スコットランド、エジンバラが今熱い。食の世界でそんな話をちょくちょく耳にし始めた頃、ついにやってきたエジンバラへのチケット。その世界に詳しい人にくっついて、旬の街を探訪してきた。今回はそのほんのさわりと、コアな情報をお伝えしていく。
モダンなエジンバラを知るために、まず訪れてほしいのは、街で最もクールな北の港湾エリア、Leithリースだ。映画ファンなら1990年代『トレインスポッティング』の荒涼としたイメージを思い起こす人もいるかもしれないが、2025年のリースはまったく違う空気をまとっている。再開発でレストランやカフェ、バーやショップが連なるトレンド発信地へと変貌を遂げており、先進的なエネルギーと海辺の鷹揚さを併せ持つ、頼もしいエリアに成長しているのだ。
つい先日の11月27日にはエリアを象徴する新プロジェクトが発進し、トレンドに敏感な層が色めきだっている。まずはそこから始めてみよう。
リース川に面した巨大な工場跡が再開発され、この11月末から複数の飲食店がひしめき、イベントなどが開催されるマルチ・スペース「Brown’s of Leith」として生まれ変わった。この大掛かりなプロジェクトが短期間で実現にこぎつけられたのは、Brown’s of Leithの建築デザインを手がけるクリエイティブ・チーム「Custom Lane」の力。リースを拠点としている彼らが今のエジンバラを代表する飲食ブランドと協働し、第一フェーズでは4つの人気ブランドが入居。将来的にはイベントや展覧会、アーティスト・レジデンス・プログラムをはじめ、新進アーティストや建築家たちのコミュニティ拠点となることが目標。いわばエジンバラ独自のアート・エコシステムの構築だ。エジンバラ駅周辺からはトラムで約20分の距離なので、旅人も気軽に訪れることができる。
ブラウンズ・オブ・リース。写真:Richard Gaston 4つのブランドは、ミシュラン・スター・レストラン「Timberyard」と同じチームが手掛けるカフェ・バー「Haze」、スコットランド産の最高のシーフードを提供している「ShrimpWreck」の新ブランド「Shuck Bar」、ニューヨーク・スタイルのピッツェリア「Civerino’s」、ウイスキーのブレンディング・スタジオ「Woven」というスコットランド生まれのライクマインドな企業たち。今後はベーカリーやジェラート・ショップなども順次オープンしていくのだとか。筆者もオープン前のサイトに直接訪れるチャンスがあったのだが、周辺からはロンドンのショーディッチと同じエネルギーが感じられ、ワクワクさせられる。ヴィクトリア朝の産業遺産がこういった形で次世代へと引き継がれていくのは頼もしい限りだ。
Brown’s of Leithからほんの10分程度歩いた場所に仲良く並んでいるのが、モダン・スコティッシュの「The Little Chartroom」と、ボトル・ショップ兼カフェ・バーの「Ardfern」だ。2軒ともに今のスコットランドを代表するトップシェフ、ロバータ・ホール=マッカロンさんが2018年からたゆまず手がけている素晴らしき食のワンダーランドなのである。The Little Chartroomはなんと今年、英国トップ100レストランで29位にランクイン。ロバータさんはこれまでに数々の栄誉あるベスト・シェフ賞を受賞。2年連続でBBCのシェフ勝ち抜き番組「Great British Menu」の全国決勝戦にスコットランド代表として出演し、魚のコースで勝ち抜いて番組内の晩餐会で料理を担当するなどメディアへの露出も多数。
ザ・リトル・チャートルーム 「Ardfern」は昨年6月にオープンしたばかりのやんちゃな兄弟。ブランチ、バー・スナック、ボリュームたっぷりのディナーに加え、ナチュラル・ワインを飲みながら一日中リラックスした時間を過ごせる快適な場所であり、ボトル・ショップとしても愛好家の信頼を得ている。自家製ハギスとタティ・スコーン(ポテトのスコーン)を堪能する最高のフル・スコティッシュ・ブレックファストや、創作系の小皿料理に興味があるなら、ぜひここへ。これまででベストのエビ・トーストや、人目を気にせずかぶりつきたい特製ドーナッツが待つ。辺りは庶民的な雰囲気が漂う新興地区というイメージがあり、リース地区がまだ成長を続けていることを肌で感じられる一画だ。
アードファーン
エジンバラの「Timberyard」を知らずに人生を終わらせなくてよかった。そう思わせてくれた比類のないレストラン。2012年に先代のラドフォード夫妻が創業し、今は子どもさんの代が刷新運営している地元のランドマーク。2023年春にミシュラン一つ星を獲得したことが証明しているように、自然のエッセンスをふんだんに取り入れた食事が素晴らしいのはいわずもがな。同じく圧倒されるのは、その独特の響きを持つ空間だ。かつて木材置き場だった建物は産業構造を残したまま美しく改築され、白塗りレンガの壁とむき出しの梁を、パティオに面した巨大な窓から差し込む自然光がエレガントに照らし出す。
ティンバーヤード 厨房を率いているのは、バート・ストラトフォールドさん。現エグゼクティブ・シェフであり、ミシュランの星を獲得した際にはヘッドシェフとして活躍されていた。パティオには有機栽培やフォレジングなどで採取した自然の実りをゆっくりと熟成させ、乾燥させ、発酵させるための設備があり、食事とともに驚くばかりのフレーバーを湛えた自家製ドリンクを堪能することができる。ここでは全てが研ぎ澄まされているが、やがてはまろやかに融合する。独自の美的感性に五感を遊ばせたい場所だ。
