イギリスではこのところ陶芸が静かなブームになっています。その象徴のひとつは2015年に放送開始のテレビ番組『The Great Pottery Throw Down』。
この番組ではアマチュア陶芸家たちが土に向き合い、失敗したり、やり直したりしながら、ひとつの形を作り出す。そのハラハラどきどきする過程を視聴者も擬似体験することで、陶芸への興味が高まり、自分もやってみたいと思うきっかけになっているのかもしれません。
イギリスの陶芸の歴史は4,000年前に遡ると言われています。何世紀にもわたって低温で焼成する土器の文化があり、ローマ支配時代にも非常に優れた陶磁器が存在していました。一方で、中国や日本から入ってきたきめ細かな白い磁器は、より耐久性があり、特に富裕層や貴族の間で珍重されました。
それが、 産業革命の進展とともにイングランド中部、ウェストミッドランドの街ストーク・オン・トレントを中心に陶器産業が発展。「クイーンズウェア」とも呼ばれる乳白色のクリームウェアや、それまでの磁器に比べて透明度と強度が高いボーンチャイナといった革新的な素材が生まれたこと。また紅茶文化の広がりのおかげでカップやティーセットが人々の暮らしに溶け込み、陶器はイギリスの日常生活に広がっていきました。
このようにイギリスと日本における陶芸でのつながりは深く、現代でもリーチのように日本で陶芸修行をしたイギリス人陶芸家は少なくありません。そうしたプロの陶芸家たちは、現在のイギリス陶芸ブームにも大いなる影響を与えています。
中でもロンドンとイングランド南西部のデヴォンを拠点に活動するジル・ファンショー・加藤さんは、長年にわたって、イギリスはもとより日本での46回の個展を含め世界各地で展覧会を開催し、現在も彼女の作品を待っている人が絶えない人気陶芸家です。
40年以上に渡り陶芸作品を生み出してきたジル・ファンショー・加藤さん ロンドンのチェルシー・スクール・オブ・アートで絵画を学んだのち、美術教師として陶芸を教えることとなり、それをきっかけに本格的に陶芸を学び始めたジルさんは、日本人フォトジャーナリストのパートナーとともに日本で暮らした際、日本の陶芸家に師事。日本各地の伝統的な陶芸の町や村を数多く訪れ、実際にさまざまな種類の土や釉薬を用いての焼成実験を重ねて、陶芸家としての探究を重ねてきました。
今回は、1980年代からプロの陶芸家としての道を歩んできたジルさんに特別インタビュー。イギリスと日本の両国で暮らし、創作のインスピレーションを得ている彼女の暮らしと作品からは、自然や日常の暮らしの中に「美」や「喜び」を見出すことを教えてもらいました。
「日本の陶磁器は、まさに『火と土の芸術』です。禅の精神や茶の湯の文化を通じて大地と繋がり、1万6千年もの歴史を持つその世界は、私にとって魔法のように神秘的です。日本の伝統工芸にはアニミズム(精霊信仰)が息づいており、木、石、金属、竹、土といった素材には生命力が宿っていると考えられています。日本の職人たちは、それらの素材と対話しながら対等に向き合うのが素晴らしいと思います。また『土を生かす』という言葉は、私の大好きな表現で、日本の陶芸には、真の『魂』が宿っていると感じています」
イギリスの春を告げるスノードロップの花が器に映える これまでの作品の中で、最も印象に残っているものは?
