「好きかどうか聞かれると『好き』とは言い切れないかもしれないが、吸い寄せられるように出かけてしまう場所」があるとしたら、今回ご紹介するピット・リヴァーズ博物館はその一つです。
この博物館はオックスフォード大学が所有する施設で、1884年にアウグストゥス・ピット・リヴァーズが自身のコレクションを大学に寄贈したことが設立のきっかけとなりました。現在約50万点の収蔵物を保有していて、館内に展示、収蔵されているのは、世界中の国々や土地から集められた生活用品、芸術品、民族衣装、武器など。人類の生活に関わる、ありとあらゆるものです。収蔵物の出自が広域に渡るだけでなく、その製作された時代も広範囲で、人類史上ほぼすべての時代を網羅していると言っても言い過ぎではないほどです。
バース・ストーンと呼ばれる、はちみつ色をした美しいライムストーンで作られた建物。ピット・リヴァーズ博物館は奥の方にある。 施設はオックスフォードの観光名所のひとつとして、特に家族連れに人気の自然史博物館の奥に位置しています。ガラス張りになった天井からの日差しでフロア中が明るい自然史博物館には、いくつもの巨大な恐竜の標本が展示されています。子どもたちが恐竜に歓声をあげるなか、左奥を目指して進んでいくと小さなドアが開け放たれていて、その奥がお目当てのピット・リヴァーズ博物館です。自然史博物館のまぶしいほどの明るさとは対照的に、薄暗くて、最初はまるで洞窟の中に入っていくかのような錯覚を覚えます。
この小さな扉の向こうに別世界がひろがっている。 入り口から足を進めていくと、薄暗い館内の様子にも目が慣れて、眼下には数え切れないほどのガラスのショーケースが並んでいるのが確認できます。そして、建物の奥の方にあるにもかかわらず目に飛び込んでくるのが、高い天井に向かってそびたつように置かれているトーテムポール。これは高さ約11メートルという大きなもので、現在のカナダ・ブリティッシュコロンビア州に在住するハイダ族によって19世紀後半に制作されたものです。それが1901年にこの博物館に収蔵されたといい、現在ではこの施設を象徴する存在となっています。
写真では明るく見えるが、実際の館内は夕暮れどきのような薄暗さ。
展示物を眺めていてすぐに気づくのは、ここでの展示は、時代やそれらが作られた地域ごとではなく、ものの種類別に配置されていることです。つまり、カゴ、お面、お守り、器、刀といった具合に、世界各地の各時代に作られた同じ「もの」たちが、同じショーケースに並べられているのです。それはつまり「食べる」「祈る」「戦う」「装う」「遊ぶ」といった人間の営みによって区分された展示ともいえます。
館内には、能面、兜、根付け、刀、祝儀袋など、日本からもたらされたものも数多く展示されている。
なかでも、Shrunken Heads(縮小頭部)と呼ばれる南米アマゾン先住民の小さくなった人間頭部の展示は、現在でも議論のまっただなかにあるものです。この人骨はかつて同博物館の人気展示のひとつでした。ところが2020年、ピット・リヴァーズ博物館は、この縮小頭部を含めた人骨の展示を見直し、現在、ショーケースはそのまま残されているものの、ガラスは覆い隠されています。これは、異文化を見世物的に扱ってきた植民地主義的視点を疑問視するところから実施されたことだといいます。
かつてShrunken Headsをはじめとする人骨などが展示されていたショーケースには、博物館によるデータ、そして人々への「問い」が投げかけられている。 現在では展示物が撤去されたショーケースの壁には、かつてこれらの展示物がイギリスそして博物館にやってきた経緯や、こうした展示が来館者に対し、「他文化は野蛮である」といった誤解を与えていたこと、また、そのために人種差別的ステレオタイプな考え方をを繰り返し強化していたことなどが説明されています。
