非日常のポルペロには、曇り空がよく似合う by 江國まゆ| BRITISH MADE

Absolutely British 非日常のポルペロには、曇り空がよく似合う

2026.06.24

どう見ても、宮崎駿作品に出てくる海沿いのヘンテコな村のようだった。その傾斜のある小さな漁村を歩いていると、なぜかまぶたの裏側に『千と千尋の神隠し』の温泉街が浮き上がってくる。ふとした時には『崖の上のポニョ』の舞台になった広島・鞆の浦をトボトボと歩いている気なってくる。でも夏の晴れた日にはきっと、『魔女の宅急便』の伸びやかな海にも似た、青の風景が広がるはずだ。イングランド最西端、コーンウォールの南岸にあるPolperro(ポルぺロ)は、そんな不思議な土地だった。

訪れたのは今年の4月。雑誌の特集でコーンウォールを取り上げることになり、コーディネーターとしてお供させていただいた。ふだんライターとして活動している身としては、「この後、書かなくていい」と思うだけで浮き立ってしまい、なりふり構わず楽しむことに没頭してしまった。とはいえ旅程をたっぷりと仕込んだのは何を隠そう、この私。行きたい場所をリストアップし、こっそりポルペロも忍ばせておいた。結局、雑誌でポルペロは取り上げられなかったので、私がここで書くことにする。

Polperroはネイティブの発音を聞くと「ポルぺロウ」(「ポ」と「ぺ」にアクセント)と伸ばしており、本当は「ポルペロー」と書きたいのだが、日本では「ポルペロ」と伸ばさないカタカナ表記も多く見た目も可愛いので、今回はそちらを採用しようと思う。

それにしてもそこは、「情緒あふれる」などという常套句ではとても説明できない、摩訶不思議な魅力を持つ漁村だった。

次のイギリス旅行で訪ねたいイングランドの隠れた名所|グラストンベリー狭い入り江。建物は港を囲むように斜面に建ち並び、土地全体がすり鉢状になっています。
次のイギリス旅行で訪ねたいイングランドの隠れた名所|グラストンベリー海にくっついている建物たち。右端に小さく見えている看板のある建物が「密輸の歴史ミュージアム」。
私たちは午後4時を過ぎて到着し、村の入り口にある駐車場に車を停め、港のほうへと歩き始めた。限られた時間の中で、サクっと見学する算段なのである。

実はこの村に、旅人は車で入ることはできない。中世に骨格ができた村の通りが狭すぎるためで、奥まで入ってこられるのは住人か、もしくは送迎車のみ。こう聞くとますます僻地感が募るのだが、実はそれだけ旅行者も多いということ。まさかの百万単位の観光客が、毎年この人口1500人の村を訪れるのだそうだ。

次のイギリス旅行で訪ねたいイングランドの隠れた名所|グラストンベリー17-19世紀の建造物が混在する村を、駐車場からそぞろ歩き。「The Coombe」と呼ばれる通りは、まるで異界へと旅人をいざなう参道のよう。
次のイギリス旅行で訪ねたいイングランドの隠れた名所|グラストンベリーモデル・ヴィレッジ」まで作られちゃう趣ある村並み。 次のイギリス旅行で訪ねたいイングランドの隠れた名所|グラストンベリー起伏のある土地。谷合にある温泉町を思わせますね。
次のイギリス旅行で訪ねたいイングランドの隠れた名所|グラストンベリー雑多なショップ、必要な施設が揃っています。右は閉まっていて試せなかったスコーン専門店のメニュー看板。 次のイギリス旅行で訪ねたいイングランドの隠れた名所|グラストンベリーコーンウォールに伝わるケルトの妖精「ピスキー」もいっぱい。面白いショップでした。

じつは密輸で有名なんです

さて、このポルペロはじつは「村ぐるみで密輸に関わっていた漁村」として有名。その背景はこうだ。

コーンウォール地方の他の港と同様、ここも漁業が盛んで、特にイワシ(サーディンが成長したpilchard)漁で知られていたが、漁獲量は天候に左右されるし冬場には仕事も少なくなるため、フランス本土やチャネル諸島から商品を運び、貿易業を副業とするようになった。

