2018.10.02

Little Tales of British Life 牧歌的ノーサンバランド紀行 その1 「言葉の壁、心の壁」

在外英国大使館で働く若手のイギリス人外交官数名と雑談中のこと。休暇の行先が話題になったので、「今年の夏はノーサンバランドに行くんだ」と告げると、「え、どこ?イギリス国内なの?」と反応する若者が数名いました。ノーサンバランドと言えば、地理的にはイングランドとスコットランドとの国境の自治体で、有史以来ローマ時代を経て長年の激戦地域でしたから、有名なお城も多いですし、プレミアリーグの名門トテナム・ホットスパーの命名の由来地でもありますし、紅茶のアールグレイの発祥地でもあります。イギリスとの付き合いが30年以上に及ぶ当方としては、30歳前後の若手イギリス人たちの反応がかなり意外なことに感じられて、どこから何を説明するべきか困ってしまいました。しかし、実際に今回の休暇で当地に行ってみると、ノーサンバランドを知らないイギリス人たちがいることも無理はないかな、と実感することになりました。

お国訛りを気にしないイギリス人と関西人

当方とノーサンバランドとの最初の関りは間接的なものです。1990年代の初め頃、航空旅行業の営業活動として、ノーサンバランドから最寄りの都市ニューカッスルにある日系メーカーを訪問した時のことでした。イングランドとスコットランドとの国境という位置に、地理的にも歴史的にも魅力を感じながら、いずれこの地をゆっくりと訪れたいと願いつつ、25年以上も経った今回(2018年8月)になって、ようやく訪問が叶いました。
Northumberlandを治めていた人物も歴代の貴族としてロンドンに邸宅を持っていました。通常はSquare、Circus、あるいはPlaceなどを中心に同名のストリートが伸び、アヴェニューやレーンなどの枝道が構成されます。

90年代当時、最も印象的だったことは、地元の学校に通うその企業の子女たちは、当然のことながら日本人の顔をしているのに、ヨークシャー弁ともスコトッランド弁ともつかない不思議な言葉を操っていました。もちろん、ロンドン周辺やイングランド南部のコトバしか馴染みのない当方にとっては、未知で新鮮な言葉に感じられたわけで、国境の街ノーサンバランドが育んだ独自の言語、イングランド人なのに親しみやすい人柄、そして歴史や文化に興味が湧きました。

また、当時のお客様だったご父母や現地化した邦人たちとソープオペラ(イギリスの連続テレビドラマ)のことが話題になると、「連続ドラマの『イーストエンダーズ』に登場する俳優たちの英語の発音は、我々には相当に変に聞こえまっせ」と、地元に根差して10数年という関西系邦人に熱く語って頂きました。 「本来の日本語が関西弁やねんやから、坂東言葉の江戸でも関西弁を使(つこ)て当然やねん」と仰るのは、ごもっともと思う一方で、イギリス人と同様に方言を気にしない関西アイデンティティの強さが伺われました。ロンドンなどの大都市で生活をしていても、イギリスの地方出身者たちは構わずにお国訛りを使い続ける、という傾向があることはご存知の方も多いと思います。しかし、当方のような英語が母国語ではなく、且つフレキシビリティを欠いた聴力では、お国訛りの英語を理解することはおろか、聞き取ることも難易度の高い「英語」になってしまいます。「標準的な英語を使ってください」と言えるような文化的な土壌はありません。ブリテン島の人々は自分たちのアイデンティティを含んだ英語のまま、つまり、お国訛りのまま会話を吹っかけてきます。
パブのシャーロックホームズはNorthumberland Placeの一画に現存します。
Northumberland Avenueは南端でエンバンクメントに突き当たった場所には、ヴィクトリア女王の時代のロンドンをコレラから救った下水道王のバザルゲットの胸像が鎮座します。Northumberland卿がロンドンで開発した地域は、今日のロンドンの基礎となっているのですね。

17歳のドナちゃん とLittle britain

ちょいと脱線しますが、これもまた、航空旅行業で管理職をしていた時の話です。当方の会社はヨーロッパ域内の旅行代理店に向けて旅行商品の卸売業を展開していたので、イギリス国内のあらゆる町から問い合わせや依頼の電話が掛かって来ます。当方はマーケティングと営業との両方を担当していましたが、20人居る同僚(日本人12名、イギリス人8名)で予約業務が手一杯になるピークシーズンの時は、当方が予約の電話を取ることも少なくありませんでした。

