2019.06.20

English Garden Diary 日本人キューディプロマ舘林正也さんによる「初めてのキュー植物園」半日満喫ガイド

5月から6月は、イギリス中が美しい緑に彩られる幸せな季節。この時期にぜひ出かけたいのは、ロンドン郊外にある王立キュー植物園です。

昨年、このコラムで、長期に渡る改修工事を終えて新装オープンしたテンペレート・ハウスをご紹介したので覚えている方もいらっしゃるかもしれませんが、ここは、2003年に植物園としては初の世界遺産として登録された、世界の植物収集と研究を牽引する場所。また、珍しい植物を保存しているだけでなく、歴史的に貴重な建造物も多く、世界中から人々が訪れる、ロンドン屈指の観光名所です。

植物園の敷地は132ヘクタールという広大な場所なので、ゆっくり巡っていたら一日かけても回りきれないほどです。それだけ見所が多くて楽しい場所なのですが、ロンドン滞在日数が短い観光客の方にとっては、限られた時間で、いったいどこを見たらよいのか迷ってしまうかもしれません。

そこで、今回特別に、かつてこの王立キュー植物園にある園芸学校で3年間学び、ディプロマを取得して、現在は日本の園芸界でご活躍中の舘林正也さんに、短い時間でもキュー植物園を満喫することのできる、おすすめのコースを教えていただきました。
舘林さんが学んだキュー植物園内の園芸学校の校舎前にて記念撮影。
舘林さんは、帰国後も毎年イギリスを訪ね、キュー植物園はもちろんのこと、イギリス国内中のガーデンや園芸施設、フラワーショウなどを巡り、イギリスの園芸を研究し続け、それを日本での園芸活動、園芸教育に役だてていらっしゃいます。
今年もチェルシーフラワーショウの時期に来英されると伺って、キュー植物園を知り尽くした舘林さんに「初めてのキュー植物園」というテーマで、本コラムのためのガイドをお願いしたところ、快く引き受けてくださいました。

さて、たいていの人は、地下鉄キュー・ガーデンズ駅から歩いて植物園に来ると思うのですが、その場合、ヴィクトリア・ゲートという入り口を利用することになります。ゲートを入ってすぐのところにある地図の前で、舘林さんに半日で回るコースを説明していただきました。
まずはエリザベス・ゲートに向かってスタート。
「キューの南側は木々も多く、森みたいで気持ちがいいのですが、初めてこの場所に来て、かつ滞在時間が短いとなると、やはり、温室などがある北側をメインに回るのがおすすめですね。」

キュー植物園のアイコンともいえる熱帯温室パーム・ハウスや、昨年改装オープンしたテンペレート・ハウス、ダイアナ妃によってオープンされたプリンセス・オブ・ウェールズ・コンサバトリーなどをメインに巡れば、途中にある花壇やさまざまな種類のガーデンも同時に楽しむことができますと舘林さん。

そこでまずは、エリザベス女王など王室のメンバーがキュー植物園を訪ねる際に利用するという、植物園の正門ともいえるエリザベス・ゲートに向かってツアーをスタートしました。

実はこの日、ヴィクトリア・ゲートを入ってすぐに気づいたのが、大きなガラスのオブジェです。というのも、現在、植物園内には秋までの特別展示として、アメリカのガラス彫刻家デイル・チフリーの作品が各所に展示されているのです。
最初に目に飛び込んできたのは、中心から青い光を放射しているような、花火のような作品でした。
入り口を入ってすぐ目に飛び込んでくるデイル・チフリーのガラス彫刻。
「実は13年前にも、チフリーの作品を展示したことがあったんですよ。」舘林さんによれば、キューディプロマのコースで研修中だった当時は、自然の中にこうした人工的なアート作品を置くことについて賛否両論だったそうです。
とはいえ、この日のように晴天だと、ガラスが光を反射して、植物の緑や鮮やかな花と呼応しあうようで、なかなかの風情だと感じます。また、たくさんの人が作品を背景に記念写真を撮っているところを見ても、植物園内のガラスアートは、多くの人から好意的に受け取られているようにも見えました。
植物のように見えるチフリーの作品。ガラス彫刻が展示された植物園は、いつもとは違った表情を見せてくれるようだ。
そのまま右方向(北)へすすんでいくと、熱帯温室パーム・ハウスです。建物の前には、この時期のイングリッシュガーデンに欠かせないアリウムの花が美しく並ぶ花壇がありました。ここはパーテアと呼ばれるそうで、舘林さんによれば、1800年代にこの幾何学的なデザインが作られて以来、そのデザインが今でも受け継がれているのだそうです。植える花についてはここを担当するスタッフによって決められるので、もちろん当時と現代では違っていますが、それにしても、19世紀から続く花壇をこうして今も私たちが楽しめるということに驚きます。
パーム・ハウス前のパーテア。春のイギリスの庭でよくみかけるアリウムの紫が美しい。
年に2、3回植え替えが行われるので、時期によっては土を掘り返して、しばらく土を休ませているためにパーテアに何も植わってない時もあるそうですが、万が一、そういう場合でも、この広大な植物園ではほかにいくつも花壇を見られるので、ご心配なく。

