ヨーロッパ満喫日記~アイルランド・ダブリン篇~ (ブリティッシュ“ライク”)| BRITISH MADE

ブリティッシュ“ライク” ヨーロッパ満喫日記~アイルランド・ダブリン篇~

2026.01.24

ヨーロッパ満喫日記〜マルタ篇〜

最も好きな季節である秋か冬にヨーロッパを旅することがここ数年の習慣だ。英国に限るとイングランド、スコットランド、ウェールズとこれまで順当に旅をしてきた。残りの北アイルランドを訪れれば、晴れて連合王国を制覇することになる。その矢先に発生したパンデミックによって、このささやかな野望はあえなく頓挫してしまった。ようやく収束したはいいものの、開放的な気分を味わいたい一心から、ここ数年はイタリアと南ヨーロッパを周遊していた。さて、今年はどこへ行こうかと地図と睨めっこをしていたときに、ふと当初の野望を思い出した。積年の思いを成就させるときがきた。「よし、北アイルランドへ行こう。」そうして今回の旅は始まった。

2025年師走、アイルランドはダブリン空港に到着した。なぜダブリンかというと、本来北アイルランドの首都ベルファストへ向かいたかったが、日本からベルファストへ乗り継げる便はブリティッシュエアウェイズしかない。のっけから話が横道にそれるが、じつはここ数年イスタンブールに陶酔してしまっている。そんな理由もあってヨーロッパへ出入国する際、必ずイスタンブールでストップオーバーしている。しかしながら、日本からベルファストに向かう便がターキッシュエアラインズにはない。そこで就航するアイルランドへ入国し、陸路で北アイルランドへ入国することにしたのだ。せっかくなので、今回は英国と縁の深いアイルランドを前哨戦にしたい。

渡航するにあたり、アイルランドについて友人に話を聞いてみたが、驚くほど情報がない。訪れた人はおろか、アイルランド島が2つの国に割れていることを知らぬ人さえいたほど知名度はなかった。昨年のマルタの例に漏れず、ああ、これはきっと面白い旅になるなとほくそ笑んで成田空港を後にした。

アイルランドはヨーロッパの西の果て、極寒の国と聞いていたので、ずいぶん防寒着を用意した。ダブリンに到着した22時の気温は3℃だった。氷上の湖で三日三晩鰙釣りをしたり、真冬の荒波の中漁船で行う無茶苦茶な撮影を経験したおかげで、ずいぶんと心身が鍛えられたのだろう。元来耐寒性があるのか、あまり寒さを感じなかった。小雨が降る中、客足がまばらな空港発のエアポートバスはダブリン中心地へと進んでいく。ダブリンは灰色の建築が軒を連ね、景観を損なうような高層ビル群が見当たらない。街灯が少ないせいか、クリスマスを目前に控える豪奢なイルミネーションがよく映える。その前を路面電車ルアスやグリーンのダブルデッカーがのんびり通過していく。バスから見下ろす街並みを見ながらようやく旅が始まったことを実感した。

ヨーロッパ満喫日記〜マルタ篇〜

アイルランドといえば真っ先に思い浮かぶのが文学だ。ジェイムズ・ジョイス、オスカー・ワイルド、ブラム・ストーカーといった世界的に有名な作家からW.B.イェイツ、バーナード・ショー、サミュエル・ベケットなどノーベル文学賞を受賞した作家まで粒揃いだ。人口550万人に対してノーベル文学賞受賞者の比率が高いのは、国を象徴する文化であると言っても差し支えないだろう。

それに関連するかどうかはわからないが、ダブリンにはとにかく良質な書店が多い。メインストリートを歩けばいくつもの書店が目に入ってくる。各々のレイアウトが素敵で吸い寄せられてしまうのだ。新刊、古書問わず10店舗近くは確認でき、あっという間に時間が過ぎてしまった。手書きのPOPに書評をこしらえる書店も多く、普段読まないジャンルでもつい手に取ってしまう。最も興奮させられたのは、書店ごとに設けられている稀覯本棚だ。私の仕立て屋の名前でもある、G.Kチェスタトンの『奇商倶楽部』の初版本を探すことを旅の目的の一つに掲げていた。これほど良質な本屋が立ち並ぶダブリンならば見つけることができるのではないかと胸を躍らせて書店から書店を練り歩いた。ところが、稀覯本のほとんどはアイルランドの作家で、ついにお目当ての初版本を見つけることはできなかった。