モントローズ Timberyardのカジュアルな姉妹店「Montrose」は、2024年に立ち上がった気軽に立ち寄れるワイン・バー・レストランで、ホリールードハウス宮殿のすぐそばという好ロケーション。19世紀の宿屋を改装したスペースは、ナチュラルで素朴な雰囲気に仕立てられているが、その実、Timberyardと同じエグゼクティブ・シェフが監修する美食小皿と、あまり知られていない産地のワインを厳選した通なワインリストを目当てに若い世代が足を運ぶ新おでかけスポットとなっている。上階には落ち着いたダイニング・ルームがあり、スコットランド産の上質食材を使ったとっておきのディナーやランチを楽しめる。
いつ頃からか、その美しいペイストリーに惹かれてインスタグラムでフォローし始めて以来、「いつか行ってみたいリスト」に入っていた「Lannan Bakery」に、こんなに早く訪れることができるとは! 日程の関係でどうしても土曜日の訪問になってしまったのが仇となり、朝9時半から約1時間半、辛抱強く並んで、ようやくそのカウンターに辿り着くことができたのだった。そしてその価値はあった! せっかくなのでおかず系を2種類、菓子パン系2種をゲットし、ベンチに座っていただいたのだが、いずれもバター風味の芳醇さを感じるペイストリー生地が素晴らしく、食感からもトップレベルの技術が感じられ、クリームや具材のクオリティも言うことなし。平日の午後はおそらくもう少し行列が短いはずなのだが・・・。
ラナン・ベーカリー 2023年夏に創業したLannan Bakeryは、「パン屋さんになる」という夢を子どもの頃から追い続け、早い時期から焼き始めたという筋金入りのパン職人、ダーシー・マーさんがオーナー。そのセンスの良さは、カウンターに並ぶ商品を見るだけでよく分かる。お店のあるStockbridgeは閑静な住宅地として知られる落ち着いたエリアで、ボタニック・ガーデンにも隣接しているのでゆっくり散策するのにもおすすめ。
エジンバラの定番ラグジュアリーと言えば、壮麗なグランド・ホテルを思わせる飲食デスティネーション「The Dome」だろう。特にフェスティブ・シーズンは格別。ドーム型の美しい「フロント・バー」には少しずつ色を変えていく背の高いクリスマス・ツリーが煌びやかに聳え、目もくらむばかり。予約がなくてもバーに座って1920年代風にカクテルを楽しむだけでエジンバラらしさを味わえるし、予約を入れてディナーやアフタヌーン・ティーを楽しむためのゴージャズな部屋もある。今回初めてクリスマス時期に訪れ、そのデコレーションへの力の入れ方には本当に驚かされた。一見の価値あるローマ風の建築と内装。11月初めから1月初旬にかけてエジンバラを訪れる人は、必訪なのだ。
ザ・ドーム The Domeの建物は19世紀半ばに医師会館という使命を持って生まれ、その後は銀行が買収。銀行の移転にともなって1996年から商業利用されている。この壮麗な建物が立つジョージ・ストリートは、他にも建築的な価値のあるビル、彫像などの見どころが多く、ブティックやレストラン、バーも並ぶ華やかな通り。ゆったりとした気分で歩いてほしいエジンバラ散策の目玉的なエリアでもある。
エジンバラで出会った人に「House of Godsに泊まっている」と言うと、ぱっと目を輝かせ「あぁ、あそこね。どう?」と返されるので、ここが注目のブティック・ホテル兼バーだと知ることになった。神の家と名付けられたそこはオールド・タウンの駅裏繁華街の超便利な場所にあり、アクセス抜群。コンセプトは神々が使う「赤いネオン街」のような妖しいセレブの館ということで、面白い体験をさせてもらった。22室ある客室には明かり取りのガラス枠しかないので、開けられる窓がほしい人にはおすすめしないが、コンセプトに忠実にデコレーションにはかなり力を入れており、雰囲気だけでも十分に楽しめる。泊まるならバスタブのあるスイートルームがおすすめだ。
ハウス・オブ・ゴッズ House of Godsは何より、カクテル・バーとして最高。知識豊富な熟練のミクソロジストが本当に美味しいカクテルを作ってくれるので、オールド・タウン散策の合間に大人の時間を過ごしたいときに訪れてみることをおすすめしたい。歩いてすぐの場所にロイヤル・マイルやエジンバラ城、ホリールード公園などの名所があり、オールド・タウン名物の細い石の階段や、奥の建物へと続く細いクローズなどを探索したいときの拠点にもできる。
以上が今回の旅のハイライト。新旧取り混ぜたが、間違いなく今のエジンバラの一端を紹介できていると思う。エジンバラは取材で訪れることが多い街なのだが、今回の訪問でようやくその全貌をつかめた気がする。現地に住む友人からも情報を得て、充実した旅になった。
スコットランドは食に関しては今、ヨーロッパで最も急速に成長している地域の一つで、特に今年はエジンバラが「The Good Food Guide」で最優秀食のデスティネーションに選ばれ、グラスゴーではミシュランの星の獲得が相次ぎ、極めて重要な年となった。冒頭で紹介したエジンバラの港湾地区リースは今後、突出して面白くなっていく地域だ。
新年を迎える盛大なフェスティバル「ホグマニー」を目指して、この街はひた走る。エジンバラの冬は、これからが本番だ。
Text&Photo by Mayu Ekuni
モダンなエジンバラを知るために、まず訪れてほしいのは、街で最もクールな北の港湾エリア、Leithリースだ。映画ファンなら1990年代『トレインスポッティング』の荒涼としたイメージを思い起こす人もいるかもしれないが、2025年のリースはまったく違う空気をまとっている。再開発でレストランやカフェ、バーやショップが連なるトレンド発信地へと変貌を遂げており、先進的なエネルギーと海辺の鷹揚さを併せ持つ、頼もしいエリアに成長しているのだ。
つい先日の11月27日にはエリアを象徴する新プロジェクトが発進し、トレンドに敏感な層が色めきだっている。まずはそこから始めてみよう。
1. 最旬カルチャー発信地「Brown’s of Leith」

