2019.09.03

Little Tales of British Life いつも気になるロンドンのタクシー その1/2 キャビーとの付き合い方

当方がイギリスでタクシーを使う機会と言えば、18か所あるロンドン駅間の荷物を伴う移動(例えば、ロンドン・ヴィクトリア駅からロンドン・キングス・クロス駅への移動)、空港と住まいとの行き来、公共交通では時間が間に合わない時、荷物が多過ぎてプライベートな交通手段が欲しいとき、バリアフリーとはほど遠い地下鉄を避けたい時、バギーや車椅子利用者と同道する時など。そして、タクシーとは言いながら、イギリスのタクシーの種類、呼び方、様式、そしてサービス形態は日本よりも多彩なのです。

タクシーの種類

出発地と目的地とを指定し、料金を予め見積もってくれるプライベートのミニキャブなら、カーサービスを始めとして、カーハイアリング、ローカルタクシー、ショーファーサービスなどと呼ぶこともあります。ホテルでタクシーを頼むときは、ミニキャブと言わないと、高価なショーファーサービスをアレンジされてしまうことがあるので、ご注意を。通常の場合、契約には厳格なので、直前のキャンセルは仕向け地までのフルチャージを請求されることもありますが、2、3度利用するだけで常連とみなしてくれる会社は寛容な対応をしてくれます。庶民的なタクシーと言えば、Car Hire、あるいはCar Serviceという看板を掲げたキャブの待合所やオペレーションセンターで、ロンドン近郊の地下鉄でも、旧ブリティッシュレイルでも、それぞれの駅近くに見掛けられます。しかし、この種のカーサービスは、普通の乗用車であって、ブラックキャブではありません。

おそらく、邦人旅行者にとって、もっとも馴染みのあるロンドンのタクシーと言えば、街中で空車を拾えるブラックキャブでしょう。正式名称は17世紀の辻馬車が起源となるハックニー(Hackney)キャリッジであって、Hackneyの語源はロンドンの地名ではなく、フランス語のhaquenée(馬)を起源とする説が有力とされています。
江戸時代末期のロンドン 1860年頃、つまり日本は江戸時代末期。フリートストリート界隈から東を臨む光景。バスが馬に引かれている時代です。タクシーも営業が自由な辻馬車の時代。この光景を見て、なぜヨーロッパでは、人力車が発展しなかったのか、という疑問を抱くのは当方だけでしょうか? 奴隷制度に対して敏感な時代背景だったことが「人力」を避けさせたのかもしれません。

辻馬車 辻馬車にもグレードがあったようです。画像の馬車は二人乗り用。御者は馬車の後ろに立って馬をコントロールします。

ブラックキャブとミニキャブとでは、それぞれ契約の開始方法と様式が異なっています。ブラックキャブの場合は、日本のタクシーと同様に空車を停めて、乗り込んだところから本契約が始まります。一方のミニキャブは、電話予約では仮契約(option:どちらかの都合で契約が解消される状況)が開始され、出発地にキャブが到着したら本契約の開始です。ブラックキャブの運賃はミニキャブよりも相当に高価格。距離や時間によって加算される運賃は、乗る方向や時間帯によって料金体系も異なります。それゆえ、質素倹約を重んじるメソディスト信者の義両親は、どんなに時間が掛かっても、どんなに不便を被っても絶対にブラックキャブを使いません。当方がタクシー代を持つと言っても、列車、バスなどの公共交通を使いたがります。しかし、拙息子がUberなどの配車サービスを手配すると、煙に包まれたような表情で車に乗り込みます。「安い」という言葉と、彼らには判らないテクノロジーと課金システムの前では義両親は混乱してしまいます。比較の対象が不明確なので、老いては孫に従うことになるのでしょうか。

1897年のロンドン 1897年でも、ロンドンはまだ馬の時代。街中が馬の排泄物の臭いで充満していたわけですが、あえて肯定的に言えば草いきれですから、あまり問題視されなかったようです。下水道が通じて、トイレが水洗化しつつ、ロンドンもだいぶ清潔になりつつある時代。この直後にタクシーの時代がやってきます。画像はブラックウォール・トンネルの開通式の様子ですが、このトンネルは改修と拡大を重ねて現在も活躍しています。当初から車も含む多目的輸送経路として画期的なインフラでした。