ひしめき合うような展示物を見ていると、人間のもつエネルギー、パワーを感じる。 こうした博物館の姿勢からは、本当の多様性、あるいは人がお互いを尊重して生きていくということの根源が問われているという気がします。イギリスが大英帝国主義のもとに、世界中で行なってきた略奪、軍事侵攻、剥奪、人種差別は、現代からみたら決して許される行為ではなかったのは間違いありません。でも、その事実に蓋をしてしまうのではなく、あるいはただ「返還してしまえばいいのだ」といった短絡的な対応をするのではなく、一つ一つ議論を重ね、人々の意見を聞き、何より、これらの物品を作り出し、保持していた人々を祖先にもつ先住民コミュニティとも対話をしながら、博物館としての役目、存在意義を問い続けているのです。
もしかしたら、そんなふうに、この博物館自身が迷い、考え、人々に問いをなげかけながら、圧倒的なパワーをもつ、世界中の人間の創造性、技術、思いのこもった品々を見せてくれるからこそ、この博物館にこんなにも惹かれるのかもしれません。
2階、3階の回廊部分にもびっしりと展示品が並ぶ。 ピット・リヴァーズ博物館はこんな宣言をしています。
「私たちの目的は、境界を越え、新しい挑戦を行う先駆的な機関であること。地域、国内、国際社会の多様な人々の人生に影響を与えること。そして、驚きや楽しさと共に、難しい対話も行える『歓迎の場』であることです。ますます分断や対立が進む世界の中で、さまざまなコミュニティ、国、背景を持つ人々が訪れるこの場所を、誰にとっても『自分自身に関係のある場所』にしたいと考えています。人々が物事を新しい視点で見たり、新しい考え方を発見したりするきっかけとなる場所でありたい。そして同時に、『もの』だけでなく『人』も大切にする空間でありたいのです」
展示物に添えられた解説が小さな手書き文字で添えられているものも多い。 世界中の観光客であふれるオックスフォードの街。そしてオックスフォード大学が所有する施設には、ボドリアン図書館やアシュモリアン美術館といった観光客に人気の場所がいくつかありますが、ぜひ一度、このピット・リヴァーズ博物館にも訪ねてみてください。
「人間とは何か」あるいは「人と人が尊重しあい、共存しあうにはどうしたらいいのか」という問いに向き合う時間になると思います。
この博物館はオックスフォード大学が所有する施設で、1884年にアウグストゥス・ピット・リヴァーズが自身のコレクションを大学に寄贈したことが設立のきっかけとなりました。現在約50万点の収蔵物を保有していて、館内に展示、収蔵されているのは、世界中の国々や土地から集められた生活用品、芸術品、民族衣装、武器など。人類の生活に関わる、ありとあらゆるものです。収蔵物の出自が広域に渡るだけでなく、その製作された時代も広範囲で、人類史上ほぼすべての時代を網羅していると言っても言い過ぎではないほどです。
バース・ストーンと呼ばれる、はちみつ色をした美しいライムストーンで作られた建物。ピット・リヴァーズ博物館は奥の方にある。
この小さな扉の向こうに別世界がひろがっている。
写真では明るく見えるが、実際の館内は夕暮れどきのような薄暗さ。奇抜?エキセントリック? 異彩を放つ博物館
さて、イギリスにはロンドンの大英博物館やヴィクトリア&アルバート博物館をはじめ、数多くの博物館が存在し、私もこれまでたくさんの博物館を訪ねましたが、一つの空間にこれだけの密度をもって展示物が並んでいるところはあまり体験したことがありません。それに、展示物の持つエネルギーのようなものが伝わってきて、冒頭で書いたように館内にいる間中、私はまるでそこにあるオブジェたちに引き寄せられるような気がしていました。展示物を眺めていてすぐに気づくのは、ここでの展示は、時代やそれらが作られた地域ごとではなく、ものの種類別に配置されていることです。つまり、カゴ、お面、お守り、器、刀といった具合に、世界各地の各時代に作られた同じ「もの」たちが、同じショーケースに並べられているのです。それはつまり「食べる」「祈る」「戦う」「装う」「遊ぶ」といった人間の営みによって区分された展示ともいえます。
