「イギリスの三大美味しい」ソーセージが引き寄せる肉汁のコンフォート | BRITISH MADE

Little Tales of British Life 「イギリスの三大美味しい」 ソーセージが引き寄せる肉汁のコンフォート コンフォートフード・シリーズ その3/4

2018.06.05

まず、シリーズその1で問い掛けた「アナタはイギリスのソーセージを茹でたことがあるか?」についての答えですが、もし「ある」と答える方がいるとしたら、その結果を教えて頂きたいと思います。
ソーセージミートはケーシングに詰め込まれていない状態でも売られています。このHeck社の場合は、社名(「こんちくしょう」とか、「とんでもない」というニュアンス)からして遊び心がややあり過ぎ。ソーセージミートの原料は肉、塩、砂糖が基本です。同社のミートは他社ブランドよりも上質ですし、うま味を出す工夫が感じられます。

肉汁のための15分ルール

画像でもお判り頂けるようにイギリスのソーセージと言えば、大半が生肉のまま腸詰にされたものが売られています。あいにく、当方は茹でて調理したことがありません。見た目による常識的な判断ですが、茹でると爆発するか、両脇の撚(よ)り目がほどけてソーセージ内にゆで汁が浸入してまったく美味しくなくなるか、ソーセージミートがゆで汁の中に拡散してしまうのではないでしょうか。特に試す価値は無いと思いますし、複数のソーセージの専門店で取材した時も、店主たちから「茹でる」という選択肢を与えられることはありませんでした。

専門店による美味しく食べるための調理方法は共通していました。オーヴンなら130度くらいで15分ほど、フライパンなら中火と弱火で調節しつつ頻繁にひっくり返しながら15分、BBQ(バーベキュー)なら遠火で焦げ付かないように頻繁にひっくり返して15分ということです。調理のポイントはジュワッとほとばしる肉汁の維持と確保です。「ワタシの大切な人に肉汁を味わって貰いたい」そんな気持ちで丁寧に焼いて下さい。(肉屋のアドバイス)

火加減も弱めで、調理温度も低めに設定することが必須の15分間です。熱風で全体照射されるオーヴン以外はひっくり返す手間が不可欠です。決して焦がさず、ほんのり焼き色を付ける程度に「焼く」ことでイギリスのソーセージを美味しく頂くことができるわけです。
イギリス人の妻が作る定番料理のひとつ。当方の子どもたちがまだ幼い頃、ソーセージミートで作ったブタの顔をデザインしたポークパイです。ソーセージミートをケーシングから搾り取る様子は、明太子やたら子の皮を剥ぐ作業に似ています。肉汁のうま味がしみ込んだ生地は適度にサクサクしてとても食べやすく、食が進みます。肉の食感はハンバーグのようです。

ルール無視のイギリス人

ところが、実際にイギリス人たちが焼くソーセージは真っ黒こげで、破裂して中身がむき出しなっています。肉汁が流れ出して中の肉も乾いてしまいますので、どうしても「旨い」とは言えない状態に至ります。美味いと言うイギリス人の頬張るソーセージには甘いケチャップと刺激的なマスタードが大量に掛かっています。彼の味わっているものは肉のうま味ではありません。素材そのものの味を楽しむことがイギリス料理の特徴だと言う人がいますが、その素材に大量のソース類をぶちまけてしまう人々の方こそ、真のイギリス人なのかもしれません。ちなみに、粒マスタードはソーセージに含まれる香料を邪魔することも無く、破裂しないで焼き上がったソーセージの肉汁を引き立ててくれます。
義弟の焼くBBQには必ず焦げたソーセージが盛られています。当方がロンドンのソーセージ専門店で教わった焦がさない焼き方をしていると、「焦げが足りない」と突っ込みが入ります。肉の焦げには発がん性物質が入っているよと教えても、「何?日本の常識?」と言って取り合ってくれません。ちなみに、彼はイギリス系大手銀行の重役で、もちろん教養もそれなりにある人です。彼の行動規範はイギリス式のコモンセンス、つまり「今までこうだったから、何事もそれでいいの」だそうです。

ソーセージの別称、バンガー(banger「破裂するもの」)という言葉も皆さまご承知のとおりです。第二次大戦後からしばらくの間、食用肉が不足していたので、パンくずやらシリアルやら様々なモノを混ぜて腸詰にしていたわけですが、破裂する最大の原因はパンくずなどの穀物を膨らます水分です。ソーセージの中の水分が膨張すれば破裂しますし、その水とフライパンの油が混ぜれば弾けてさらに爆発し易くなります。イギリス人は破裂を避けるために、肉汁が出てしまうことを惜しむこともなく、焼く前のソーセージにフォークで穴を空けるのです。これでは美味い筈がありません。

しかし、近年のソーセージ作りでは素材を節約する必要などありませんから、パン粉は「つなぎ」として少量だけ入ることはあっても、いわゆる伝統的な「パン粉入りソーセージ」とは異なったソーセージが90年代から出回るようになり、果実入りとか、ネギ入りとか、どんどんその種類も増えてきました。中にはパン粉をまったく入れないソーセージも出回るようになりました。