ヨーロッパ満喫日記〜マルタ篇〜
ダブリンの書店の多くは午前9時に開店する。ホリデーシーズンということもあったのかもしれないが、ずいぶんと賑わっていた。老若男女問わず、何冊も書籍を抱えてレジに向かって行く。書店員と会話を交わす人も多く、店内を物色する人々の顔がずいぶん朗らかに見えた。ちなみにアイルランドでは書籍に税金がかからない。日本では読書離れが進み、町から姿を消す書店についても度々新聞で取り上げられている。ダブリンから何か得られることがあるのではないかと考えたが、いたずらに書店を増やしても読書人口が増えるとは到底思えない。また、読書をせよ、というトップダウンの推進では余計に拒否感が生まれるだけだ。興味がないことを押し付けられるほど苦痛なことはない。自ずと足が書店に向き、手が書籍に向くには、先述したようなユニークな書店の雰囲気や体験がきっかけにならないものだろうか……いずれにせよ根付くには相当な時間を要するに違いない。ただ一つ言えるのは、読書が日課の私にはダブリンは楽園のような町だった。
ヨーロッパ満喫日記〜マルタ篇〜
ヨーロッパ満喫日記〜マルタ篇〜
ヨーロッパ満喫日記〜マルタ篇〜
ダブリンといえばビールやウイスキーなど、酒を楽しめるパブを連想する人が多いだろう。街の中心を東西に流れるリフィー川を挟んだ中心地Temple Barはパブの聖地だ。日が沈む前にもかかわらず、パブからは陽気な笑い声が飛び交う。あいにく席にあぶれた面々は、店外で思い思いに飲んでっている。かつてはスラム街だったというのが信じられないほどのハッピーな様相に、こちらもうわずった気持ちになる。残念ながら私は酒も煙草も嗜まない。されど、パブの楽しみはなにも酒だけではない。下戸にだって満喫できる食事と音楽があるのだ。

アイルランドでよく口にしたのがアイリッシュシチューだ。ビーフではなくラムを使っているのが特徴で、くたくたになるまで煮込んだ野菜との組み合わせが絶妙だった。シチューにとどまらず、全体的にラム肉を使用した料理は多い。柔らかさを残しながらも、余分な脂を感じさせず滋味深い。これがすっかり気に入ったので滞在中はずいぶんと口にした。名産であるジャガイモ料理も多く、マッシュポテトやフライドポテトなど付け合わせとして登場する。これが美味い。マクドナルドではなく、モスバーガーのフライドポテトと表現すればわかるだろうか。ただしその量が凄まじいので、残さず食べるにはずいぶん苦労した。ちなみにアイルランドで“マック”といえばマクドナルドではなく、『Supermac’s & Papa』というアイルランド発のファーストフードを指すらしい。それを聞いて訪れてみたかったが、残念ながらタイミングを逃してしまった。


ヨーロッパ満喫日記〜マルタ篇〜
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滞在中の為替は1ユーロが188円、1ポンドはなんと208円という信じられないレートだ。パンデミック前が125円前後だったことを考えるとこの為替はツーリストには痛い。手元不如意の旅行者に大変ありがたい存在なのが美術館だ。アイルランドでは、かつての宗主国である英国の影響を受けていることもあり、国立美術館や博物館の多くは無料だ。