ブラウンズ・オブ・リース。写真:Richard Gaston2. 名うてのシェフが贈る「The Little Chartroom」&「Ardfern」

ザ・リトル・チャートルーム
アードファーン3. 「Timberyard」&「Montrose」でエジンバラの粋を知る

ティンバーヤード
モントローズ「Lannan Bakery」に通じる価値ある行列に並ぶ

ラナン・ベーカリー19世紀のモダン・エイジを味わう「The Dome」

ザ・ドーム「House of Gods」で耽美な時間に酔う

ハウス・オブ・ゴッズ
スコットランドは食に関しては今、ヨーロッパで最も急速に成長している地域の一つで、特に今年はエジンバラが「The Good Food Guide」で最優秀食のデスティネーションに選ばれ、グラスゴーではミシュランの星の獲得が相次ぎ、極めて重要な年となった。冒頭で紹介したエジンバラの港湾地区リースは今後、突出して面白くなっていく地域だ。
新年を迎える盛大なフェスティバル「ホグマニー」を目指して、この街はひた走る。エジンバラの冬は、これからが本番だ。

江國まゆ
ロンドンを拠点にするライター、編集者。東京の出版社勤務を経て1998年渡英。英系広告代理店にて主に日本語翻訳媒体の編集・コピーライティングに9年携わった後、2009年からフリーランス。趣味の食べ歩きブログが人気となり『歩いてまわる小さなロンドン』(大和書房)を出版。2014年にロンドン・イギリス情報を発信するウェブマガジン「あぶそる〜とロンドン」を創刊し、編集長として「美食都市ロンドン」の普及にいそしむかたわら、オルタナティブな生活について模索する日々。