「イギリスの三大美味しい」 ハムのコンフォートな誘惑 コンフォートフード・シリーズ その4/4 | BRITISH MADE

Little Tales of British Life 「イギリスの三大美味しい」 ハムのコンフォートな誘惑 コンフォートフード・シリーズ その4/4

2018.07.03

今回はコンフォートフード・シリーズ「イギリスの三大美味しい」の最終回です。

前回のソーセージの記事では、「パン粉入りが好きだ」とおっしゃる御仁が何人も現れました。面白いことに、彼らは皆「イギリス料理が好き」という在英期間の長い方々です。パン粉入りを受け容れるまで時間の掛かった方も居て、やはり食は個人の自由な世界だなと実感します。

さて、まず「その1/4」で問い掛けた「ローストハムと茹で用ハム(Uncooked ham)、両者の食べ方の違いは何か?」の答えですが、思い返してみると意外なバリエーションが出て来てしまいました。まず、スーパーに売っているハム用生肉ブロック(=茹で用ハム:Uncooked ham)の調理方法には「ロースト」と「茹でる」との2種類があります。(注:生ハムと生肉ハムとは、それぞれまったく別個のものです。イギリスの生肉ハムには加熱調理が必要です)

以下、イギリスの大手量販店で保存用肉類の調達を担当していた元役員のインタビューと当方の経験の範囲で構成した話なので、ひとつのストーリーとしてご理解下さい。

当方の経験から導かれる食べ方の違いとしては、塩分が強くしっかりした肉質に仕上がったローストハムの場合は、刺激の強いマスタード類やプリザーヴド系のフルーツ(コンポット、ジャム、チャットニーなど)添えて頂きます。一方、味わいも食感もマイルドな茹でハムの場合は、オレンジなどフルーツ系の瑞々しいソースを掛けて頂くことが多いと思います。あっさりした解答ですが、以上がローストハムと茹でハムとの食べ方の違いです。
出来上がったハムの乾燥を抑え、安定した食感を維持するために、ハムの周囲をパン粉で養生したブレッディド・ハムです。ハムを軽くフライパンで焼いて、焼いたマフィンの上にのせて、さらにその上にポーチッドエッグをのせて朝食にしました。割った黄身の上にはLea & Perrins sauceが最適!とイギリス人は言いますが、当方は醤油を垂らして頂いております。
スライスの厚みも魅力的です。もっと厚めが良ければ、デリカで厚切りを注文できます。

まず、イギリスのハムと言えば、一般的にはハム、ギャモン(ガモン)、ベーコンの3種があります。共にブライン液(Brine : 塩、砂糖、ハーブなどで作った調味液)に数日間漬けこんで、余分な水分を出しながら、出来るだけモイスチャー感(しっとり感)を残すことで保存技術として確立したものです。

読者の皆様からの論評を恐れずに、ざっくりとそれぞれの製法の違いを述べると、ハムの基本は塩漬けしたブタの(腿)肉に火を通したもの。ギャモンも基本的に製法はハムと同じで燻蒸処理することもありますが、頂く前にはさらなる加熱処理が必要です。そしてベーコンは豚肉の部位に合わせてrind(ライン)という皮や脂肪部分を活かしてハムやギャモンのような製法を巧みに使い合わせ、燻製、無燻製、塩加減や厚みの違いなど数多(あまた)のバリエーションを生み出しています。
最近のバック・ベーコン(赤身のベーコン)はrind(ライン)を切って店頭に並べていることが多くなりました。でも、高級店に行くと、むしろラインは残されています。ラインがあると、無しとでは、そう味に違いがあるとは思えないのですが、こだわるイギリス人は意外に多いのです。ひとつのカテゴリに決めて食の話をすると、意外な意見やコダワリを教えてくれるのはイギリス人の特徴かもしれません。ちなみに、画像のソーセージはパン粉の含有量25%です。冷め掛かっているので、萎んでシワシワですね。ここで咀嚼のために補う水分はビーンズで確保します。