さて、この花壇の向かいにある池の前には、またチフリーの作品がありました。赤、橙、黄のうねるようなガラスで作られたオブジェは、まるで植物に光を注ぎ込む太陽のようにも思えます。
ほとばしるような色と形をしたチフリーの作品がパーム・ハウス前の池によく映える。
温室に入るのは後にして、パーテアを眺めつつ、次に足をすすめたのが、グレート・ブロード・ウォークという長い道です。ここは両脇にグレート・ブロード・ウォーク・ボーダーズと呼ばれる花壇があり、歩道に近い側には草丈の低い植物、奥へいくに従って、背の高い草花が植えられ、奥行きを感じさせます。
19世紀にウィリアム・アンドリューズ・ネスフィールドがデザインしたというこのブロード・ウォーク・ボーダーズは、長らくあまり顧みられていなかったとのことですが、2016年に再デザイン、植栽がなされ、生き生きとした花壇に生まれ変わりました。
320mにおよぶこの花壇は、イギリス国内で最長のボーダー・ガーデンとして知られ、途中にはベンチも置かれています。そこに腰掛けておしゃべりをする人もいれば、花に顔を近づけて香りを嗅いでいる人もいました。
グレート・ブロード・ウォークは、正門(エリザベス・ゲート)からパーム・ハウスへ向かうメインの道としてデザインされた。Photo by Jeff Eden © RBG Kew 
ここで、舘林さんが面白いエピソードを教えてくださいました。
舘林さんが学んだキューディプロマは、毎年、世界中からよりすぐられた学生15名が入学します。その新入生たちに課せられたユニークなイベントが、毎年9月に、このブロード・ウォークで開催されるのだそうです。それは「クロッグ&エプロン・レース」と呼ばれる徒競走。キュー植物園の園芸学校に入学したばかりの新入生が、昔、ガーデニング用に使われていたという木靴を履き、さらにはエプロンをつけてこの320mを走り、その速さを競うのだそうです。閉園後の広大な植物園で、職員たちが見守る中、新入生たちが必死になってこの長い長いブロード・ウォークを走る姿を想像すると、なんだか楽しくなってきます。ちなみに舘林さんは、41期生の中で見事、優勝なさったそうです。素晴らしい!

ブロード・ウォークも中間あたりにきたら、右を見上げてみてください。そこにはザ・ハイブという、まさに蜂の巣のような形の巨大なインスタレーションが立っています。この日は遠くに見上げるだけでしたが、この網目の中に入ることもできるそうなので、時間が許せば、近くでご覧になるとより楽しいはずです。
グレート・ブロード・ウォークから見上げたところには、蜂の巣をイメージしたザ・ハイブが。
もとは裕福な商人の邸宅として1631年に建てられたというキュー・パレス。
ブロード・ウォークを歩き終えると、右奥にエリザベス・ゲートが見えます。それを背にして向かうと、オレンジ色のレンガでできたキュー・パレスの建物があります。舘林さんによれば、17世紀に建てられたもので、18世紀には、ジョージ3世のサマー・ハウスとして利用されていたそうです。その裏にはクイーンズ・ガーデンという庭があります。ここは形式の整ったフォーマル・ガーデンでした。
フォーマルなクイーンズ・ガーデン。Photo by © RBG Kew
このあと、ちょうどこの日にオープンしたばかりのザ・チルドレンズ・ガーデンズという名前の、子どものためのエリアをのぞいてみました。といっても、このエリアは2歳から12歳の子どもの利用に限られているのに加え、人気のために入場制限がされていたため、中をゆっくり見て回ることはできませんでしたが、遊んでいる子どもたちはとにかく楽しそうで、歓声があちこちから聞こえていました。
ここは、植物が育つための重要な4要素である土、空気、太陽、水というエリアにわけて、子どもたちが滑り台を滑ったり、木に登ったりしながらそれらを体感、学ぶことができるようになっています。
1回90分のセッションで、先着順にチケットを受け取って入場することができるシステムで、これから夏休みに向けて混雑が予想されますが、お子さん連れの方にはおすすめの場所です。効率よく入場するには、まずここでチケットを受け取ってから他の場所を見学し、指定の時間になったら戻ってくる、というのがよいかもしれません。
オープンしたばかりのザ・チルドレンズ・ガーデンズ。子どもでなくても遊んでみたくなる施設だ。Photo by Jeff Eden © RBG Kew
ここからは、2つのガラス温室を目指します。一つはダイアナ妃ゆかりのプリンセス・オブ・ウェールズ・コンサバトリーと、もう一つはデイヴィス・アルパイン・ハウスです。