館内には、能面、兜、根付け、刀、祝儀袋など、日本からもたらされたものも数多く展示されている。「問い」「議論」を恐れない博物館
ところで、近年、大英博物館をはじめとするイギリスやヨーロッパの博物館では、植民地時代や軍事侵攻の中で収集・持ち去られた文化財をめぐる議論が活発化しているのをご存知でしょうか。収蔵品の中で、元々所有していた国々あるいは所有者にとって非合理な形で得てきた品々を今後、博物館としてどう扱うのか、あるいは元の所有権者(国、民族)に返還すべきかどうか、といった問題です。そして実はピット・リヴァーズ博物館にも、イギリスの植民地時代に収集された品々など、同様の議論の的になる収蔵物が存在しています。なかでも、Shrunken Heads(縮小頭部)と呼ばれる南米アマゾン先住民の小さくなった人間頭部の展示は、現在でも議論のまっただなかにあるものです。この人骨はかつて同博物館の人気展示のひとつでした。ところが2020年、ピット・リヴァーズ博物館は、この縮小頭部を含めた人骨の展示を見直し、現在、ショーケースはそのまま残されているものの、ガラスは覆い隠されています。これは、異文化を見世物的に扱ってきた植民地主義的視点を疑問視するところから実施されたことだといいます。
かつてShrunken Headsをはじめとする人骨などが展示されていたショーケースには、博物館によるデータ、そして人々への「問い」が投げかけられている。
ひしめき合うような展示物を見ていると、人間のもつエネルギー、パワーを感じる。もしかしたら、そんなふうに、この博物館自身が迷い、考え、人々に問いをなげかけながら、圧倒的なパワーをもつ、世界中の人間の創造性、技術、思いのこもった品々を見せてくれるからこそ、この博物館にこんなにも惹かれるのかもしれません。
2階、3階の回廊部分にもびっしりと展示品が並ぶ。「私たちの目的は、境界を越え、新しい挑戦を行う先駆的な機関であること。地域、国内、国際社会の多様な人々の人生に影響を与えること。そして、驚きや楽しさと共に、難しい対話も行える『歓迎の場』であることです。ますます分断や対立が進む世界の中で、さまざまなコミュニティ、国、背景を持つ人々が訪れるこの場所を、誰にとっても『自分自身に関係のある場所』にしたいと考えています。人々が物事を新しい視点で見たり、新しい考え方を発見したりするきっかけとなる場所でありたい。そして同時に、『もの』だけでなく『人』も大切にする空間でありたいのです」
展示物に添えられた解説が小さな手書き文字で添えられているものも多い。「人間とは何か」あるいは「人と人が尊重しあい、共存しあうにはどうしたらいいのか」という問いに向き合う時間になると思います。
*ピット・リヴァーズ博物館(Pitt Rivers Museum)Photo&Text by Mami McGuinness
ウェブサイト:https://www.prm.ox.ac.uk/
住所:South Parks Rd, Oxford OX1 3PP
入館料:無料
開館時間:月曜12:00〜17:00 (祝日は10:00~17:00)
火曜〜日曜: 10:00~17:00
マクギネス真美
英国在住23年のエグゼクティブコーチ・ライフコーチ。オンラインのコーチングセッションで、日本をはじめ世界中に住むグローバル日本人(Global citizen)が「本当に生きたい人生」を生きることをコーチング&メンタリングでサポート。イギリスの暮らし、文化、食べ物、人物などについて書籍、雑誌、ウェブマガジン等への寄稿、ラジオ番組への出演多数。ポッドキャスト"The Real You with Mamita"および音声メディアVoicy「英国からの手紙『本当の自分で生きる ~ 明日はもっとやさしく、あたたかく』」にてイギリス情報発信中。
ロンドンで発行の情報誌『ニュースダイジェスト』ではコラム「英国の愛しきギャップを求めて」を連載中。
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