ノーザン・ベルよ、クリスマスの高鳴りに乗って熱く走れ。 by 江國まゆ| BRITISH MADE

Absolutely British ノーザン・ベルよ、クリスマスの高鳴りに乗って熱く走れ。

2026.11.05

1932年10月、タイムズ紙へこんな投稿が寄せられた。

「海で豪華クルーズを実現できるなら、陸でも豪華列車の旅を楽しめないものか?」

現在のような観光列車がなかった時代、食事・宿泊・観光がパッケージになった豪華客船の旅は、当時の英国で大人気だった。それを陸地へも移植できないか? という提案だった。

このアイディアをタイムズ紙が社説で全面的に支持し、それを受けて英国の鉄道会社LNER(ロンドン&ノース・イースタン鉄道)が技術と知恵を結集し、投稿から1年にも満たない1933年6月、「ノーザン・ベルNorthern Belle」号が誕生したのだという。

メカニズムを構築したりラグジュアリーを生み出したりするのは英国のお家芸とはいえ、このスピード感はすごい。生まれるべくして生み出されたノーザン・ベル号。初めての便はロンドン・キングス・クロス駅を出発し、約1週間をかけて英国各地を巡ったそうだ。

当時の記事によると、快適な寝室には換気を含む空調設備が備わり、美しい大理石で覆われた浴室には電気で温められた温水が送られたという。ラウンジや書斎のほか、理髪室、女性用の休憩室、郵便設備も完備されており、車内の売店で新聞や切手、タバコなどを入手できる完璧な「移動するホテル」だった。

年間240名という限定枠ではあったが、毎年着実に「ノーザン・ベル」ファンは増えていき、富裕層を中心に人気の旅となった。しかし第二次世界大戦の勃発で運行はしばらく中止に。復活の兆しがないまま67年の歳月が過ぎた2000年、オリジナルのコンセプトを引き継ぎ、民間企業により見事運行が再開したのである。

Northern Belle号。「Belle」はフランス語で「美しい女性」を意味する言葉。英国では歴史的に豪華列車の名称に使われてきました。
昨年12月半ばのある日、私はアガサ・クリスティーの時代を彷彿させる美しきノーザン・ベル号に乗り込むことになった。この幸運は、ひとえに優しい友人が招待してくれたことでもたらされた。 「旅」と言っても列車からは一歩も外に出ない。時折どこかの駅に停車することはあっても、基本的に車窓の風景を楽しみつつ、7時間ぶっ通しでご馳走とおしゃべりに興じるというなかなか体験できない究極のエンターテインメントなのだ。祝祭シーズンが近づいてきた今、この貴重な経験を、ぜひシェアしておきたいという思いで綴っている。

快適なアームチェアに身を深く沈めて

列車に乗り込むと、制服に身を包んだスタッフの皆さんから温かい挨拶があり、すぐさま高らかなシャンパンと何種ものカナッペで歓迎された。テーブルには清潔な白いクロスが敷かれ、美しいカトラリーがうっとりとした表情を浮かべ、こちらを見上げている。

感謝すべきは、この7時間に及んだ運行の間中、身体を支え包み込んでくれたアームチェアのクオリティである。レトロな1930年代風のしつらえだが、現代のテクノロジーも入っているのか硬さと柔らかさのバランスが完璧。何時間座っていても全く苦にならず、始終くつろいでいることができた。

午前11時20分、列車はゆっくりとパディントン駅を出発。天候も申し分なく、低い位置から差し込む冬の日差しが暖かい。西へ向かっているようだが行き先は告げられず、ただこの列車内での時間を楽しむためだけに私たちは存在している。

1930年代の豪華列車を再現したレトロ感あふれる内装とクリスマスの装飾にも胸が高鳴った。上質な木製パネルとファブリック、真鍮の金具、敷き詰められたカーペットなど、当時のままの様子を再現すべく凄腕の職人が修復を手がけたのだという。

自然の造形をかたどった象嵌細工には目を見張らされました。
内装の美しさについては、一章を割けるほどだ。

天を仰ぐと、花鳥風月をモチーフにした上品な絵柄が目に入ってくる。壁にも美しい木工の象嵌細工が随所にあしらわれている。車両ごとに装飾のテーマも変わり、スコットランドのアニック城やイングランドのチャッツワース・ハウスをはじめ、英国の城や邸宅を図案化した寄木細工アートも見事だ。

木工部分を手がけたのは、タイタニック号の装飾でも知られる19世紀末創業の老舗工房 A. Dunn & Sonだ。英国王室関連の仕事にも携わってきた彼らの手法は、18世紀にさかのぼる伝統的な技法にのっとっているそうだ。このように全車両をあげてクラフトマンシップで満たされているノーザン・ベル号は、もはや「走るアート」なのだった。

クリスマス・クラッカーは欠かせません。紙の王冠以外のものが入っていたらラッキー。
ゆったりと時間が進みます。
英国の牧歌風景を眺めながら……。

英国の旬食材を使った粋なコース料理

クリスマス・ランチは、七皿のごちそう。「ランチ」と言ってもこの豪華さなら、正式には「ディナー」だ。

走行中の列車で本格的なコース料理を提供すること自体、簡単な仕事ではない。狭い厨房と限られた設備、揺れる車内で料理を仕上げ、適切なタイミングで各テーブルに届ける。満席時には最大268名にもなるゲストに上質の食事を届けるため、事前の仕込み、在庫管理などが鍵となる。