しかし18世紀頃のイギリスでは輸入品に高い関税が課されていた。所得税制度が整っていなかった当時、政府側にとって貿易関税は大いなる財源だった。コーンウォールなどの漁港で取り扱っていた輸入品は、主にブランデー、ラム酒、ワインなどの酒類、紅茶、タバコ、レース、絹織物など。お隣のフランスをはじめ、他地域から物品を輸入する際、高すぎる関税を逃れて密輸しようとする業者も増えていった。

ポルペロは立地も最高。フランスとも目と鼻の先。しかも岩礁の多い入り組んだ海岸線、隠れやすい入り江、曲がりくねった細い路地、急斜面の多い地形、海に直接つながっている家々など……まぁ見事に密輸に好都合な条件が揃っていた。

次のイギリス旅行で訪ねたいイングランドの隠れた名所|グラストンベリーポルペロは「イングランドで最も住みたい町」ランキングでも上位に入る人気の村。
次のイギリス旅行で訪ねたいイングランドの隠れた名所|グラストンベリー家が海に密着。積荷を運び込みやすそう。 次のイギリス旅行で訪ねたいイングランドの隠れた名所|グラストンベリーカモメを追っていると1日過ぎてしまいます。
古い家には今も密輸にまつわる伝説が数多く残っている。例えば隠し部屋、仕掛けのある壁、海へ抜ける秘密通路などなど。「かつて密輸業者の拠点だった」という説明板のかかった家もあるそうだ。

ポルペロが穿っているのは、村人総出で密輸を行なっていたこと。漁師が船を出して品物を持ち帰ると、子どもが見張りをしている間に女房が積荷を隠し、村人は宿屋を介して連絡を取り合い、税吏の目を誤魔化したり帳簿の辻褄を合わせたりするための帳簿担当者や税金アドバイザーもいたのだとか。

こうした行いが村の意思として公然と行われていたのは、一にも二にも生活のため。当時イギリスでは、輸入品に対して20%から100%超という関税が珍しくなく、特定の嗜好品などは数百%相当になることもあった。例えば当時嗜好品とみなされていた紅茶は、18世紀前半には120%程度の税率だったので、10ポンドで仕入れた紅茶に対して12ポンドの関税を政府に納めることになる。

そのため利益率は低く、消費末端価格のほとんどが税金だったというわけだ。富裕層が上手に税金逃れをしていた一方で、庶民だけまともに税金を払っていたのでは割に合わない。政府が公然と強盗のように庶民から奪うのであれば、庶民もそれなりの対策をしなくてはならないということだろう。

というわけでポルペロの密輸は、当時のイングランド沿岸部の生活史そのものでもある。国と生活者の戦い。そんな枠組みで語ることができる興味深い歴史なのだ。その密輸は、どう終わりを迎えたか。どうも関税率が下がるにつれ密輸によるウマミも少なくなり、沿岸警備が強化されたことなども手伝って、やがて危険をおかす理由がなくなっていったからだと言われている。


ポルペロ版の南方熊楠がいた

ポルペロには、地元に多く貢献した名士もいる。ポルペロ生まれでポルペロで亡くなった医師であり、博物学者でもあったJonathan Couch(ジョナサン・カウチ)だ。

18世紀末に生まれたカウチはロンドンで医学を修め、郷土に戻って村の医師、薬剤師、助産師、相談役として村人を助けた、ポルペロにいなくてはならなかった人。その傍らで魚類学を主とした博物学の分野で高く評価された学者でもあった。

カウチは漁師たちに珍しい魚が揚がったらすぐに知らせてもらえるようお願いし、イギリス近海の魚類を徹底的に観察し、標本を作り、形を記録し、自ら水彩画を描いた。そこから代表作『イギリス諸島の魚類史』が生まれ、現在も19世紀における極めて重要な魚類図鑑として名を残している。

その他にも地方にとどまりながら郷土の鳥、植物、化石、昆虫、民俗学、地方史も研究し、全国的に名を馳せた学者だったと言う点で、和歌山・田辺で粘菌類をはじめ数々の分野で研究を重ねた博覧強記の奇人学者、南方熊楠に通じるものがある。地方の自然に根ざし、世界レベルの知識を生み出した尊敬すべき人々である。