「1982年に横浜国立大学の教授が東京での私の展示を見て、鳥の陶芸作品を気に入り、新しい講義棟のために大きな作品を制作してほしいと依頼してくれました。ロンドンに戻ってから、幅1メートルの陶製の鳥を10点デザインし、大学の承認を得ました。そして6ヶ月以上かけてそれらをいくつかのパーツに分けてイギリスで制作しました。日本でそれを組み立て、設置できるように分割したパーツは船で送ったのです。この作品制作はあらゆる面で私にとって挑戦でしたが、私を信頼していただけたことに感謝しています。残念ながら手元に写真がないのですが、今でもその作品は大学にあるはずです」
現在はロンドンとデヴォン(イングランド南西部)の二拠点で活動なさっていますが、デヴォンに移住された理由はなんでしょう。
「私は幼い頃、デヴォンの自然の中で育ちました。多くの動物を飼い、傷ついた鳥の世話をし、野生の生き物のように田舎や海辺を駆け回っていたんです。これまで長年ロンドンや東京といった大都会で生活を送ってきましたが、自由さや広大な空間、そしてデヴォンの自然や景観の美しさが恋しくなり、私たちは2012年にデヴォンに家を購入しました。現在はロンドンとデヴォンを行き来しながら作品を作っています」
小皿、ジャグ、茶碗など、多くの作品に植物や動物など自然のモチーフが
二拠点生活による作品への影響があれば教えてください。
「デヴォンでは野鳥観察が好きで、ガーデニングもよくします。植物からのインスピレーションや自然の力は、私の魂の中に入り込み、作品にも表れていると思います。デヴォンには『生命力』があるのです」
日本野菜を育てている一角もある広大な庭 スタジオでの制作から日常生活まで、デヴォンでの典型的な一日はどのようなものですか?
「デヴォンでの典型的な一日は、まず日常生活を整えることから始まります。私たちの家は築200年ほど経っていて、常にメンテナンスが必要で、修理が必要なこともあります。また、買い物、料理、掃除、庭仕事などの家事は夫婦で分担しています。家のことが落ち着くと、ジャーナリストの夫は2階の書斎で仕事をし、私は1階の陶芸スタジオにこもります。制作には何時間も、何日も粘土に向き合いますが、私にとって創造の時間は最高です。アイデアは自然に流れ、世界の悩みは消えていくんです。デヴォンは雨が多いので、ラテン音楽やフラメンコを聴きながらスタジオにこもって創作活動をしています。そして、天気が良い日には、私にとって最高に幸せな場所であるパティオでやはり制作活動をしています」
「花鳥庵」と名付けられたアトリエ 今後、どのような作品に取り組んでいきたいですか?
「よりミニマルで、より大地に近いものにしていきたいと考えています。それは私が日本の陶芸に見出している魅力でもあるんです。現在は展覧会の予定やギャラリーからの注文がかなり先まで入っていて忙しいのですが、これから先も建築的でさらに大規模な作品を提供することに挑戦し続けたいですね」
アトリエの棚にはたくさんの作品が並ぶ そのどれもが、日本人である私には懐かしさを覚えます。それは日本とイギリスの自然、文化、歴史が、ジルさんというアーティストの存在を通じて統合し、拡張して生まれた唯一無二の作品たちだからでしょう。作品といっても、ジルさんの作品の多くはお皿やカップ、水指しなど、実際に使えるものが多く、まさに「用の美」を体感できるものばかりです。
スケッチブックには身近な動物や自然、旅で出会ったものなどがぎっしりと描かれている 英国人陶芸家のパイオニアとして、日本の陶芸に深く影響を受けながら独自の表現を築いてきたジルさん。その作品には、自然への深い愛情、旅の記憶、そして「土を生かす」という感覚が息づいていました。
スタジオにあるひとつひとつのものにジルさんの愛情を感じる 手を使って、時間をかけてものを作り出すことは、それを実際にやった人にしかわからない喜びと充実感があります。そしてそれは日本だけでなく、イギリスの人たちも感じている。今のイギリスにおける陶芸人気は、その現れのひとつかもしれません。 陶芸が身近なものとして広がりを見せる今、ジルさんのように、長い年月をかけ陶芸を探究し、作品を作り続けている陶芸家の存在は、人々をさらに深い、魂のこもった器作りへと導く道標となっているような気がします。
デヴォンの自然に触れていると創作意欲があふれるように出てくるというジルさん *ジル・ファンショー・加藤 (Jill Fanshawe Kato)
Webサイト:www.jillfanshawekato.com
インスタグラム:@jillfanshawekato
*ジルさんの作品は以下の場所で購入可能です(2026年3月現在:在庫状況については各施設に事前に直接お問い合わせください)