舘林さんが「プリンセス・オブ・ウェールズ・コンサバトリーは名前が長いので、キューの職員はPOWと呼んでいるんですよ。」と教えてくださったので、私もここでPOWと呼ばせてもらいますが、POWは、1987年にダイアナ妃によってオープンされました。
POWはコンピューター制御によって、十の気候帯に分けた温度と湿度管理がなされ、それぞれの気候にあった植物が集められています。サボテンやランがたくさんあり、それらが好きな方にはぜひ見ておいてほしい場所です。また、オオオニバスと呼ばれる巨大なスイレンの葉や食虫植物などを見ることもできます。
ひとめ見ただけでは気づかないが、実は面積が4499㎡もある大きなガラス温室プリンセス・オブ・ウェールズ・コンサバトリー。Photo by Andrew McRobb © RBG Kew 
ナポレオンの帽子のような形をしたアルパイン・ハウスは、2006年オープンの、キュー植物園ではもっとも新しいガラス温室。アルパインの名前通り、高山植物が集められた温室には、その生育環境を再現した岩場が組まれています。また、ガラス温室の周辺もロックガーデンになっていて、可憐で、でもたくましい花たちが咲いていました。
舘林さんによれば、キュー植物園にはトニー・ホール氏という、高山植物の研究においては、伝説的な存在の方がいて、彼の活動により、キュー植物園の高山植物コレクションは世界に誇るものとなったそうです。彼の引退後も、その知識やコレクションは引き継がれ、アルパイン・ハウスでも、それを垣間見ることができるというわけです。
園内のガラス温室の中では最も小さいけれど、デザインが個性的なデイヴィス・アルパイン・ハウス。
そうそう、POWとアルパイン・ハウスに行く前には、グラス・ガーデンにも立ち寄ってみましょう。グラスとは、イネ科やカヤツリグサ科などの植物で、細くすっと伸びた茎や葉が特徴のもの。イギリスだけでなく、最近では日本でもよくガーデンに取り入れられるようになったそうです。

舘林さんに案内されてグラス・ガーデンの前に立つと、今までみたこともないほどたくさんの種類のグラス類が植えられている様子に、思わず「きれい。」と声がでてしまいました。花のような鮮やかな彩りはないけれど、線を描き、風に揺れる緑がとても美しい一帯です。

「多分、ここには世界中のグラス類が集まってきていると思います。何よりすごいのは、ここでこうして育っている姿を見て、この植物はどのくらいの大きさに育つとか、どういう質感だとか、実際に見比べることができるということですね。」
舘林さんのおっしゃる通り、カタログや写真だけで見るのではわからない、植物の実際の生育の姿をみることができるというのは、世界中の植物を収集、展示するというキュー植物園の果たす重要な役割の一つなのです。
もちろん、ひとつひとつの植物には名札がつけられているので、その名前を覚えていって、あとで自分のガーデンに植える参考にすることもできるわけです。
「この植物を庭に植えたらどんな感じかな。」そんなことを考えながら、キュー植物園の草花を眺めるのもガーデニング好きの人にとっては楽しいひとときになるということを教えていただきました。
プリンセス・オブ・ウェールズ・コンサバトリーとアルパイン・ハウスの横にあるグラス・ガーデンは必見。秋にはより背の高くなったグラス類が見られるはず。
ゆっくりひとつひとつを見ていたら、ここまでで簡単に3時間ほどは経ってしまいますが、気に入った場所をじっくり見て、あとはお散歩気分で歩きながらパーム・ハウスとテンペレート・ハウスを見て回る時間も残しておきましょう。

