族たちがタウンハウスで囲ったグリーンの共有部分のほとんどが墓地の跡です。200年ほど前のロンドン再開発では、タイバーン川やフリート川を暗渠にして、その周囲を盛り土で固めて地ならしをしています。シティ中心部からウエストエンドに広がる地域がその対象地域です。グランド・フロアと言われる1階部分は、実際には建物の2階であり、地下1階部分は石炭倉庫や物置として使われていたことは、この連載が始まったころに述べたとおりです。そして、現代に至って、日光浴しながらランチタイムを楽しむ憩いの場としてのスクウェアやサーカスがロンドンには点在しているのですね。でも、その盛り土の下は墓地だった可能性が高いのです。

政治家の多くは今でも特権階級です。彼らの移動は常に車などプライベートな手段。そんな人たちに運輸全般(陸上輸送、水上輸送)や流通について、その問題意識を持てるのでしょうか?政治家の見返りはお金ではなく、精神的な満足のいくものにしないと政治自体が変わらないのだろうなあ、と思います。

ターミナル駅より大きなジャンクション駅

さて、ロンドンに点在するターミナル駅について続けたいと思いますが、ロンドンの駅群を俯瞰していて、ラフバラ、ノーウッド、べカナムなどいくつかのジャンクション駅が気になりました。いわゆる、いろいろな路線が交差する分岐駅です。大ロンドンまで範囲を広げると、ジャンクション駅はいくつかありますが、中でも有名な巨大ジャンクション駅と言えば、17のプラットフォームがあるクラパム・ジャンクション駅です。 Claphamですから、hを発音しません。日本人の中にはcrap-hamと発音する人がいる、とイギリス人から笑われたことがあります。日本人にとって、rとlは音素が同じですから無理もありませんよね。でも、クラップの発音だけは本当に気を付けた方が良いと思います。

今回の記事とは無関係ですが、2019年ロンドンのクリスマス・デコレーションです。ニュー・ボンドストリート。

クラパム・ジャンクション駅はテムズ川の南側、バタシーの方向にあります。ロンドン・ヴィクトリア駅から、あのヴィクトリア・パワーステーションとバタシー・ドッグ&キャット・ホームを横目に見て、南西部(サットン、ボグナー、ライゲイト方面)に向かって南下するときに急行でも各停でも、ガトウィックエクスプレス以外であれば、ほぼ必ず止まる駅です。ヴィクトリア駅以外にもロンドン・ウォータルー駅など他のターミナル駅からも多くの列車が乗り入れる重要拠点でもあるので、一日の列車通過本数は約2000本、ピーク時間帯には1時間に200本近くにのぼるそうです。乗降客数は平日で45万人。って、日本で言うと上野駅(14位)くらいです。でも、乗り換えすることが主目的の駅ですから、改札は小さくて、この駅から出入りする人は少ないという特徴があります。

一般的には、ウォータールー駅から乗車する人が、ヴィクトリア駅から出るカンタベリー方面の列車に乗り換えるために、交差するクラパム・ジャンクションで乗り換えるという具合です。ウォータールー駅はウィンブルドンなど西に行く列車が多いのですが、ウォータールー駅よりも西にあるヴィクトリア駅はカンタベリーやトンブリッジ・ウェルズなどケント州の南東に行く列車が多いので、それらの路線がクラパムで交差するのです。イギリスに住んでいれば、相当頻繁に使う駅です。

4つの煙突がヴィクトリア・パワーステイション(発電所)跡です。画像は2006年なので、もはや現在の景観には変化が加わっていますが、列車の動きは今でも変わりません。この画像は某誌でピムリコ近辺を取材したときに撮影したもの。クラパム・ジャンクションはここから2キロ先の南にあります。

個人的なクラパムとの関係

個人的な経験で言えば、80年代のクラパムは、イギリス系の友人が多く住むところでした。大学を出たあとの彼らは、ロンドンで働くために(地方の)親元を離れて、ロンドンの近くの街にフラットシェアや狭い家に間借りしていました。それがなぜかクラパムなのです。Clapは「家」を、hamは「村」を意味しますから、通勤圏から帰る家としては相応しい地名です。考えてみれば、シティの銀行で働いていた我が息子も、この辺りで数年間だけフラットシェアしながら間借りしていました。ロンドンに通勤する若者にとっては、今でも当時と同じトレンドが続いているのかもしれません。80年代の彼らは、ヤッピーと呼ばれていました。とにかく、通勤には便利に感じられる立地です。夏目漱石が最後の1年間籠った下宿(跡)もある地域です。