その中でも、生肉ブロックのハムの場合は「焼き」(オーブンロースト)、または「茹でる」かのどちらかに調理方法が分かれるのです。ブッチャー(肉の専門店)や量販店ではブライン液で漬けこんだハム用の生肉ブロックをチャーシューのようにタコ糸で縛った(またはネットでくくられた)状態で売られています。それを焼くなり、茹でるなりの選択肢がイギリス人には与えられているわけです。もちろん、デリカではローストハムのスライスを頼むことも可能ですし、売り場の棚にはスライスハムがパックされていることは言うまでも無いでしょう。
Uncooked hamの典型的な形です。ブライン液に漬けこまれたもの。ネットに包まれたり、タコ糸で縛られたりすることで、茹でても、ローストしても型崩れは避けられます。

ロースト用のハム類3種

イギリスの家庭ではハム用の生肉ブロックをそのままローストすることもありますが、ブライン液の濃度によっては、塩出ししてからローストすることもあります。食べ方は先に述べた通りですが、その焼き上がりの見た目はローストポークと似ています。しかし、肉質が異なるので、ハムとは食べ方も異なります。表面だけ養生して味付けをしたローストしたポークの場合、新鮮な肉汁を楽しむためにローストした時に抽出された肉汁を使ったグレイビーソースが必須です。
ハムの解釈を広げると、中華料理のチャーシューも紛れもなくハムの種類に含まれます。ロンドンのシャフツベリー・アベニューには今は無き名店がありました。広東系の中華料理では、チキン、ダック、チャーシュー、そしてクリスピーポークという4種のバーベキューから2種類を選んで、画像のようなぶっかけご飯にしてくれます。バーベキューと言いながら、実際はハムと養生の仕方は同じで、どれもマリネートしてからローストします。

次に述べるギャモンとはハムなのですが、当方に言わせれば、やや中途半端で未完成なハムです。買って来て、そのまま食べることはありません。燻製処理したものでもグリルやローストするなど、もうひと手間の調理をして食します。拙宅では1センチ強の厚さのギャモンをグリルしたステーキとして食すのが定番で、マスタード系の調味料を添えます。
30年前まで実際に使われていたウェールズのある観光用汽車の駅舎で、コールマンズ・マスタードの看板を見つけました。1900年のパリの食品博覧会でグランプリを取っているんですね。ハムやソーセージには欠かせないアイテムとして100年を超えるロングセラーです。拙宅では、冷やし中華やおでんに添える洋からしとしても活躍しています。

三種目のベーコンとは、ご存知のようにその用途は多様です。しかし、これもまた日本で一般に知らされている数種類のベーコンとは比べものにならないほどの多種多様性がイギリスには揃っています。表皮から赤身に掛けての脂肪部分rind(ライン)があるか無いかだけでも品質が異なり、味わいも、塩分も異なります。温燻もあれば、冷燻(30度以下の燻製)もあるベーコンには、七面鳥、チキン、ポークなどと一緒にローストされる役割もありますが、その脂を落としてクリスピーに焼き上げたり、パンチェッタのような隠し味にしたりなど、その汎用性の広さから量販店でも広い売り場面積を占めています。また、落とした脂は塩味の効いたラードとして他の調理に使います。

以上の三種に共通しているのは、うま味が塩分によって濃縮されているので、ハム系の肉という言い方をさせて頂いたわけです。

ちなみに、当方の好物はクリスピーに焼き上げた厚手のベーコンを挟んだトーストサンドウィッチです。厚さ1㎝弱の白パンを軽くトーストし、1枚の片面にマヨネーズを塗りレタスやルッコラを載せ、もう一枚の片面にマスタードを塗りベーコンを載せてHPソースを振りかけて、両面を合わせるとベーコンサンドウィッチの出来上がり。日本のとんかつソースを使うと、さらに日本人の好みに近づくでしょう。これを日英融合のコンフォートフードと言うのは当方だけですが、一度召し上がればご納得頂けると思います。ただ、パブやカフェのメニューではなかなかお目に掛かれませんので、挟むものを上記のように指定して「作って」と頼んでみては如何でしょうか?
高速走行中のヴァージントレインの車中ですので、サンドイッチも揺れています。画像はブレています。しかし、BLTの味にはブレはありません。クリスピーなベーコンは意外に脂質も低く昼食には最適です。これらの画像を見ると当方がいつイギリスに戻っているかが分かっちゃいますね。