Contemporary Ceramics Centre(ロンドン)
Make Southwest(デヴォン)
The Scottish Gallery(エディンバラ)
St Ives Ceramics(コーンウォール)
Yew Tree Gallery(コーンウォール)
Blackwell Arts & Crafts House(カンブリア)
New Ashgate Gallery(サリー州ファーナム/2026年春のクラフト展)
The Burton at Bideford Museum(デヴォン)
Coombe Gallery(ダートマス)
Text Mami McGuinness Photo Setsuo Kato, Mami McGuinness
この番組ではアマチュア陶芸家たちが土に向き合い、失敗したり、やり直したりしながら、ひとつの形を作り出す。そのハラハラどきどきする過程を視聴者も擬似体験することで、陶芸への興味が高まり、自分もやってみたいと思うきっかけになっているのかもしれません。
イギリスの陶芸の歴史は4,000年前に遡ると言われています。何世紀にもわたって低温で焼成する土器の文化があり、ローマ支配時代にも非常に優れた陶磁器が存在していました。一方で、中国や日本から入ってきたきめ細かな白い磁器は、より耐久性があり、特に富裕層や貴族の間で珍重されました。
それが、 産業革命の進展とともにイングランド中部、ウェストミッドランドの街ストーク・オン・トレントを中心に陶器産業が発展。「クイーンズウェア」とも呼ばれる乳白色のクリームウェアや、それまでの磁器に比べて透明度と強度が高いボーンチャイナといった革新的な素材が生まれたこと。また紅茶文化の広がりのおかげでカップやティーセットが人々の暮らしに溶け込み、陶器はイギリスの日常生活に広がっていきました。
陶芸でつながるイギリスと日本
そして、イギリスにおける現代陶芸の礎は、20世紀初頭に香港生まれの陶芸家バーナード・リーチ、日本人の濱田庄司によって築かれたと言われます。日本で修行し、日本の民藝運動に影響を受けたリーチと濱田は、1920年にイングランド南西部のセントアイヴスに工房をオープン。大規模な工場で作られる工業製品とは違う、個人や小さな工房による手作りの器の素晴らしさを人々に伝え、その活動は「スタジオ・ポタリー運動」と呼ばれました。このようにイギリスと日本における陶芸でのつながりは深く、現代でもリーチのように日本で陶芸修行をしたイギリス人陶芸家は少なくありません。そうしたプロの陶芸家たちは、現在のイギリス陶芸ブームにも大いなる影響を与えています。
中でもロンドンとイングランド南西部のデヴォンを拠点に活動するジル・ファンショー・加藤さんは、長年にわたって、イギリスはもとより日本での46回の個展を含め世界各地で展覧会を開催し、現在も彼女の作品を待っている人が絶えない人気陶芸家です。
40年以上に渡り陶芸作品を生み出してきたジル・ファンショー・加藤さん今回は、1980年代からプロの陶芸家としての道を歩んできたジルさんに特別インタビュー。イギリスと日本の両国で暮らし、創作のインスピレーションを得ている彼女の暮らしと作品からは、自然や日常の暮らしの中に「美」や「喜び」を見出すことを教えてもらいました。
ミニマルで大地に近い陶芸を
ジルさんは日本で本格的に陶芸を学ばれましたが、特に日本の陶芸に惹かれた理由は何ですか?「日本の陶磁器は、まさに『火と土の芸術』です。禅の精神や茶の湯の文化を通じて大地と繋がり、1万6千年もの歴史を持つその世界は、私にとって魔法のように神秘的です。日本の伝統工芸にはアニミズム(精霊信仰)が息づいており、木、石、金属、竹、土といった素材には生命力が宿っていると考えられています。日本の職人たちは、それらの素材と対話しながら対等に向き合うのが素晴らしいと思います。また『土を生かす』という言葉は、私の大好きな表現で、日本の陶芸には、真の『魂』が宿っていると感じています」
イギリスの春を告げるスノードロップの花が器に映える「1982年に横浜国立大学の教授が東京での私の展示を見て、鳥の陶芸作品を気に入り、新しい講義棟のために大きな作品を制作してほしいと依頼してくれました。ロンドンに戻ってから、幅1メートルの陶製の鳥を10点デザインし、大学の承認を得ました。そして6ヶ月以上かけてそれらをいくつかのパーツに分けてイギリスで制作しました。日本でそれを組み立て、設置できるように分割したパーツは船で送ったのです。この作品制作はあらゆる面で私にとって挑戦でしたが、私を信頼していただけたことに感謝しています。残念ながら手元に写真がないのですが、今でもその作品は大学にあるはずです」