滅多にないトラブルですが…

ブラックキャブの運転手(以下、キャビー)は、控えめな振る舞いであっても、彼らの内面は自信満々です。そして、時として、自信過剰です。ひとつの例を挙げますと、バッキンガム宮殿前を通って、ロンドン・ヴィクトリア駅に向かうときのこと。「タクシー乗り場じゃなくて、次の信号で右折して駅手前の信号、シェークスピア(パブ)前で停めて下さい」と言ったにも関わらず、当方の指示が聞こえないフリをして、そのまま直進するキャビーがたまにいます。すると、駅外周を大きく回り、4か所の信号を経ないと辿り着けない正規のタクシー乗り場に向かってしまうのです。その料金差は3ポンドに及びます。当然、1ポンドでも損をしたくない当方と1ポンドでも多く儲けたいキャビーとの間で議論が始まります。当時、ブラックキャブの支払いは、乗客が一旦外に出てから払うのが慣例でした。キャビーが遠回りした分の料金について「払え!」「いや、払わない!」で言い争っていたら、背後からExcuse me と声が掛かりました。次に乗りたい人が声を掛けて来たのかと思い、「待っていろ。今運転手と交渉中だから…」と言いながら振り返ってみると、そこにはとんがり帽子(カストディアン・キャップ)の警官2名が立っていて、「Sir, 落ち着いてください。何が問題なのですか?」と尋ねてくれたので、事情を述べると、キャビーと当方との仲裁に入ってくれました。

日本と同様にイギリスの警察も基本的に民事不介入の筈ですが、「金を払わないと言うんだから、ヤツをタイホしろ」とキャビーはコトを荒立てて刑事事件だと言わんばかり。「払えないのはあんたが私の指示を無視して、遠回りした3ポンド分だけだ。通常運賃の15ポンドは払ってやるよ。でも、俺は20ポンド札しか持ってないから、5ポンドのつり銭をよこせと言っているだけだ」と言うと、警官は「じゃあ、アナタはその3ポンドはチップと思って払って下さい。運転手さんはチップを貰えなかったと思って妥協できませんか?これで、この紳士(当方のこと)は料金を払ったことになるので、踏み倒すことにはなりません。このソリューションで納得してください」キャビーは不承不承な態度で、当方に2ポンドのつり銭を乱暴に渡すなり、この一件は落着しました。

警官 大声をあげていたり、興奮して喋っていたり、危険な要因を醸し出している人を見掛けると、警官は2名で寄っていきます。当方がキャビーと議論していた時も、大声だったのかな? と、やや反省しました。

通常、タクシーのチップは料金の10%ですので、20%分も払ったことで、損した気分は残りました。しかし、警官に「Sir」とか、「紳士」と呼ばれたので、日本円で300円程度(当時の為替)のことで意地を張る気持ちは起こらず、紳士らしく振る舞うべきかな、と自重したわけです。でも、あの警官にまんまと乗せられてしまったなあ、という気がしないでもありません。ちなみに、ロンドン・ヴィクトリア駅前のシェークスピアパブ前でのタクシーの降車はよく問題になるらしく、以前新聞記事になったことがあります。ロンドンキャブの公式見解としては、駅で客を乗降する場所はタクシー乗り場に限定したいと述べられていました。
ロンドンのタクシー ロンドンらしい光景。ピカデリー周辺に用事があるときは、バスなら一つ手前の停留所、タクシーならbrewer streetなど、サーカス(円形広場)の一つ手前の路地で降りた方が運賃と時間の節約になります。言うまでもありませんが、ピカデリー周辺は常に混んでいます。

と、滅多にないトラブルですが、この記述でロンドンのブラックキャブ事情が少しお判り頂けるのではないかと考えて、30年ほど前のエピソードを挙げてみました。キャビーにはそれなりの自信の裏付けがあるので、乗客におもねることはありません。そして、ロンドンのブラックキャブ文化や事情の基本線に変化はないのですが、支払いが車内でも可能になったとか、オイスターカードなどキャッシュレスは当たり前だとか、他のタクシーとの競合が増えて儲からなくなったとか、要らない筈のナビゲーションを標準装備にしているブラックキャブも増えています。

確かにロンドンの街は、急速に変貌しています。かつての目印など何の役に立たなくなっていることもあります。変化の積み重ねも日本よりも加速度的に早い気がします。最近、特に気になるのが、職務中に携帯電話を使うキャビー。信号待ちの間だけでなく、乗客が居ても、運転中に誰かと会話しています。本来、運転中の携帯電話使用は警官に捕まる行為でしたが、ヘッドセットやワイヤレス・イアポッドの普及で見た目には判らなくなって、取り締まりできなくなってしまいました。モバイル機器の普及や技術革新によって生じたのは、モラルの変化だけでなく、安全に対する怠慢へと繋がりつつあるので、イギリスのコモンセンスも新たな時代を迎えつつあるのかもしれません。
ロンドンの信号 「運転はご安全に」イギリスの歩行者は信号よりも実際の車の動きに注視しているので、このような信号機は歩行者の集中力を阻害します。面白いけど、何か他に意味はあるのでしょうか? 性的マイノリティに優しい横断歩道?

