階級社会は続く―イギリス社会に下剋上はあるのか | BRITISH MADE (ブリティッシュメイド)

Little Tales of British Life 階級社会は続く―イギリス社会に下剋上はあるのか

2026.03.13

去る2月19日、アンドリュー元王子が、その誕生日に機密情報漏洩疑惑で逮捕されたとき、「階級社会の崩壊が加速するのでは…」と思った方もいるのではないでしょうか。前回の記事でも述べたように、万人が法の下では平等であるという立場から、貴族といえども法を犯せば、お縄に取られることは、19世紀以降は当然のことになっています。しかし、ビジネスの成功などで急速に成り上がった人々や、世襲の特権に慣れてしまった人々の中には、まだ「特権によって何でも許される」という固定観念から抜けきれない人たちもいるようです。当然の反発として、当事者や関係者への説明責任や社会的な公平性を求める声も増えつつあります。今回は、民主主義社会なのに、なぜ階級制度や階級社会が存続し続けるのかということを説いてみたいと思います。

王室と貴族との関係を構成してきた階級「制度」が、現代の階級「社会」にも大きく影響していることは前回述べたとおりです。そのイギリスでは、封建社会の後に現在のウェストミンスター・システム(日本の議院内閣制も同じ)の起源となる中央集権社会が11世紀から段階を重ねて、徐々に構成されてきました。中央集権社会では、貴族の役割が軍事担当から政治担当(上院議員)へと変化する一方で、地主としての地方の支配、世襲制などの特権、慣習法(コモン・ロー)によるイギリス特有の地方分権法によって貴族たちの利権が末代の今日まで維持されています。なぜ、このような封建時代の遺物とも言える矛盾したシステムが十世紀にも渡って現在まで残存し続けているのでしょうか?


英国階級制度階級社会マック木下駐在記ソーホーのパブ”John Snow”は、コレラの感染経路を特定し、感染拡大予防の提言をした医師の名前に由来。創業1870年からの伝統を守り、内装にはSaloon Bar(中流階級用)とPublic Bar(労働者階級用)との間に仕切りがあります。でも、バーカウンターはひとつなのですね。

漸進主義という「ゆったり」指向

その理由は、イギリス特有の急進性を好まない独特の文化的土壌があるから、という説に示されています。例えば、ノルマン軍がシティ・オブ・ロンドン(以下、シティ)を包囲して籠城を試みましたが、結局ノルマン軍はイングランド国を構成し、シティの城壁外に城を構えました。それは現代で言うロンドン塔です。つまり、11世紀当初、シティとイングランドは別の国同士でしたが、お互いの戦力が拮抗していたために、両国は外交的融和策を取ったのです。そして、イングランド王室から自治権を許可されたシティも、ロンドン大火以降に弱体化し、17世紀以降になると緩やかに政治的に融和し、事実上イングランドの一部に組み込まれて行きます。このような、ゆったりした変革を進めていくことから、イギリス人は「漸進主義を好む」と唱えた思想家(エドマンド・バーク、ウェッブ夫妻など)も少なくありません。

英国階級制度階級社会マック木下駐在記外見からもパブリックとサルーンの位置は明らか。読者の皆様は、どちらの入り口を選びますか? かつて、こうした区別は異なる階級同士が顔を合わせることなく、快適に過ごせる空間を作り出していました。

「漸進主義」の背景にあるのは、2つの考え方。ひとつは、「昔からの決まりごとの範囲内であれば、ある程度は自由にやらせてもいいんじゃね?」という慣習法的な考え方。そして、「問題になってから話し合えばいいんじゃね?」という漸進的な考え方です。これらの組み合わせが、イギリス人の持つ独特な「ゆったり方式」を生み出したのではないかと考えられます。今回は、このイギリス的「ゆったり」観を元に、イギリスの貴族制度が現代の階級社会にまで影響した背景を述べてみたいと思います。

上流階級の企て

さて、産業革命の頃、イギリスの貴族たちは、産業で財を成した新興勢力の中流階級の人々を、婚姻関係や爵位などで「上流階級へおいで、おいで…」と、仲間内に取り込み始めました。婚姻関係からは持参金が得られますし、爵位を与える見返りとして、不動産購入、口利き料、事実上の買収、関連校や団体への出資などの名目で、上流階級の人々は新興勢力から様々な収入を得られます。取り込まれた有名な例として、金融のベアリング家、ロスチャイルド家、ポートマン家、そして、議論の分かれるところではありますが、前回記事で紹介した不動産のグロブナー家も含むという説もあります。