こうしてソーセージミートの事情が変化したにも関わらず、いまだに破裂させる人は続出しています。イギリスのある料理番組では、破裂させない方法を説明している最中にプロの料理人がソーセージを爆発させて、「これは失敗例です」と悪びれることもなく番組をそのまま進行させています。おおかたの場合、爆発原因は単に火が強すぎるだけだと思いますが、プロでもソーセージの扱いは難しいのかもしれません。
近年になって一般的になった量販店で売られるソーセージの姿です。内容物の含有量と%とが示されています。赤地に黒抜き文字で示された数字は脂肪と飽和脂肪酸です。この表示は健康保険サービスや健康に関わる圧力団体によって義務付けられています。
ケーシングに詰め込まれたソーセージ全体の90%は肉。他の10%の添加物は塩、砂糖、ごく少量のパン粉と水、そしてリンカンシャー、カンバーランドなど種類を特定する香辛料。

2種類のイギリス製ソーセージ

当方が初めてイギリス製ソーセージの洗礼を受けたのは、1980年代の地下鉄オクスフォードサーカス駅の出口脇にある簡易店舗でホットドッグを買った時でした。神戸生まれの日本人の女性Tさんとオーストラリア国籍を合わせ持つイギリス人の男性M君と当方との三名で、パブで数杯飲んだ後に「小腹がすいたね」と買い求めたのです。焦げついた玉ねぎを見て雑な商売だなあと思ったものの、見た目は以前ニューヨークで食べたものと同じです。いい香りも漂っていました。

そして、3人で同時にそれぞれのホットドッグに被りつくなり、「ん~、good」と満足そうなM君。しかし、我ら日本人は「これ、おかしくない?歯にくっついて噛めないよ」Tさんが続けて言います。「これ、ソーセージなん?なんか、粉っぽい、失敗したハンバーグみたい」M君は言葉を足します。「ブリティッシュ・ソーセージだよ。僕にはとても美味しい」

同じソーセージなのに、日本人とイギリス人とではまったく異なるリアクションです。M君に聞いたところでは、彼のお婆さんがイギリス人なので、英豪双方の食文化には共通性のあることが分かってきました。彼はイギリスのソーセージを食べ慣れているということでしたが、我々にはイギリスのソーセージという意味がその時点では判りませんでした。

前項で述べた伝統的な「パン粉入りソーセージ」とは、まさにこの時食べたホットドッグのソーセージです。咀嚼に得体のしれない違和感を伴うほどグルテン質が多いのですが、イギリス人やその食文化に慣れた人たちにとってはコンフォートフードなのです。

ところで、既にお気づきと思いますが、イギリス製ソーセージとは、「パン粉入り」と「パン粉無し」という分類が可能なのです。日本人の多くが嫌うイギリスソーセージと言えば前者「パン粉入り」です。前回にご紹介した咀嚼出来ないチーズサンドウィッチと同様に、湿ったグルテンが咀嚼を妨げるのですから、慣れていない日本人にとって美味かろう筈がありません。

立場を換えて言えば、一部の日本人にとってコンフォートフードのひとつである「からみ納豆餅(大根おろし、納豆、餅)」をイギリス人に振る舞うようなものです。未経験の人にそのニオイ、食感、味はそれぞれが衝撃的過ぎるのです。当時、神戸のTさんも「納豆は好かん」と仰っていました。

これが定番のメインディッシュ。ご覧のように冴えない見てくれですが、味は確かです。ニンジンがテカっているのはグレイビーソースを掛けたから。ローストターキーから抽出した肉汁をソースに使います。当方がこのグレイビーを作るときは昆布だしや味醂を使っちゃいます。右側のポテトとニンジンとのハイブリッドに見えるロースト野菜はパースニプス(複数形)です。このパースニップ(単数形)の味を知らずして、イギリス料理が不味いと言うなかれ! あ、これは明言かも。笑

コンフォートとは?

世界各地でご当地コンフォートフードに接していて、常々思うことと言えば、「子どものころから食べ慣れたものが真のコンフォートフードではないか…」という(暫定的な)結論に達しています。

会議などの精神的にきつい状況から、お茶会などの安らぎを確保する状況へと環境を変えることで得られるコンフォートとは「相対的」なほっこりですが、食べ物の場合は「これでなくっちゃダメ」という「絶対的」なほっこりとは言えないでしょうか?
義母のこしらえたターキー(七面鳥)、チポラータ(小さいソーセージ)、ベーコン巻きチポラータ、そしてスタッフィングの残りで作ったミートボール(この肉もまたソーセージミート)です。個々の皿に温野菜と一緒に盛り付けます。

「パン粉無し」のソーセージは広く好かれますし、「パン粉入り」はもはやソーセージにあらずと言って製造しないイギリスのソーセージ専門店もあります。専門店だけを特集するために取材したときも、何名かの店主が同じことを言っていたのが印象的でした。「かつて、イギリスのソーセージは不味かった」と。

