2019.08.06

Little Tales of British Life ラグビーワールドカップ2019 に寄せて、 開幕直前小話 その2/2 「ラグビーという教育システムとその魅力を受け容れたイギリス社会」

前回は当方の経験から「イギリスのローカルなラグビー」について述べましたが、今回は近代のイギリスで育まれた精神文化とラグビーとの関係について、歴史と経済と社会の3つの側面から少し掘り下げてみたいと思います。また、ラグビーを楽しむ上でのこぼれ話もいくつかご紹介します。

ジェントルマンとフーリガン

まず、ラグビーとフットボール(サッカー)との違いを少しわかり易く表した引用文を息子から教えて貰いました。イギリス人であれば、誰でも知っているはずである言葉だそうです。

Rugby is a hooligan sport played by gentlemen, whilst Football is a gentlemen`s sport played by hooligans. 「ラグビーは紳士のプレイするフーリガンのスポーツである。一方、フットボール(サッカー)はフーリガンのプレイする紳士のスポーツである」

直訳では判然としない方もいらっしゃるかもしれませんので、ラグビーとサッカーとの両方を経験したイギリス人の数名にこの引用文の意味を検証してもらい、彼らの見解をまとめてみました。「ルールの範囲内とは言え、フーリガン(ならず者)のようにハードコンタクトのプレイをするけれど、いったん試合が終われば、試合中のあらゆる想い(遺恨、悔しさ、嬉しさなどのあらゆる感情)を理性で受け止め、紳士然として振る舞う姿勢が当然のマナーとして求められるのがイギリスのラグビー。一方、試合中はハードコンタクトが許されないなどルールに厳格で、(一応)紳士的にプレイするけれど、試合が終わっても遺恨と憎悪と傲慢などの感情を抱えたまま敵味方がストレートに罵り合うなど、ならず者の振る舞いが(ある程度は)許されるのがイギリスのサッカー」ではなかろうか、ということです。
ボランティア ラグビーは危険なスポーツ。という認識が一般的ですので、どんな試合会場にも救急隊員数名と民間の救急車が配備されています。救急隊員は厳しい医療トレーニングを受けた救急医療の有資格者ですが、なんとこの方々はボランティアです。X線技師などCo-medicalの仕事をしている人、看護師や医師が関わることもあります。彼らの迅速な判断で命が救われることもあれば、ケガの治療が早かったことで大事に至らずに済んだことも珍しくありません。

試合中にSirと呼ばれる絶対的権威

もちろん、各位の異なったご意見もあるでしょう。ただ、はっきりしているのは、サッカーにはジェントルマンシップを語る実例(例:試合後のユニフォーム交換など)がラグビーに比べて少ない気がします。また、ラグビーは日本の部活動のような教育の一環としての役割を担った歴史的な背景を持つけれども、イギリスのサッカーにその種の背景があるのかどうか明確ではありません。ただし、フーリガンが社会で大問題になった時代を経て、個々のレベルでは、ジェントルマンシップを発揮するサッカー選手やファンも増え、今やジェントルマンシップはサッカーを始めとするあらゆるスポーツの基本的な姿勢であることも付け加えておきましょう。そして、サッカーとラグビーとで、大きな違いがあるとすれば、やはりノーサイドのもたらした精神文化でしょうか。

かつて、イギリスのラグビーユニオンでは、ノーサイドを以下のように規定していました。
“No side is called by the referee at the end of match, as no side has the next possession of ball”「審判が試合終了時にNo sideとコールしたら、 どちらのside(チーム)もボールの所有権を持たない」

審判が「時間だから、おしまい」と宣した一瞬にして選手たちの毒気(闘争心)を抜いて、気持ちを落ち着かせるような意味合いで用いた言葉だったという一説も見つけました。また、選手はラグビーの審判をSirと呼びます。常に身体的な危険性を伴うため、ラグビーの審判は選手たちとコトバを交わし合ってゲームを進めるので、他のスポーツよりも審判と選手との距離が近いのです。ジェントルマンシップを重んじたそのコミュニケーションには、審判から選手に対する全身全霊をこめた配慮、そして選手から審判に対する絶対的な尊敬の念がこめられているのです。