現在はロンドンとデヴォン(イングランド南西部)の二拠点で活動なさっていますが、デヴォンに移住された理由はなんでしょう。
「私は幼い頃、デヴォンの自然の中で育ちました。多くの動物を飼い、傷ついた鳥の世話をし、野生の生き物のように田舎や海辺を駆け回っていたんです。これまで長年ロンドンや東京といった大都会で生活を送ってきましたが、自由さや広大な空間、そしてデヴォンの自然や景観の美しさが恋しくなり、私たちは2012年にデヴォンに家を購入しました。現在はロンドンとデヴォンを行き来しながら作品を作っています」




二拠点生活による作品への影響があれば教えてください。
「デヴォンでは野鳥観察が好きで、ガーデニングもよくします。植物からのインスピレーションや自然の力は、私の魂の中に入り込み、作品にも表れていると思います。デヴォンには『生命力』があるのです」
日本野菜を育てている一角もある広大な庭「デヴォンでの典型的な一日は、まず日常生活を整えることから始まります。私たちの家は築200年ほど経っていて、常にメンテナンスが必要で、修理が必要なこともあります。また、買い物、料理、掃除、庭仕事などの家事は夫婦で分担しています。家のことが落ち着くと、ジャーナリストの夫は2階の書斎で仕事をし、私は1階の陶芸スタジオにこもります。制作には何時間も、何日も粘土に向き合いますが、私にとって創造の時間は最高です。アイデアは自然に流れ、世界の悩みは消えていくんです。デヴォンは雨が多いので、ラテン音楽やフラメンコを聴きながらスタジオにこもって創作活動をしています。そして、天気が良い日には、私にとって最高に幸せな場所であるパティオでやはり制作活動をしています」
「花鳥庵」と名付けられたアトリエ「よりミニマルで、より大地に近いものにしていきたいと考えています。それは私が日本の陶芸に見出している魅力でもあるんです。現在は展覧会の予定やギャラリーからの注文がかなり先まで入っていて忙しいのですが、これから先も建築的でさらに大規模な作品を提供することに挑戦し続けたいですね」
自然への愛が作品に
デヴォンのご自宅で見せていただいたジルさんの陶芸スタジオ、そして「花鳥庵」と名付けられた庭にあるアトリエには、自然をモチーフにした作品が所狭しと並べられていました。
アトリエの棚にはたくさんの作品が並ぶ
スケッチブックには身近な動物や自然、旅で出会ったものなどがぎっしりと描かれている
スタジオにあるひとつひとつのものにジルさんの愛情を感じる
デヴォンの自然に触れていると創作意欲があふれるように出てくるというジルさんWebサイト:www.jillfanshawekato.com
インスタグラム:@jillfanshawekato
*ジルさんの作品は以下の場所で購入可能です(2026年3月現在:在庫状況については各施設に事前に直接お問い合わせください)
Contemporary Ceramics Centre(ロンドン)
Make Southwest(デヴォン)
The Scottish Gallery(エディンバラ)
St Ives Ceramics(コーンウォール)
Yew Tree Gallery(コーンウォール)
Blackwell Arts & Crafts House(カンブリア)
New Ashgate Gallery(サリー州ファーナム/2026年春のクラフト展)
The Burton at Bideford Museum(デヴォン)
Coombe Gallery(ダートマス)
Text Mami McGuinness Photo Setsuo Kato, Mami McGuinness
マクギネス真美
英国在住22年のライフコーチ、ライター。オンラインのコーチングセッションで、人生の転換期にある方が「本当に生きたい人生」を生きることを日本語でサポート。イギリスの暮らし、文化、食べ物、人物などについて書籍、雑誌、ウェブマガジン等への寄稿、ラジオ番組への出演多数。ポッドキャスト"The Real You with Mamita"および音声メディアVoicy「英国からの手紙『本当の自分で生きる ~ 明日はもっとやさしく、あたたかく』」にてイギリス情報発信中。
ロンドンで発行の情報誌『ニュースダイジェスト』ではコラム「英国の愛しきギャップを求めて」を連載中。
=========
Website:mamimcguinness.com/
X: x.com/mamimcg
Facebook:facebook.com/mamimcg
LinkedIn:linkedin.com/in/mamimcg/
=========