英国階級制度階級社会マック木下駐在記ジョン・スノウ医師はこの井戸からの感染経路を特定しました。今や、マニアックな観光名所です。画像の上には、ジョン・スノウの看板とブループラークも。群青色の日除けのかかる一室はSnug(スナッグ:静かな小部屋)。どの階級にも位置しない女性たちでも、パブで楽しめるようにという配慮で造られた空間。

すなわち、イギリスの上流階級は、新興勢力の資金のおかげで、自らの財政基盤を立て直し、同時に新興中産階級を上流に押し上げることになりますから、上流・中流の両者にとってWin-win関係が成り立ちます年では、労働者階級や中流階級の出身で、イギリス経済に貢献したということで、ビジネスマンの何名かがナイトの称号を受ける例もあります。労働者階級出身のアムストラッド電気のアラン・シュガー卿、中流階級からは掃除機のジェームス・ダイソンなど。他分野では、JKローリングス、ベッカム夫妻なども階級越えの英雄と言えるでしょう。いわば“叩き上げ”である彼らの成功は、アメリカン・ドリームならぬ、“ブリッツ・ドリーム”とも言えるわけで、イギリスでは下剋上のヒーローとみなすことも可能です。

ジェントリフィケーションと下剋上

今述べた人々は、階級を一挙に超えて上流社会に上り詰めたわけですから、伝統的に停滞しているイギリスの社会的流動性の中でも、極端な成功者の例です。彼らほどではないにしても、ある程度の成功を収めてきた人々によって、1960年代から自然発生的に構成されてきた住居地域があります。その地域は元来が安価で住みやすかったことから、主に労働者階級の棲み処でしたが、いつしか新たな中産階級が移り住んで来たのです。この地域現象のことを、ジェントリフィケーション(以下、ジェントリ化)といいます。ジェントリとは中世末期から近代まで存在した身分で、平民だけど、貴族より下、一般の独立自営農民(ヨーマン)より上に位置する準上流階層です。「ジェントリ化」を直訳すると卿紳化、つまり「貴族に準じる上流階級による変化」という意味になります。

英国階級制度階級社会マック木下駐在記エリート:最も恵まれたグループであり、経済資本、社会資本、文化資本が最も高い。
既存の中流階級:2番目に裕福で、大規模。最も社交的なグループ。資本力はエリートに準じる。
技術的中流階級:小規模で裕福だが、社会的に孤立し、文化に無関心なグループ。
新興富裕労働者:若く、社会的にも、文化的にも活動的で、経済資本は中程度。
伝統的労働者階級:平均年齢が高く(65歳以上)、資本は低いが、住宅は確保している。
新興サービス労働者:若く、都市部に住み、比較的貧しいが、社会資本と文化資本は高い。
不安定被雇用者(プレカリアート):最貧で、最も恵まれない階級。総体的に資本力が低い。

簡単に述べると、ある地域の居住者の階層が、労働者階級から新中間階級(現代のジェントリ)に移行するとともに、不動産と物価の上昇や、貧困住宅から高級住宅への建て替えなどが起こっている地域変化のこと。ロンドンで言えば、ぺカム、ブリクストン、エレファント&キャスル、ドックランド辺りです。30年前は、日が暮れたら男性でも一人歩きが危険と言われる地域でしたが、今では豊かな若者たちが住む、改装・改築されたモダン、且つ治安の良い明るい住宅街になっています。

英国階級制度階級社会マック木下駐在記階級を決める3つの資本には相関関係があります。「経済資本」は、文化資本と社会資本に関係。経済的な豊かさは、教育、楽器、書籍、人脈(コネ)の獲得に直結。「文化資本」は、経済資本と社会資本に関係。高い教養や学歴は、有利な職業(経済的収入)や、社会的に高い立場の人々とのコネクションを生む。「社会資本」は、 経済資本・文化資本に関係。人脈を通じて仕事の機会や、知識・教養を獲得。

その新たな中流階級とは、ビジネスである程度の成功を収めた人々で、彼らはイギリスで高収入のトップ6%に過ぎませんが、その経済的な影響はイギリス全体に及んでいることも確かです。なぜなら、彼ら新中産階級の動向が社会的流動性の固定化を招いているからです。日本でも失われた30年と言われていますが、ここイギリスでも別の形で貧困化と、格差の進む現象が起きていたのです。ジェントリ化が進んで、貧困地域が無くなっている筈なのに、社会的流動性が低下し、労働者階級から中産階級になるチャンスが減少しているというのは、一見して矛盾しているように見えます。しかし、実際のところ、ジェントリ化と、社会的流動性の低下との関係は表裏一体なのです。もともとの労働者階級や貧困住民は、ジェントリ化による家賃高騰や地域環境の変化から居住困難となり、ロンドン郊外や地方の安い公共住宅に移り住むことになります。最悪の場合はホームレスになることも。30年前までは、労働者階級の若者が都会の安価なエリアに住み、そこで人脈を作り、教育や仕事のチャンスを掴むことができました。しかし、 その後の30年間は、ジェントリ化によって「チャンスのあった場所」の家賃が暴騰し、親の援助がない若者は都市から排除されています。その結果として「生まれた場所によって将来が決まる」という階級の固定化が強化されてしまったままなのです。