茹でるハム(Uncooked Ham)の汎用性

茹でハムの食べ方は冒頭でも簡単に述べましたが、ブライン液に漬け込まれたハム用生肉(Uncooked ham)のブロックを指定時間(30~40分間)茹でたあとは、カービングナイフで刀削麺のように食べやすい不定形に削ります。オレンジなどのフルーツジュースをチキン風味のストックと合わせて煮込んだグレイビーソース(当方は昆布ダシを使います)を振りかけては、温野菜と一緒に楽しむことが当方の周囲では多い気がします。そして、イングリッシュマスタードはどのハム料理にも合います。

この茹でハムは汎用性も応用性も広いので、イギリスの家庭料理ではオリジナリティの高いレシピが可能です。ブッチャーや量販店の棚にはブライン液で漬けこまれた、骨付きの5キロ強のハム用生肉(腿肉)のブロック、あるいは骨付きギャモン(3~5㌔)も売られているので、ここから料理が広がります。

中心まで熱を通すために熱湯で30分から1時間以上掛けて、湯がいたハム(これがギャモンの状態)を熱いうちにコーラに漬け込み2~3日間ほど養生してから、数時間表面を乾かした後に130度くらいでゆっくりとローストした「コーラ漬けハム」をクリスマスディナーとして食したことがあります。

また、塩抜きを兼ねて別の味を合わせるために、ハム用生肉のカタマリをハチミツとハーブに数日間漬け込んだ後にオーブンでローストした「ハニー・ローストハム」を食したこともあります。塩抜きされた生の肉汁、ハチミツ、そしてブライン液の混合液は煮込んでから濾してあく抜きをすると、粗挽きマスタードを合わせたグレイビーソースへと変身します。「コーラ漬け」も「ハニーロースト」も、どちらもハム料理なのに、うま味と食感の両方が異なります。

これもバラ肉を原料にしたベーコンをクリスピーに仕上げて、料理の上から散らしたもの。下のトリ胸肉もハニーマリネートをローストした、いわばハム料理の応用です。レンティル豆のスープも適度に濃厚で大変に満足しました。

これらの調理をしてくれたのは義妹(イギリス人)で、彼女は家族のために週に一回はロースト料理をする熟練者です。たぶんこうやったら美味くなるだろうという見当だけで料理を開発します。惜しむらくはそのノウハウやレシピが残されていません。6th form(17,18歳)の高等数学の教師をして忙しいので、料理はすべて勘でやっているとのことです。

似たようなレシピはいくらでもあると思いますが、料理の源流(仕入れ)からダウンストリーム(最終段階)までをわきまえたエキスパートが調理すると、微妙な匙加減で驚くほど料理の質が変わります。一緒に食べる者全員がコンフォートを共有できる料理というコンセプトがしっかりしているからこそ可能になるプロフェッショナルなレベルの技と言っても過言ではなかろうと思います。

Ham in Coca Cola by Nigella Lawson(英語、ご参考)
https://www.nigella.com/recipes/ham-in-coca-cola

むしろ、プロのシェフでも食べる人の口に辿るまでのストリーム(経過)を読み切れていないケースは多いと思います。コンフォートを提供するために手を尽くすと、食べる者にその気持ちは届きますが、手を抜いたり、何かを忘れたりすると、食べる者はある種の違和感を抱いたり、物足りなさを察しますから、食事とは実に繊細なパフォーマンスだなあと思います。

ハムは紛れもなくハム ーコンフォートフードの正体ー

ところで、前々回のチーズの記事で友人が残した名言「なぜハムは肉なのか」の背景ですが、彼女は動物愛護の精神から罪悪感を持って肉食を断った菜食主義者なので、肉食が嫌いなわけではないのです。自分の考えを他人に強制しませんし、本来の自分の欲求を隠しませんが、動物の命を尊ぶために自分は肉食を我慢するべきだという考え方を貫いています。自分で律したルールを守り自分らしくありたいのだそうです。ただ、ハムの美味しさを知る前に菜食主義者になりたかったとも言っています。アメリカの作家Kate Christensenも以下のような名言を残しています。

