BRITISH MADE

Absolutely British Save Soho!人間臭くていいんじゃない? 

2020.06.05

ロックダウンが緩まる直前の5月末、約2ヵ月ぶりにSohoを訪れた。

ぬくぬくと自宅周辺で過ごしていたのだが、用事でテムズ川南岸に出かけることがあり、ふと「中心部はどんな感じなんだろう?」と思って、立ち寄ってみたのだ。

外出規制が70日を超えたイギリスだが、少しずつ活気を取り戻している。これから街はゆっくりと息を吹き返していくだろう。前回の記事でも触れたように、ロックダウンや自粛によって経済活動が減ったことにより、地球本来のシステムが回復してきているのは間違いない。本格的に社会活動を再開していくにあたっては、地球とより良好な共存ができるよう、私たち全員が意識を高めていけるといいのになと思う。

前回記事ロックダウンをポジティブに生き抜く業界の6つの知恵

人は自然との繋がりなくして生きることはできないという信念の下、ふだんから地球へのエールを怠らず、パーク・ライフも楽しんでいる私だけれど、だからと言って都市の弊害を強調するつもりは毛頭ない。都市は人間が作り出した壮大なアートであり、善悪を超えた有機物だ。人々の意識や想念、夢やワクワクが詰まった大切な創造のかたちであり、どのようなものであっても愛されるべき自然の延長だと思う。都市と自然は、相反するものではない。
Soho Square ロンドンを象徴する場所の一つ、Soho Square。ロックダウン中もグリーンを求める人たちがキラキラと日光浴を楽しんでいました。
都市のキャラクターはそこに住む人によって決定される。ロンドンという街は世界でも有数のグリーン都市として知られ、また世界中の人々を惹きつけてやまない文化の発信地でもある。貴族階級を代表するポッシュなメイフェアや、庶民のパワーがみなぎるショーディッチなど地域によって個性も違うし人によって好みは分かれると思うのだが、ほぼ全てのロンドナーに愛され、そしてロンドンを象徴する唯一無二のエリアがあるとしたら、それは間違いなくSohoだ。
ソーホー 誰もいないストリート。なかなか見られない光景ですね。
ロンドンきっての歓楽街として知られるSoho。通常はエンターテインメントや夜遊びを楽しむ人々、エンターテインメントを提供する人たちで朝方まで賑わっている。しかしこの日。午後6時。ストリートはどこも閑古鳥が飛び回る静けさだ。ロンドンは中心部のZone1から外側へ向かってZoneの数が大きくなっていくのだが、Zone2より先の郊外に多くの人が住んでいるので、ロックダウン中はむしろ活気の度合いはあべこべだったのではないだろうか。
Sohoを象徴するカフェバー、Bar Italia Sohoを象徴するカフェバー、Bar Italiaは1946年創業。その頃からすでにSohoではイタリア系移民がたくさんビジネスを営んでいました。いつもなら週7日間、朝方まで賑わっているだけに、閉まっているのを見るのは辛い。
1871年創業フレンチ・パティスリー、メゾン・バトー。 同じくロンドナーたちに愛され続ける1871年創業のフレンチ・パティスリー、メゾン・バトー。女優業もこなすオーナーのミッシェルさんの宝。彼女を慕って数多くの文化人たちが通う。アレキサンダー・マックイーンも生前は常連でした。ロックダウン中は存続の危機から寄付を募っています。
Sohoは今でも文化人たちのセンチメンタリズムに訴える、古きよきロンドンの心臓部である。センチメンタリズムという言葉が悪ければ、ロマンと言い換えてもいい。
この土地から数えきれないストーリーが生み出された。ミュージシャンを例にとると、ザ・フー、キンクス、セックス・ピストルズ、アニマルズ、オアシスなど、世界中の人が知ることになったサクセス・ストーリーもある。ロンドン生まれのイギリス人たちに比べると私のロンドン歴など取るに足らないものだが、その私でさえSohoに来るとどこか懐かしい心持ちになり、通りが語るストーリーに敬意を表したくなる。

19世紀末から20世紀初頭にかけて、Sohoでは小劇場や音楽ホール、安い飲食店やパブ、売春宿やセックス・ショップが続々と登場し、酔っ払いや芸術家、夢想家や詩人たちが徘徊し、ののしり合いながら互いを思いやる猥雑な一画として賑わってきた。あるいは世界の縮図。あらゆる文化的バックグラウンドを持つ人々がそれぞれ得意とする分野で活動し、マイノリティたちが声をあげ、ありったけの個を表現してきた場所。行き場のない魂たちの吹き溜まりでもあり、第一線で活躍するセレブリティたちが当たり前のように通りを歩くエンターテインメントの本場でもある。
老舗パブThe French House 左に見えているのは老舗パブのThe French House 。ここもSohoを象徴する店の一つ。奥に見えているバス通り、Shaftesbury Avenueを越えるとチャイナ・タウンです。
Old Compton Street ゲイ・カルチャーを象徴するOld Compton Street。この日もここだけ店の前が賑わっていたな。
Old Compton Street 臨時休業するにあたり、シャッターに工夫を凝らす店は多い。
メキシコ料理店 こちらはセックス・ショップ跡を利用したメキシコ料理店で、地下に素敵なレストラン空間が。Sohoらしい建物の再利用例です。ロックダウン前の写真ですが資料画像として。
現在のSohoの基礎は、主にヨーロッパや香港からの移民たち、エンターテインメント業界の人々が作り上げたものだ。映画業界や音楽業界のオフィスが多いことから、メディアの人々の思い入れが強いことでも知られる。