ところで、当時の当方は間借りではなく、家を購入してロンドン郊外のブロムリーサウス(ケント州)に住んでいました。10マイル離れたシティまではナショナルレイルで15分かけて通勤していました。ドアーツードアですと、シティから4,5マイルのクラパムから通勤するのとあまり時間差がありません。交通の混み合い方とか、列車の接続とか、ナショナルレイルがストッピング・サービス(各駅停車)ではなかったとか、いくつかの要因が考えられますが、クラパム・ジャンクション駅はロンドンに近い割には、当方の自宅と比べても、さほど便利ではないし、家賃が格段に高いと思ったことがあります。

ロンドンの駅 スーツケースにキャスターがついていても、ご覧のとおり。ロンドンの公共交通は障害者や高齢者に優しくありません。ロンドンに帰ると、またこんな感じだなあ。とため息が出てくるのは当方だけでしょうか。

駅員のステータス

また、今でこそ、駅員のサービスは少し良くなりましたが、1990年代の初めまでは、コミュニケーションが成り立たないほどの劣悪さでした。まず、言葉が通じないのです。移民第一世代で、母国語とピジョン・イングリッシュしか話せない駅員ばかりでした。何を聞いても、“I don’t know” とか“No more train”と叫んで乗客を威嚇するなんて光景も見かけました。

いくつかの国を巡っていて判ったことは、イギリスを含むいくつかの先進国では運輸、輸送に関する仕事は、人が嫌がる仕事に含まれていて、職業としてのステータスが低い時代を経ているのです。もちろん、運転士は高級取ですが、それ以外の駅の運営とか運行に関わる職員の職業意識は今でも少し低いかもしらない、という気がします。

鉄オタにも種類があります。当方はゼネコン勤務経験の影響で、インフラ鉄オタを自覚しています。特にブルネルのお父さんが開発したシールド工法に興味があります。直径1.5mから20mにも及ぶ茶筒の先端にある切り刃で掘削して、前進するたびに丸い枠で外径を固めていきます。その外径の外枠をセグメントと呼びます。ロンドンの地下鉄は画像のように鋳鉄セグメントです。一方、日本ではセグメントに主にコンクリートが使われています。大江戸線など深度のある地下鉄の壁面はほとんどがコンクリート・セグメントです。

ところで、コロナ以前にイギリスに戻った時、ヨークシャ駅のプラットフォームでの出来事です。 ロンドンの駅に向かう列車の運行状況が変わったことについて、我々の目の前で白人の若い駅員が意味不明のアナウンスをしていました。 アナウンス後、多くの乗客が駅員に群がろうとしていました。とっさに我が息子がその駅員に問いかけて、アナウンスの意味を問いただします。 そして、「そういうことなら、こうアナウンスしたらどう?」と息子がアドバイスすると、駅員は驚いたように目を見開いて、「ありがとう。頭いいなあ」と言うなり、息子の言ったとおりの内容で場内アナウンスをして、周囲の乗客を安心させていました。 一応、駅員さんの名誉のために言っておきますが、彼は間違ったことは言っていませんでした。ただ、判りにくかっただけです。

ロンドンのターミナル駅の話をしているつもりですが、イギリスの鉄道はエピソードが多すぎますね。次回以降もターミナル駅シリーズが続きます。

Britsプライドを感じるロゴですね。これはSwanage(スウォンジー)を走る観光線の列車。老朽化した列車を改装したものです。動力は蒸気機関です。

一時休載のお知らせ

ご愛読下さる読者様方々と、ご意見を下さる方々に、拙記事の一時休載のご報告を致します。たび重なる不慮の怪我と体調不良から生じる体力の限界と、来夏の帰英までに終わらせておかないとならない要件の時間制限に追われて、本記事のクオリティを維持することが難しい状況に追い込まれてしまいました。British Made様の計らいで、一時休載のお願いをしたところ、ご快諾を頂戴しましたので、しばらくの間休載させて頂きます。2022年の初夏には戻って来たいと考えています。拙記事を楽しんで頂いてきた方々、ご意見を下さる方々には日ごろのからの感謝を申し上げますとともに、また拙文に目を通して下さることを楽しみにしております。

マック木下
敬具


Text by M.Kinoshita


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マック 木下

マック木下

ロンドンを拠点にするライター。96年に在英企業の課長職を辞し、子育てのために「主夫」に転身し、イクメン生活に突入。英人妻の仕事を優先して世界各国に転住しながら明るいオタク系執筆生活。趣味は創作料理とスポーツ(プレイと観戦)。ややマニアックな歴史家でもあり「駐日英国大使館の歴史」と「ロンドン の歴史散歩」などが得意分野。主な寄稿先は「英国政府観光庁刊ブログBritain Park(筆名はブリ吉)」など英国の産品や文化の紹介誌。

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