Ham is undoubtedly one of the most universally beloved of meats, at least in those parts of the world where it’s not prohibited.
(意訳:食べることが許される限り、ハムは紛れもなく誰からも愛されるお肉です)

ところで、このシリーズを書き終える今頃になって思い出したことがあります。30年以上前のことですが、イギリス人の妻がまだGFだった頃に初めて作ってくれた料理が「焼き長ネギをハムで巻いたチーズソース掛け」です。

Cheesy Leeks and Ham(英語)
https://www.bbcgoodfood.com/recipes/2699/cheesy-leeks-and-ham-

日本に住んでおれば、下仁田ネギなど、太くて甘みの強いネギで作っていました。もちろん、イギリスでは、ウェールズ名物のあの太いリーキ(リーク)を使います。

当方の主夫歴が長くなってしまったからかどうかは判りませんが、(妻が作ってくれないので)この料理は何年も食べていません。この料理は当方がイギリスでの生活を始めるにあたって、(たとえ勘違いでも)「これならイケる」と自信を与えてくれたイギリスのコンフォートフードだった気がします。
文中では妻が作ってくれていないと述べた料理、「ハム巻き長ネギのチーズソース掛け」です。今回の記事のことを話していたら、久々に作ってくれました。バター、粉、ミルク、チーズ、ソース作りに必要なそれぞれの分量を聞きましたが、勘で作るので判らないそうです。ちなみに、悔しいことに、当方がこのチーズソースを作るといつも粉っぽい舌触りになってしまいます。作り方の微妙な匙加減の違いというところでしょうか? 食材の扱いに慣れることも料理上達の極意なのでしょうけど…

さて、最後に一言。人の数だけバリエーションのあるコンフォート、それを支える裏方役の示してくれる数字をご紹介します。量販店Waitroseで食品調達担当の取締役を務めた友人から目の子(大まかな目安)で教えてもらいました。各商品が売り場面積に占める平均的な割合は、チーズが売り場面積全体の4~5%、ソーセージが3%、ハム(ハム用生肉ブロックとガモンを含む)の3%、そしてベーコンの3~4%です。すなわち、イギリスのスーパーの売り場面積の13~15%は、ここで紹介した「三大美味いもの」で占められている。いわばコンフォートフードの集積地がスーパーなのですね。イギリスに訪れる理由がもうひとつ見つかったでしょうか? ちなみに、検疫などで日本への持ち込みには制限があることをお忘れなく。地産地消でお願い致します。

ハム売り場ですが、画像のフレームに収まりきれません。それぞれのハムを紹介したら、1冊の本になってしまいそうです。もちろん、ギャモンやベーコンの売り場は別のところにあります

そして、如何でしょう? イギリス料理は、まだマズそうですか? ここで紹介できたのは豚肉とチーズを使った美味いものだけです。つまり、イギリスにはコンフォートを与えてくれる美味しいフーズが、まだまだまだ、もっともっとたくさんあるということです。

Text&Photo by M.Kinoshita

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チーズのもたらすコンフォート コンフォートフード・シリーズ その2/4
コンフォートを見つける達人 コンフォートフード・シリーズ その1/4


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マック 木下

マック木下

ロンドンを拠点にするライター。96年に在英企業の課長職を辞し、子育てのために「主夫」に転身し、イクメン生活に突入。英人妻の仕事を優先して世界各国に転住しながら明るいオタク系執筆生活。趣味は創作料理とスポーツ(プレイと観戦)。ややマニアックな歴史家でもあり「駐日英国大使館の歴史」と「ロンドン の歴史散歩」などが得意分野。主な寄稿先は「英国政府観光庁刊ブログBritain Park(筆名はブリ吉)」など英国の産品や文化の紹介誌。

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