またLGBTQの人たちが居場所を求めてやってくるカルチャー・スポットでもある。ゲイの友人によると、Old Compton Streetはロンドンに住むゲイたちが一度は通過する場所で、決して最終地点ではないが、ここに来れば確実に心の居場所はあると言っていた。もっとも国内だけでなく世界中のLGBTQが一度は来たいと思うのがロンドンのSohoではないだろうか。Old Compton StreetのコーナーにあるCafé Neroの外テーブルは、いつも仲睦まじいカップルでいっぱいだ。

またフランスから亡命してきたユグノー教徒たちをはじめ亡命者や移住者が自由を求めて定住した土地でもある。19世紀後半にはアルチュール・ランボーとポール・ヴェルレーヌの姿もあった。芸術家がたむろするボヘミアン風情は、今もSohoを特徴づけるカラーの一つだ。

Sohoには人間存在の可笑しさ、狂おしさ、哀しさ、そして愛おしさが渦巻いている。ロンドンの居心地よさはSohoの懐深さと切っても切り離せない。誰もが受け入れられ、居場所を見つけられる場所……。
そんなSohoにも、変革の波はやってきている。
請求書お断り 貼り紙お断り
昔の面影を残す一方で、ここ数年はたっぷり資本のあるグローバル・ブランドや飲食店が古い店と入れ替わりつつある。Sohoを特徴づけている「むせかえるような人の匂い」が薄れつつある、と言い換えることができるのかもしれない。

Sohoらしさを保存しようと「Save Soho」キャンペーンを2015年に立ち上げ、繰り広げているのが、シンガー・ソングライターの Tim Arnold さんだ。

ティムさんの母親はキャバレーや舞台、テレビで活躍している女優兼シンガー。彼は生まれたときから母とそのレズビアン・パートナーの二人の女性に育てられた。小人症の祖母や同性愛者の親類たちとの交流の中で、自身も子供の頃から思春期まで母親の公演についてヨーロッパ各地を旅して回ったというボヘミアンな経歴の持ち主である。そして誰よりもSohoの多様性を愛するSoho Loverの一人。

性差や国籍、嗜好にかかわらず、あらゆる人を受け入れるSohoは既存社会にフィットしない人々が自分を表現できる小さな村だ、とティムさんは言う。
Soho Sohoらしさって何だろう?
Soho 9割の飲食店がクローズするSohoで、持ち帰り用にオープンしていた珍しいレストラン・バー。
Soho スムージーを注文! 晴天続きで暖かいロンドンです。
俳優のベネディクト・カンバーバッチさんやスティーブン・フライさんをはじめ、Save Sohoの中枢を構成するのは著名人や文化人が多い。海外の投資家たちが古い建物を壊して高級フラットを作り、家賃の高騰で小さなビジネスが追い出されている中、彼らはボリス・ジョンソン首相にSohoの保存を訴えている。

ロンドン中心部を東西に貫くことになる次世代鉄道、クロスレールの建設ではSohoの一画が建設現場になるのを防いだり、映画館や小劇場の取り壊しを防いだりと、実質的な成果をこれまでにあげていることも素晴らしい。ティムさんは「個性ある人々が築き上げた唯一無二のSoho村が今、どこにでもある町に変わろうとしている」と警鐘を鳴らす。

ロックダウンや自粛でオンライン・チャットを利用する機会も増えているが、ブラウザ越しの会話は、実際に会って話すときのエネルギー交歓には遠く及ばない。人と会って、話をし、思いを伝え合うこと。当たり前のことが人を活性化させるために不可欠なのだと思い出させてくれているこの時期。

Sohoだけでなく、世界のカムバックが本当に待ち遠しい。そして今は、自分にとっての「本当に必要なもの」が何かを、改めて見つめる時期なのだと思っている。

Text&Photo by Mayu Ekuni


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江國まゆ

江國まゆ

ロンドンを拠点にするライター、編集者。東京の出版社勤務を経て1998年渡英。英系広告代理店にて主に日本語翻訳媒体の編集・コピーライティングに9年携わった後、2009年からフリーランス。趣味の食べ歩きブログが人気となり『歩いてまわる小さなロンドン』(大和書房)を出版。2014年にロンドン・イギリス情報を発信するウェブマガジン「あぶそる〜とロンドン」を創刊し、編集長として「美食都市ロンドン」の普及にいそしむかたわら、オルタナティブな生活について模索する日々。

http://www.absolute-london.co.uk

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