*ちなみに、ジェントルマンシップという言葉は和製英語ではありませんが、英語ではほとんど使われません。
学生時代の他校との練習試合中、脚を攣った我が息子が敵の選手にストレッチして貰っています。試合中でもノーサイドな精神とジェントルマンシップが発揮されていました。ちなみに、拙息子がコンヴァーションゴールのプレイスキックを蹴る場面でしたが、他の選手に権利を譲って試合を進行させた場面だそうです。

相手を思いやるアスレティシズム

息子の試合先に付いて回って本場のラグビー文化に接したお陰で分かったことは、誰もが精神的に成熟した振る舞いを伴うスポーツであることと、観戦する周囲の方々を始め選手や関係者からは爽やかな雰囲気が醸し出されることです。上流階級のスポーツという人もいますが、観戦している人たちやプレイを楽しんでいる生徒たちを眺めていると、彼らは必ずしもブルジョアではなく、むしろ心の豊かな人々、相手を慮(おもんぱか)るなど気持ちに余裕のある人々として映ります。

ラグビー試合風景 12~13歳時の頃の試合風景。我が息子のチームユニフォームは慶応ラグビーと同じデザイン。ラックから出た自陣のボールを拾い上げた赤いキャップの選手が突破しようとしたけれど、青チームの選手にタックルされる瞬間です。大人のラグビーと比べると、ほのぼのして見えますが、子どもたちは真剣そのもの。

さて、ラグビーのジェントルマンシップの背景にあるのは、パブリックスクールの教育です。パブリックスクールは、元来が聖職者の育成機関でしたが、中世から近世に掛けて貴族や地主などが加わって伝統的支配階級の処世術、帝王学などの学習機関を経て、産業革命以後は新興中産階級、軍人、そして高級官僚の子女などが加わります。19世紀になるとrespectable(品行方正)で恥ずかしくない人物を育成し、社会的ネットワークを構築する関係作り(友達作り)を目的とする機関へと変容しました。産業革命後に教育の目的が変容したわけですから、正に経済と社会の変化から波及した効果であると言えます。

特に注目したいことは、ウェブ・エリス少年がボールを持って駆け出したという、もっともらしいレジェンドの生まれた1823年以降、学校経営の健全化を図るためにラグビー校では教育理念の立て直しを始めます。当時の風潮の中でも美徳とされていた「勤労の倫理」を生徒に植え付けるその指導理念は、たたき上げの新興中産階級の心を射抜き、ラグビー校は生徒数も増え人気校として台頭します。その理念の背景にあった思想は、古くからの騎士道精神に加えて、集団競技の中の自己犠牲、団結心、忠誠心、フェアプレイの精神を携えた、いわば19世紀という新時代に適合した合理的なジェントルマンシップの萌芽期を生み出すことになり、ラグビープレイヤーや生徒たちはそのジェントルマンシップを爽やかに具現したのです。そして、ラグビー校から発信されたアスレティシズム(スポーツを通じて人格の陶冶を目指す理念)は、イギリス国内のパブリックスクール各校に注目され、その理念に倣おうという静かな機運が盛り上がり、現代のパブリックスクールの全人教育に繋がっていくのです。
パブリックスクールの校庭 試合開始直前の光景。芝にご注目。順目と逆目で植え分けと刈り分けが出来ています。パブリックスクールの校庭を見るだけで、財政状況、安全管理体制などその学校のことがいろいろと判ります。ピッチの美しい芝目はその学校のステイタスとして重要なのです。