私が訪れたアイルランド国立美術館には、地元由来の作家から稀代の名作まで網羅されている。中でもカラヴァッジオの『The Taking of Christ(1602)』は、1990年にダブリンにあるイエズス会の建物で発見された。長く失われた絵画と信じられていただけに、話題性と相まって同美術館の看板となっている。この絵画は裏切ったユダの一党がキリストを捕縛するところを描いている。ユダが接吻をする人物こそがキリストであると口裏を合わせていたのである。何かを悟ったようにも、諦めがついたようにもうかがえるキリストの表情をはじめ、今にも動き出しそうな力強い絵画だ。昨年訪れたマルタやナポリでもカラヴァッジオの大作に魅了された。ここダブリンでも釘付けになるとは考えもせず、思いがけない束の間の再会だった。日本では人混みを割ってなんとか作品の近くに行き、再び人混みにもまれながら次の作品を鑑賞する。これを繰り返していると疲労困憊し、出口の案内を発見すると安堵してしまう。アイルランド国立美術館は、自分の靴音が反響するほど静寂で、じっくりと美術品と対峙できる贅沢な場所だ。


ヨーロッパ満喫日記〜マルタ篇〜
ヨーロッパ満喫日記〜マルタ篇〜
ダブリンにどうしても訪れたかった場所がある。それがアイルランド国立大学トリニティカレッジ図書館だ。ポルトガルのコインブラ図書館と並び、いつかは訪れたいと思っていた。ここに保管されているのが、アイルランドの至宝であり、世界で最も美しい本とされる『ケルズの書』だ。約1,200年前に制作された手写本で、精緻な装飾やフォントに魅入られる。展示される頁は日替わりであり、よほど足繫く通わない限り同じ頁を見ることは生涯できないだろう。

映画『スターウォーズ エピソード2/クローンの攻撃』に登場するジェダイ図書館がある。そのジェダイ図書館で、ヨーダとオビ=ワン・ケノービは消えた惑星カミーノについて談義するわけだが、そのモデルとなっているのがこのトリニティカレッジ図書館オールドライブラリーと聞くと、ファンとしては行かずにはいられない。最も有名なロングルームの長さは65mあり、両側に本棚がずらりと並んでいる。書籍の管理上の問題から、現在別の場所に移される作業が進行している。世界一美しい図書館と称されるだけあり、高さ数十メートルはある書棚が据わり、趣がある書籍が収まっている様相には息を呑む。


ヨーロッパ満喫日記〜マルタ篇〜
ヨーロッパ満喫日記〜マルタ篇〜
毎度お馴染み、寝床にする宿には並々ならぬ思いがある。滞在した『Stauntons on the Green』は、街の中心に位置する公園St Stephen’s Greenに面するホテルだ。250年の歴史を持つ趣のある建物で、かつては枢機卿や政治家といった要人の屋敷として愛された。小規模ながらも手入れが行き届いており、居心地が良かったので紹介したい。このホテルは外観や客室だけではなく朝食も素晴らしい。イギリス圏の楽しみの一つである、イングリッシュブレックファーストならぬアイリッシュブレックファーストが堪能できるからだ。ベーコン、卵料理、トマト、マッシュルームがワンプレートにふんだんに盛られている(実際にはワンプレートに収まりきらないので、パン、フルーツは別皿に控えている)。アイリッシュブレックファーストの特長はブラック&ホワイトプディング(豚の血、脂、穀物で作るブラットソーセージ)だ。量、質、バリエーション共に充実していて日替わりで朝食を楽しんだ。何よりAgata、Jonathan、名前をうかがい忘れてしまったが日本生まれで現在はダブリンに在住するブラジル人の女性スタッフの気さくさに子供たちもすっかりなついてしまった。あっという間に滞在が過ぎてしまい、後ろ髪を引かれる思いで次の目的地北アイルランドはベルファストへ向かうのだった。

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部坂 尚吾

部坂 尚吾

1985年山口県宇部市生まれ、広島県東広島市育ち。松竹京都撮影所、テレビ朝日にて番組制作に携わった後、2011年よりスタイリストとして活動を始める。2015年江東衣裳を設立。映画、CM、雑誌、俳優のスタイリングを主に担い、各種媒体の企画、製作、ディレクション、執筆等も行っている。山下達郎と読売ジャイアンツの熱狂的なファン。毎月第三土曜日KRYラジオ「どよーDA!」に出演中。
江東衣裳
http://www.koto-clothing.com

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