日本人はどこの階級に入れるのか

自慢話をするつもりはありませんが、当方の子らは大学を出てからは、ジェントリ化した地域でそれなりに生活できています。私立のパブリック・スクール卒で、ヘッド・ボーイ(全校代表生徒会長)や、ハウスごとのプリフェクト(監督生)になるなど、学生としてもある程度の成功者だったと思います。ところが、在英の一般的な日英婚/日日婚家庭の場合、小学校時代からかなり濃厚な差別を受け、公正な教育を受けられないケースもあるという話を耳にします。しかし、そういう人たちの話をよく聞いてみると、日本人への扱いにも地域差があるようです。

英国階級制度階級社会マック木下駐在記ロンドンの街中を歩いているだけで、様々な階級社会の「サイン」が見えて来ます。大きな屋敷の脇にはmews、court、そしてrowなどの裏道があります。ここは大邸宅の主人のために、馬車をスタンバイする従者たちの棲み処の跡です。車社会になり、彼らの役割がなくなると、こうした裏道は労働者階級で占められます。やがて、新中産階級の流入によってジェントリ化され、この地域のステータスは変化しました。今では超高級住宅街にへと変貌を遂げています。

当方の子どもらが通った学校は、白人の中産階級以上が多く住む地域で、且つ外国の富豪、中東やアフリカの王族も就学する寄宿制と、裕福な地元民のための通学制が併存する学校でした。一方で、差別を被っている子供たちの住む地域はジェントリフィケーションの進む前、あるいは進行中かどうかという、言わば労働者階級の多く住む地域であることが判りました。その地域差は、けっこう顕著です。たとえば、就学する学校によって、同じ年齢の子供たちでも、言葉使いがまるで違います。当方の経験で言うと、取材でパブリック・スクールやグラマースクール(公立の有試験校)を訪問すると、その生徒たちは”Good morning, Sir”と、異邦人の当方に、にこやかに挨拶してくれます。一方、無試験で入学できる中高一貫の公立校(ステートスクール)を訪問すると、すれ違いざまに差別的な言葉を投げかけてきたことがあります。

ところで、1980年代当時で印象的だったのは、定年間近の外交官が放った言葉でした。「イギリスの外交官はパブリック・スクールを経てオクスブリッジ出身者の男性であるべきだ」とか、「日本人の配偶者を持ったということで、君の外交官としてキャリアは終わっているな」という発言は、今でこそ、パワハラ・セクハラ発言ですが、当時は一般に認知された発言であり、イギリス的な階級社会を意識させられるものでもありました。そして、今でも人脈や文化的背景がその教育機関や友人関係に帰依する状況は続いています。正直なところ、日本人としては越えられない階級の大きな壁を感じる時代でした。そう、イギリスは民主主義社会なんですが、階級社会も併存する、歪な社会なのですね。


実生活では、あまり意識することのない階級ですが……

90年代に勤めた航空旅行業では、主に営業やマーケティングを担当する一方、イギリス国内の旅行代理店に日本向けパッケージツアーの卸売り販売を扱う会社でした。当時は電話注文の時代ですから、イギリス国内全土から電話が掛かって来ます。転職したばかりの当方も最初の頃は、予約受付の電話を取っていました。それまでの商社では、契約者と対面で接することが多かったので、特に英語で困ることなどなかったのですが、旅行業では、イギリスのどこからともなく突然掛かってくる代理店からの電話は毎回が恐怖でした。何しろ、相手の言葉がまったく理解できないことがあったのです。そんな時は、イギリス人の同僚に助けを求めました。

英国階級制度階級社会マック木下駐在記百貨店セルフリッジから大繁華街オクスフォード通りを渡ってデューク通りを100mほど南下すると、右側にバロック式の建物があります。かつては平たんな広場でしたが、やがて変電所に建て替えられ、その屋上は、周辺の慈善団体によって建てられたアパートに住む労働者階級が共同使用するブラウンハート庭園として1906年開放されました。その後、この地域のジェントリ化が進み、この屋上庭園は2007年に改装され、現在は快適なランチスポットになっています。

では、なぜ、「聞き取れる・聞き取れない」の違いが生じるのでしょうか?