3種のカナッペから始まり、スープ、前菜、主菜、デザート、チーズ、プチフールまで、期待通りの申し分のない食事だった(詳細は写真でどうぞ)。

ちなみに食器は手洗い。長年勤め上げたポーター長さんは現在80歳を超え、その専門知識で後進たちの指導に当たっているのだとか。実際ノーザン・ベル号で食事をして感じたのは、全てのスタッフさんが丁寧で親しみやすく素晴らしかったこと。サービス業ではとても重要な要素だ。

野菜のスープは立派なサービング・ボウルでテーブルに運ばれ、各ゲストに取り分けられます。
ポーチド、グラブラックス、ムース風。サーモンのメドレーに心躍ります。
給仕さんたちのマーチ。

七面鳥のバロティーヌが運ばれてくる頃には、お腹も心もいっぱい。トロンボーンとギター・デュオの生演奏を聴きながら流れゆく風景に見とれ、リラックスした時間を過ごす。

その間じゅう、気の置けない友人と取り止めのない(だけど意味のある)会話を無闇に楽しむ。今年起こったことを回想し、来年のことに思いを馳せ、師走のエネルギーをひしひしと感じながら一年の洗い出しを行うのだ。

車窓では夕暮れどきの光線が世界を七色に輝かせたり陰影をつけたりしながら、次第に弱まっていく様子が窺える。あっという間に夕闇が訪れ、やがて光はまばらな人家の灯火だけになった。

列車は夕闇の中へ光をこぼしながら、走り続けている。

七面鳥のバロティーヌ。付け合わせも含めて大変美味しかったです。


3種のデザートに舌鼓を打ちながら、日の名残りを楽しみます。
そういえば熟練の手品師も各テーブルを回って楽しませてくれた。筆者自身のマジックは、3種の手の込んだデザートを完食し、100%胃袋が埋まった後に起こった。「チーズ」という言葉を聞いたとたん、「オープン・セサミ!」とばかりに胃の腑にスルスルと隙間ができたのだ。しかもノーザン・ベル号ではポート・ワイン付き。

これを至福と言わず、なんと言うのか。

もちろん全種類試します。
クラシックなコルストン・バセット・スティルトン、ヴィンテージ・チェダー、生乳タイプのセナース・ブリー、フルーティーなウェンズリーデール・チーズ、サマセットのゴートチーズ……。クランベリー・ジャムやフルーツ・ブレッドと一緒に召し上がれ。

イングランド北部のスピリットを感じる列車

英国の豪華列車というと、オリエント・エクスプレスなどのブランドを持つ会社「ベルモンド」を思い浮かべる人が多いと思うが、ノーザン・ベルも、かつてはベルモンドの傘下にあった。それが2017年に切り離され、現在は鉄道会社と広告会社の共同経営となっているようだ。つまり、独立系の会社に振り戻されているということ。

ベルモンドといえば、究極的には泣く子も黙るLVMHの傘下であり、世界的なコングロマリットの一部だ。彼らなりに世界レベルの洗練されたサービスを提供していると思うが、ノーザン・ベルは巨大グループから切り離されたことにより、幾ばくかの庶民性を取り戻し、その精神がサービスにも反映されているように感じた。

その理由を漠然と探ってみると、2017年にベルモンドから株式を取得してオーナーとなった2つの会社は、両者ともにイングランド北部に籍をおく企業であり(ランカシャーとヨークシャー)、鉄道をこよなく愛するオーナーさんが取り仕切っている。言ってみれば、北部らしい素朴なスピリットが現在、この企業を包み込んでいるということだ。

もしあなたが人生の節目に豪華列車の旅を試してみたいと思っているけれども、高飛車なサービスが心配という場合は、ノーザン・ベルはいい選択肢だと思う。

いや、今回は特段宣伝をすることが目的ではないのだが(笑)、このブランドの良さは、最高のサービスを受けられる豪華列車でありながら、どこか庶民的な温かさを残しているところなのではないか、そんな感想を持ったのであえて記してみたというわけ。

ロンドン到着後、外から撮影。
私たちの隣のテーブル席では、肌に吸い付くような黒のビニール・スーツに身を包み、ミッキーマウスの黒い耳型帽子をかぶったロシア語を話す妙齢の女性が、おひとり様ランチを楽しんでいた。

独身のバリキャリが、観光で訪れた英国のエッセンスを隅々まで楽しみ尽くしている? それとも何かを失って傷心の一人旅? あるいは近しい人からの素敵なバースデー・ギフト? はたまたキャンセルせざるを得なくなった友人の分まで楽しんでいるだけなのだろうか。

こちら側の席で、ついつい要らぬ憶測の羽を伸ばしてしまう。そんなありきたりではない12月の冬のひととき。この価値ある旅をもたらしてくれた友人に改めて感謝の気持ちを送り、2025年末の充電ストーリーの幕を閉じよう。

あれから1年弱が経ち、ふたたび私たちはフェスティブ・シーズンを迎えようとしている。今年もまた、皆に楽しく優しいクリスマスが訪れますように。

パディントン駅に戻ってきました!
The Northern BelleのHP

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江國まゆ

江國まゆ

ロンドンを拠点にするライター、編集者。東京の出版社勤務を経て1998年渡英。英系広告代理店にて主に日本語翻訳媒体の編集・コピーライティングに9年携わった後、2009年からフリーランス。趣味の食べ歩きブログが人気となり『歩いてまわる小さなロンドン』(大和書房)を出版。2014年にロンドン・イギリス情報を発信するウェブマガジン「あぶそる〜とロンドン」を創刊し、編集長として「美食都市ロンドン」の普及にいそしむかたわら、オルタナティブな生活について模索する日々。

http://www.absolute-london.co.uk

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