Maryleboneハイストリート(オクスフォードストリート北側、セルフリッジ百貨店の裏手にある通り)には現在でもジンジャー・ピッグなどの名店が現存していますが、ハイストリートの東側に並行するMarylebone streetには、独自の展開をして隆盛を誇った有名店(数年前にご主人が他界して閉店)がありました。以下は、2005年頃その店主とのインタビューです。

「1970年代に仕事でよく大陸(ドイツ、オランダなど)に行ったんだ。そこで細かい肉が練りこまれたソーセージを食べて、イギリスのソーセージとは違う食べ物だと思った。同時に、イギリスのソーセージはもっと美味く作れるのではないか、というひらめきがあったんだよ。そして、レシピと材料とを比較してすぐに大陸とイギリスとの違いに気付いたのさ。それまではカンバーランドやリンカーンというイギリスのご当地ソーセージだって、パン粉が入っていて、そんなにうまいもんじゃなかったんだが、1980年代になって俺は自分でソーセージミートを作ってみたね。もちろん、使うのは粗挽き肉だよ。それがイギリスソーセージの美味さのポイントさ。塩で肉を練っただけでも充分うまいんだ。でも、それじゃまるでポークバーガーみたいだからさ、ハーブとか香辛料とか調味料を足してケーシング(ソーセージ用の腸)に詰めて焼いたら、肉汁を流しちゃうバーガーなんかよりもずっと美味いのよ。それで、商売にしちゃったのさ。前職?カメラマンだよ」

もちろん、現代のイギリスソーセージが美味くなった功績がこの店にだけにあるわけではありません。イギリスの量販店各社が「パン粉」とソーセージとの関係とマーケットの変化に気付き始めた頃から、同時多発的に美味いソーセージは増えて行きました。「パン粉入り」と「パン粉無し」とで感じられるコンフォートの違い。この違いをソーセージの相対性論理(理論ではありません)と言います。もちろん、冗談ですが…。

いちおう、ハギスもソーセージの一種です。

絶対的なコンフォート

しかし、量販店のソーセージ売り場を見ると、今でも「パン粉入り」の安っぽいソーセージは陳列されています。夏のガーデンBBQに参加すると、必ず誰かがその「パン粉入り」を焼いてポットラックとして持参するのです。冷めているだけに咀嚼のブレーキ係数は相当に高いものがあります。見るからに、あまり関わりたくない代物ですので、当方は遠巻きにしてしまいます。また、焼いた画像をお見せしようとしましたが、ストック画像が見つかりません。それほど、当方はパン粉入りソーセージとの関わりを避けてきたようです。
当方のもっとも苦手とするパン粉入りソーセージです。パン粉の含有量が35%なんてこともあります。ハンバーグの繋ぎとしてもあり得ない量です。ちなみに、冷めると表面がシワシワになるだけでなく、少し頬張って噛むと歯が抜けるような咀嚼感覚と窒息感覚が体験できます。ああ、関わりたくない。

量販店Waitroseで食材調達担当の取締役まで勤め上げたイギリス人の友人も言います。「たとえウチが高級食材を扱う企業と認知されているとしても、安定、且つ固定したマーケットがある限り『パン粉入り』の販売は止めないわよ。」

どんなに食生活が豊かになっても、外国人からどんなにイギリス食がマズイと言われても、この「パン粉入り」ソーセージが、イギリスの食卓から絶対に無くならない理由は、子どもの頃から親しんだ絶対的なコンフォートフードのひとつであり続けるからです。個人的には、日本から離れた生活をしていると、からみ納豆餅の絶対的なコンフォートを味わいたくなる衝動に駆られます。もちろん、皆さまには「イギリス三大美味しい」のひとつソーセージ特有の肉汁、食感、ハーブの香りを味わって頂きたく存じます。

最後にまとめますと、午後茶が、外的要因の困難(会議の修羅場)から自分を守るために、居住まいの環境を意図的に小さな永遠の時間(お茶会)へと変化させる相対的なコンフォート獲得の技であるとすれば、ソーセージは「これに限る」アイテムとして、イギリス人の絶対的なコンフォートを確立した食材と言えるのです。コンフォートの相対性と絶対性との論理を導かせてくれたのは「パン粉入り」と「パン粉無し」のソーセージのお陰です。ちなみに、パン粉の少ないイングリッシュソーセージを口にしたことのある日本人から聞く感想の大半は「粗挽きハンバーグみたい」でした。

Text&Photo by M.Kinoshita

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マック 木下

マック木下

ロンドンを拠点にするライター。96年に在英企業の課長職を辞し、子育てのために「主夫」に転身し、イクメン生活に突入。英人妻の仕事を優先して世界各国に転住しながら明るいオタク系執筆生活。趣味は創作料理とスポーツ(プレイと観戦)。ややマニアックな歴史家でもあり「駐日英国大使館の歴史」と「ロンドン の歴史散歩」などが得意分野。主な寄稿先は「英国政府観光庁刊ブログBritain Park(筆名はブリ吉)」など英国の産品や文化の紹介誌。

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