The Knowledgeに合格するヒト

これもまた、1990年代の話。当時勤めていた会社の顧問弁護士の事務所から自分の事務所への帰途、重要書類を持っていたので、もっとも安全な交通手段と考えて、ブラックキャブに乗りこむとキャビーに話し掛けられました。「あんたはバリスター(法廷弁護士)かね?ソリシター(手続き弁護士;日本であれば司法書士を兼ねた弁護士)かね?」当方が応えます。「いや、どちらでも無いよ。単なる会社員さ」キャビーが言葉を重ねます。「この辺で働く日本人は皆が賢そうに見えるね。いやね、実は俺はバリスターの資格を持っているんだけど、今はこうやってキャビーをしているって信じてもらえるかい?」当方は彼の言葉を素直に受け止め、率直に質問をします。「へえ、じゃあどうしてキャブの運転手を?」キャビーは楽しそうに説明を始めます。「話し方で判るだろうけど、俺と両親はトルコからの移民で、英語がネイティブじゃないんだ。つまり、法廷で口ゲンカできるほど英語が達者じゃねぇんだよ。パブリックスクールを出たイギリス人のように、玉虫色の、あのいやらしい言葉遣いが出来ないんだよ」

当方も質問を重ねます。「でも、真実を追求するのであれば、レトリックな言い回しは必ずしも求められる技術ではないんじゃありませんか?」キャビーは正面を見据えながら、落ち着いて応えます。やはり、このキャビーも相当の自信家であることが伝わってきます。「誰が真実を追求するって?法廷闘争なんてものは勝つか負けるかであって、真実なんてどうでもいいのさ。事実を突きつけて陪審員や判事にどう解釈させるかが勝敗のポイントになるんだから…」これだけ流暢に、且つ説得力のある話し方が出来るのなら、やはりバリスターとしての仕事をこなせたんではないかな、と思いましたが、イギリス人にこのやり取りを話してみると、誰も驚かずに同じことを言います。

「the knowledgeは難しいからね。あれだけの知識を詰め込むんだから、法律家並みに勉強するのは普通でしょ。でも、バリスターになるには、ゴールデンエイジと呼ばれる子供の頃から言葉やプレゼンの修練を要するので、英語が母国語でも難しいんだよ」ゴールデンエイジとはスポーツ技術の習得だけではなく、語学や教養にも影響する年齢帯なのですね。
ブループラーク 「誰それのブループラークまで」と、キャビーに行き先を告げるのは、ロンドンナーにとっては「粋」ってものなのだそうです。画像のブループラークはアメリカ生まれですが、イギリス初の女性国会議員になったナンシー・アスターの住んだ標(しるし)です。ナンシー・アスターについては、「世界を縮めた国」の記事で触れています。
ロンドンでキャビーになるには、1865年に始まったThe Knowledgeと呼ばれるテストに合格する必要があることはご存知の方も多いと思います。そして、その難易度は弁護士試験並みとも言われ、世界で最難関のタクシー運転手試験とも言われています。

以下に試験内容の一部がありますので、お試しになってみては如何でしょうか?
http://www.corby.gov.uk/sites/default/files/Sample%20Questions_0.pdf

合格者はライセンス番号の掘られた緑色、または黄色のバッジを付けて営業が始められます。
緑バッジ:大ロンドン地域とその周辺での営業許可
黄バッジ:大ロンドン地区の9区のうちの限定域内での営業許可

また、余談ですが、運転手と乗客との間のミスコミュニケーションの例として、有名なコメディアンの残したジョークを思い出しました。

I was getting into my car, and this bloke says to me, “Can you give me a lift?” I said, “Sure, you look great, the world is your oyster. Go for it”
直訳:車に乗り込もうとしたら、見知らぬ男が声を掛けて来た。「ちょっと乗せてくれない?」俺は答えたね。「もちろんだとも。あんたは凄そうだし、世界はあんたのものだ。頑張りな」
直訳どおりですと、意味不明なやり取りですが、“give a lift”のもう一つの意味、「励ます」を知っていれば、お判り頂けるジョークです。運転手はわざと誤解して、見知らぬ男を励まし(乗車拒否し)たというお話。ちなみに、give a rideでも「乗せる、送る」という意味はありますが、「励ます」という意味はありません。

次回はタクシーの種類によるサービスの違いと、将来のサービスと、the knowledgeを積み重ねるキャビーたちの心意気について語りたいと思います。

Text&Photo by M.Kinoshita

関連リンク
「世界を縮めた国」 インフラを使いこなすプログラムを駆使した国民


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マック 木下

マック木下

ロンドンを拠点にするライター。96年に在英企業の課長職を辞し、子育てのために「主夫」に転身し、イクメン生活に突入。英人妻の仕事を優先して世界各国に転住しながら明るいオタク系執筆生活。趣味は創作料理とスポーツ(プレイと観戦)。ややマニアックな歴史家でもあり「駐日英国大使館の歴史」と「ロンドン の歴史散歩」などが得意分野。主な寄稿先は「英国政府観光庁刊ブログBritain Park(筆名はブリ吉)」など英国の産品や文化の紹介誌。

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