次のイギリス旅行で訪ねたいイングランドの隠れた名所|グラストンベリー「3匹のイワシ」と言う名のパブで、地元のエールとフィッシュ&チップスを。
次のイギリス旅行で訪ねたいイングランドの隠れた名所|グラストンベリー 「この村で背が高いってのは、ほとんど犯罪だぜ」と地元客の一人が言ってたっけ。それほど建物は小さく、天井が低い。このパブも然り。

絶景ポイントから海を見渡そう

「3匹のイワシ」と言う名のパブを右手に見つつ、細い小道を海岸沿いに上っていくと、緑豊かな散歩道「South West Footpath」へと導かれる。そのまま道なりに進むと、海を見下ろす絶景ポイントへと到達。私たちは途中で引き返してしまったが、ここには30~40分程度の周回ルートがあるので時間のある皆さんにはおすすめしたい。

歩いていると崖の突端近くにかつて漁で使っていた「Net Loft(網小屋)」と呼ばれる建物が目に入ってくる。ここでイワシ漁の網や帆を保管し、船の修理をしていたそうだ。一帯は「Chapel Cliff(礼拝堂の崖)」とも呼ばれ、近くにはかつて「St Peter’s Chapel(聖ペテロ礼拝堂)」が佇んでいたと伝えられている。

キリストの最初の弟子となったペテロはガラリヤ湖の漁師だったので、聖ペテロは漁師の守護聖人とされている。すでに14世紀にはあったと言われるポルペロの聖ペテロ礼拝堂も、漁に出る人々が祈りを捧げる大切な場所だった。

驚いたことに4月のポルペロの海風は軽やかで、湿気はさほど感じられなかった。広い空をのびやかに舞うカモメたちはロンドンにいるような鋭い目付きの子たちではなく、どこか優雅で茶目っ気があるようにも感じられた。

次のイギリス旅行で訪ねたいイングランドの隠れた名所|グラストンベリーイギリスの「フットパス」はどこまでも続く。
次のイギリス旅行で訪ねたいイングランドの隠れた名所|グラストンベリー絶景ポイントからの眺め。この小屋が「Net Loft」。 次のイギリス旅行で訪ねたいイングランドの隠れた名所|グラストンベリー高台から英仏海峡を望みます。
もしこの日、ポルペロが晴れていたら、きっとテーマパークにしか見えなかっただろう。しかし運よく空は曇天で、海辺の風もかなり強く、申し分のない鬱屈感があった。

「宮崎作品的な異界感」は、帰り道も持続していた。すり鉢状の谷底へ向かって斜面にへばりつく無数の白い家は、夢に出てくる龍宮のようでもある。生活の糧は漁業から観光に変わったが、数百年前と同じ風景を留め、村は外界から切り離されポッカリと時空の歪みの中に浮かんでいるようだ。永遠に、今のまま。

そんなポルペロへ、この夏はちょいと旅してみてはいかがだろうか。

次のイギリス旅行で訪ねたいイングランドの隠れた名所|グラストンベリー最果てのコーンウォールには、まだまだ見どころがある。興味のある皆さんは、こちらのリンクや、こちらのリンクもどうぞ。ポルベロの観光情報ページはこちら
ブリティッシュメイド公式アプリ

plofile
江國まゆ

江國まゆ

ロンドンを拠点にするライター、編集者。東京の出版社勤務を経て1998年渡英。英系広告代理店にて主に日本語翻訳媒体の編集・コピーライティングに9年携わった後、2009年からフリーランス。趣味の食べ歩きブログが人気となり『歩いてまわる小さなロンドン』(大和書房)を出版。2014年にロンドン・イギリス情報を発信するウェブマガジン「あぶそる〜とロンドン」を創刊し、編集長として「美食都市ロンドン」の普及にいそしむかたわら、オルタナティブな生活について模索する日々。

http://www.absolute-london.co.uk

江國まゆさんの
記事一覧はこちら

同じカテゴリの最新記事