当方なりに、ラグビーと19世紀に生まれた新しいジェントルマンシップとの関係を分析してみますと、次のようになります。どんなに激しいぶつかり合いのあった試合でも、それが終わって敵味方が無くなると、互いのプレイを称えるために寛容の精神を引き出します。そして、過剰な自己顕示欲や承認欲求を抑制して、自らは謙虚に、且つ他者に対しては思い遣りを示すのです。試合中に起きたどんな出来事にも、試合後には理性をもって対応するという点でemotional intelligence(感情知能)を駆使していることにもなります。感情知能を磨くことで成長するのは選手自身であり、その配慮や振る舞いは周囲にも好い印象を与えますし、精神的に清潔な環境を生み出すことに繋がっていきます。すなわち、イギリスのラグビー文化の真髄は、現代社会にも受け継がれる19世紀以降の新しいジェントルマンシップに帰するということです。また、言い換えれば、英国のラグビーとは、その蛮性と紳士性との二律背反の矛盾した人格を背負った英国式ジェントルマンを生み出す教育のシステムそのものである、とも言えます。そして、なにやら日本の部活動の精神文化に共通するものを感じますが、如何なものでしょうか。
ラグビーの試合前 試合開始直前の光景。シーズンの始まりなので、まだユニフォームはきれいです。また、このユニフォームは彼らが14,5歳になるまでにはピチピチにきつくなっています。ボールを持っている小柄な少年は息子の大親友。後にOxford大学の生物化学に進み、大学院まで大学ラグビーを続けていましたが、ファーストチーム(一軍)での試合出場の機会には恵まれなかったそうです。なぜなら、オクスブリッジなどの大学ラグビー部には世界中から集まった学生だけでなく、院生とfacultiesたちが一緒になってプレイするので、かなり優秀な選手でも出場機会を得るのは困難なのです。大学ラグビーと言いながら、30歳越えの選手も少なくありません。息子の親友は今回の記事にはいろいろとデータ提供してくれました。

観る者を魅了するタックル、トライ、ドロップゴール…

さて、当方にとって、ラグビーの試合で最大の魅力と言えば、タックルと独走トライです。一般的に守備と言えば、受動的な印象を受けますが、タックル自体は守備行為なのに、とても攻撃的です。それゆえに生まれた格言もあります。

Attack is the first line of defence, and defence is the first line of attack.
「攻撃は防御の最前線であり、防御は攻撃の最前線である」

まさに、「攻撃は最大の防御」であり、独走トライの多くは、攻撃側のパス回し中のスキを狙う守備側がボールをインターセプトする瞬間に生まれます。タックル直前の態勢から導かれるプレイと、思い掛けない動きをする楕円形のボールとが、ラグビーをゲームとして、且つドラマとして面白くする最大の要因になっています。

ちなみに、あの楕円のボールの始まりは、革製のボールの中(内側)にプラム型をした牛や豚の膀胱をチューブとして使ったことが起源という説があります。そして、手工業時代にボール製造業者の奥さんが口で膀胱を膨らませて作業しているうちに、病気(感染症?)で亡くなったという気の毒な逸話が残っています。その後、ボールの内側にはゴムがチューブとして使われるようになり、やがて、旧来の校内フットボールとサッカーボールでは「球体のボール」を使い、ラグビーでは「楕円のボール」を使うことで、ボールを区別するようになったのです。
練習試合 これもまた練習試合。学校代表チームで拙息子がドロップキックを蹴る瞬間。口からマウスガードが落ちそうになって、集中力を欠いたけど、この直後にドロップゴールを決めて逆転勝利しました。

ラグビーは①常に攻撃者より前にボールがあることと、②足の裏が地面に着いている状態でプレイすることが義務づけられているので、ほとんど初心者でもこの2点に基づいたルールと得点形態を把握していれば、観戦はより興味深く楽しめると思います。