まず、気づいたことは、代理店の若い女性担当者は、教育をあまりちゃんと受けていないであろうと思われる英語を使う人たちでした。当時の旅行代理店の予約係と言えば、もっとも給与の低い職種でした。当方の知らない彼ら独特の表現の世界なのです。ファクシミリで文書交換しても、受け取る文書が、これまた解読不能ですので、意味を推測して、書き直して契約内容を確認したことが何度もあります。イギリス人の同僚が言うには、「この国では、労働者階級の中でも、ほとんど勉強して来なかった、文章を書くことはおろか普通の会話すら出来ない人がいる。彼らは自分たちの世界だけで通用する短い言語だけでコミュニケーションを取っている」とのことでした。これは階級による教育格差の典型例なのかなと思いました。

次に、判ったことは地域の差です。ロンドンの東や地方都市の言葉が分かりにくいのは、当方の接して来た英語(大卒者やイギリス人外交官たちの英語)とは異なる2つのポイントがあったのです。ひとつ目の違いは、お国訛り。ロンドンの東は、ご存じのコックニーですね。あの言葉を話す人たちが回りには少なかったので、これは時間を掛けて克服しました。この分析に関わってくれた同僚もイルフォードというロンドン東部の人で、彼からは東ロンドンアクセントを鍛えてもらいました。もう一つの違いは、代理店担当者の所属する社会階層です。 旅行代理店は、今でもイギリス中のハイストリートに散在していて、富裕層の多い地域からの電話は難なく聞き取れますし、予約担当者も熟練した人が多いので、しっかりしたコミュニケーションが取れます。しかし、地方都市からの場合は、人によりました。同じ担当者とは、当方の同僚たちの誰かが接することもありますから、「なぜ聞き取りの違いが生じるのか」と意見交換したところ、「やはり社会階層によって異なるコトバの違いではないか」という結論に達しました。端的に言うと、英語は社会階層(上流、中流、労働者の各階級)、教育、地域によって話す言葉の発音、抑揚の他にも単語の選び方などが大きく異なるのです。


英国階級制度階級社会マック木下駐在記ブラウンハートガーデンの周辺は、かつては労働階級の公共住宅ばかりでしたが、いち早くジェントリ化が進んで、今や高級住宅のみ。このバロック建築は、とても変電所には見えませんね。

出身によって言葉使いが変わるのは、致し方ないことですし、隠す必要もないと思うんですが、実は、言葉が分からないという事態には、在英開始から40年経った今でも遭遇します。特に、自宅に来る配管工、電気技術者、大工、庭師などの職人さんや、年に一度のMOT(車検)で地元の修理工と話す時です。何を言っているのか分からないので、推測で彼らの言葉を繰り返しては、話の内容を確認します。こういう話をすると、言葉使いは階級によって異なるもの、と認識をする人は多いと思いますが、実際の職人さんたちは、経済的にはけっこう裕福だったりしますから、一概に言葉使いだけで、階級分けできるものでもないのかなぁという気もしています。彼らは自分の居心地の良い階級の中で巣を作って、彼ら自身の階級分化を構成しているのです。

ともあれ、イギリスの階級社会は根強く存在し続けていて、たとえ王室や貴族が無くなっても、それぞれの階級の枠組みは残され、ジェントリ化を生み出したような新たな階級が今後も現れるのではないかと考えられます。一方で、アンドリュー元王子のような不祥事が社会の不公平感を助長し、不満分子が増えて、左翼的、あるいは共産主義的な急進的な活動家が出てこないとも限りません。ただ、あまり心配はしていません。前述したように、イギリスの漸進性(ゆったリズム)が、今後の社会の展開に寄り添って行くのではないかと考えられるからです。歴史的に見て、イギリス人は「あれ?待てよ」と、間違いを見つけた時や違和感を抱いた時に、立ち止まる姿勢を忘れていないのです。おそらく、イギリスの階級社会が急に変わってしまうことはないというのは当方の意見です。つまり、今後も、皆さま自身で、イギリスの階級社会を独自に楽しまれることは可能であるということです。


Text by M.Kinoshita


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マック 木下

マック木下

ロンドンを拠点にするライター。96年に在英企業の課長職を辞し、子育てのために「主夫」に転身し、イクメン生活に突入。英人妻の仕事を優先して世界各国に転住しながら明るいオタク系執筆生活。趣味は創作料理とスポーツ(プレイと観戦)。ややマニアックな歴史家でもあり「駐日英国大使館の歴史」と「ロンドン の歴史散歩」などが得意分野。主な寄稿先は「英国政府観光庁刊ブログBritain Park(筆名はブリ吉)」など英国の産品や文化の紹介誌。

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