ニューカッスルのある旅行代理店から予約を経て、契約成立の連絡を貰った時のことでした。我が社の予約受付担当者が判らず、予約ファイルも見つからないので、電話をスピーカーモードにして職員全員で予約を探すことになりました。ところが、代理店のヒトは「確か、予約担当者はイギリス人だった」と言います。しかし、イギリス人の同僚男性はグレッグ、サム、ダーモットの3名だけ。そこで、同僚の一人が機転を利かせて、いぶかし気に「マックですか?」と聞くと、「そうそう。イギリス人のマックですよ」と代理店のイギリス人が言い放った途端に、事務所の中は「えっー!」という驚きの声が上がりました。

はい、予約のファイルを作り忘れて皆に迷惑を掛けたあげく、英人と誤解されたそのマックとは当方のことです。ちなみに自慢話ではありません。単に当方が(イギリス人の)モノマネやカラオケが得意な程度のことです。彼女たちが喚声を上げた理由は、彼女たち自身こそ、日本人でありながら英語スキルに(当方よりも相当に上と)自信を持っているので、当方がイギリス人に間違われたことが彼女らには意外(で悔しかった)のでしょう。確かに、彼女たちの英語力に普段から圧倒されていたのは当方の方でした。当方はただ単に発音が好いと言われる程度であって、英語が上手というわけではありません。

そんな程度の英語力ですから、もちろん、好いことはほとんど起こりません。以前、こちらの記事(「職人さんたちの学校」)で紹介しましたように、英語なのに、全然分からないこともあるのです。スコットランドの代理店から掛かって来た電話の相手のコトバが、当方には理解不能だったので、17歳のイギリス人の同僚ドナにその電話を委ねると、いきなり始まったやり取りでドナが言い放ったのは 「マックは英語が話せるよ。私の英作文を添削してくれるんだよ」 どうやら、「英語が話せないなら、マックに電話を取らせるな」と、電話の相手は当方の英語力をなじったようです。しかし、(母国語の)英作文を手伝ってくれる日本人上司に対して、ドナちゃんは日頃の恩義を感じて当方をかばってくれたのであります。

言葉に謙虚になる現実

これらのような2つの両極端のケースは、英語で教育を受けたことのない当方の場合には、イギリス生活が長くても起こりうることです。今回のノーサンバランドの旅の途中でも、久々に差別や区別に近い経験を味わうことになりました。魚のレストランで食事中に、”Is everything OK?” と、オーナーが親切に尋ねてくれたので、当方は即座に応えました。 「味は最高だけど、イワシの鱗(うろこ)を取らずに調理したんですね。ちょっと食べにくかったです」 すると、オーナーは「え?何ですって?」とまるで意味が判らない様子。

I think it is general to remove scales before cooking fish.
(魚を調理する前にウロコを取り除くのは普通でしょ)

と述べると、さらに「ポカン」とした表情をされてしまいました。そして、イギリス人の顔をした拙妻が同じ言葉を述べると、「え、何が普通ですって?」と一瞬困惑した様子。さらに当方が同じことを述べると、ようやく理解して貰えました。「この調理の仕方がこの国のスタンダードなら、それはそれで受け容れますよ。全部食べられたんだから…」と当方が言い添えると、その意味はすぐに分かってくれたようで、「ご満足頂いていないのでしたら、お代は結構です」と言ってくれました。

レストランでの値切り方を伝授するつもりはありませんが、魚のウロコを取らないで客に出すのはイギリスでは珍しくありませんし、この場合は、意味が通じなかったということが問題なのではなくて、日本人の顔から標準的な英語が飛び出て来たことで、普段から地元の言葉しか使わないオーナーは、ノーサンバランド英語とは異なった抑揚、リズム、そして発音を伴った英語を耳にして惑ったのでしょう。

海岸線のご馳走と言えば、定番はフィッシュ&チップス。今回はひと月の帰英期間に「名店」と言われる4店で頂くことになりました。4店に共通していたのは、カリッとしたバター(ころも)が白身肉にしっかりとくっついていることと、油臭くないこと。それらが美味しさのポイントであろうと思います。それでも、半分くらい食べ進めると、日本のウスターソースが欲しくなるのは邪道でしょうか? テイクアウトする際は近くのスーパーでコールスロー、スティック野菜、そして生のブロッコリーを購入してかぶりつきます。胃もたれになりやすい邦人には、ビールよりも、油を溶かす濃いストレートティかウーロン茶が必携です。