得点形式はトライ5点/コンヴァーションゴール2点/ペナルティゴール3点/ドロップゴール3点と4種類です。もともとのトライとはまさに「試み」でした。現代のラグビーとは異なっていて、トライに成功したら、ゴールに向かって得点する権利が与えられたのですが、トライ自体には得点が付きませんでした。そして、その権利をプレイスキックに変換(コンヴァーション)することで、キックしたボールがゴールに入れば、得点として認められたという起源だそうです。フォワードの屈強な選手がトライをし、ペナルティゴールはフルバックなど五郎丸選手のようなプレイスキックの上手な選手が専門に行うことが多いことは知られていると思います。また、ドロップゴールは意図的にボールを前に落として(蹴ればノックオンにならない)ゴールに向かって得点するので、接戦状況の試合終盤では逆転に繋がることもあり、且つリスクも大きいプレイでもあり、当方もワクワクする得点形態です。
プレイスキック サッカーでもペナルティキックやコーナーキックを担当するプレイスキッカーだった息子は、ラグビーでもコンヴァーションとペナルティキックを担当していました。技術的にはまったく異なるものですが、遠くに飛ばすキック力とコントロールはいつも敵チームからマークされていました。

国歌斉唱は自己犠牲と決死の誓い

また、スポーツ競技の前に国歌を歌う慣習はラグビーの試合で始まりました。1905年、カーディフで行われた四か国対抗ラグビー大会では、優勝したウェールズチームは、大会委員会がツアーで招待した初代ニュージーランドチームと親善試合を行っています。その試合前、ニュージーランドチーム、オール・ブラックスが、決死の覚悟を歌いあげる出陣の踊り「ハカ」を披露すると、ウェールズチームはウェールズ国歌斉唱で応えています。ゲーム直前、ウェールズ代表のメンバーたちは、誰に促されたわけでもなく、厳かにウェールズ国歌『雌鶏Wlad Fy Nhadau(Land of my fathers)』を歌い始めました。その歌を聴いて、ウェールズチームの自己犠牲と決死の覚悟を会場全体が受け止めたであろうことが伺われます。今日でこそ、大部分の国際的スポーツ競技の試合開始前と優勝杯授与式の際に行われる国歌斉唱ですが、その起源はラグビーの歴史に端を発していたのです。ちなみに、アメリカのメジャー野球での国歌斉唱は1918年のワールドシリーズから始まったそうです。

以上、ラグビーのトピックスは多過ぎて、お伝えし切れていないものも多いのです。それだけに、他のスポーツと同様にラグビーにもヒトそれぞれの想いやドラマや感動が詰め込まれているのですね。当方は、2015年にイギリスで開催されたラグビーW杯で日本チームが南アフリカチームに勝利した時、赴任したばかりの韓国ソウルに居りました。日本が優勢という歴史的な試合展開に感動して涙が止まりませんでした。真夜中のゲーム観戦でしたので、隣室でぐっすりと眠っていたイギリス人の妻を起こさぬように、高年齢男子は忍び泣きでその感動に浸っていました。

翌朝、(絶対に夜更かしの出来ない)彼女は絶対にあり得ないことを口にしました。「ああ、ライブで観たかったなあ」 まあ、ラグビー好きのイギリス人と言っても、人によってその関わり方は様々ですね。ともあれ、2019年9月20日から始まるラグビーW杯の期間に息子たちとその友人たち、そして義弟夫婦に会えるのが楽しみです。しかし、息子の連れは大人数で、しかも元ラガーマンだった大き目のイギリス人ばかりなので、そのむさ苦しさを感じさせないほど、爽やかなジェントルマンシップで振る舞ってくれるのかどうか、機会があれば、その結果と経験についてはいずれご報告するかもしれません。

Text&Photo by M.Kinoshita

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マック 木下

マック木下

ロンドンを拠点にするライター。96年に在英企業の課長職を辞し、子育てのために「主夫」に転身し、イクメン生活に突入。英人妻の仕事を優先して世界各国に転住しながら明るいオタク系執筆生活。趣味は創作料理とスポーツ(プレイと観戦)。ややマニアックな歴史家でもあり「駐日英国大使館の歴史」と「ロンドン の歴史散歩」などが得意分野。主な寄稿先は「英国政府観光庁刊ブログBritain Park(筆名はブリ吉)」など英国の産品や文化の紹介誌。

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