パーム・ハウスはキュー植物園の象徴ともいわれる温室です。主に熱帯植物が展示されているため、温室内も、かなり湿度が高く、一歩足を踏み入れると、もわっとした空気を感じます。
ここでは、1775年にキュー植物園にやってきたという木製のコンテナに植えられた古いソテツ、カカオやコーヒー、コショウなどを見ることができます。
実はこの温室の地下にはかつて水族館があったそうです。私自身、パーム・ハウスには何度か来たことがありましたが、今回、舘林さんに教えてもらうまで知りませんでした。まさに「知る人ぞ知る」水族館だったようです。ただ、残念ながら現在は閉館されてしまったそうで、水生植物や魚を観察するには、先に訪ねたPOWにある水槽や池が良いとの舘林さんからのアドバイスです。

そして、昨年このコラムでもご紹介したテンペレート・ハウスも必見です。再オープンから一年経って、植物がずいぶんと成長しているのがよくわかります。ここにはチフリーの作品が各所に展示されていて、さながらアートギャラリーのようでした。
特に天井からつるされた「パージャンズ(Persians)」と名付けられたシリーズの、花のような、海にただよう生物のような形の青いガラスを連ねた作品が、巨大なガラス温室の天井から吊り下げられた様子は圧巻です。ここではぜひ、螺旋階段を上って、ギャラリー部分から温室全体を見渡してください。
テンペレート・ハウス内には、天井から吊るされたもの以外にも、各所にチフリーのアート作品が展示されている。
こうして舘林さんに案内していただいたキュー植物園の半日は、瞬く間に時間がすぎていきました。足も少々疲れたし、のども乾いたので、休憩にと向かったのは、テンペレート・ハウスからほど近いパヴィリオン・バー・アンド・グリルというレストランです。かつではパヴィリオン・レストランという名前だったそうですが、今年になってリニューアルオープンしたそうです。
キュー植物園にはほかにもレストランやカフェがいくつかあるのですが、舘林さんがこのお店を気に入っているのは、ほかが混雑している日でも、比較的すいていることが多いからだそうです。確かに、人出の多い週末のお茶の時間だというのに、気持ちのいい屋外の席も十分余裕がありました。
舘林さんのご著書『世界遺産キューガーデンに学ぶ はじめての英国流園芸テクニック』(講談社)には、より詳しいキュー植物園ガイドだけでなく、イギリス流の園芸テクニックや、イギリスの庭文化などについても紹介されている。
ゆっくり見て回れば、この日のコースでも一日かかってしまうかもしれません。でも、無理して全部を見て回ろうとせず、自分の気に入ったところでは長く足をとめ、花や植物に近づいてその姿、形、香りを感じてみてください。そうすれば「初めてのキューガーデン」での時間は、きっと忘れがたい思い出になるはずです。

そうそう、ヴィクトリア・ゲートの脇にあるショップで、お土産を買う時間を確保しておくのもお忘れなく。
舘林正也さん
花咲園芸総研代表、キューディプロマ、樹木医。
幼少期をエジプト、インドで過ごし、都市銀行に10年間勤務したのち、
園芸を志し、退職して渡英。ケンブリッジ大学植物園などで
園芸の基礎を学び、園芸界の東大ともいえる英国王立キュー植物園にて
ディプロマを取得。帰国後は庭師、ガーデンデザイナー、園芸講師などで活躍中。
ウェブサイト:http://hanasaka-engei.com

王立キュー植物園(Royal Botanic Gardens, Kew)

住所:Richmond, Surrey, TW9 3AE
電話番号:+44(0)20 8332 5655
開園時間:10:00~19:00(月~木曜)
10:00~20:00(金~日曜)
ウェブサイト:https://www.kew.org
Photo(クレジットのあるもの以外)&Text by Mami McGuinness


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マクギネス真美

マクギネス真美

イギリス在住の編集&ライター。9年半の雑誌編集を経て「ちょっと長めのホリデー」のつもりで渡英。たくさんのあたたかな人たちとの出会いにより滞在が長期化し、現在に至る。 2004年よりイギリスを拠点に書籍・雑誌・新聞・インターネット等にて企画、編集、取材、執筆、コーディネイト、撮影を手がける。テーマはライフスタイル、ガーデニング、料理、人物インタビューや旅ガイドなど。メディアを問わず、イギリスの素敵なひと、場所、ものごとをひとりでも多くの方に伝えたいと考えている。『英国ニュースダイジェスト』ではイギリスの食に関するコラム「英国の口福を探して」を連載中。2012年以降、文化放送、NHKラジオ、TOKYO FM等のラジオ番組に出演も。
ホームページ:
http://mamimcguinness.com
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