この類例は、日本の居酒屋で流暢な日本語で注文する外国人と店員さんとのやり取りでも見られますし、イギリスのコメディLittle Britainでもインド系イギリス人女性がきれいなイングリッシュをしゃべっているのに、聞き手のアングロサクソン系イギリス人がPardon(何ですって?)を連発する場面にも見られます。いわゆる「なんとなく」行われる「無意識の差別または区別」と言われる現象です。差別はおろか、区別する意図も、悪気もありません。誰にも自覚が無い、罪のない認識であるだけに、この世から無くならないであろう現象とも言えます。

外国人に慣れていないこの種のイギリス人たちと当方が話す場合は、たとえ目の前にその人がいるとしても、電話を使って話した方が判ってもらえるのかもしれません。と言うのは、もちろん冗談ですが、判り合えない場合の対策としては、ボキャブラリを駆使して相手に多くのコトバを投げかけることが、経験上では最善かと…。

ともあれ、イングランド南部では普通に通じる当方レベルのイギリス語では、ウェールズ、スコトッランド、そしてノーサンバランドのような地方に行くと、ダメ英語と思われることもありうるという話です。在英年数が長くなればなるほど英語が上手くなると思ったら大間違いで、むしろ自分の語力の限界を知ることで、相手に分からせるための最善の方法と、相手の言うことを確認するためのテクニックを磨くことになるのです。このようなコミュニケーション技術は、ちまたで行われている英語の検定試験や資格試験に合格しただけで学べるものではありません。こうした小さな経験の積み重ねから、当方もノーサンバーランドのような地方に行くたびに、「もう少し英語をブラッシュアップしようかな」と、謙虚に且つ初心に戻るのです。実行を伴うかどうかは別の話ですが…。

ニューカッスルの近代産業は三本の橋によって支えられました。古くは紀元前のローマ時代、スコットランドとの国境に長城を築いたヘイドリアン王まで遡ります。

過疎化が作り出した自然の資源

さて、冒頭でノーサンバランドを知らないイギリス人たちがいることも無理はないかな、と感じた理由ですが、歴史的にはスコットランドとイングランドとの領地争奪戦争が長く続いた結果、荒野となり開発が取り残され、自然がそのまま放置されただけに、過疎化によってその美しい景観が保たれることになりましたが、今でも観光地化はほとんど進んでいません。自然の資源がそのまま残されています。そこに、近年になってようやくジェントリフィケーションの世代が、過疎化で残された魅力に目を向けて再開発が始まり、現在では地元住民よりも常にイギリス国内の旅行者の数で賑わう場所になっています。しかし、海外に目を向けて仕事をする外交官など30代の若者にとって、自国内のひなびた地域の事情など、むしろ注目する理由などなかったということが、「知らない」ことの真相のようです。

今回は言葉とコミュニケーションについて述べましたが、次回からは2週間に渡って北東の海岸線を北上しながら、当方が経験したノーサンバランドについて、その「歩く速度の経験」「生活と人々のわだち」「心豊かな生き方と食」などについて紀行文として今回を含めて3~4回に渡って語らせて頂く予定です。私と一緒に散歩する気持ちになってお付き合いくだされば幸いです。

果たして、この標識にどれだけの意味があるのか?イングランド南部の海岸線には何度も行ったことがありますが、(West)と (East)とに分かれた標識を見た記憶がありません。見つけた方は、ご一報ください。

Text&Photo by M.Kinoshita

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マック 木下

マック木下

ロンドンを拠点にするライター。96年に在英企業の課長職を辞し、子育てのために「主夫」に転身し、イクメン生活に突入。英人妻の仕事を優先して世界各国に転住しながら明るいオタク系執筆生活。趣味は創作料理とスポーツ(プレイと観戦)。ややマニアックな歴史家でもあり「駐日英国大使館の歴史」と「ロンドン の歴史散歩」などが得意分野。主な寄稿先は「英国政府観光庁刊ブログBritain Park(筆名はブリ吉)」など英国の産品や文化の紹介誌。

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